「青くん!」
 廊下にいる青くんを見つけて、僕は抱きついた。
「空くん、やめて」
 青くんは嫌がるそぶりをするけれど、これは照れ隠しだから大丈夫。
 この春、青くんが僕と同じ高校に入学して来てくれたので、登下校と昼休みを一緒に過ごせるようになったのだ。
 僕のことを追いかけて来てくれたと思いたいところだが、地元にある高校なので同じ中学から進学する人は多い。現に陸も同じ高校に通っている。
「兄さん何しに来たの?」
 陸がめんどくさそうに教室から出て来た。
「陸がお弁当忘れたから、持って来てあげたんだよ」
 僕は手に持っている弁当箱を掲げた。
「なんで2つ?」
「陸のと僕の分」
「兄さんの分は要らないでしょ」
「陸にあげるんじゃないよ。僕が食べるの」
「そうじゃなくて、兄さんの分は持ってこなくていいでしょ」
「なんで?」
「なんでって、ここ1年の教室だから」
「知ってるけど」
「兄さんは3年でしょ、自分の教室で食べなよ」
「そんなこと言わなくても、いつも食べてるじゃん」
 4月も終盤、2人が入学して来てから昼休みは一緒に過ごしていた。この前の壁ドンといい、様子がおかしいのはなんでだろう。
「たまには別々にさ」
 陸が僕に強く言うのは珍しい。
「いいじゃ別に、ね」
 僕は青くんに同意を求めた。
「まぁ、でも今日はちょっと」
 普段すぐにいいよと言ってくれる青くんが、ためらっている。
「ダメなの?」
「ダメというか、たまには的な」
 青くんが右耳を触り始めたので、隠し事があるということで決定だ。
 そうなんだねと、引き下がってあげた方がいいのは分かっているけど、青くんごめん。許して欲しい。余計なことは考えたくない。ちゃんと受け止めるから、全部知りたいんだ。
「嫌だ」
 僕は強行突破して、いつも一緒に食べている席を確保した。
「陸なんでいつも弁当忘れるの?」
 教室のドアで立ち尽くしたままの、青くんと陸の会話が聞こえてくる。
「忘れたっていうか、兄さんが勝手に持っていっちゃうんだよ」
「そういうこと」
「そういうこと」
「でも一緒に登校してるよね? 貰えばいいじゃん」
「重たいし、持っていってくれるなら楽だなって」
「なんだよそれ、でも今日はさ」
「ごめんごめん、つい癖で」
 本当に今日は特別なことがあるんだ。2人の邪魔をしてしまって申し訳ないなという気持ちもあるけど、引き下がるわけにはいかない。
 やっと2人がこっちに向かって来て、
「空くん、ごめんね」
 と青くんが謝って、席に座った。
 いつも通りに時折会話をしながら、お弁当を食べている。何がダメだったんだろう。大事な話をしようとしていたが、僕が居るからしづらいのだろうか。それとも、言葉の意味そのままで、たまには別々で食べたいということだったのだろうか。
 結局、2人が付き合ってない根拠も付き合っている根拠も曖昧なままだから、付き合っていると仮定したら僕は邪魔者である。
 いたたまれない気持ちになって、お弁当がまだ少し残っているけど閉じた。
「ごめんね」
 泣くつもりなんて一切なかったのに涙が溢れて、その場を離れようとすると、
「待って」
 青くんが僕の腕を掴んだ。
「空くんなんで泣いてるの」
「えっと、」
 青くんの力が強くて動けない。
「どうしたの?」
「2人の時間を邪魔しちゃったかなって」
 青くんは眉間に皺を寄せたあと、
「空くんが邪魔なことはないよ」
 と僕にハグをした。
 そう僕は今、青くんに抱きつかれているのだ。
 よく青くんに抱きつくことはあるけど、青くんからされるのは初めてだ。恥ずかしくて身動きが取れない。心臓の鼓動が青くんに伝わってしまったら、この気持ちがバレてしまう。いや、バレてもいいのか?
「ありがとう。離れて」
 このまま密着していたら、僕がどうにかなってしまいそうだ。
「あぁ、ごめん」
「大丈夫だよ」
 謝らないといけないのは僕の方なのに。
「こっちこそ、無理やりいてごめんね。教室帰るから用事があるなら済ませなよ」
 口を開いたのは陸だった。
「どうせバレるんだから、言ってもいいんじゃない」
 もしかして、その言い方は僕にサプライズをしようとしていたのか。でも僕の誕生日は9月だからまだ先だし。
「確かに。デートしようとしてたんだ」
「えっ、誰と?」
「陸と」
「誰が?」
「俺」
 陸と青くんがデートするって、付き合ってるのの確定じゃん。とんだサプライズを貰ってしまった。
「の練習な」
 と付け加えたのは陸だった。
「デートの練習するの?」
 青くんは動揺しながら、頷いている。右耳を触っていないから、嘘ではなさそうだ。この仕草の信憑性は分からないけど。
「それってさ、僕じゃダメなの?」
「ダメ」
「なんで? 僕が青くんとデートの練習してあげるよ」
 下心しかない提案だけど、悪くはないはず。
「ダメダメ」
「なんで?」
「なんでも」
「陸がデートしたいわけじゃないんだよね」
 陸を睨みつけると、関係ないからほっといてと言わんばかりに卵焼きを口に頬張った。
「青くん、僕がデートの練習してあげるね」
「いやいや、空くんじゃ練習にならないから」
「どういうこと?」
「いや、えっと、空くんデートしたことあるの?」
 痛いところを突かれた。そう言えば陸は彼女がいたことがある。僕はいない。彼女がいたことがあれば、空くんと練習でもデートが出来るというなら、いたことにすればいい。
「ま、まぁ少しは」
「それは、いつ誰と?」
 青くんが僕の肩を強く掴んだ。
「嘘です」
 僕がすぐに白状すると、青くんは安堵したように息を吐く、僕に彼女がいたら都合が悪いのだろうか。
「あのさ俺、青音とデートの練習する日に彼女と本当のデートすることになっちゃったから、2人で行って来なよ」
 陸が想定外の発言をした。
 陸って彼女いたんだ。青くんと付き合ってなかったのか、よかったって、青くんとデートの練習していいってこと?!