「やっぱり柴宮くんがいた方が良いよな……」
「柴宮くん辞めちゃうのか……」
やんちゃ担当小田川くんとやさぐれ担当山下くんが呟くと、便乗して他のふたりも残念そうな雰囲気を漂わせ、わあわあ言ってる。
僕だって、今回の台本は快くんに似合う役をイメージした。立っているだけでオーラ溢れる快くんありきのストーリーだから同じことを思っている。快くん来ない問題を解決出来るのは、僕だけな気もしている。
「よし、今日、快くんの家に行ってみる!」
その日の夕方頃、快くんの家の前に着いた。僕の家から近いのだけど、来たのは久しぶり。カーテンと窓が開いていて、道路に面しているリビングの大きな窓からは中が丸見え。チャイムを押す前にそっと覗いてみた。
快くんは、両腕と両足のつま先を床につけていて、僕から見ると一直線斜めになっている格好をしていた。しかも悩み事のあるような表情で。僕は表情を確認すると、さっきよりも快くんの事が心配になってきた。
近くによってみる。バレないようにそっと……。
ニギャー!!!
足元から叫ぶ猫の声。快くんの方に意識が集中しすぎて眠っていた猫の存在に気が付かなくて、身体に足が当たってしまった。
「ご、ごめん猫……」
黒いモコモコな猫にぷいっとそっぽ向かれる。あたふたしていると、視線を感じた。窓に目を向けると、いつの間にか立ち上がって窓の前にいた快くんと目がばっちり合う。
僕ははにかみながら会釈した。快くんは無反応のまま、すっと視界から消えた。
「か、快くん!!」
覗きなんてして、引かれてしまっただろうかと焦る。正面にまわると急いでチャイムを押した。
しんとしたまま、何も反応がない。
快くんが家の中にいるのは分かっている。本当は勝手に開けるのはいけないことだけど、鍵がかかっているかもしれないけれど……。
ドアを勝手に開けてみようとした。
「あ、開いた……」
勢いでドアを最大まで開く。と、同時にさっきの猫が家の中に入っていった。快くんの家の猫だったのか……。いつの間に猫を飼ったのか。僕の知らない情報で、少し寂しくなる。そして、目の前に快くんがいた! 膝を抱えて、暗黒の世界も一緒に抱えたような表情で座っていた。
「か、快くん……大丈夫?」
僕はしゃがんで快くんと視線の高さを合わせると問いかけた。
「星くん、本当に攻撃してしまってごめん」
「コツンと当たっただけだから、本当に痛くなかったし。部員たちが待ってるよ! また一緒に練習しよ?」
「いやだ」
快くんは昔から頑固というか、一回決めたことは絶対に曲げないタイプ。
どうしようかなぁ。僕を攻撃して……痛い思いをさせるのが嫌なのか。と、いうことは――。
「よい方法がある。とりあえず、攻撃だけど、僕は全く痛い思いをしなくてもよい方法。ただ、僕の演技力が問われるけどね……まずは、明日の部活は来てくれないかな? お願いします!」
両手を合わせてお願いすると、快くんは頷いてくれた。
*
そして次の日。快くんが部室の中に入ると、すでにいた他の部員たちがわらわらと快くんを囲んだ。
「快くん、戻ってきてくれたの? 良かった~」
「やっぱり快くんいないと部の輝きがぁ」
と、おだやか担当仲本くんとやさぐれ担当山下くんが言う。全員がほっとした様子だ。僕ももちろん本当に来てくれてほっとした。
「じゃあ早速だけど、僕の頭の中に描いたことを、快くんとやってみよう。快くん、棒を持ってそこに立って?」
快くんに指示を出すと、少し離れた場所に僕も立った。そして僕は指示を続ける。
「じゃあ、しゅっと棒を軽く振ってみて?」
快くんは素直に棒を振ってくれた。
僕は攻撃を受け「うっ……」と苦しむお芝居をしながら倒れた。
「これなら、どう? 僕を攻撃するけれども棒が当たることがないし」
周りは「良いな!」と言いながらガヤガヤしているが、快くんは無言のまま動かない。
ダメ? 快くん、これもダメだったの? 僕は反応が気になりすぎて下を向いている快くんの顔を真剣に覗き込んだ。
口角が1センチメートルも上がっていた。こ、これは微笑みだよね? 微笑んでくれたぁ! 快くんの貴重な微笑み!
僕は心の中で嬉し涙を流した。
このシーンはやられ役の演技力により、より一層快くんの輝き度が増すと思うから、頑張ろう!
