●廃トンネル、満月の夜。
夏子は月明りを浴びながら、廃トンネルの前に立っていた。
月明りに照らされた廃トンネルの入り口は、長年の雨と黒い苔に覆われていて、黒くなっている。
バリケードが壊されていて、クールガイ沢口が貼った『クールなおふだ』が、ほとんどはがれている。
それを見て、ゴクリとつばを飲み込む夏子。
夏子(私には、ぱっくりと大口を開けて、来る人間を飲み込もうと待ち構えている、怪物の様に見えた。)
夏子「よしっ!」
一人で気合いを入れて、壊れたバリケードの隙間から顔を中に入れる。
廃トンネルの中は暗くて、湿った匂いがする。
中から噴き出してくる空気は、生暖かくて湿っている。
まるで頬をすーーっと生暖かい手でなでられた様で、夏子はブルッと身震いした。
ライトで廃トンネル内を照らす。
灯りは奥の方まで届かず、中には闇が続いている。
夏子「あのーー・・」
あのーあのーあのー・・
廃トンネルの中を、夏子の声がこだまする。
シーン。
廃トンネル内は、息をひそめている。
夏子は勇気を振り絞って、
夏子「すいませーん、安永夏子ですけど・・。」
夏子が名前を名乗った途端、トンネルの奥から濃い闇があふれ出す様に、じわじわと広がって来る。
まるで止まった時間が動き出したかの様だった。
鉄の様な、独特の匂いが鼻をつく。
夏子「あ、この前の!血の匂い!」
夏子がそうささやいた途端。
ザッザッザ・・。
複数人が枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。
時折、ガチャガチャと金属音も聞こえる。
ズリズリ・・と何かを引きずる様な音も聞こえる。
誰かがこちらへ来る。
・・ザッザザッザ。
夏子の前で、その数人の重い足音は止まった。
雑兵1「・・安永の者。」
地の底から響く様な暗い声。
夏子はその声を聞き、ブルッと身震いした。何回聞いても、ぞわぞわする声だった。
雑兵2「・・ついに首を差し出しに来おったか?」
雑兵3「逃げも隠れもせぬと申すか。」
全身ドロと血で汚れている雑兵達が、夏子の方へじりじりと寄って来る。
夏子は、血の匂いに耐えられなくなり、鼻をつまむ。
夏子「あの・・、田丸様の使いで参りました。援軍を呼びに向かいます。」
夏子は、言われた通りのセリフを言う。鼻をつまんだまま言ったので、黒柳徹子みたいな声になる。
しかし、雑兵達は血で汚れた顔を醜くしかめ、
「あの恐ろしい所へは、行きとうない!」
「また我らを裏切るつもりだろう!」
怯えている。
夏子「忠兵衛が裏切ったのは事実です。でも、敵に妻子を人質にとられていた為、仕方なかったんです。」
夏子が言うと、雑兵達は動揺し始めた。
「もう御免じゃ!たぶらかされはせぬぞ!」
しかし、一人の雑兵だけが出口に近づいて来る。
雑兵5「それは誠か?忠兵衛は、忠兵衛は・・!」
額から血を流しながら、ふらふらと歩いてくる。
ガチャガチャと金属同士が触れ合う音がする。
夏子「本当です。忠兵衛は裏切るつもりなんて、なかったんです。」
夏子は、雑兵5の悲し気な目を見つめながら、言った。
すると、雑兵5はホッとした様に、
雑兵5「・・そうであろうとも。忠兵衛は正直者よ。ずっと腹につかえておった。」
雑兵の一人はぶつぶつとつぶやきながら、廃トンネルの外に出て来た。
空には大きな満月。
月の光を浴びると、血と泥に汚れた雑兵5の姿は、その穢れを洗われたかのように清らかな姿になった。
まるで、戦の前の姿に戻ったかのようだった。
その姿を見ていた廃トンネルの中の他の雑兵達も、
「そうであった。忠兵衛は良き友。誠に義に厚き男じゃ。」
救いを見出したような表情で、ふらりふらりと外へ出て来る。
そして、月の下で静かに本来の姿を取り戻した。
その時、馬のいななきと共に。
田丸「早う供をせよ!一刻を争うぞ!」
馬に乗った田丸達が現れる。
氏家「何をぐずぐずしておる!」
氏家も、馬上から雑兵達を怒鳴りつけた。
雑兵「はっ、只今!」
雑兵達は急に思い出したかの様に、生き生きと動き始める。
氏家は夏子の姿を見つけると、軽く頷いた。
夏子は顔を赤くして、馬を軽々と扱う氏家に見惚れている。
夏子「かっこいい~!」
篠原「お夏、『ちゃりんこ』は用意したか?」
馬上から夏子に尋ねる篠原。
