トンネルの奥から、濃い闇があふれ出す様にじわじわと広がって来る。

夏子(空気が変わった!)

鉄の様な、独特の匂いが鼻をつく。

篠原「血の匂いじゃ!」
篠原がそうささやいた途端。

ザッザッザ・・。
複数人が枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。
時折、ガチャガチャと金属音も聞こえる。
ズリズリ・・と何かを引きずる様な音も聞こえる。
誰かがこちらへ来る。

篠原「そのまま声を立てずに!」
篠原は夏子に鋭く言うと、夏子の前に立ちはだかった。
篠原の後ろに四個の人魂が現れ、松明の様に青白く燃え盛った。

夏子(戦闘態勢に入ると、人魂も戦いモードに入るんだな。)
怖いくせに、のんきに考える夏子。


・・ザッザザッザ。
篠原の前で、その数人の重い足音は止まった。

雑兵1「・・篠原様。」
動画で聞いた様な、地の底から響く声が聞こえた。

夏子はその声を聞いた途端、背中がぞわっとした。全身の毛穴が開くような感じがした。

夏子(人じゃない!)
口に手をあてて、呼吸もバレない様にする夏子。

篠原「何者じゃ。」
普段とは違い、冷たい表情と声の篠原。

雑兵2「安永忠兵衛の血を引く者をお連れくださり、ありがてぇことです。」
声と共に、ガチャガチャと音が聞こえた。

夏子(なんの音だろう。)
夏子は声を殺す。

篠原「安永の者など、おらん。帰れ。」
冷たく言い放った。

雑兵3「あの裏切者の安永忠兵衛の血の匂い、忘れちゃおらんぞ!」
雑兵4「篠原様・・、裏切者の血の者は、どこにおるので?」

篠原「雑兵どもめ。今すぐここを去れ!」
篠原の声が、トンネル内に響き渡る。


雑兵1「篠原様も安永のせいで討ち死にしたではないか!」
雑兵2「どうしておかばいなさる!わしらは納得いかん!」

夏子(安永忠兵衛って誰?篠原様が安永のせいで死んだって、どういう事?)
思わず、顔をあげてしまう夏子。

篠原の背中ごしに、雑兵の幽霊の一人と目が合ってしまう。

戦で死んだままの恰好をしているのだろう。
全身ドロと血で汚れている。額から血が流れていて、目には恨みがこもっている。

夏子(うわぁ・・落ち武者の幽霊だ。初めて見てしまった・・。)
全身に鳥肌がたつ。

雑兵3「おう・・そこにおったか、安永の。」
雑兵4「やはり裏切者の血は匂うのぉ。」
嬉しそうに、じりじりと夏子に迫る雑兵の幽霊達。

篠原「控えよ!」
雑兵を叱りつけ、必死に止めようとする篠原。

夏子「ちょっと待ってよ!安永忠兵衛って誰?」
篠原の後ろに隠れながら、雑兵の幽霊に向かって言う夏子。

雑兵1「裏切者の名よ!皆、そやつが寝返ったせいでやられたんじゃ!」
雑兵2「篠原様も小坂様も、田丸様、そして氏家様まで!我ら、全滅じゃ!」
悔しそうな顔で、夏子を睨みつけながら叫ぶ雑兵の幽霊達。

夏子(ーーーそんな。)
夏子は愕然とする。

夏子(私の先祖って事?その人が寝返ったせいで、みんな死んだの?)
篠原を見上げる。

篠原は気まずそうに夏子から目をそらす。

夏子「あ・・!」
夏子は思い出す。

夏子(そういえば、私が初めて自分の名前を言った時。)