と、そんな感じで無事に稽古も再開し、あっという間に夏休みが来た。
*
夏休みにすることを再確認しよう。廃校となった小学校で一週間の合宿と、別の日に遊園地を夕方から貸切り、馬に乗るシーンと芝生で走ったり動き回るシーンなどを撮る。舞台は慣れてきたけれど、映像は撮ったことがないから緊張するかも。
そしてついに合宿の日が来た。
僕はイベント前日の夜は色々な妄想がはかどり、眠れなくなってしまうタイプだから少し寝不足。だけどとても楽しみだから、今日はいつもよりも明るい性格でいられると思う。
場所は自転車で二十分ぐらいのところにある、数年前に廃校となった小学校。演劇部の部員と色々協力してくれる生徒たちは自転車でここに来る。
学校の紺色ジャージを着てリュックを背負い、気持ち良く感じる風に当たりながら自転車で走る。
自転車置き場に着いた。遊園地の撮影日に撮影を担当してくれる、見た目も性格もとても陽キャな動画部の美桜(みお)さんがいた。ちなみに同じクラスだけど教室では話しかけられないから全く交流のない未知な人だった。
「お、おはよう、ございます!」
「おはよう。ここ水でるんだね。出ないと思って、ペットボトルをね、自転車のカゴにいっぱい詰めてきちゃった」
美桜さんの自転車のカゴに視線を向けると2リットルペットボトルの水がぎゅうぎゅうに入った桃色のエコバッグがあった。そして重そうなカメラの機材や合宿中に使う日用品などが入っていると思われる大きなリュックを背負って登場した美桜さんは軽々とエコバッグも抱えた。たくましい、さすが陽キャ。
「ここ、町内のイベントや他の合宿などでも使ったりしているそうで水はいつも使えるみたいです。お伝えしなくて、すいませんでした」
「いやいや謝らないで? 自分で調べれば良かった話なんだから。さて、学校ではどんな動画が撮れるかな~」
美桜さんはるんるんしながら校舎の方に向かっていった。あんなに荷物を抱えているのに軽々とスキップしている。
僕も校舎の方へ向かう。紺色ジャージのかたまりが見えてきた。演劇部員以外の生徒五人が校舎の玄関前に集まっている。演劇部のメンバーは僕以外はまだ来ていない様子。いつもよりも明るい僕だけど、あんまり慣れていない人たちの中にぽつんといると挙動不審になるタイプだから、今それ。僕の視線はふらふらしすぎて、それはもう、溺れそうな泳ぎ方をしていた。その視線を校庭に向ける。
あれ? 快くんがいる!
他の部員はまだ来ていないと思っていたら、校庭にある背の高い鉄棒に快くんがぶら下がっていた。
「快くん……」
少し苦しそうな表情をしているようにも見える。体調良くないのかな?
心配になり、急いで快くんの元へと走った。快くんは僕の姿を見つけた途端に鉄棒から手を離し、ストンと軽々降りた。
「快くん、おはよう」
「うん、おはよう」
「……今日は体調、大丈夫?」
「うん」
「……」
本人が大丈夫だと言っているから大丈夫なのかな? いきなり無理しないでねと声をかけるのも違うかな?
言葉に詰まっていると次々演劇部の部員たちが来た。
「あれ? シャドウは?」
部長の山下くんに質問された僕は校舎の方を見た。
「まだ来てなくて……鍵はシャドウ先生が持ってくるからまだ全員校舎の玄関前に……」
ちなみに〝シャドウ〟とは、演劇部顧問の安達先生のことだ。今年うちの高校に来たばかりの、演劇部を担当している若い女の先生。自己紹介の時に自ら「私はみんなの活躍を見守っていたいから、部活中も影でいるわね。気軽にシャドウと呼んで」と宣言して常に気配を消していた。だからシャドウと呼ばれている。ちなみにいつも部活中は隅でひっそりと見守ってくれている。
僕のスマホに電話が来た。シャドウ先生からだった。
「あっ、おはようございます」
『あぁ、電話出てくれた! 山下くんにも掛けたけれど繋がらなくて……今着いたのだけど、荷物多いから運んでもらっても良い?』
「はい、今向かいます!」
鉄棒付近でわらわらしていた演劇部員は駐車場に向かう。荷物を玄関前に置いた陽キャの美桜さんもついてきた。
ピンク色の車から降りていたシャドウ先生は荷物を外に出していた。
「おはよ~! 遅くなってごめんね!」
小道具や衣装、食べ物など荷物は結構ある。僕も小道具の武器を持った。もう少し何か持てるかなと目をキョロキョロさせていると、快くんと美桜さんがほとんどのものを楽々な雰囲気で担いでいた。
特に快くんは衣装や飲み物など、重たそうなものを軽々と持っている。
快くんってこんなに力持ちだっけ?
あらためて半袖Tシャツ姿の快くんの腕を眺める。
「えっ、すごい快くん」
小声で呟いたのに快くんがすごい勢いでこっちを見てきた。
「あっ、いや、腕の筋肉あるんだなぁと思って」
……快くんは僕の言葉に何も反応しないでただただ見つめてくるだけだった。僕たちは謎に見つめ合う。
「これで全部かな」
部員の誰かの声でハッとし、僕たちは目を逸らす。そして全員で校舎に向かった。
快くん、腕の筋肉について触れられるの嫌だったかな――と、少し気になりながら、まずは今日から一週間眠る場所となる一年一組と書いた教室の中へ入っていく。一組のメンバーは演劇部のみんな。二組の教室には先生と女子生徒、三組には協力してくれる男子たち。と、そんな感じに自然と分かれた。
「小学校の教室で寝るって新鮮!」
「こういうのも良いね」
「でもちょっと怖いからみんなでくっついて寝たいな……僕、真ん中で寝る!」
甘えん坊担当の手越くんとおだやか担当の仲本くんが早速レンタルした布団たちを広げながらワイワイしていた。僕も背負ってきた枕をリュックから出す。
「枕もレンタルの中にあるのに、わざわざ持ってきたの?」
「うん。枕が変わると眠れなくて……」
「あぁ、そういう人いるよね」
「うん。小さい頃からそうでさ」
やんちゃ担当の小田川くんと話しながら、端が一番落ち着けるなと思いながら窓側の布団の上に枕を置く。小田川くんが「俺はじゃあここにしようかな」と、僕の横に枕を置いて座った。その時、快くんの強い視線を感じた。快くんはレンタルの枕をぬいぐるみのように抱きしめながら小田川くんの布団辺りを見つめていた。
「快くん、もしかして小田川くんの場所が良いの?」
僕が質問すると快くんはこくんと頷いた。
「そっか、ふたりは幼なじみだから隣がいいのか」と言いながら小田川くんはドア側の布団に枕を持って移動し、座った。
きっと僕の隣がいいんじゃなくて、ただ小田川くんの場所が眠りやすいからいいんじゃないかな?
