(カテドラルの中央通路を映すカメラの視点。仄暗い照明に、床のタイルや座席の木目が静かに煌めいている。星空を透かすステンドグラスは深い色合いで、昼間とは違った美しさを見せている)

(手袋をしたスタッフが、マリア像を慎重に搬入して、カテドラル最奥の祭壇に設置している)

(落ち着いた男性の声がフレームの外から聞こえる。位置的に撮影者と思われる)

「ご説明の通り、マリア像の前での誓いとなります。立会人を務めさせていただきます、夢野と申します」

(フレームが移動して新郎新婦を収める。はしゃいだ様子の新婦。対照的に、興味深げにきょろきょろと辺りを見回していた新郎が、撮影者に問いかける)

「立会人? 牧師とか神父さんじゃないんですか?」
「キリスト教の伝統に則った儀式ではありませんので。あくまでもRêvalineのオリジナルのセレモニーとなっております」
「へえ……」
「カメラはもう回っております。後日、編集の上で記念にデータを差し上げる予定ですので、新婦様、新郎様、おひとりずつコメントをお願いします」

(新婦のアップ。メイクに加えて、頬が上気していることが分かる満面の笑みを浮かべている)

「えっとお。綺麗な大聖堂で、ふたりきりの式なんてロマンチックで、感動してます! 親とか友だちがいなくても、月と星が証人って、素敵じゃないですかあ? 夜の大聖堂を見られる人って、本当に少ないと思うし――ここで式を挙げたからって、誰でも見られるわけじゃないですもんね? 一生の思い出にします!」

(カメラが微かに揺れて、撮影者が笑って頷いた気配を伝える。カメラが再び動き、落ち着きない様子の新郎をクローズアップする)

「ありがとうございました。――それでは、次は新郎様、どうぞ」

「どうも。あの――緊張しますね。実は自分、結婚式は二度目なんですが、最初の時よりも緊張しますね、はは……。うん、身が引き締まるっていうか、大事な場面だと実感した気がします。彼女を、幸せにしたいと思います」

(新婦にキスをする新郎。マリア像の設置を終えていたスタッフから小さな拍手が起きる)

(カメラが揺れた後、宙に浮いた視点で止まる。三脚等に固定したと思われる。聖職者風の黒い長衣を纏った男性がフレームインする。黒衣の男性は、両腕を広げて新郎新婦に微笑みかける)

「それでは、そろそろ始めましょう。私以外のスタッフは退出させていただきます。パイプオルガンも録音の音源を使わせていただきますが、ご了承いただいておりましたね?」

(新郎新婦、揃って頷く)

「はい」
「お願いします」

(荘厳なパイプオルガンの音が響く中、新郎新婦はゆっくりとヴァージンロードを進む。祭壇では、マリア像の傍らに立会人の男性が佇んでふたりを待っている。ふたりが祭壇の前に辿り着くと、男性は誓いの言葉を紡ぐ。低く柔らかな声が大聖堂に響く)

「――病める時も健やかなる時も、死がふたりを分かつまで、いついかなる時も互いを愛することを誓いますか」

(新郎新婦の応えが重なる)

「はい」

(しゃっ、という金属音が響く。画面の奥のマリア像が、剣を片手に立ち上がっている。立会人の男性は、素早くフレームの外に出る。新郎新婦の戸惑いの声が入る)

「――え?」
「何これ、ドッキリ?」
「ちょっと、なんで!? なんでこんなことするの!? 責任者は!? あんた――」

(新婦は、立会人を追いかけようとしてドレスの裾につまずく。新郎は、呆気に取られて立ち尽くしている。彼の胸の辺りを、マリア像の剣が一閃する)

「う、うわああぁあああ!?」

(血飛沫が上がり、新郎が尻もちをついて倒れる。胸の傷口を探ろうとする彼に、再びマリア像が剣をふるう。新郎の手首が飛ぶ。異変に気付いた新婦が振り向き、悲鳴を上げる)

「壮真!? 何これ、嘘、やり過ぎでしょ……!?」

(新郎新婦がなおも叫ぶが、意味をなさない。マリア像が剣を振ると、切っ先から飛び散った血がカメラのレンズを汚す。以降の映像は、真紅の血のフィルター越しに撮影されている)

(新婦は逃げようとするが、長いヴェールとたっぷりとしたドレスの裾に邪魔されて転んでしまう。純白の衣装を、ふたり分の血が染め上げる。血を吸ったドレスはますます重くなったらしく、新婦は身動きが取れない。そこへ、生命を得たかのように滑らかに動くマリア像が剣を手に近付いていく。大理石でできた「彼女」の姿こそ、花嫁のように穢れなく白く神々しい)

(剣閃が数度、煌めく。その度に血飛沫と新婦の悲鳴が上がる。悲鳴は次第に泣き声に変わる)

「なんで、なんでよ……香織は何ともなかったじゃん! なんで私だけ……っ」

(マリア像が新婦を切り刻む間に、新郎がカメラに向けて這って来る。ヴァージンロードはもとから赤いため見えづらいが、てらてらと光る質感で、後ろに血糊の跡を残しているのが分かる。カメラへと手を伸ばす新郎がアップになる。立会人は、カメラを操作できる位置に戻っていることが分かる)

「おい、助けてくれよ! 何なんだよ、あれ――っ。『あんなの』を、なんで。いや、それよりも医者だ。早く救急車――」

(新郎の背後に、音もなくマリア像が迫っている。ヴェールの間に冷ややかな眼差しが覗く。彫刻だった時と同じく美しいが、冷酷な視線。新郎の喉から剣の切っ先が覗き、レンズは完全に血糊で覆われる)

(新郎新婦の悲鳴や啜り泣きは、次第に弱まって聞こえなくなる。以降、骨を断ち肉を裂き、内臓を踏み躙るぐちゃ、ぐちゅ、という音だけが録音される)