●裏の山にある、古い墓の前。夜。

 山の裏手から入り、夏子と篠原はこそこそと戻った。
二人とも全身、土で汚れている。

小坂「おお、そなたら、どこをほっつき歩いておったか!」
小坂が酒を飲みながら、大きな声で言う。

その途端、焚火の前にいた氏家が、サッとこちらを振り向いた。

篠原「あ、いや。」
明らかにうろたえる篠原。

夏子「ちょっと散歩をしていただけです。」
夏子、平静を装って言う。

しかし、氏家の顔色が変わり、くんくんと鼻を動かすそぶりを見せると、
氏家「・・血の匂いがするぞ。」
と、怖い顔でつぶやいた。

ギクッ。
夏子と篠原はそろって気をつけをし、遠くを見る。

氏家「そなたら、何をしておった?」
氏家が怖い顔で睨みながら、夏子と篠原の周りを歩く。

夏子「い、いいえ。何も。」
夏子は無表情で遠くを見ながら言う。

しかし、篠原は隠し事が出来ないたちの様だ。
篠原「す、すまぬ!すすき平口の廃トンネルとやらへ行っておった!」
慌てて、頭を下げる篠原。

夏子(正直者かよ!)
小さく舌打ちをする夏子。

氏家は、夏子の反抗的な態度に気がつき、ギロリと睨んだ。
サッと襟元を正し、夏子の方へ近寄る。

氏家「すすき平口とな?なにゆえその様な所へ?」

夏子「・・・・。」
目を落ち着きなく泳がせながら、無視をする夏子。

氏家「お夏。」

夏子「・・・・。」
無表情のまま遠くを見て、完全に氏家を無視する夏子。

夏子の前に回り込み、無理やり夏子と目線を合わせようとする氏家。
目の焦点を合わせない様にして、氏家と目を合わせない様にする夏子。

氏家「この様な間の抜けた面は、いまだかつて見たことがないわ。」
夏子のうつろな顔を見て、あきれた顔でつぶやく氏家。


篠原「・・・あそこは若い者どもが集う所ゆえ、時折、様子を見に行っておったのです。」
篠原は、氏家の顔色を窺いながら。

氏家は怖い顔のまま、静かに聞いている。

篠原「今日は、お夏も供に連れて行ったのじゃ。そうしたら・・」
篠原は、気まずそうに夏子を振り返る。

田丸「雑兵どもの匂いよ・・。」
いつの間にか、田丸が苦々しい表情で、氏家の後ろに立っていた。

篠原「田丸様!面目ございません。お夏を危険に晒してしまいました。」
篠原は顔をしかめて、深々と頭を下げた。

田丸「致し方あるまい。雑兵どもに勘づかれるのも、いずれは避けられぬことであった。」

夏子「・・・田丸様。」
夏子は驚いた顔で田丸を見る。


●焚火の前。夜。


夏子「安永忠兵衛が裏切ったせいで皆さんが討ち死にしたと、雑兵から聞きました。」

田丸は寂しそうに頷いた。
田丸「昔のことじゃ。」

夏子「・・それと。私が安永忠兵衛の子孫だということも。」
夏子は気まずそうに、下を向く。

田丸「安永宝蔵、安永八重、そして今はお夏がおる。三代にわたり弔われておる。もはや怒りはない。」
田丸が静かに言うと、みんな下を向いて頷いた。

夏子「疑問なんですけど、雑兵って弔われているのでしょうか?」
夏子は、ぽつりとつぶやく。

侍達は顔をあげ、夏子を見る。

夏子「田丸様達みたいに弔われていれば、雑兵も怨霊にはならなかった気がします。」

篠原「村人がこしらえた塚はあるぞ。」

小坂「すすき平口じゃな。八重は満月の夜になると、決まって出向いておったのう?」
小坂は氏家を見て言った。

氏家は軽く頷く。


夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
グーグルマップ風に「すすき平口」と表示されている。

夏子「あの廃トンネルがあるのが、すすき平口。正式名称は、すすき平口トンネル。90年代に出来た。しかし事故などが多発して、ほとんど使われずに閉鎖。地元では『すすき平口、つまり、すすき平の古戦場へと繋がる、魔の入り口。』と言われ、怨念が渦巻く場所と言われている。」