理由はどうであれ、快くんが意思表示してくれると嬉しいな。
少し休憩すると僕たちは体育館に集合した。 今日は演劇部以外の生徒たちも来てくれていた。
音や照明、映像などを当日担当してくれる生徒や舞台をまとめてくれる生徒……そしてイケメン快くんが関わることにより、手伝ってみたいと申し出てくれた人も含めると、想像より来てくれた。
快くん効果がすごいな。快くん応援隊みたいだ。チラリ快くんに視線をやると、快くんはいつものように堂々と、凛とした雰囲気で座っていた。
結局今、何人いるんだろう。元々協力してくれる人も含め、一、二、三……おぉ、部員以外は合わせて十人もいる!
演劇部メンバーを中心に円となり、体育館の中心辺りの床に座ってまとまった。部長の山下くんがスケジュールが載ったプリントを配る。
そして一週間のスケジュールを軽く説明し始めたので、僕もプリントに目を通した。
「ま、まず、今日の午前中は、この集まり後には校舎探検を行います。午後からは筋トレや発声などの基礎と殺陣稽古を中心にします……で、明日からはそれに加え、強化したいシーンの練習を主にやり、後半は通しでやっていく予定です。詳しくはプリントを――」
今日の山下くんはまばたきが多いな。説明する人が多くてドキドキしているのかな。芝居以外人前に出るのが苦手な演劇部員たちはこんな時、架空の人物になりきり話すのに。そんな余裕すらない感じなのかな。
「あとは、本番関わってくれる人は練習中は基本、演劇部と共にいてくれたら説明しながらできたりもするので嬉しいです。あとの人は見学しても良いし、小学校で夏を感じてくれても良いし、自由に過ごしてください」
やさぐれ役担当だけど普段の山下くんはこんなふうに、部員以外にはなかなか丁寧な感じ。
緊張感ある山下くんの説明が終わると、すぐに全員での校舎探検が始まった。この小学校は二階建てで、おじいちゃん世代が通っていた雰囲気のある学校。
「校舎探検、楽しい!」
「まだ明るいのに古い雰囲気だからか、もうすでに幽霊が出そうな感じで、なんかわくわくするね」
「幽霊の話とかやめてよう、怖くて夜トイレひとりで行けなくなるっていうか、行けないよぉ」
「じゃあ手越くんが夜トイレに行きたい時は毎回付き合ってあげるよ」
「絶対だよ!」
手越くんと仲本くんも、僕のようにいつもよりもオーラが明るくて、楽しそうだ。
教室や廊下を回りながら、みんないつもよりもテンションが高めなのが伝わってくる。
快くんは一番後ろで堂々と歩いていた。僕はさりげなく快くんの隣へ。特に話せることはないから無言で並んで歩いた。
――快くんはこの合宿、楽しんでくれるのかな?
探検が終わると、ちょうど昼になった。食事はシャドウ先生の親戚が経営している弁当屋のご飯だ。鳥肉弁当とさば弁当があり、僕はさば弁当を選んだ。鶏肉弁当を選んだ快くんはきちんと食べれているだろうかと、さりげなく何度もチェックした。確認する度に順調に量は減っていて、ラストの鶏肉を箸で掴んで口に入れると無事に完食していた。その姿を確認して安心した僕も、綺麗に完食した。
午後からは全員でラジオ体操をした後に、走ったり筋トレしたり、発声練習を。役者以外のメンバーも、見学の生徒たちまでもが一緒にしている。殺陣稽古も全員が見学をしていた。あれもこれも、快くん効果だからなのか――特に快くんの出番時の視線は熱かった。僕は本番以外の視線はとても気になり緊張するので、どうにか意識をしないようにしながら快くんと向かい合った。
僕の役にとって、今回の敵役は快くんとやさぐれ担当の山下くん。そして表向きの味方はやんちゃ担当の小田川くんとおだやか担当の仲本くん、甘えん坊担当の手越くんだ。なので僕は山下くんと戦い、快くんに攻撃を仕掛け、そして快くんから風のような遠距離攻撃を受ける練習をした。快くんがカッコよく剣をひとふりするだけで見学者たちはざわめいていた。
と、順調にスケジュール通りに進み、近くの銭湯で汗を流して一日を終えた。布団に入ると、疲れたからかすぐに睡魔が襲ってきた。だけど少し経つとぼんやりと目を覚ました。横で眠っている快くんは眠れているかな?
