●裏の山にある、古い墓の前。夜。


焚火がパチパチと音をたてている。
周りにはいくつもの青白い人魂がゆらゆらと揺れている。

焚火の周りに侍の幽霊達があぐらをかいて座り、連行された夏子を見ている。

特に氏家は、こめかみに筋が浮きたっている。
※隠れようとした夏子に相当腹を立てている様子。


夏子「あの、ひとつお伺いしますが。皆様、私が見えています?」
両手を顔の前にひらひらさせながら、おどけて言う夏子。
※怖さをおちゃらけで相殺しようとしている。

一同「はっきりと!!」
おどけた夏子とは対比して、きちんと座った状態で一斉に言う侍達。

田丸が扇子で、自分の顔を指す。
田丸「それはなんじゃ。経文か?」

夏子「あ、はい~。耳なし芳一みたいにお経を体に書けば、幽霊から私の姿が見えないかな~と、思って・・。」

篠原「体に?いや、面にしか書いておらぬではないか。」
篠原が夏子の腕などを指差す。

夏子「顔から書き始めたら、なんか途中で飽きちゃって・・。」
夏子が苦笑いしながら言う。

夏子の言葉を聞き、氏家が怒りをかみ殺した様に天を仰いだ。


小坂「南無阿弥陀仏が左右逆じゃ。」

夏子「鏡を見て書いたら、逆になっちゃって~。」

篠原「こことここ、間違えておるのう。ここもじゃ。」
篠原が扇子で夏子の顔を数か所、指す。

氏家「そなたは半端者よ!何事も途中で放り出す半端者よ!恥を知るがよい!」
氏家が怖い顔で夏子を睨む。

夏子「今日もこわ・・。」
視界に氏家様が入らない様にする、夏子。


田丸「お夏、耳なし芳一とは何者じゃ?」
田丸が興味津々で聞いてくる。

夏子「怖いお話です。昔話です。」
夏子はスマホを取り出す。


田丸「あれがその『すまほお』なるものか?」
夏子の手にあるスマホを扇子で指しながら、篠原に尋ねる田丸。

篠原「左様にございます。かの物にて諸々の事を調べる次第にございます。」
田丸、驚いた顔で頷いている。


耳なし芳一の話を検索し、その場で読み始めた夏子。

夏子の朗読『七百年以上昔の話、下関海峡の壇ノ浦にてーー』

田丸「なに?」

篠原「壇ノ浦にございます。」
二人はこそこそと話している。


侍の幽霊達は、真剣に背筋を伸ばして、夏子の朗読を聞いている。


夏子の朗読『芳一を迎えに来た侍の、カタカタという足取りは・・』

小坂「ん?鎧を着ておるな。」

篠原「寺へ小僧を呼びに参るだけであろうに、なぜ鎧など。」

小坂「妙なことよのう。戦にでも向かうつもりか?」

篠原「戦のために小僧を呼びつけるとは、どういう了見じゃ。」

小坂「さればその小僧、ただ者ではあるまいぞ。まさか、何かしらの術を使う口か?」

夏子(カタカタって言っただけなのに。よくもそこまで話が広げられるな・・。)
夏子は苦笑いをしながら、朗読を続ける。


ーーーーーーーー

夏子の朗読『ただ、耳がふたつあるばかりだ。怨霊は仕方がなく、その冷たい手で芳一の耳をつかみ、すごい力で引きちぎった。』


篠原「何たる手落ち!」
篠原は自分の膝を叩いて、大げさに悔しがる。

氏家「肝心の耳に書き忘れるとは迂闊なことよ。役目を全うせねばならぬ。」
氏家は、膝の上のこぶしを強く握り、吐き捨てる様に言う。

小坂「抜かりというのは、時に命取りよ。油断すれば我らも耳を取られるにことになるわい。」
小坂様も悔しそうに近くの草を抜き、唇をかむ。怒った様に草を投げ捨てる。


夏子は侍の幽霊たちの怒りに驚き、キョロキョロと顔色を伺った。
夏子(こんなテンションで耳なし芳一を聞く人達、会った事ないわ・・。)