●夏子の回想、最初に夏子が自己紹介をした時。

夏子「安永夏子です。」
自己紹介をする夏子。

すると、その場がシーンと静まり返った。
焚火のバチバチという音だけがする。

小坂「・・何ィ?安永だと?」
ピクリと顔を強張らせる。目がぎょろりと動く。

田丸「・・小坂。」
それを静かに諫める田丸。

●現在に戻る

夏子(そっか・・私が安永忠兵衛の子孫ってわかったから、みんなあの反応だったんだーー!)
夏子はひどくショックを受ける。

篠原「お夏、聞いてはならん!」
篠原、雑兵の幽霊達を止めながら、必死に夏子に訴える。

雑兵3「裏切者めが篠原様方とおるとは、迷惑千万じゃ!」
雑兵4「皆、心のうちじゃあ、お夏を煙たがっておるじゃろうな。」

夏子は耳をふさぐ。
でも、雑兵達の地を這う様な声は、それでも耳に入って来てしまう。

その時。

雑兵5「なぜ・・なぜ忠兵衛は裏切った?」
雑兵の一人が、絞り出す様な声でつぶやいた。

夏子は思わず彼を見た。
血だらけの顔は悲し気に歪んでいて、夏子の目をすがる様に見返した。
そこにあるのは、「恨み」ではなかった。

篠原「お夏!今じゃ、走れ!」
篠原が振り返って叫んだ。

夏子「え?は、はい!!」
夏子は、トンネルの出口に向かって、走り出した。

雑兵「グオオオォォォーー!」
ものすごい雄たけびが後ろから追いかけてくる。

篠原「お夏!もっと早う走らんか!」

夏子「は、はい!!」
夏子は闇の中を必死に走り続けた。


●廃トンネルの前。夜。


夏子「やった!外だ!」
夏子は勢いよくトンネルから外に飛び出した。

動悸が止まらない。
足はガクガクと震えている。

夏子「篠原様、大丈夫かな・・」
心配で、トンネルの中を覗こうとした時。


ガサッ。
足元に落ちている細長い紙を踏んでしまった。

夏子「なんだ、これ。」
夏子はその紙を拾い、ライトをかざした。


大きく「悪霊退散」、下の方に小さく「クール」と書いてある細長い四角い紙。


夏子「おお!これ、クールガイ沢口の、クールなおふだじゃん!!」
夏子は思わず叫び声をあげる。

その時、

男「え?え?誰?」

トンネルの横から、ライトを持って小走りに出て来た中年男性。
安っぽい金色のラメのはっぴを来て、金色の蝶ネクタイをしている。
手には三脚つきのスマホ。

夏子「ああーーー!クールガイ沢口ーー!!」
思わず指をさして、絶叫してしまう夏子。

夏子(しつこく検索に引っかかって来た、怪しい宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口!)

クールガイ沢口「え?沢口の事知ってるの?もしかして、ファン?」
自分の顔の前で両手をひらひらさせながら言う、クールガイ沢口。

夏子「あ、ファンっていうか・・。」
しどろもどろの夏子。

クールガイ沢口「えーー!ありがとう!沢口うれしーー!」
クールガイ沢口、無理やり夏子の手を握って、ぶんぶんと握手する。
※夏子、笑顔だけどちょっとひいている。

夏子(動画で見たまんまの暑苦しさ。)


夏子「あ、これ。ここに落ちてました。」
先ほど拾った、クールなおふだを彼に手渡す、夏子。

クールガイ沢口「あ、ありがと~。今ね、封印中なの。」
バリケードの上に、これでもかとおふだを貼り付けている。

夏子「封印?」

クールガイ沢口「このトンネル内に怨霊がいてさ~。絶対悪い奴らだから、封印中~!」
指をくるくると回して、ポーズ。

夏子「このクールなおふだで?」
ちょっと笑ってしまう夏子。

クールガイ沢口「ちょっと!これとっても効くんだから。この前も、これで撃退したんだから!」
ぷんぷんと怒る。

夏子「え、それって、ブログにあがっていた動画ですか?」

クールガイ沢口「そう!早速観てくれたんだー!ありがとうー!」
と、また夏子の手をぶんぶんと握手するクールガイ沢口。

夏子「あの後、どうなったんですか?」

クールガイ沢口「そうそう!待てーって言われて、逃げたんだけど追いつかれちゃってね!仕方なく、このクールなおふだを出したら、すぐに逃げて行った!」

夏子(胡散臭すぎて、逃げて行ったんじゃない?)
信用しない顔の夏子。

クールガイ沢口「でね、トンネルの外に出てホッとしていたら、今度は侍の幽霊が出て来るからびっくりしちゃってー!」

夏子(それは、今度こそ篠原様だな笑)