あれ!? 快くんがいない……。
眠ろうと目を閉じてみたけれど快くんが戻ってこないのが気になったし、トイレに行きたくなってきたから静かに教室から出る。
トイレに向かいつつ、目をキョロキョロさせながら薄暗い廊下を歩いていると快くんがいた。快くんは不思議なポーズをしていた。廊下の壁に背中をしっかりとつけて真っ直ぐに立っていたのだ。
「快くん……」と声をかけようとした時に女の子の声が快くんの横からした。誰だろうと気になりそっと近くによってみた。
快くんの横にいたのは陽キャの美桜さんだった。しかも美桜さんも快くんと同じポーズをしている。
こんな夜中にふたりきりで……なんだろう、胸の辺りがギュッとして、なぜか痛くなった。
「あっ、萌木くんだ!」
ふたりだけの独特な世界で話しかけられない雰囲気だったから、そっとバレないように遠回りしてトイレに行こうとしたのに、美桜さんが声をかけてきた。と、同時に快くんと美桜さんは壁から離れた。
「あぁ、美桜さんだ。こ、こんばんは」
今気がついたふうに反応をする僕。僕は今、覗いてはいけない秘密の空間を覗いてしまった気がして、明らかに慌てふためいている。
「こんばんは! 今日はお疲れ様~」
「お疲れ様です……」
気になる。気になるなぁ……聞いてしまおうか、えい!
「あの、おふたりは今、何をなされていたのでしょうか?」
自分、不自然な聞き方だな。
「えっ……えっと、その……快くん、そろそろ寝た方がいいんじゃない?」
答えてくれないのかい! いきなり目を泳がせた美桜さんは快くんと目を合わせた。様子がとても怪しすぎる……。
なんだろう、この居心地の悪さ。
ふたりで秘密を共有し合い、これ以上こちら側には入ってこないで!みたいな感じ。モヤモヤする。僕はこれ以上は何も聞かずにとりあえずトイレに行き、それから教室に戻ろうとした。途中、美桜さんに待ち伏せされていた。
「さっきは嫌な感じで返事濁しちゃってごめんね~」
「えっ、何のことかな?」
分からないフリをしたけれど、ほんっっとうに嫌だったな。だけど素直に言えない。
「さっきの、深層筋を鍛えてる時のよ」
「深層筋……?」
「そうそう、あのね、快くんには内緒にしてほしいって言われてたんだけどね」
急に小声になる美桜さん。
「いや、内緒にしてって言われたことを今言おうとしてます?」
「え、うん。聞かないでおく?」
「……」
聞きたい。でも快くんにとっては知られたくないほどのこと。というか、快くんはあんまり自分のことを周りに話すタイプではないのに、内緒にしてほしいことを美桜さんに話してしまうの? 美桜さんは陽キャだから? いや、ふたりはそこまで親密な中なのか?
「まぁ、内緒って言われてるから、やっぱり言わないでおこうかな」
頭の中でグルグルと色々考えていると、そう言いながら美桜さんは教室の方に向かおうとする。
「ま、まって……聞かなかったことにするから、教えて?」
「あのね、萌木くんには特に内緒ねって言われてたんだけどね……」
さらに小声になった声がよく聞こえるように顔を美桜さんに近づける。美桜さんは続けて話した。
「さっきね、廊下を歩いていたら快くんの頭からつま先までが壁にくっついていて、快くんが壁の一部になっていたから何してるの?って話しかけたらね、殺陣が上手くなるために深層筋を鍛えてるって教えてくれたの」
「筋トレだったのか……」
「そうそう。だから私も筋トレは好きだから、一緒に鍛えようかなって思って、横にいたわけ」
「それを僕に特に内緒にしてほしいと?」
「そうそう。努力を知られたくない感じなのかなぁ。あとね、これ、気持ちがジーンとしたんだけどね、萌木くんが考えたキャラクターの役をきちんと完璧に演じたいからって言ってたの。あとねあとね、話を聞き出したらね、最初部活で殺陣をすると聞いた時にね、さっぱり分からなかったから部活一瞬抜け出して、動画で基本姿勢調べたりしてたって」
快くん――。
僕も胸の辺りがジーンとしてきた。
「話を聞き出すの上手くて、さすが陽キャだね。教えてくれてありがとう。今の話は聞かなかったことにするね」
「ははは、私が陽キャだなんて。うん、そういえば、よく言われるわ。さて、そろそろ寝ようかな。おやすみなさい、また明日ね!」
「うん。おやすみなさい」
さて、僕も寝ないと。また明日稽古でいっぱい動くし。
一年一組の教室に戻ると、快くんは目を閉じて布団の中に入っていた。眠っているのかな? でも布団を掛けた状態だけど膝から下がはっきり浮いているのが分かる。眠りながらも筋トレをしているなんて……。
僕も布団に入る。そして快くんを見つめた。ふと思い出す。初めて快くんと殺陣をした日のことを。慣れているのかな?って感じるぐらいに動きが良かった。たしかにその殺陣を試す直前に教室から出ていった。動画を確認していたのか……。
僕は他の人はいつどこで何をしていたのかあんり覚えていないけれど、快くんについては結構覚えている。
快くんの家に行った時も床に肘とつま先つけて停止していたし、鉄棒にぶら下がっていた時も、そしてついさっきも。全部全部芝居のために筋トレをしていたのか。
僕も眠っている時間も無駄にしない!
僕も膝から下を浮かせた。だけど眠れないから足を伸ばした。
すごい、すごいよ快くん。
――僕も頑張らないとな。明日、僕も一緒に筋トレしてもよいか聞いてみようかな?