夏子の朗読『・・芳一は耳が無くなってしまいましたが、皆に助けられながら幸せに暮らしたそうです。おしまい。』
スマホを置き、みんなの顔を見る夏子。


侍の幽霊達は、シーンと静まり返っている。

まるでお通夜みたいな雰囲気。

田丸は眉根を寄せて、何かを噛みしめている。
氏家は顔をしかめて、一人で頷いている。
小坂は目に涙をためて、上を見ている。
篠原は、目元に手をあててうなだれている。


夏子「・・あの~、えっと~・・」
苦笑いで、皆を見回す夏子。

明らかに、怪談を聞いた時の雰囲気ではない。様子がおかしい。
とまどう夏子。


最初に口を開いたのは小坂。

しんみりとした表情で、膝の上のこぶしをぎゅっと握りしめ、
小坂「・・なんと立派な武者じゃ。殿の御前へ馳せ参じるため、死しても鎧を脱がずに立ち上がったのであろう。」


夏子(え?そっち?)※夏子、目を見開いて小坂を見る画。

すると、氏家が何度も頷きながら、
氏家「・・恐ろしい怨霊などではない。あれは忠義の姿そのものよ。」

篠原は、感動した様に目を潤ませ、
篠原「武者は・・誇らしゅうあっただろうな。主君の御前に、相応しき者を連れて参ったと。」

夏子(え?)※夏子、氏家と篠原をキョロキョロと驚きの顔で見る画。


田丸「死してなお、務めの途上なのだ。まこと武士の鑑よ。」
田丸もしんみりとした顔で。

夏子(まさかの!!武者視点??)※驚いている夏子の顔。

夏子(侍の幽霊達が、芳一の耳をちぎり取った武者を絶賛している。)


