●裏の山にある、古い墓の前。午後。

※夏子は笑顔で、墓石を磨いている画。
夏子(私は、氏家様に言われた通りに、目の前の事を懸命にこなした。)

●夏子の回想。夕方。

夏子(まだまだ失敗して怒られる事もあるけれど。)
※夏子が氏家に「すいません!」と頭を下げている画。

夏子(うまくいけば褒めてもらえるし。)
※夏子に向かって、氏家が無表情で軽く頷く。夏子がうれしそうに頬を赤く染める画。

夏子(ここにいてもいいって、認めてもらえている感じがした。)
※氏家が遠くで小坂らと話していて、夏子の視線に気が付き、軽く頷く画。

夏子(気が付いたら。私はいつも氏家様を見ていた。)
※夕焼けの中、氏家とみんなが剣術の稽古をしている。夕焼けに照らされながら、うれしそうにそれを見る夏子の画。

● 現在に戻る。
裏の山にある、古い墓の前。午後。

夏子(墓の周りの雑草も抜いたし、墓石も磨いたし。私、結構慣れて来たんじゃない?)
夏子は額の汗をぬぐいながら、充実した笑顔。

夏子(デスクに一日中座っていた時よりも、体を動かすし。なんだか最近、充実している気がする。)

その時、お墓の方から声が聞こえる。
『お夏!お夏!』

夏子「ん?その声は、篠原様?」

篠原『そうじゃ、こちらへ!』

声のする方、一番左にある墓石へ近づく夏子。
夏子「こんなに明るいのに、話せるんですねー!」

篠原『わしは若いゆえ、寝ずとも平気じゃ。ただし、ここからは出られぬがな。』

夏子「へえ。そういうのもあるんだ。他の皆さんは?」

篠原『皆様はお休みじゃ。』

夏子(墓石としゃべっている所を誰かに見られたら、頭がおかしいと思われるだろうな。)
一人でぐふっと笑う夏子。

篠原『墓守の勤め、ご苦労ご苦労。されど、墓に尻を向けるのはよろしくないぞ。』

夏子「尻?私、お尻向けてました?」

篠原『草むしりに夢中であったか。氏家殿の墓石に尻がついておったぞ・・ぐふぐふっ!』
篠原、思い出し笑いをしている。

夏子「ええ?気が付かなかった・・!」
青ざめる夏子。

篠原『笑いをかみ殺すのが大変じゃった。』
篠原は墓石の中で大爆笑している。

夏子「まじか・・バレたら殺されちゃう。」

篠原『ははは!斬り殺されるわ!!』

夏子「どうかこれは内緒で・・!」
バレたら市中引き回し、打ち首獄門にされると震える夏子。

篠原『ははは!もちろんじゃ、そのかわりそなたに頼みがあるぞ。』

夏子「え!篠原様が私に頼み?」

篠原『この近くにある廃トンネル、そなたは知っておるか?時折、そこへ赴くのが楽しみでな。』

夏子(え?廃トンネルって・・。クールガイ沢口のブログで紹介していた、あの心霊スポットの?)

夏子「聞いた事はありますが。あそこ、やめた方がいいですよ。だって、侍の幽霊が出るらし・・」
まで言って、ふと気がつく夏子。

夏子「ん?んっ?」
篠原の墓石を見る夏子。

篠原『どうされた?』
墓石からくぐもった声が聞こえる。

夏子(まさか、廃トンネルの侍の幽霊って、篠原様ーー???)
飛び上がって驚く、夏子。

篠原『あそこへは、若い者どもが集うゆえ、わしも見に行っておる。彼らの用いる言葉、なかなか面白いな。わしも見物しつつ、学んでおるのだ。』

夏子(いや、その若者たちは幽霊である篠原様を見物しに来るんだけど!)

