●家の中。夜。
どのくらい寝ていたのだろう。
ドンドンドン!と、激しく戸を叩く音で目が覚める。
ドンドンドン!
古い戸は今にも外れそうな勢い。
「ーー!」
夏子は飛び起き、まだ寝ぼけている脳をうまく働かせられないまま、暗い廊下を玄関まで走った。
外は真っ暗。
暗い玄関の外には、ゆらゆらとした灯りがうごめいている。
灯りの中に一人の男の影が揺れている。
夏子「はい・・近所の方ですか?」
寝ぼけて、ぼーっとしたまま戸を開ける夏子。
そこにいたのは、小柄ながらがっしりとした印象の男のシルエット。顔は良く見えない。
手に松明を持って立っていた。服の袖から見える腕が筋ばっている。
夏子「あ・・あのーー」
男「そなたが新しき墓守か!」
目の前が、厳しい声で言う。驚く夏子。
夏子「え?墓守?あ、そうですけど・・」
目を白黒させる夏子。
男「挨拶もせぬとはこれは何事ぞ!」
男は手に持っていた松明を夏子に近づけた。
夏子(灯りのおかげで、目の前の人が良く見えた。)
頬がこけていて、どこか怖い。眉毛がきりりとしていて、厳しい表情をしていた。ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
夏子(怖いけれど、かっこいいなこの人。)※頬を少し赤く染める夏子。
男「・・・!」
その男は、松明の灯りに照らされた夏子の顔を見た瞬間、驚いた様に息を飲み、目を見開いた。
時が止まった様に立ちすくす。
夏子「・・あ、あの~。」
夏子の声を聞き、我に返った様。
それから気まずそうに襟元を正し、すぐに仏頂面に表情を戻した。
髪を頭の上で結っている。
そして、紺色の着物に黒っぽい袴をしていて、刀をさしていた。
夏子「お、お侍さん?・・の、コスプレ?」
よく状況を飲み込めていない夏子。
男「・・務めに就いたからには、まずは挨拶の一つも申すものじゃ。」
男はまるで子供に言ってきかす様に、少し声を和らげた。
夏子「あ、はあ。すいません・・。」
男「参れ、墓守!」
よく通る声で叫び、勝手に歩き出した男。
夏子「だ、誰?」
よくわからないまま、八重ばあちゃんのつっかけサンダルをはき、慌ててその男のあとを追う。
その男は立ち止まり、少しだけ振り向いて夏子の顔を見ないまま。
男「・・氏家様と呼ぶがよい。」
低い声でつぶやくと、また歩き出す男。
夏子「・・氏家・・様。」※いぶかしげな表情の夏子。
ぽつりぽつりとつぶやく夏子。
夏子(これが私と氏家様の、初めての出会いだった。)
●裏の山にある、古い墓の前。夜。
暗い山の中に広場の様な所。暗闇の中で焚火をしている人達がいた。
その人達は全員、着物を着ていてちょんまげ姿。周りには、青白い炎が数個、空中にゆらゆらと揺れている。
夏子「これ、夢だよね?」
三個ほど自分の周りに飛んでいる人魂を、ドキドキしながら見る夏子。
氏家が怖い顔のまま振り向き、顎で焚火の方へ行けと指した。
夏子「こわ・・。」
夏子(目の前に漂う人魂より、氏家様が怖い。)
※その人達は焚火を取り囲み、楽しそうに笑っている。
氏家「田丸様、墓守をお連れ仕りました。」
氏家は田丸という人に、うやうやしく頭を下げた。
田丸様と呼ばれた高そうな着物を着た丸顔の侍は、笑顔で
「そこの墓守の娘、名はなんと申す?」
よく通る声で言う。
夏子「安永夏子です。」
よくわからないまま、自己紹介をする夏子。
すると、その場がシーンと静まり返った。
焚火のバチバチという音だけがする。
