先輩と駅のホームで電車を待ちながら、夢のなかにいるような気分だった。
だって、隣にいるのは本物のレオ先輩だ。
がっしりとした体躯に、グレージュの髪をざっくりとひとつに結んで、射貫くような眼差しで佇んでいる。
近寄りがたいのに目が離せなくて、騒がしい駅のホームでレオ先輩だけが別の次元にいるみたいだ。
うっとりとレオ先輩を見つめていると、その鋭い視線が俺に向けられた。
「……なんだ?」
「な、なんでもないです!」
「あ?」
怪訝そうに眉をひそめた先輩に、正直に白状する。
「……ごめんなさい、先輩に、ちょっとだけ、見惚れてました。だって、レオ先輩がすごくカッコいいのが悪いんだ。まさか、一緒に電車に乗れると思ってなかったし、先輩がホームにいる姿を見れるとも思わなかったし」
ぶつぶつと言い訳する俺に、一瞬、ぽかんとした顔をしたレオ先輩は驚くほど深いため息をもらした。
「ほんと、お前って意味わかんねえ……」
「だって、先輩と一緒に電車に乗れるなんて、夢みたいで」
「夢みたいって、お前、もうすこし……まあいいや」
先輩は呆れているけど、一緒に電車に乗るだけじゃない。
先輩がうちに来るなんて夢にすら思わなかった。
────あっ!
そこまで考えて、ハッとする。
こんなことなら部屋、片づけておけばよかった!
部屋、めちゃくちゃ散らかってるし!
……けど、まあ、唐揚げ食べたら、先輩はすぐ帰っちゃうかもしれないし。
べつに、レオ先輩と俺は友達ってわけじゃないんだから。
部屋で一緒にゲームとか、絶対しないだろうし……。
はぁぁぁ……。
「おいっ」
「うわっ!!」
いきなり顔をのぞきこまれて、飛び上がった。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、急に」
「ニヤニヤしてるかと思えば、眉間にしわ寄せてるし、かと思えば、急にへこんだ顔して、不安になるだろ」
「俺、そんなに挙動不審……でした?」
「自覚ねえのかよ」
どうして先輩が笑っているのかよくわからないけど、先輩の笑顔はご褒美みたいで嬉しくなる。
「へへっ」
「今度はご機嫌かよ。ホントによくわかんねぇな」
わしゃわしゃと頭をなでられて、幸せな想いで目をつぶった。
揺れる電車のなかで、レオ先輩がつり革をつかんで視線をはせる。
電車は混みあっていて、制服が擦れ合う距離でレオ先輩を見上げると、心臓が静かに跳ねる。
無造作に髪をかき上げるしぐさも、眉をよせて車内を見回す横顔もすべてに心が惹きつけられる。
彫刻のように整った顔を見上げると、レオ先輩の制服のシャツの隙間から素肌が見えて、慌てて目をそらした。
レオ先輩は肩幅が広くて、骨ばったラインが妙に艶っぽくて、目のやり場に困る。
こんなことにドキリとするなんて、やっぱり俺、少しおかしいのかもしれない。
そんなことを考えて、そわそわと視線を迷わせていたら、ぐらりと電車が揺れて、両足で踏ん張った。
混んだ電車で人に囲まれて息苦しいし、空調に乗客の匂いが混じって鼻の奥がむずがゆい。
「……太陽、埋もれてないか?」
「レオ先輩は背が高くて、うらやましいです」
背が低いことを気にしてるわけではないけど、混雑した電車では圧倒的に不利だ。
周りより頭ひとつ大きいレオ先輩は、涼しい顔をしている。
次の駅でドアが開いて、流れ込んだ空気にさらに鼻の粘膜が刺激された。
「く、く、」
鼻がむずむずして、
「くしゅっ」
くしゃみしたその瞬間、レオ先輩の大きな手に頭を包まれ、そのまま先輩の胸に押し付けられた。
──え?
「大丈夫か」
「あ、はい」
そう答えたけど。
え、これ、どういう状況?
レオ先輩は、俺を片腕でかき抱いたまま、平然としてる。
電車のなかで、俺のくしゃみが迷惑だから?
あ、俺、マスクしてないから!
けど、そんなに俺のくしゃみって罪?