夏子は顔を上げて、
夏子「雑兵の墓は、すすき平口のどこにあるのでしょうか?」

篠原「それは…」
篠原が何か言いかけたのを、手で制した氏家。

氏家「お夏、そなたは知らぬ方がよい。」
強い口調で言った。

夏子は驚いた顔で、氏家を見る。

小坂「いかにも。雑兵どもの狙いはお夏じゃ。」
小坂も頷く。

田丸「お夏。ここは我らに任せ、手を退けよ。案ずることはない。」
田丸は優しい口調だが、きっぱりと言った。
 
篠原はハラハラした顔で、ことの成り行きを見守っている。

夏子は納得がいかない。
夏子「でも、田丸様!私の先祖が…。」

氏家「だめだと申しておろう!」
氏家は声を荒げる。

お夏「でも、私も何か出来ると思います!」
負けずに言う夏子。

眉をしかめて、
氏家「……くどいぞ、お夏!」

氏家はぐっと一歩踏み出し、
氏家「そなたに何が出来る!!」

辺りに氏家の怒号が響いた。

夏子の顔色が変わる。
びくりと肩を振るわせ、唇を噛む。

沈黙。

睨み合う夏子と氏家の画。


篠原は(うわ…言っちゃった)と言う様に、顔を手で覆う。

小坂や田丸は、下を向いて静かに聞いている。

静かな沈黙が続く。
虫の声だけが聞こえる。


夏子は目に涙を浮かべて、キッと氏家を見上げる。
踵を返し、振り返らずに立ち去る夏子。



●玄関に続く道。夜。


氏家「お夏!止まらんか!」

後ろから氏家が追いかけて来る。無視して歩き続ける夏子。

氏家「お夏!」
突然、氏家が夏子の腕を掴んだ。その手は氷の様に冷たかった。
ハッとして驚く夏子。

氏家はすごい力で、夏子を自分の方に向かせた。
思いのほか距離が近くて、夏子はドキドキしてしまう。お互いの息がかかりそうな程、近い。
氏家のきれいな顔が目の前にあり、動揺を隠せない夏子。しかし、氏家は夏子の気持ちなど気にもしない。

氏家「田丸様も、関わるなと仰せじゃ。」
まるで父親が子供に言う様に、言い聞かせる。

夏子は、高鳴る胸を抑えて、静かに言う。
夏子「・・わ、私は。ただ、雑兵を救いたいだけです。」
距離感に耐えられなくなり、氏家の手を振り払い、離れようとする。

しかし、氏家はまた夏子の腕を掴む。
氏家「すでに八重が雑兵どもを弔っておる。これ以上、そなたに出来ることはない!」
静かに夏子を見つめていた。しかし、その目は血走っていた。

夏子の胸の奥がきゅっと痛む。

夏子(その優しさが、まるで自分の限界を決められた様に聞こえてしまう。)

夏子「雑兵は、『なぜ・・なぜ忠兵衛は裏切った?』と、すがる様な目で私に言ったんです。彼らはそれを知りたいんです!氏家様だって、知りたいでしょう?」
夏子は、目に涙を浮かべながら氏家に訴える。

氏家「・・それは。」
口ごもる氏家。サッと襟元に手をやり、正す。
それから、キッと夏子の顔をまっすぐに見て。

氏家「八重もそうして苦しんだのじゃ。・・そなたまで同じ道を歩ませたくはない!」
氏家は言いにくそうに言葉につまりながら、でも力強く言い切る。
夏子の目をのぞきこむ様に見る氏家。二人の距離は近い。