遠くに座っている体の大きな侍「・・何ィ?安永だと?」
ピクリと顔を強張らせる。目がぎょろりと動く。
田丸「・・小坂。」
それを静かに諫める田丸。それから笑顔で夏子を見て、
田丸「八重の親類筋の者か?」
夏子「はい。大叔母にあたります。私の祖父の妹が八重ばあちゃんです。」
立っている童顔の侍「ほう、八重の。それなら歓迎するぞ。」
その場を盛り上げる様に明るい声で言う、童顔の侍。
侍達は、焚火に照らされた夏子の顔を次々と覗き込む。
「おおー、八重にまことによく似ておるな!」と、夏子をはやし立てた。
夏子は赤くなる。
氏家「・・八重は、はるかに立派な者であったがな。」
吐き捨てる様に言い、夏子を怖い顔で睨む氏家。
夏子「・・嫌な奴。」
小声でつぶやく夏子。
夏子の隣に、ススッと先ほどの童顔の侍が来て、扇子で口元をかくしながら。
童顔の侍「氏家殿と八重は昔、恋仲であったのじゃ。八重とよく似たそなたを、認めたくないのだな。」
小声で言った。
夏子「ええ?!あの怖い人と八重ばあちゃんが?」
思わず大きな声を出してしまう夏子。
童顔の侍「ここだけの話じゃ。」
教えてくれたこの人は、篠原というらしい。
夏子(子供の時に会った八重ばあちゃんは、優しい笑顔だった。あんな怖い人と恋人だったなんて、信じられない。何かの間違いじゃない?)
田丸「そうじゃ、墓守。酒がずっと尽きておるではないか。」
とっくりをひっくり返している、田丸。
その途端、その場にいた侍達が一斉に夏子を見た。
シーンと静まり返る。
夏子「・・え、私?」
みんなの顔を見回す夏子。
氏家はわなわなと怒りを押し殺しながら。
氏家「・・お夏、そなたは墓守であろう。」
夏子「え?はい、そうですけど。」
自分の顔を指差しながら、とまどう夏子。
氏家「はよう酒を用意せよ!!」
急に大声を出す氏家。
夏子「は、はい!!」
驚いて家に走り出す夏子。
●家の玄関前、周りは暗い。
夏子が家に着くと、玄関の引き戸の前にすでに小坂が立っていた。
大きな小坂の後ろに、小さな四個ほど人魂がゆらゆらとしていて、青白い炎のおかげで
周りが少し明るい。
夏子「あ、あの、確か小坂・・様ですよね?」
小坂「あ、いや、待ちきれず。」
恥ずかしそうに大きなぎょろ目を伏せ、そわそわとする小坂。
夏子「え?お酒が?」
小坂「お夏、酒は地袋の中じゃ。心得ておくがよい。」
玄関の外から部屋の中を扇子で差して、夏子に酒のありかを教える小坂。
小坂「月光冠は田丸様、猪祭は氏家殿、大久保田は篠原殿、わしは一階堂な。」
夏子「みんなお酒の好みが違うんだ!覚えれないよ!」
大きな酒瓶を抱えて、玄関に運ぶ夏子。
小坂「ここまで持って参れ。我らはここより先へは入れぬ。墓守殿の領域じゃ。」
小坂は扇子で引き戸のレールを指した。
言われるままに、酒瓶を玄関の外に出す夏子。
小坂「ははは、皆の者!酒じゃ酒じゃー!ずっと尽きておったからのう!」
両手いっぱいに酒瓶を抱えて、うれしそうな小坂が歩き出す。
夏子(そっか、八重ばあちゃんがいなくなってから、ずっとお酒が飲めなかったのか。墓守の仕事は、お酒を切らさない様にするのも、大切なんだな。)
うんうんと納得する夏子。
そして、わくわくとした足取りの小坂の後ろを、青白い人魂達もうれしそうについて行く。
夏子「これ全部夢だよね?」
夏子は頭がクラクラとして来た。
どのくらい寝ていたのだろう。
ドンドンドン!と、激しく戸を叩く音で目が覚める。
ドンドンドン!