明日もよろしくね、快くん。そしてありがとう。おやすみなさい。
「柴宮くん辞めちゃうのか……」
やんちゃ担当小田川くんとやさぐれ担当山下くんが呟くと、便乗して他のふたりも残念そうな雰囲気を漂わせ、わあわあ言ってる。
僕だって、今回の台本は快くんに似合う役をイメージした。立っているだけでオーラ溢れる快くんありきのストーリーだから同じことを思っている。快くん来ない問題を解決出来るのは、僕だけな気もしている。
「よし、今日、快くんの家に行ってみる!」
その日の夕方頃、快くんの家の前に着いた。僕の家から近いのだけど、来たのは久しぶり。カーテンと窓が開いていて、道路に面しているリビングの大きな窓からは中が丸見え。チャイムを押す前にそっと覗いてみた。
快くんは、両腕と両足のつま先を床につけていて、僕から見ると一直線斜めになっている格好をしていた。しかも悩み事のあるような表情で。僕は表情を確認すると、さっきよりも快くんの事が心配になってきた。
近くによってみる。バレないようにそっと……。
ニギャー!!!
足元から叫ぶ猫の声。快くんの方に意識が集中しすぎて眠っていた猫の存在に気が付かなくて、身体に足が当たってしまった。
「ご、ごめん猫……」
黒いモコモコな猫にぷいっとそっぽ向かれる。あたふたしていると、視線を感じた。窓に目を向けると、いつの間にか立ち上がって窓の前にいた快くんと目がばっちり合う。
僕ははにかみながら会釈した。快くんは無反応のまま、すっと視界から消えた。
「か、快くん!!」
覗きなんてして、引かれてしまっただろうかと焦る。正面にまわると急いでチャイムを押した。
しんとしたまま、何も反応がない。
快くんが家の中にいるのは分かっている。本当は勝手に開けるのはいけないことだけど、鍵がかかっているかもしれないけれど……。
ドアを勝手に開けてみようとした。
「あ、開いた……」
勢いでドアを最大まで開く。と、同時にさっきの猫が家の中に入っていった。快くんの家の猫だったのか……。いつの間に猫を飼ったのか。僕の知らない情報で、少し寂しくなる。そして、目の前に快くんがいた! 膝を抱えて、暗黒の世界も一緒に抱えたような表情で座っていた。
「か、快くん……大丈夫?」
僕はしゃがんで快くんと視線の高さを合わせると問いかけた。
「星くん、本当に攻撃してしまってごめん」
「コツンと当たっただけだから、本当に痛くなかったし。部員たちが待ってるよ! また一緒に練習しよ?」
「いやだ」
快くんは昔から頑固というか、一回決めたことは絶対に曲げないタイプ。
どうしようかなぁ。僕を攻撃して……痛い思いをさせるのが嫌なのか。と、いうことは――。
「よい方法がある。とりあえず、攻撃だけど、僕は全く痛い思いをしなくてもよい方法。ただ、僕の演技力が問われるけどね……まずは、明日の部活は来てくれないかな? お願いします!」
両手を合わせてお願いすると、快くんは頷いてくれた。
*
そして次の日。快くんが部室の中に入ると、すでにいた他の部員たちがわらわらと快くんを囲んだ。
「快くん、戻ってきてくれたの? 良かった~」
「やっぱり快くんいないと部の輝きがぁ」
と、おだやか担当仲本くんとやさぐれ担当山下くんが言う。全員がほっとした様子だ。僕ももちろん本当に来てくれてほっとした。
「じゃあ早速だけど、僕の頭の中に描いたことを、快くんとやってみよう。快くん、棒を持ってそこに立って?」
快くんに指示を出すと、少し離れた場所に僕も立った。そして僕は指示を続ける。
「じゃあ、しゅっと棒を軽く振ってみて?」
快くんは素直に棒を振ってくれた。
僕は攻撃を受け「うっ……」と苦しむお芝居をしながら倒れた。
「これなら、どう? 僕を攻撃するけれども棒が当たることがないし」
周りは「良いな!」と言いながらガヤガヤしているが、快くんは無言のまま動かない。
ダメ? 快くん、これもダメだったの? 僕は反応が気になりすぎて下を向いている快くんの顔を真剣に覗き込んだ。
口角が1センチメートルも上がっていた。こ、これは微笑みだよね? 微笑んでくれたぁ! 快くんの貴重な微笑み!
僕は心の中で嬉し涙を流した。
このシーンはやられ役の演技力により、より一層快くんの輝き度が増すと思うから、頑張ろう!