これはレオ先輩に片手で抱きしめられている、とも言える、たぶん。
レオ先輩の胸に額をくっつけたまま、身動きできず固まった。
鼻の奥だけじゃない。
こそばゆさが、じわじわと全身に広がっていく。
ぎゅうぎゅうに混んだ電車で、誰も気にも留めてないけど。
いやいやいや、こ、これは恥ずかしいっ!
だって、レオ先輩は俺の憧れなわけで!
とっさに先輩の腕のなかから逃げ出そうとすると、
「くしゅん」
もうひとつ、くしゃみが飛び出した。
すると、小さく笑ったレオ先輩が、俺を抱え込んだまま耳元でささやく。
「風邪か? 気をつけろよ、お前、文化祭で忙しいんだろ」
レオ先輩の吐息に触れて、思考が停止した。
え、え、えっと。
全身が熱くなってほとんどパニック状態で、もぞもぞと頭を動かすと、レオ先輩と目があった。
「なんだ?」
「……えっと、な、なんでもないです」
って、どうしてウソついた、俺!
これ、なんでもなく、ないだろ!
だって、めちゃくちゃ恥ずかしい!
かあっと頬っぺたが火照るのがわかって、レオ先輩に気づかれないように必死に下を向いた。
電車から降りると、やっと先輩の腕のなかから解放されて、息をはく。
「太陽、顔が真っ赤だぞ」
「そ、それは、レオ先輩が、変なことするから!」
「べつに、変なことじゃねえだろ。くしゃみしそうだったから、かばってやったんだろ」
「そ、そ、そんなこといって、……く、っ、くしゅ」
「大丈夫か、まじで」
そう言って、くしゃっと俺の髪をなでたレオ先輩の指がするりと下りて、俺の耳たぶに触れた。
ふぇっ!?
ぞくりと肌が泡立って飛び上がる。
「せ、せんぱい!?」
片耳を両手で押さえて、うろたえる俺を見て、レオ先輩が楽しそうに笑っている。
「お前といると飽きないな、ほんと」
からかわれたんだ!
「も、もう、やめてくださいっ!」
「くくっ」
いたずらっこみたいな顔をしている先輩が見慣れなくて、駅から家への道を歩きながら、そわそわして仕方なかった。
だって、隣にいるのは本物のレオ先輩だ。
がっしりとした体躯に、グレージュの髪をざっくりとひとつに結んで、射貫くような眼差しで佇んでいる。
近寄りがたいのに目が離せなくて、騒がしい駅のホームでレオ先輩だけが別の次元にいるみたいだ。
うっとりとレオ先輩を見つめていると、その鋭い視線が俺に向けられた。
「……なんだ?」
「な、なんでもないです!」
「あ?」
怪訝そうに眉をひそめた先輩に、正直に白状する。
「……ごめんなさい、先輩に、ちょっとだけ、見惚れてました。だって、レオ先輩がすごくカッコいいのが悪いんだ。まさか、一緒に電車に乗れると思ってなかったし、先輩がホームにいる姿を見れるとも思わなかったし」
ぶつぶつと言い訳する俺に、一瞬、ぽかんとした顔をしたレオ先輩は驚くほど深いため息をもらした。
「ほんと、お前って意味わかんねえ……」
「だって、先輩と一緒に電車に乗れるなんて、夢みたいで」
「夢みたいって、お前、もうすこし……まあいいや」
先輩は呆れているけど、一緒に電車に乗るだけじゃない。
先輩がうちに来るなんて夢にすら思わなかった。
────あっ!
そこまで考えて、ハッとする。
こんなことなら部屋、片づけておけばよかった!
部屋、めちゃくちゃ散らかってるし!