古い戸は今にも外れそうな勢い。
「ーー!」
夏子は飛び起き、まだ寝ぼけている脳をうまく働かせられないまま、暗い廊下を玄関まで走った。
外は真っ暗。
暗い玄関の外には、ゆらゆらとした灯りがうごめいている。
灯りの中に一人の男の影が揺れている。
夏子「はい・・近所の方ですか?」
寝ぼけて、ぼーっとしたまま戸を開ける夏子。
そこにいたのは、小柄ながらがっしりとした印象の男のシルエット。顔は良く見えない。
手に松明を持って立っていた。服の袖から見える腕が筋ばっている。
夏子「あ・・あのーー」
男「そなたが新しき墓守か!」
目の前が、厳しい声で言う。驚く夏子。
夏子「え?墓守?あ、そうですけど・・」
目を白黒させる夏子。
男「挨拶もせぬとはこれは何事ぞ!」
男は手に持っていた松明を夏子に近づけた。
夏子(灯りのおかげで、目の前の人が良く見えた。)
頬がこけていて、どこか怖い。眉毛がきりりとしていて、厳しい表情をしていた。ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
夏子(怖いけれど、かっこいいなこの人。)※頬を少し赤く染める夏子。
男「・・・!」
その男は、松明の灯りに照らされた夏子の顔を見た瞬間、驚いた様に息を飲み、目を見開いた。
時が止まった様に立ちすくす。
夏子「・・あ、あの~。」
夏子の声を聞き、我に返った様。
それから気まずそうに襟元を正し、すぐに仏頂面に表情を戻した。
髪を頭の上で結っている。
そして、紺色の着物に黒っぽい袴をしていて、刀をさしていた。
夏子「お、お侍さん?・・の、コスプレ?」
よく状況を飲み込めていない夏子。
男「・・務めに就いたからには、まずは挨拶の一つも申すものじゃ。」
男はまるで子供に言ってきかす様に、少し声を和らげた。
夏子「あ、はあ。すいません・・。」
男「参れ、墓守!」
よく通る声で叫び、勝手に歩き出した男。
夏子「だ、誰?」
よくわからないまま、八重ばあちゃんのつっかけサンダルをはき、慌ててその男のあとを追う。
その男は立ち止まり、少しだけ振り向いて夏子の顔を見ないまま。
男「・・氏家様と呼ぶがよい。」
低い声でつぶやくと、また歩き出す男。
夏子「・・氏家・・様。」※いぶかしげな表情の夏子。
ぽつりぽつりとつぶやく夏子。
夏子(これが私と氏家様の、初めての出会いだった。)
●裏の山にある、古い墓の前。夜。
暗い山の中に広場の様な所。暗闇の中で焚火をしている人達がいた。
その人達は全員、着物を着ていてちょんまげ姿。周りには、青白い炎が数個、空中にゆらゆらと揺れている。
夏子「これ、夢だよね?」
三個ほど自分の周りに飛んでいる人魂を、ドキドキしながら見る夏子。
氏家が怖い顔のまま振り向き、顎で焚火の方へ行けと指した。
夏子「こわ・・。」
夏子(目の前に漂う人魂より、氏家様が怖い。)
※その人達は焚火を取り囲み、楽しそうに笑っている。
氏家「田丸様、墓守をお連れ仕りました。」
氏家は田丸という人に、うやうやしく頭を下げた。
田丸様と呼ばれた高そうな着物を着た丸顔の侍は、笑顔で
「そこの墓守の娘、名はなんと申す?」
よく通る声で言う。
夏子「安永夏子です。」
よくわからないまま、自己紹介をする夏子。
すると、その場がシーンと静まり返った。
焚火のバチバチという音だけがする。