と、そんな感じで無事に稽古も再開し、あっという間に夏休みが来た。
*
夏休みにすることを再確認しよう。廃校となった小学校で一週間の合宿と、別の日に遊園地を夕方から貸切り、馬に乗るシーンと芝生で走ったり動き回るシーンなどを撮る。舞台は慣れてきたけれど、映像は撮ったことがないから緊張するかも。
そしてついに合宿の日が来た。
僕はイベント前日の夜は色々な妄想がはかどり、眠れなくなってしまうタイプだから少し寝不足。だけどとても楽しみだから、今日はいつもよりも明るい性格でいられると思う。
場所は自転車で二十分ぐらいのところにある、数年前に廃校となった小学校。演劇部の部員と色々協力してくれる生徒たちは自転車でここに来る。
学校の紺色ジャージを着てリュックを背負い、気持ち良く感じる風に当たりながら自転車で走る。
自転車置き場に着いた。遊園地の撮影日に撮影を担当してくれる、見た目も性格もとても陽キャな動画部の美桜(みお)さんがいた。ちなみに同じクラスだけど教室では話しかけられないから全く交流のない未知な人だった。
「お、おはよう、ございます!」
「おはよう。ここ水でるんだね。出ないと思って、ペットボトルをね、自転車のカゴにいっぱい詰めてきちゃった」
美桜さんの自転車のカゴに視線を向けると2リットルペットボトルの水がぎゅうぎゅうに入った桃色のエコバッグがあった。そして重そうなカメラの機材や合宿中に使う日用品などが入っていると思われる大きなリュックを背負って登場した美桜さんは軽々とエコバッグも抱えた。たくましい、さすが陽キャ。
「ここ、町内のイベントや他の合宿などでも使ったりしているそうで水はいつも使えるみたいです。お伝えしなくて、すいませんでした」
「いやいや謝らないで? 自分で調べれば良かった話なんだから。さて、学校ではどんな動画が撮れるかな~」
美桜さんはるんるんしながら校舎の方に向かっていった。あんなに荷物を抱えているのに軽々とスキップしている。
僕も校舎の方へ向かう。紺色ジャージのかたまりが見えてきた。演劇部員以外の生徒五人が校舎の玄関前に集まっている。演劇部のメンバーは僕以外はまだ来ていない様子。いつもよりも明るい僕だけど、あんまり慣れていない人たちの中にぽつんといると挙動不審になるタイプだから、今それ。僕の視線はふらふらしすぎて、それはもう、溺れそうな泳ぎ方をしていた。その視線を校庭に向ける。
あれ? 快くんがいる!
他の部員はまだ来ていないと思っていたら、校庭にある背の高い鉄棒に快くんがぶら下がっていた。
「快くん……」
少し苦しそうな表情をしているようにも見える。体調良くないのかな?
心配になり、急いで快くんの元へと走った。快くんは僕の姿を見つけた途端に鉄棒から手を離し、ストンと軽々降りた。
「快くん、おはよう」
「うん、おはよう」
「……今日は体調、大丈夫?」
「うん」
「……」
本人が大丈夫だと言っているから大丈夫なのかな? いきなり無理しないでねと声をかけるのも違うかな?
言葉に詰まっていると次々演劇部の部員たちが来た。
「あれ? シャドウは?」
部長の山下くんに質問された僕は校舎の方を見た。
「まだ来てなくて……鍵はシャドウ先生が持ってくるからまだ全員校舎の玄関前に……」
ちなみに〝シャドウ〟とは、演劇部顧問の安達先生のことだ。今年うちの高校に来たばかりの、演劇部を担当している若い女の先生。自己紹介の時に自ら「私はみんなの活躍を見守っていたいから、部活中も影でいるわね。気軽にシャドウと呼んで」と宣言して常に気配を消していた。だからシャドウと呼ばれている。ちなみにいつも部活中は隅でひっそりと見守ってくれている。
僕のスマホに電話が来た。シャドウ先生からだった。
「あっ、おはようございます」
『あぁ、電話出てくれた! 山下くんにも掛けたけれど繋がらなくて……今着いたのだけど、荷物多いから運んでもらっても良い?』
「はい、今向かいます!」
鉄棒付近でわらわらしていた演劇部員は駐車場に向かう。荷物を玄関前に置いた陽キャの美桜さんもついてきた。
ピンク色の車から降りていたシャドウ先生は荷物を外に出していた。
「おはよ~! 遅くなってごめんね!」
小道具や衣装、食べ物など荷物は結構ある。僕も小道具の武器を持った。もう少し何か持てるかなと目をキョロキョロさせていると、快くんと美桜さんがほとんどのものを楽々な雰囲気で担いでいた。
特に快くんは衣装や飲み物など、重たそうなものを軽々と持っている。
快くんってこんなに力持ちだっけ?
あらためて半袖Tシャツ姿の快くんの腕を眺める。
「えっ、すごい快くん」
小声で呟いたのに快くんがすごい勢いでこっちを見てきた。
「あっ、いや、腕の筋肉あるんだなぁと思って」
……快くんは僕の言葉に何も反応しないでただただ見つめてくるだけだった。僕たちは謎に見つめ合う。
「これで全部かな」
部員の誰かの声でハッとし、僕たちは目を逸らす。そして全員で校舎に向かった。
快くん、腕の筋肉について触れられるの嫌だったかな――と、少し気になりながら、まずは今日から一週間眠る場所となる一年一組と書いた教室の中へ入っていく。一組のメンバーは演劇部のみんな。二組の教室には先生と女子生徒、三組には協力してくれる男子たち。と、そんな感じに自然と分かれた。
「小学校の教室で寝るって新鮮!」
「こういうのも良いね」
「でもちょっと怖いからみんなでくっついて寝たいな……僕、真ん中で寝る!」
甘えん坊担当の手越くんとおだやか担当の仲本くんが早速レンタルした布団たちを広げながらワイワイしていた。僕も背負ってきた枕をリュックから出す。
「枕もレンタルの中にあるのに、わざわざ持ってきたの?」
「うん。枕が変わると眠れなくて……」
「あぁ、そういう人いるよね」
「うん。小さい頃からそうでさ」
やんちゃ担当の小田川くんと話しながら、端が一番落ち着けるなと思いながら窓側の布団の上に枕を置く。小田川くんが「俺はじゃあここにしようかな」と、僕の横に枕を置いて座った。その時、快くんの強い視線を感じた。快くんはレンタルの枕をぬいぐるみのように抱きしめながら小田川くんの布団辺りを見つめていた。
「快くん、もしかして小田川くんの場所が良いの?」
僕が質問すると快くんはこくんと頷いた。
「そっか、ふたりは幼なじみだから隣がいいのか」と言いながら小田川くんはドア側の布団に枕を持って移動し、座った。
きっと僕の隣がいいんじゃなくて、ただ小田川くんの場所が眠りやすいからいいんじゃないかな?
