Rêvaline代表取締役社長
夢野 雅秀 殿
(注釈・原文は英語)
当家が所有する絵画および彫刻について貴殿が示してくださった理解と関心に、改めて心から感謝いたします。ご承知のように、我が国は政治・経済的に不安定な状況にあり、先祖代々伝えられた財産を完全な形で維持することは非常に困難になっております。当家の財産の一部なりとも、平和で豊かな日本で保護されることはまたとない幸運であり喜びであると考えておりました。
しかしながら、貴社の主たる業務が結婚式のプランニングおよびプロデュースであると知り、大変困惑しています。
なぜなら、お譲りした芸術品の中には、結婚という晴れがましく祝福されたイベントには相応しくないものが含まれているからです。「復讐の城主夫人」と呼ばれるヴェールの貴婦人像のことを特に指しております。
「彼女」の名は歴史書には残っていません。女性の個人名が記される例が非常にまれなのは、洋の東西を問わず同じことです。ただ、美しく聡明で貞淑な貴婦人であったと伝えられます。彼女は我が先祖である伯爵に嫁ぎ、その賢さで夫を支えたそうです。
ですが、恥ずべきことながら、伯爵はやがて若い愛人に心を移しました。ご承知のことと思いますが、中世のキリスト教社会では、一度結婚した夫婦の離婚は許されません。邪魔ものとなった夫人は、若い騎士との不義の濡れ衣によって処刑され、愛人が新たな伯爵夫人に収まりました。
「彼女」の復讐の、という名は、その後の物語に由来します。新しい「妻」と寝室にいた伯爵は、誰も起きる者もいない深夜に惨殺されました。駆けつけた衛兵は、血濡れた剣を持つ亡き城主夫人の姿を確かに見たと証言したそうです。
それ以来、「彼女」の逸話と彫刻は、我が家の者たちに対する戒めと教訓となりました。後の代でも、神聖な婚姻を汚した者は、当主であろうと同じく残酷な最期を迎えたものです。「彼女」の剣を恐れて襟を正した者たちのおかげで、結果的に我が家の評判が上がったのは皮肉なことでしょうか。
問題は、我が国から王制や貴族制がなくなった後のことです。観光資源として開放した我が城を訪れた客の中に、伝説と同じように無惨な死体を晒す者がしばしば現れるようになりました。老若男女を問わず、中には城を去って何日も何か月も経った後でも、です!
「彼女」には時代の変化が理解できていないのは明白です。現代では不倫は――道徳的に非難されはしても――決して死に値する罪ではないこと。女性はもはや一方的な弱者ではなく、男性と同じく権利を訴え、法の庇護を受けられるということが、分かっていないのでしょう。言葉も文化も異なる日本においてはなおのことです。「彼女」の復讐心は貴国においても惨劇を引き起こすのではないかと、案じられてなりません。
以上は、契約の際に口頭でもお伝えしたことです。ですが、通訳を介してのこと、双方の認識に齟齬があることを危惧して、英語の書面にて改めて連絡させていただきました。
先祖が苦しめた「彼女」のため。新たな惨劇を防ぐため。どうか「彼女」を不特定多数には公開せず、静かな場所で休ませてあげていただきたいと思います。
一度お譲りしたものに対して不躾な願いごとではありますが、ご理解いただけるように祈っております。
夢野 雅秀 殿
(注釈・原文は英語)
当家が所有する絵画および彫刻について貴殿が示してくださった理解と関心に、改めて心から感謝いたします。ご承知のように、我が国は政治・経済的に不安定な状況にあり、先祖代々伝えられた財産を完全な形で維持することは非常に困難になっております。当家の財産の一部なりとも、平和で豊かな日本で保護されることはまたとない幸運であり喜びであると考えておりました。
しかしながら、貴社の主たる業務が結婚式のプランニングおよびプロデュースであると知り、大変困惑しています。
なぜなら、お譲りした芸術品の中には、結婚という晴れがましく祝福されたイベントには相応しくないものが含まれているからです。「復讐の城主夫人」と呼ばれるヴェールの貴婦人像のことを特に指しております。
「彼女」の名は歴史書には残っていません。女性の個人名が記される例が非常にまれなのは、洋の東西を問わず同じことです。ただ、美しく聡明で貞淑な貴婦人であったと伝えられます。彼女は我が先祖である伯爵に嫁ぎ、その賢さで夫を支えたそうです。
ですが、恥ずべきことながら、伯爵はやがて若い愛人に心を移しました。ご承知のことと思いますが、中世のキリスト教社会では、一度結婚した夫婦の離婚は許されません。邪魔ものとなった夫人は、若い騎士との不義の濡れ衣によって処刑され、愛人が新たな伯爵夫人に収まりました。
「彼女」の復讐の、という名は、その後の物語に由来します。新しい「妻」と寝室にいた伯爵は、誰も起きる者もいない深夜に惨殺されました。駆けつけた衛兵は、血濡れた剣を持つ亡き城主夫人の姿を確かに見たと証言したそうです。
それ以来、「彼女」の逸話と彫刻は、我が家の者たちに対する戒めと教訓となりました。後の代でも、神聖な婚姻を汚した者は、当主であろうと同じく残酷な最期を迎えたものです。「彼女」の剣を恐れて襟を正した者たちのおかげで、結果的に我が家の評判が上がったのは皮肉なことでしょうか。
問題は、我が国から王制や貴族制がなくなった後のことです。観光資源として開放した我が城を訪れた客の中に、伝説と同じように無惨な死体を晒す者がしばしば現れるようになりました。老若男女を問わず、中には城を去って何日も何か月も経った後でも、です!
「彼女」には時代の変化が理解できていないのは明白です。現代では不倫は――道徳的に非難されはしても――決して死に値する罪ではないこと。女性はもはや一方的な弱者ではなく、男性と同じく権利を訴え、法の庇護を受けられるということが、分かっていないのでしょう。言葉も文化も異なる日本においてはなおのことです。「彼女」の復讐心は貴国においても惨劇を引き起こすのではないかと、案じられてなりません。
以上は、契約の際に口頭でもお伝えしたことです。ですが、通訳を介してのこと、双方の認識に齟齬があることを危惧して、英語の書面にて改めて連絡させていただきました。
先祖が苦しめた「彼女」のため。新たな惨劇を防ぐため。どうか「彼女」を不特定多数には公開せず、静かな場所で休ませてあげていただきたいと思います。
一度お譲りしたものに対して不躾な願いごとではありますが、ご理解いただけるように祈っております。