遠くに座っている体の大きな侍「・・何ィ?安永だと?」
ピクリと顔を強張らせる。目がぎょろりと動く。
田丸「・・小坂。」
それを静かに諫める田丸。それから笑顔で夏子を見て、
田丸「八重の親類筋の者か?」
夏子「はい。大叔母にあたります。私の祖父の妹が八重ばあちゃんです。」
立っている童顔の侍「ほう、八重の。それなら歓迎するぞ。」
その場を盛り上げる様に明るい声で言う、童顔の侍。
侍達は、焚火に照らされた夏子の顔を次々と覗き込む。
「おおー、八重にまことによく似ておるな!」と、夏子をはやし立てた。
夏子は赤くなる。
氏家「・・八重は、はるかに立派な者であったがな。」
吐き捨てる様に言い、夏子を怖い顔で睨む氏家。
夏子「・・嫌な奴。」
小声でつぶやく夏子。
夏子の隣に、ススッと先ほどの童顔の侍が来て、扇子で口元をかくしながら。
童顔の侍「氏家殿と八重は昔、恋仲であったのじゃ。八重とよく似たそなたを、認めたくないのだな。」
小声で言った。
夏子「ええ?!あの怖い人と八重ばあちゃんが?」
思わず大きな声を出してしまう夏子。
童顔の侍「ここだけの話じゃ。」
教えてくれたこの人は、篠原というらしい。
夏子(子供の時に会った八重ばあちゃんは、優しい笑顔だった。あんな怖い人と恋人だったなんて、信じられない。何かの間違いじゃない?)
田丸「そうじゃ、墓守。酒がずっと尽きておるではないか。」
とっくりをひっくり返している、田丸。
その途端、その場にいた侍達が一斉に夏子を見た。
シーンと静まり返る。
夏子「・・え、私?」
みんなの顔を見回す夏子。
氏家はわなわなと怒りを押し殺しながら。
氏家「・・お夏、そなたは墓守であろう。」
夏子「え?はい、そうですけど。」
自分の顔を指差しながら、とまどう夏子。
氏家「はよう酒を用意せよ!!」
急に大声を出す氏家。
夏子「は、はい!!」
驚いて家に走り出す夏子。
●家の玄関前、周りは暗い。
夏子が家に着くと、玄関の引き戸の前にすでに小坂が立っていた。
大きな小坂の後ろに、小さな四個ほど人魂がゆらゆらとしていて、青白い炎のおかげで
周りが少し明るい。
夏子「あ、あの、確か小坂・・様ですよね?」
小坂「あ、いや、待ちきれず。」
恥ずかしそうに大きなぎょろ目を伏せ、そわそわとする小坂。
夏子「え?お酒が?」
小坂「お夏、酒は地袋の中じゃ。心得ておくがよい。」
玄関の外から部屋の中を扇子で差して、夏子に酒のありかを教える小坂。
小坂「月光冠は田丸様、猪祭は氏家殿、大久保田は篠原殿、わしは一階堂な。」
夏子「みんなお酒の好みが違うんだ!覚えれないよ!」
大きな酒瓶を抱えて、玄関に運ぶ夏子。
小坂「ここまで持って参れ。我らはここより先へは入れぬ。墓守殿の領域じゃ。」
小坂は扇子で引き戸のレールを指した。
言われるままに、酒瓶を玄関の外に出す夏子。
小坂「ははは、皆の者!酒じゃ酒じゃー!ずっと尽きておったからのう!」
両手いっぱいに酒瓶を抱えて、うれしそうな小坂が歩き出す。
夏子(そっか、八重ばあちゃんがいなくなってから、ずっとお酒が飲めなかったのか。墓守の仕事は、お酒を切らさない様にするのも、大切なんだな。)
うんうんと納得する夏子。
そして、わくわくとした足取りの小坂の後ろを、青白い人魂達もうれしそうについて行く。
夏子「これ全部夢だよね?」
夏子は頭がクラクラとして来た。