篠原『そなたに頼みがある。今宵、あの廃トンネルへ共に参ってはくれぬか?』

夏子「あの心霊スポットに?えー!そういうの苦手なの!だってあそこ、侍の・・」
まで言った夏子。

篠原の墓石を見る。

夏子「あ、出るという噂の侍の幽霊は、ここにいるんだから・・。篠原様と行けば、別に何も出ないという事・・か?」
と、混乱する夏子。

篠原『皆、誰ぞと連れ立っておるのに、わしだけいつも一人きりで、少しばかり心細いのだ。』

夏子(幽霊側なんだから、心細いとかいらないんじゃ・・。)

夏子「えー・・どうしよっかなぁ。」

篠原『ふふ、よいのか?墓守が大股を広げて草むしりしたあげく、墓石に尻をつけておったと氏家殿に言いつけて・・』
篠原が大きな声で高らかに言い始めたのをさえぎり、

夏子「はい!行かせてください!」
即座に手を挙げる夏子。

こうして、篠原と廃トンネルへ行く羽目になったのだった。 


●廃トンネルの前。夜。

松明を持った篠原とライトを持った夏子が、バリケードで封鎖された古いトンネルの前に立っている。
一部が壊されて、中に入れる様になっている。

夏子「これ、田丸様とかから、怒られないですか?」
不満げな夏子。

篠原「見つからねば、咎められる事もあるまい。」
しれっとした顔で言う篠原。

夏子「やっぱ怒られる奴なんじゃん!一人で行ってくださいよ~!」
逃げようとする夏子。

それをガシッと後ろから襟首をつかむ篠原。
篠原「一人きりは嫌じゃ。」

夏子「なんでですか!幽霊なんだから、いいじゃないですか~!」
篠原に襟首をつかまれたまま、じたばたする夏子。

篠原「おお。そういえばわしのみならず、近頃一人きりの者がおったわ。」
篠原、急に夏子の襟首から手を離す。
そのせいで、オットットとよろめく夏子。

篠原「派手で奇妙な装いでな、【すまほお】に向かい、くるりくるりと何やら声をあげておった。」

夏子(くるりくるり・・。ああ、それクールガイ沢口だな・・。)
あの怪しいブログの動画を撮りに来た時か、と夏子は遠い目をする。

夏子「それでは、皆さん!!ご一緒に!!クーールガイ沢口のーーー?」
と、動画のクールガイ沢口の真似をして、指をくるくると回す夏子。

篠原「おお、それじゃそれじゃ!はははは!あの者、やはり名の知れた者であろうか?」
目をキラキラとさせる篠原。

夏子「いや・・誰も知らないと思います。」
無表情で答える夏子。
スマホを取り出し、クールガイ沢口のブログを検索する夏子。

篠原は、夏子の手にあるスマホを指差しながら、
篠原「今の世では誰もが【すまほお】を備えておるようだな。あの【ぽけべる】なる合図の道具、近頃は誰も携えておらぬ。まさか、お上からお触れでも出たのか?」


夏子(お触れって・・。ポケベル禁止令みたいな?)
歴史の教科書にポケベル禁止令が加わっているのを想像して、密かに笑う夏子。

夏子「それは・・出てないです笑」
夏子、思い切って廃トンネルの中に足を踏み入れる。

中は、急に温度が下がり、夏だというのに肌寒い。

篠原も、夏子に続いてトンネルの中へ入る。
篠原「そうか・・まったく、あれだけ栄華を誇った末に衰えるとは・・。平家の世もこうして移ろったのであろうな。桜もいずれは散る定めじゃな。」

夏子(ポケベルと平家のどちらがより栄華を誇ったのかは、わからないけど。なんだか風流。)※夏子は頬を赤く染める。

篠原「ああ、そのくるりくるりの者の事だが。少し気になり、そなたそれは何の修行かと声をかけてみたのだが、あの者わしを見て、叫び声をあげて逃げて行きおったわ。」

夏子、スマホから目を離し、バッと篠原を見る。
夏子「え?クールガイ沢口に見られたんですか?」

篠原は、うんうんと頷きながら、
篠原「あの者、よい心得を持っておる。多くの者はわしの声は聞こえど、姿は見えぬのじゃ。わしを目にする事が出来るのは、八重とそなたと~」

夏子「・・クールガイ。」
指をくるくるさせて、クールガイ沢口の真似をしながら言う夏子。

篠原「左様。ははは!」
夏子のクールガイ沢口の真似を見て、腹を抱えて笑う篠原。

夏子(クールガイのどこがそんなにツボに入るんだろう・・。)

一人で大爆笑している篠原に、
夏子「まさか、動画には撮られてないですよね?」

篠原「動画とな?」

夏子「これです。」
スマホでクールガイ沢口の動画を表示させ、篠原に見せる。

ひょこんと夏子の横に来て、一緒に動画をみる篠原。



夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
クールガイ沢口『どーーもーー!宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口です!今回はこちらの廃トンネル!!知る人ぞ知る心霊スポットをクールにご紹介しまぁーす!』