……けど、まあ、唐揚げ食べたら、先輩はすぐ帰っちゃうかもしれないし。
べつに、レオ先輩と俺は友達ってわけじゃないんだから。
部屋で一緒にゲームとか、絶対しないだろうし……。
はぁぁぁ……。
「おいっ」
「うわっ!!」
いきなり顔をのぞきこまれて、飛び上がった。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、急に」
「ニヤニヤしてるかと思えば、眉間にしわ寄せてるし、かと思えば、急にへこんだ顔して、不安になるだろ」
「俺、そんなに挙動不審……でした?」
「自覚ねえのかよ」
どうして先輩が笑っているのかよくわからないけど、先輩の笑顔はご褒美みたいで嬉しくなる。
「へへっ」
「今度はご機嫌かよ。ホントによくわかんねぇな」
わしゃわしゃと頭をなでられて、幸せな想いで目をつぶった。
揺れる電車のなかで、レオ先輩がつり革をつかんで視線をはせる。
電車は混みあっていて、制服が擦れ合う距離でレオ先輩を見上げると、心臓が静かに跳ねる。
無造作に髪をかき上げるしぐさも、眉をよせて車内を見回す横顔もすべてに心が惹きつけられる。
彫刻のように整った顔を見上げると、レオ先輩の制服のシャツの隙間から素肌が見えて、慌てて目をそらした。
レオ先輩は肩幅が広くて、骨ばったラインが妙に艶っぽくて、目のやり場に困る。
こんなことにドキリとするなんて、やっぱり俺、少しおかしいのかもしれない。
そんなことを考えて、そわそわと視線を迷わせていたら、ぐらりと電車が揺れて、両足で踏ん張った。
混んだ電車で人に囲まれて息苦しいし、空調に乗客の匂いが混じって鼻の奥がむずがゆい。
「……太陽、埋もれてないか?」
「レオ先輩は背が高くて、うらやましいです」
背が低いことを気にしてるわけではないけど、混雑した電車では圧倒的に不利だ。
周りより頭ひとつ大きいレオ先輩は、涼しい顔をしている。
次の駅でドアが開いて、流れ込んだ空気にさらに鼻の粘膜が刺激された。
「く、く、」
鼻がむずむずして、
「くしゅっ」
くしゃみしたその瞬間、レオ先輩の大きな手に頭を包まれ、そのまま先輩の胸に押し付けられた。
──え?
「大丈夫か」
「あ、はい」
そう答えたけど。
え、これ、どういう状況?
レオ先輩は、俺を片腕でかき抱いたまま、平然としてる。
電車のなかで、俺のくしゃみが迷惑だから?
あ、俺、マスクしてないから!
けど、そんなに俺のくしゃみって罪?
これはレオ先輩に片手で抱きしめられている、とも言える、たぶん。
レオ先輩の胸に額をくっつけたまま、身動きできず固まった。
鼻の奥だけじゃない。
こそばゆさが、じわじわと全身に広がっていく。
ぎゅうぎゅうに混んだ電車で、誰も気にも留めてないけど。
いやいやいや、こ、これは恥ずかしいっ!
だって、レオ先輩は俺の憧れなわけで!
とっさに先輩の腕のなかから逃げ出そうとすると、
「くしゅん」
もうひとつ、くしゃみが飛び出した。
すると、小さく笑ったレオ先輩が、俺を抱え込んだまま耳元でささやく。
「風邪か? 気をつけろよ、お前、文化祭で忙しいんだろ」
レオ先輩の吐息に触れて、思考が停止した。
え、え、えっと。
全身が熱くなってほとんどパニック状態で、もぞもぞと頭を動かすと、レオ先輩と目があった。
「なんだ?」
「……えっと、な、なんでもないです」
って、どうしてウソついた、俺!
これ、なんでもなく、ないだろ!
だって、めちゃくちゃ恥ずかしい!
かあっと頬っぺたが火照るのがわかって、レオ先輩に気づかれないように必死に下を向いた。
電車から降りると、やっと先輩の腕のなかから解放されて、息をはく。
「太陽、顔が真っ赤だぞ」
「そ、それは、レオ先輩が、変なことするから!」
「べつに、変なことじゃねえだろ。くしゃみしそうだったから、かばってやったんだろ」
「そ、そ、そんなこといって、……く、っ、くしゅ」
「大丈夫か、まじで」
そう言って、くしゃっと俺の髪をなでたレオ先輩の指がするりと下りて、俺の耳たぶに触れた。
ふぇっ!?
ぞくりと肌が泡立って飛び上がる。
「せ、せんぱい!?」
片耳を両手で押さえて、うろたえる俺を見て、レオ先輩が楽しそうに笑っている。
「お前といると飽きないな、ほんと」
からかわれたんだ!
「も、もう、やめてくださいっ!」
「くくっ」
いたずらっこみたいな顔をしている先輩が見慣れなくて、駅から家への道を歩きながら、そわそわして仕方なかった。