夏子「沢口さんって、霊感けっこう強いんじゃないですか?」

夏子(篠原様が、クールガイ沢口の事を『よい心得を持っておる。』と褒めていたもんな。)

クールガイ沢口「そう。こう見えても沢口、霊媒師だからね!全日本霊媒師検定1級持ってるから!」
どや顔で腰に手をあてる。

夏子(全日本霊媒師検定1級?なんか胡散臭い・・)
夏子、無表情でクールガイ沢口を見る。

クールガイ沢口「全アフリカシャーマン検定一級も持ってるし!」

夏子(やっぱ胡散臭い。)

夏子「で、また動画を撮りに来たんですか?」

クールガイ沢口「そう!この前のリベンジをしようと思って!じゃあ、この一枚を貼り付けたら、封印完了~!」
クールガイ沢口が、クールなおふだを持ってトンネルに近づく。

夏子「あ、ちょっと待って下さい!まだ知り合いが中にいて。」
慌てて止める夏子。

夏子(もしこのクールなおふだが本当に効くなら、篠原様も雑兵の幽霊と共に、トンネル内に封印されちゃうよ。)

クールガイ沢口「え?いる?霊しかいない気がするけど。」

夏子「あ、その知り合い、霊なんです。」

クールガイ沢口「え?」
クールガイ沢口が、いぶかし気な顔で振り向いた時。


篠原「おおーー!くるりの者じゃーー!!」
トンネルの中から、すごい勢いで、篠原が目をキラキラさせて飛び出してきた。

クールガイ沢口「おおおお!この前の侍の幽霊!!オーマイガー!!」
沢口、両手を広げて空に向かって叫ぶ、オーバーリアクション。

篠原「ははは!!見たか?お夏!」
篠原、クールガイ沢口を指差して、大笑い。

夏子「見ました。」
チベスナ顔の夏子。

クールガイ沢口「知り合いって、この幽霊?」
篠原と夏子を交互に指差すクールガイ沢口。

夏子「はい。こちらの篠原様、沢口さんの大ファンです。」
篠原を沢口に紹介する。

クールガイ沢口「えーー!幽霊にもファンがいるなんてー!沢口、くるくるうれしーー!」
沢口、手をくるくると回しながら、ポーズを決める。

篠原様「おーー!なんと珍妙なる振る舞いよ!!」
目をキラキラさせながら、拍手をしている篠原。

夏子(なんだろ、すごく波長の合う二人。)
完全に蚊帳の外、無表情で二人を見守る夏子。
※沢口が次々と繰り出す謎のポーズに、拍手をして喜ぶ篠原の画。


その時。

雑兵「グオオオォォォーー!」
ものすごい雄たけびがトンネル内から響いて来た。

篠原「やや、やはり駄目であったか!」
篠原、自分の刀を触る。

クールガイ沢口「あ、忘れてた!じゃあ、封印~!」
クールなおふだを空にかざす。


篠原「おお、なんとまぶしい!はよ、しまえ!」
篠原、目を手で覆って嫌がるそぶりをする。


夏子「ええーーー!!めっちゃ効いてるーー!本当に効くんだ、これ!!」
夏子、驚き、まじまじとおふだを見る。

クールガイ沢口「そりゃそうだよ!沢口、ちゃんと修行してるんだから!」
腰に手を当てて、いばる仕草。

夏子「え?そうなんだ・・。」
少しクールガイ沢口を見直す夏子。

夏子(ただの胡散臭い、詐欺のおっさんかと思っていた。)

クールガイ沢口「沢口、子供の時から幽霊だって妖怪だって見えるし。・・まあ、死んだ親父には、お前は出来損ないだって言われていたけど。」
後半、暗い表情。

夏子「・・出来損ないだなんて。そんな事ないですよ。」

夏子(私だけじゃなく、みんな誰かに認めてもらいたいって、思っているんだな。)
しんみりとする夏子。


トンネル内のすぐ近く、ガチャガチャという音と共に、血の匂いが外まで漏れ出て来た。
雑兵「オノレェェーー!!」

クールガイ沢口「いけない!封印!」

クールガイ沢口がおふだをバリケードにはった途端、今にも夏子達に襲い掛かって来ようとした雑兵達の姿は、黒いチリになって消えた。

一同、ホッとしてその場にへたりこんだ。