夏子(相変わらずの暑苦しい自己紹介。)
と、呆れた顔。

それとは対比して、
篠原「おお、そうそう!この者よ!ははは!」
篠原はクールガイ沢口を指差して、大笑い。

ははは・・・ははは・・
廃トンネル内に、篠原の笑い声がこだまする。

夏子「・・まさかのファンが、ここに・・。」
大喜びの篠原を無表情で見る夏子。


夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
クールガイ沢口『なんでも、待て!おのれぇ~!と叫びながら、幽霊が追いかけて来るそうですよー!!』※手を口元にあてながら、声を潜めて。

夏子、篠原を見て、
夏子「この、待て!おのれぇ~!って言う幽霊、篠原様ですか?」

篠原「いいや、違う。わしはその様な雑兵めいた物言いはせんぞ。」
プイッと顔をそむけ、不満を現す篠原。

それから、はたっと動きが止まり、じわじわと振り返る。
それから夏子の顔を見て、
篠原「・・まさか・・な。」
と、青ざめた顔で言う篠原。

穴の開く程、夏子の顔を見る篠原。

夏子は篠原のただならぬ様子にギョッとする。
夏子「あの、どうしたんですか?」

篠原「いやいや。何でもない。くるりの者を見ようではないか。」
篠原、何事もなかったかの様に、夏子のスマホを指差す。


夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
クールガイ沢口『ここが、噂の廃トンネルです!さっそく入ってみーましょー!』
真っ暗な廃トンネルに入っていくクールガイ沢口。

クールガイ沢口『中には誰もいないですねー!なんだか寒くなって来ました!』
ザッザと枯れ葉を踏みしめる音が、廃トンネルの中に不気味に響く。

クールガイ沢口『まるで侍の幽霊が来るなと言っているかの様ですねー!オーーマイガーー!!』
急にクールガイ沢口が、両手を広げて天井を向いて叫ぶ。

篠原「はっはっはっは!!」
篠原、画面を指差して大爆笑。

夏子(どこがそんなに面白いんだろう。)
夏子は、冷めた目で篠原を見る。


※動画
クールガイ沢口『なんだろう、急に鉄みたいなツーンとした匂いがして来ましたー。これは何の匂いでしょう?』
クールガイ沢口が立ち止まり、カメラに向かって話をしている。
その後ろで、『ザッザッザ・・』と複数人が枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。

夏子「あれ、他にも誰かいるのかな。」

※動画
クールガイ沢口の後方。
トンネルの奥の方から、まるで生きているかの様に。じわりじわりと深い闇がこちらに広がって来ている。

夏子「なんか出そうな雰囲気~!とうとう篠原様、登場ですか?」

泣きながら笑っている篠原。
篠原「はっはっは!・・いいや、わしがこの者に会うたのは、廃トンネルの外にてのことじゃ。」

夏子の動きがピタリと止まる。
夏子「・・え?じゃあ、これ篠原様じゃないって事?」

篠原「なに?」
篠原も笑うのをやめて、夏子の顔を見る。

※動画
クール沢口『あの闇の中から誰かに見られている様な、そんな気がしますー!』
と言った途端。

『・・オマエカァーー』
闇の中より、地獄の底から響く様な声が聞こえる。

夏子「うわっ!こわ!何この声・・」
篠原も、真剣に動画を見る。

※動画
『・・安永ノ者カーー』『裏切者メーー』『待テーー』
じわじわと迫る闇の中から響く声。怨念に満ち溢れていて、恐ろしい声だった。

クールガイ沢口『うわーー!皆さん!出ましたー!ではひとまず退散!!ドロン!!』
クールガイ沢口が、カメラに向かって手で忍者の真似をしている画。

夏子も動画を止めて、スマホをポケットに入れた。

動画を切ると、トンネル内は怖いくらいの静けさだった。
気のせいか、耳に圧力がかかっているかの様な不快感がする。


篠原を見ると、青ざめている。

夏子「あの声、篠原様ではないですよね?」

篠原「わしではない。」

夏子「あれは何でしょうか?」

篠原は青ざめた顔。
篠原「あれは戦で討たれた雑兵じゃ。なぜに今更・・」

夏子「雑兵?・・あの怖い声、安永の者って言っていませんでした?安永って、私の・・」
夏子がそこまで言った時、

篠原「声を立てるでない!」
篠原が素早く夏子の口をふさいだ。