理由はどうであれ、快くんが意思表示してくれると嬉しいな。
少し休憩すると僕たちは体育館に集合した。 今日は演劇部以外の生徒たちも来てくれていた。
音や照明、映像などを当日担当してくれる生徒や舞台をまとめてくれる生徒……そしてイケメン快くんが関わることにより、手伝ってみたいと申し出てくれた人も含めると、想像より来てくれた。
快くん効果がすごいな。快くん応援隊みたいだ。チラリ快くんに視線をやると、快くんはいつものように堂々と、凛とした雰囲気で座っていた。
結局今、何人いるんだろう。元々協力してくれる人も含め、一、二、三……おぉ、部員以外は合わせて十人もいる!
演劇部メンバーを中心に円となり、体育館の中心辺りの床に座ってまとまった。部長の山下くんがスケジュールが載ったプリントを配る。
そして一週間のスケジュールを軽く説明し始めたので、僕もプリントに目を通した。
「ま、まず、今日の午前中は、この集まり後には校舎探検を行います。午後からは筋トレや発声などの基礎と殺陣稽古を中心にします……で、明日からはそれに加え、強化したいシーンの練習を主にやり、後半は通しでやっていく予定です。詳しくはプリントを――」
今日の山下くんはまばたきが多いな。説明する人が多くてドキドキしているのかな。芝居以外人前に出るのが苦手な演劇部員たちはこんな時、架空の人物になりきり話すのに。そんな余裕すらない感じなのかな。
「あとは、本番関わってくれる人は練習中は基本、演劇部と共にいてくれたら説明しながらできたりもするので嬉しいです。あとの人は見学しても良いし、小学校で夏を感じてくれても良いし、自由に過ごしてください」
やさぐれ役担当だけど普段の山下くんはこんなふうに、部員以外にはなかなか丁寧な感じ。
緊張感ある山下くんの説明が終わると、すぐに全員での校舎探検が始まった。この小学校は二階建てで、おじいちゃん世代が通っていた雰囲気のある学校。
「校舎探検、楽しい!」
「まだ明るいのに古い雰囲気だからか、もうすでに幽霊が出そうな感じで、なんかわくわくするね」
「幽霊の話とかやめてよう、怖くて夜トイレひとりで行けなくなるっていうか、行けないよぉ」
「じゃあ手越くんが夜トイレに行きたい時は毎回付き合ってあげるよ」
「絶対だよ!」
手越くんと仲本くんも、僕のようにいつもよりもオーラが明るくて、楽しそうだ。
教室や廊下を回りながら、みんないつもよりもテンションが高めなのが伝わってくる。
快くんは一番後ろで堂々と歩いていた。僕はさりげなく快くんの隣へ。特に話せることはないから無言で並んで歩いた。
――快くんはこの合宿、楽しんでくれるのかな?
探検が終わると、ちょうど昼になった。食事はシャドウ先生の親戚が経営している弁当屋のご飯だ。鳥肉弁当とさば弁当があり、僕はさば弁当を選んだ。鶏肉弁当を選んだ快くんはきちんと食べれているだろうかと、さりげなく何度もチェックした。確認する度に順調に量は減っていて、ラストの鶏肉を箸で掴んで口に入れると無事に完食していた。その姿を確認して安心した僕も、綺麗に完食した。
午後からは全員でラジオ体操をした後に、走ったり筋トレしたり、発声練習を。役者以外のメンバーも、見学の生徒たちまでもが一緒にしている。殺陣稽古も全員が見学をしていた。あれもこれも、快くん効果だからなのか――特に快くんの出番時の視線は熱かった。僕は本番以外の視線はとても気になり緊張するので、どうにか意識をしないようにしながら快くんと向かい合った。
僕の役にとって、今回の敵役は快くんとやさぐれ担当の山下くん。そして表向きの味方はやんちゃ担当の小田川くんとおだやか担当の仲本くん、甘えん坊担当の手越くんだ。なので僕は山下くんと戦い、快くんに攻撃を仕掛け、そして快くんから風のような遠距離攻撃を受ける練習をした。快くんがカッコよく剣をひとふりするだけで見学者たちはざわめいていた。
と、順調にスケジュール通りに進み、近くの銭湯で汗を流して一日を終えた。布団に入ると、疲れたからかすぐに睡魔が襲ってきた。だけど少し経つとぼんやりと目を覚ました。横で眠っている快くんは眠れているかな?
