●家の庭。少し薄暗くなってきた夕方。


夏子「こんなの見つけたんですけど。」
両手に持った三味線を、篠原に見せる夏子。

篠原「それは八重の三味線じゃな。八重は三味線の達人であった。」
青白い人魂を三個ほど周りに浮かばせながら、篠原は夏子の前に立っている。

夏子「ええ?八重ばあちゃんが?」

篠原「おお。あの様な美しき音色、いまだかつて耳にした事はない。」
懐かしそうな笑顔で、思い出している篠原。

すると、夏子の心の中に、流れて来た風景があった。


●篠原の過去回想

篠原「そこに桜の木がある。桜が舞い散る中、氏家殿が舞を披露した。八重の三味線も見事にして、それは誠に素晴らしき趣であった。その折、二人は恋仲となったのじゃ。」

※夏子は昔の風景を見せられている。頬を染めて目を見開いている夏子の画。

ーーーー
春風に枝を揺らし、白い花びらがひらひらと舞い散る。

娘の頃の八重ばあちゃんが、不安そうな顔で三味線を披露している。
すると、氏家がすっと立ち上がり、桜の木の下で扇子を静かに広げた。
はっとして、氏家を見る八重ばあちゃん。
氏家は美しく舞いながら、八重ばあちゃんを振り返り「案ずるな。」とでも言う様に、静かに頷く。
それを見て、八重ばあちゃんは背筋を伸ばし、安心した様に頷く。

「まことに見事なものよ。」と、過去の風景の中で、田丸が絶賛している。

八重ばあちゃんのその瞳は、一瞬たりとも舞う氏家を捉えて離さない。
氏家もまた、八重ばあちゃんの方へと顔を向けた。二人は少し顔を赤らめながら、見つめあう。
花びらの舞う中で、ただ二人だけが時を分かち合っているかの様だった。


●現在に戻る

篠原「氏家殿の袖は花と共に空へ舞い、八重の三味線がそれに寄り添う様に鳴り響き、澄んだ音が野山の隅々まで染み渡っていく。まるでこの世のものとも思えぬ程の調べであった。」

夏子は、心の中に流れて来た風景に、うっとりとしている。

篠原「桜が咲けば、今もあの様が目に浮かぶ。もう一度、あの音色と舞を見とうてならぬ。」
篠原はキラキラとした目で遠くを見ている。
気のせいか、周りの青白い人魂も、懐かしんでいる気がする。

夏子(なぜか、八重ばあちゃんを見ていた氏家の優しい瞳が、忘れられない。)
※回想の氏家の優しい瞳の画。


夏子は、なんとなく気になって、遠くにある桜の木を振り返った。

そこには氏家がいて、一人で桜の木を見上げていた。
夏子は八重ばあちゃんの三味線を抱えたまま、氏家に近づいた。

なんともいえない寂し気な横顔で、声をかけられない雰囲気。
遠くを見ていて、心がここにないかの様だった。
そのまま透けて、どこかに消えてしまいそうだった。

夏子(きっと、八重ばあちゃんの事を思い出しているんだ。)
※胸が痛む夏子の画。

夏子が何か言おうと困っていると、氏家がこちらを見た。

氏家「なんじゃ、そこにおったのか。」
気まずそうな顔で氏家が言った。

それから、夏子の抱えた三味線に気が付き、
「・・・それは。」
息を飲む氏家。

夏子「ああ、これ。八重ばあちゃんの三味線です。納戸で見つけました。」

氏家は三味線から視線をそらし、気まずそうに襟元に手をやり、整えた。
それは心を静めるための、癖の様だった。

氏家「・・まさか、それを田丸様の御前へ持ち出す気ではあるまいな?」
咎める様な鋭い視線で、夏子を見る氏家。

その時、夏子の胸がズキッと痛んだ。

夏子(あの回想の中では、あんなに優しい瞳で八重ばあちゃんを見ていたのに。私の事は、そんな目でみるんだ。)

※落ち込んでいる夏子の画。


夏子の気持ちには全く気が付かない氏家。
氏家「そなた、三味線を操る腕前などあるのか?」

夏子「ないです。」
下を向く夏子。

氏家「人の前で披露する前に、よう稽古せねばならぬぞ。半端な事はならぬ。」

夏子「・・私はどうせ半端者なので。」
夏子は氏家を見ずに、下を向いたまま。

氏家は少し驚いた様に、夏子の顔を見る。

夏子「私は小さい頃から、なんでも半端ですから。今までこうやって生きて来たんです。なのに、急に八重ばあちゃんが死んで、突然、墓守を押し付けられたんです。」
イライラして氏家に感情をぶつける夏子。