小坂「芳一の耳が残っておって、まことによかったのう。」
小坂が、笑顔で明るく言う。

氏家「そうじゃな。それにしても、姿の見えぬ芳一を探し回った武者の心持ちを思うと、哀れなものじゃ。さぞや取り乱したであろう。」
武者に同情する氏家。

篠原「耳しか持ち帰れぬとは・・。主君にお叱りを受けたのではあるまいか。わしなら芳一を寺に戻さず、手元に置いておくがな。」
武者の気持ちになって考える、篠原。

田丸「それにしても平家の亡者ども、滅びてもなお己が栄華を忘れず、琵琶の音を求めて姿を現すとはな。」
田丸は皆の顔を見まわしながら、寂しそうな顔で微笑む。

田丸「死しても誇りを捨てぬその魂、見習わねばなるまい。」

田丸の言葉に、一同唇を噛みしめ、強く頷く。


※侍の幽霊達の顔を「は?」という様に見る、現代人の夏子の顔の画。


しんみりとしていた侍の幽霊達は、一斉に夏子を見て
「お夏、礼を言うぞ。」「まことによき話であった。」「芳一とやらの琵琶、聞いてみたいものじゃ。」

夏子「あ、ああ、いえいえ。」
夏子は手を横にふりながら、侍の幽霊たちのテンションに引きつつも、ホッとした顔。

夏子「あ、じゃあ、私はこれで・・」
夏子がそそくさと家に戻ろうとすると、

田丸「お夏、琵琶は弾けるか?」
※帰ろうと背中を向けた夏子の後ろで、田丸は扇子で夏子の顔を指している。
夏子はぎくりとした顔。


夏子「び、琵琶?いや、弾けません・・っていうか琵琶なんて見た事ないし。」
震えながら、振り返る夏子。 

夏子(弾けるわけないだろーが!!)※心の中で絶叫する夏子。

それを聞いた氏家。がっかりとした様子でため息をつく。

天を仰ぎながら、
氏家「墓守はお夏ではなく、芳一が良かったものを!」

夏子(今、まさか私と芳一を比べた?)※氏家を二度見する夏子。

夏子「すいませんね~!!琵琶法師じゃなくって!!」※氏家をにらむ夏子。

夏子(こんなセリフ令和の時代に言ったの、私くらいだわ。」
心の中で自分にツッコむ夏子。


田丸「まあ、良いではないか。そうじゃ、お夏。琵琶は弾けぬなら弾けぬで、他に出来る事もあろう。舞はどうじゃ?ここで披露してみせよ。」
笑顔で気軽に言う田丸。

夏子(こんなに、丸顔の笑顔の人を絞め殺したいと思った事は、ない。)
真顔の夏子の画。

夏子「えー!無理です!」
両手を振って、嫌がる夏子。

氏家「口を慎め!」
青筋をたてながら、夏子に厳しく言う、氏家。

夏子「まじかー!」
両手で顔を覆う夏子。

氏家「お夏!言葉の端まで心せよ!承知いたしましたと、きちんと申せ!」

夏子「はあ・・承知いたしました・・。」
諦めて、覚悟を決める夏子。でも態度は面倒くさそう。

夏子(どうせ相手は幽霊。ネットで拡散されるわけでもないし、適当に何か踊ってごまかそう。)
夏子はスマホで動画を検索する。



夏子「では、最近、巷でバズった舞を一つ。」
夏子がこほんと咳払いをすると、侍の幽霊達は姿勢を正して座りなおす。


田丸「篠原、『バズった』とはなんじゃ。聞き慣れぬな。」
こそこそと篠原に尋ねる田丸。

篠原「はっ。人々の耳目を集め、大いに評判となる・・その様な意にござります。」
田丸、驚いた顔をして頷いている。


ーーー♪♪♪
夏子のスマホからまぬけな曲が流れ始める。


小坂「ん?」
思わず周りを見回して、楽器を演奏する者がいるのか確認してしまう、小坂。

篠原「あれでございます。」
篠原様、夏子の足元にあるスマホを指す。

そうだった、と納得する侍の幽霊達。


夏子はその曲に合わせて、SNSで流行っている『クネクネダンス』を披露する。
手足を順番に動かす事により、体がクネクネと曲がって見えるというダンスである。

※手や足をグネグネと曲げて踊り続ける夏子の後ろ姿。その向こうに無表情で座っている侍達の画。

数分、踊り続ける夏子。
それを無表情で見つめる侍の幽霊達。

ーー♪♪

夏子「これで終わりです。」
踊り終え、笑顔で息を整える夏子。

侍の幽霊達、数秒間、沈黙。

しかし、我慢出来ずに口々に。


氏家「・・これは舞か?型がまるで定まっておらぬ。」
眉間にしわを寄せる氏家。

小坂「お夏・・まさか、狐憑きではあるまいな。」
目を細めて夏子をじろじろと見て、疑う小坂。

篠原「敵を困惑させる兵法では?名付けて『揺らぎの術』じゃ!」
目をキラキラとさせて喜んでいる篠原。

田丸「なんと珍妙な・・だが、妙に目が離せなんだ・・。」
田丸、ショックを受けた様に遠い目をしている。


夏子「あ、本当ですか?もう一回やりましょうか?」

ーー♪♪

調子にのった夏子、もう一度踊ろうとして、

氏家「やめい!!」
氏家に止められる。

夏子「バズった舞なら、いくつか踊れます。」
嫌々踊ったのに、良い汗をかいて気分がいい夏子。

遠い目をしていた田丸、夢から覚めた様に咳払いをすると、
田丸「では、その心構えで次までに何か見せるとよい。笛でも太鼓でもよいぞ。時間はくれてやるゆえ、次には何かしら見せてみよ。」
満足そうに、にこにこ笑顔で屈託なく笑う田丸。

夏子(クネクネダンスは嫌だったらしい。)
※にこにこ笑顔の田丸と、それを見る夏子の後ろ姿の画。



ゴーーーーン。
お寺の鐘の音と、半分欠けた月が浮かぶ夜空の画。