あれ!? 快くんがいない……。
眠ろうと目を閉じてみたけれど快くんが戻ってこないのが気になったし、トイレに行きたくなってきたから静かに教室から出る。
トイレに向かいつつ、目をキョロキョロさせながら薄暗い廊下を歩いていると快くんがいた。快くんは不思議なポーズをしていた。廊下の壁に背中をしっかりとつけて真っ直ぐに立っていたのだ。
「快くん……」と声をかけようとした時に女の子の声が快くんの横からした。誰だろうと気になりそっと近くによってみた。
快くんの横にいたのは陽キャの美桜さんだった。しかも美桜さんも快くんと同じポーズをしている。
こんな夜中にふたりきりで……なんだろう、胸の辺りがギュッとして、なぜか痛くなった。
「あっ、萌木くんだ!」
ふたりだけの独特な世界で話しかけられない雰囲気だったから、そっとバレないように遠回りしてトイレに行こうとしたのに、美桜さんが声をかけてきた。と、同時に快くんと美桜さんは壁から離れた。
「あぁ、美桜さんだ。こ、こんばんは」
今気がついたふうに反応をする僕。僕は今、覗いてはいけない秘密の空間を覗いてしまった気がして、明らかに慌てふためいている。
「こんばんは! 今日はお疲れ様~」
「お疲れ様です……」
気になる。気になるなぁ……聞いてしまおうか、えい!
「あの、おふたりは今、何をなされていたのでしょうか?」
自分、不自然な聞き方だな。
「えっ……えっと、その……快くん、そろそろ寝た方がいいんじゃない?」
答えてくれないのかい! いきなり目を泳がせた美桜さんは快くんと目を合わせた。様子がとても怪しすぎる……。
なんだろう、この居心地の悪さ。
ふたりで秘密を共有し合い、これ以上こちら側には入ってこないで!みたいな感じ。モヤモヤする。僕はこれ以上は何も聞かずにとりあえずトイレに行き、それから教室に戻ろうとした。途中、美桜さんに待ち伏せされていた。
「さっきは嫌な感じで返事濁しちゃってごめんね~」
「えっ、何のことかな?」
分からないフリをしたけれど、ほんっっとうに嫌だったな。だけど素直に言えない。
「さっきの、深層筋を鍛えてる時のよ」
「深層筋……?」
「そうそう、あのね、快くんには内緒にしてほしいって言われてたんだけどね」
急に小声になる美桜さん。
「いや、内緒にしてって言われたことを今言おうとしてます?」
「え、うん。聞かないでおく?」
「……」
聞きたい。でも快くんにとっては知られたくないほどのこと。というか、快くんはあんまり自分のことを周りに話すタイプではないのに、内緒にしてほしいことを美桜さんに話してしまうの? 美桜さんは陽キャだから? いや、ふたりはそこまで親密な中なのか?
「まぁ、内緒って言われてるから、やっぱり言わないでおこうかな」
頭の中でグルグルと色々考えていると、そう言いながら美桜さんは教室の方に向かおうとする。
「ま、まって……聞かなかったことにするから、教えて?」
「あのね、萌木くんには特に内緒ねって言われてたんだけどね……」
さらに小声になった声がよく聞こえるように顔を美桜さんに近づける。美桜さんは続けて話した。
「さっきね、廊下を歩いていたら快くんの頭からつま先までが壁にくっついていて、快くんが壁の一部になっていたから何してるの?って話しかけたらね、殺陣が上手くなるために深層筋を鍛えてるって教えてくれたの」
「筋トレだったのか……」
「そうそう。だから私も筋トレは好きだから、一緒に鍛えようかなって思って、横にいたわけ」
「それを僕に特に内緒にしてほしいと?」
「そうそう。努力を知られたくない感じなのかなぁ。あとね、これ、気持ちがジーンとしたんだけどね、萌木くんが考えたキャラクターの役をきちんと完璧に演じたいからって言ってたの。あとねあとね、話を聞き出したらね、最初部活で殺陣をすると聞いた時にね、さっぱり分からなかったから部活一瞬抜け出して、動画で基本姿勢調べたりしてたって」
快くん――。
僕も胸の辺りがジーンとしてきた。
「話を聞き出すの上手くて、さすが陽キャだね。教えてくれてありがとう。今の話は聞かなかったことにするね」
「ははは、私が陽キャだなんて。うん、そういえば、よく言われるわ。さて、そろそろ寝ようかな。おやすみなさい、また明日ね!」
「うん。おやすみなさい」
さて、僕も寝ないと。また明日稽古でいっぱい動くし。
一年一組の教室に戻ると、快くんは目を閉じて布団の中に入っていた。眠っているのかな? でも布団を掛けた状態だけど膝から下がはっきり浮いているのが分かる。眠りながらも筋トレをしているなんて……。
僕も布団に入る。そして快くんを見つめた。ふと思い出す。初めて快くんと殺陣をした日のことを。慣れているのかな?って感じるぐらいに動きが良かった。たしかにその殺陣を試す直前に教室から出ていった。動画を確認していたのか……。
僕は他の人はいつどこで何をしていたのかあんり覚えていないけれど、快くんについては結構覚えている。
快くんの家に行った時も床に肘とつま先つけて停止していたし、鉄棒にぶら下がっていた時も、そしてついさっきも。全部全部芝居のために筋トレをしていたのか。
僕も眠っている時間も無駄にしない!
僕も膝から下を浮かせた。だけど眠れないから足を伸ばした。
すごい、すごいよ快くん。
――僕も頑張らないとな。明日、僕も一緒に筋トレしてもよいか聞いてみようかな?
明日もよろしくね、快くん。そしてありがとう。おやすみなさい。