息を吸い込み、夏子はこらえきれずに声を上げる。
夏子「私は・・八重ばあちゃんとは違いますから!」

氏家は驚いた様に目を見開いた。

夏子の目に涙があふれている。でも、その奥に強い光が宿っている。
夏子「今、あなたの目の前にいるのは、安永夏子です。安永八重じゃない。」

氏家はしばらく何も言わなかった。
ただ、目の前の夏子の中に、確かに八重と違うものを感じていた。

夏子「私は誰かの代わりじゃない。私を見てください!」
夏子の頭の中に、走馬灯の様に今までの情景が目に浮かんだ。
 
学生時代に、好きな人が他の女子と歩いているのを、後ろから眺めている夏子。
学校の体育祭で、活躍している選手を、ベンチから眺めている夏子。
会社で、みんなの前で褒められている社員を、その他大勢と拍手をしながら静かに見ている夏子。
そして、桜の木の下で八重ばあちゃんを思い出している氏家を、後ろから切ない表情で見つめる夏子。

夏子「私にしか出来ないことがあるはずです。じゃなきゃ、私がここにいる意味がないです。」
そう叫んだ夏子の肩が、震えている。

氏家「・・・。」
氏家の表情が、どこか柔らかく変わっていた。

もう自分には二度と戻ってこない、生気にあふれた夏子の姿。
怒り、叫び、悲しみ、そして心の震え。
それは、亡者にとって、痛いほどに生きている証に見えた。
心が揺れた。それは、死んでから初めて感じる、生きている者への憧れだった。

氏家は、小さく息を吐いた。
そして、静かに言う。
氏家「・・そなたは生きておるな。」
目を細め、微笑む。

夏子「え?」

氏家「生きている者は力強い。わしにはそれが眩しく見える。」
優しい表情の氏家。

夏子「・・そんな。」
夏子の目から一粒の涙がこぼれる。

氏家「かつては、わしも息をしていた。汗をかき、声を荒げ、仲間と心を震わせておった。そなたの様に。」
氏家は眩しそうに目を細めた。
彼は『半端者』であるはずの夏子に、憧れにも似た気持ちを感じてしまい、そんな自分に戸惑う。
サッと襟元に手をやり、整える。

夏子「氏家様・・。」
夏子は、氏家の襟元を正す癖から、彼が動揺していることを感じる。

氏家「あの戦、わしは何も出来なんだ。その悔い、今も腹に沈んだままじゃ。」
静かに目を閉じる氏家の姿に、夏子は何も言えなかった。

声をかけたら消えてしまいそうな程、その姿は儚く見えた。

氏家「そなたを見ていると、不思議と胸が温かくなる。まるで陽に当たっておるようじゃ。」
氏家の目の奥が、かすかに光った。

夏子(この人は目の前にいるのに、すごく遠い所にいる。追いかけても、絶対に追いつけないんだ。)

夏子は胸が締めつけられ、思わず氏家の手を掴んだ。
そのまま、ぎゅっと手に力を入れる。

夏子(彼の手はとても冷たかった。血が通っていない、亡者の手だった。)

夏子に手を握られ、動揺して目を泳がせる氏家。


夏子(想いが届かなくてもいいから、認められたい。お夏に会えて良かったと、言われたい。)
ぐっと氏家の手を力強く握った。

氏家は気まずそうに、夏子の手から自分の手を離すと、サッと襟元に手をやり整えた。

その目には、かすかな光が宿っていた。
氏家「・・・ならば見せてみよ。」

夏子「え?」

氏家「わしの無念を超えてみよ。そなたは生きる者の道を歩め。」
氏家の優しい声。
それは、まるで娘を送り出す、父親の様な温もりだった。

風が吹いて、夏子の髪だけが揺れた。
それと同時に、氏家の姿が青白く光り、空気に溶けて消えた。

夏子「氏家様・・!」
夏子の、手の届かない人の名前を呼ぶ声だけが、静かな夜に残った。