夏子「墓守は、私が望んでいた事ではないです!」
氏家を睨みつけながら、不満を言う夏子。

それを冷静に聞いている氏家。

夏子「私は八重ばあちゃんではないですから。三味線も弾けないし。」
いじける夏子。

氏家「・・芳一の様に琵琶も弾けぬしな。」
静かに、嫌な補足をする氏家。

夏子(・・また芳一と比べやがったな!)※鬼の様な顔をする夏子。
 
氏家は、静かに夏子の不満を受け止めた後。
氏家「八重がそなたに墓守を継がせようとしたのは、そなたに見どころがあると信じておったからであろう。」

夏子「八重ばあちゃんが?でも、小さい頃に一度会ったきりだけです。」

氏家「では、その一度会うた折に、すでに決めておったのではないか。」

夏子「そんな事って・・」
信じられなくて、とまどう表情。

氏家「そなたは、実に可愛らしき子であったのう。」

夏子は驚いた顔で氏家を見る。
氏家は、少し微笑んでいた。


すると、夏子の心に流れ込んできた風景があった。


●氏家の過去回想

夕方、八重の庭に幼い頃の夏子がいて、一人でボールで遊んでいる。
そこに歩いて来る氏家。

ザッザ。
氏家の足音に気が付いて、幼い夏子は顔をあげる。

そして、にっこりと笑い、
夏子「こんにちは!」
と、笑う。

氏家は困った顔でとまどう。
幼い夏子は氏家の手を握り、「こっちおいでよ。」と、家の方へ引っ張る。

その時、八重が家から出て来て、
八重「こら、夏子。そんな風にしてはいけませんよ。」

夏子「えーー!いいじゃん。お兄ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
幼い夏子は、氏家の手を握ったまま離さない。

氏家「たまげたのう。この幼子は我が姿が見えておるのか。しかも、手まで掴む事が出来るとはな。」

八重「そうなんです、氏家様。他の子達はみんなダメだったのに、兄の孫の夏子だけ。私が死んだら、次はこの子に頼もうと思っています。夏子なら出来ると思います。」

夏子「うん!夏子、出来るよ!」
よくわからないまま返事をする夏子。

八重「氏家様、夏子をどうぞよろしくお願いします。」
八重は、深々と頭を下げた。

氏家「よかろう。お夏には、わしよりよく言って聞かせるとしよう。」
それから、氏家は横でニコニコしている夏子の頭に軽く手をのせ、

氏家「わしは厳しき者じゃ。覚悟しておけ。」

夏子「うーん!!」
よくわからずに屈託なく笑う夏子に、氏家と八重は大笑い。

●現在に戻る

げんなりした顔をして、落ち込む夏子。
夏子「・・私、うん!出来るよ!とか、言っちゃってんじゃん・・。」

夏子(全然覚えてない!)


氏家「おお、そなたにも往昔の様が見えたか。さすが、ただ一人の墓守よのう。」
と、少しだけ表情が緩む氏家。

夏子(初めて氏家様に褒められたんじゃない?)
少し、テンションが上がる夏子。

氏家「八重は八重。お夏はお夏じゃ。そなたなりの務めを尽くせばよい。」

夏子、氏家を見る。

それだけ言うと、氏家は静かにそこを立ち去った。

夏子はスッと背筋が伸びた氏家の後ろ姿を、尊敬のまなざしで見送った。
夏子「あの厳しさは、八重ばあちゃんとの約束から来るものだったんだ。」

夏子(私の中の恐れが、尊敬に変わった瞬間だった。)

その時、くるっと振り向いた氏家、
氏家「そうじゃ、墓の周りの草はまだ抜いておらぬな。墓石も磨かねばな。」

夏子「あ、それも墓守の仕事か・・。たくさんあって、何からしたらいいのやら。」
少しパニックになりかける夏子。

氏家は子供に言い聞かせる様に、
氏家「何事をなすべきかわからぬ時は、まず目の前の事に心を尽くせ。よいな。」


夏子(そうだよね、取り合えず目の前の事から頑張ればいいんだ。)

夏子「よしっ!」
空に向かって両手を突き上げる夏子。


すでに空は夕闇。

カラスの鳴き声が空に響き渡っていた。