夏子「はい。ってゆうか、その馬、どうしたんですか?」
篠原「生駒か?満月の夜のみ姿を現す、わしの霊馬よ。」
篠原は、愛おしそうに馬をなでる。生駒という名前の霊馬も、うれしそう。
夏子(幽霊って、人間だけじゃないんだ。)
夏子は廃トンネルの横から自転車を持ってくる。
小坂「これか、『ちゃりんこ』という物は。」
小坂が馬上から不思議そうに自転車を見ている。
夏子「はい、異国の鉄の馬です。」
夏子(令和の時代に、自転車をこんな風に紹介するのは、私くらいだろうな。)
冷静に考えると、少し恥ずかしい夏子。
田丸「皆の者、政勝様がお待ちじゃ!進めい!」
田丸様の声と共に、霊馬達がいななき、走り出す。
その後ろを、雑兵達が慌てて追いかけて行く。
ちりんちりん~♪
その後ろを自転車で追いかける夏子と、雑兵達が奇妙そうな顔で自転車を振り返る画。
●山道、涙峠の手前。夜。
満月の光が山道を照らしている。
先頭には、青白く光った霊馬に乗った田丸。
そして、その後ろに同じく霊馬に乗った氏家、小坂、篠原が続いている。
その跡に続く、ガチャガチャと甲冑の音を響かせながら、雑兵の幽霊が列をなし、最後尾に古い自転車に乗った夏子が、息も絶え絶えに続く。
時折、馬のいななきと蹄の音、金属同士がぶつかる様な音が静かな山道に響く。
そして、場違いに『シャーコー、シャーコー』と響く、夏子の古い自転車のから聞こえるべダルが軋む音。
夏子(よし、この坂道を超えたら、涙峠の分岐点だ!)
夏子がそう思った途端。
雑兵達の列が、ぴたりと止まった。
雑兵1「待て、ここは・・!」
雑兵の一人が怯えた顔で、震え出した。
すると、他の雑兵達にも伝染する。
雑兵2「すすき平へ続く、死地の道・・!」
呆然とした表情。
雑兵達の姿が波の様に揺らぐ。輪郭が、煙の様に不安定になり始める。
小坂「ややっ!まずいぞ!」
小坂が雑兵の様子がおかしいのに気がつき、馬上で大きなギョロ目をひん剥く。
夏子「す、すすき平へは行きません!政勝様の所へ・・」
慌てて夏子が手を伸ばす。
夏子の声をかき消す様に、雑兵の幽霊達は叫ぶ。
雑兵3「いやじゃ!殺される道なぞ、進めるものか!」
雑兵4「裏切者のいうことなぞ、信じられるものかっ!」
雑兵の幽霊達の姿が、もやの様に薄れ始めた。
その時、先頭にいた田丸が霊馬ごと振り返る。
田丸「退くでない!今ここで退くば、永劫、闇より出られぬぞ!」
田丸が叫ぶと、雑兵達の動きがぴたりと止まった。怯えた顔で田丸を見上げる。
※田丸は満月を背に、威厳のある馬上の画。
田丸「我らは討たれに来たのではない!役目を果たすために、再び参ったのだ!最後の好機ぞ!!」
田丸の力強い言葉が、山道に響き渡った。
雑兵達は涙を流し始めた。
氏家「今度こそ、果たすのだ。我らが役目を。」
噛みしめる様に、つぶやく。
それを聞いていた小坂、篠原は唇を嚙みしめ、何度も力強く頷いた。
すると、消えようとしていた雑兵5が、意を決した様に顔を上げた。
雑兵5「わしは進むぞ・・あの夜を超えるのじゃ!」
震えながら足を一歩踏み出す。
雑兵4「次郎、行くつもりか?」
雑兵4は震えながら、次郎と呼ばれた雑兵5の背中に声をかける。
次郎は前を向いたまま唇を噛みしめ、「忠兵衛がわしを待っておる。」と、振り返らずに歩き続けた。
それを見ていた雑兵4。
雑兵4「わかった。次郎が行くなら、わしも行く。」
ザリ・・と、足を一歩踏み出した。
乾いた枝が折れる小さな音が、山道に響く。
名前で呼ばれるたびに、雑兵達の輪郭がくっきりと変化し、生前の姿を取り戻していく。
雑兵1「与作・・行くのか?」
雑兵1が不安そうに、与作と呼ばれた雑兵4に声をかける。
与作「どのみち、わしはとうに死んだ身よ。今更悪うなることもなかろう。」
与作は笑顔でそう言い残し、次郎に続いた。
それを見た雑兵1は、泣きそうな顔で雑兵2と雑兵3を振り返る。
雑兵2の消えかけていた輪郭は、また戻って来た。
彼の目には、光が宿った。
雑兵2「新八。田丸様は最後の好機と申された。行こう。出れるやもしれん。」
新八と呼ばれた雑兵1は、涙を流しながら、何度も頷く。
そして、明るい声で、
新八「共に死なんだら、共に闇より出るまでよ!芳三。来るか?」
芳三「わかった、わしも行くぞ!新八!伊蔵!」
伊蔵と呼ばれた雑兵2、芳三と呼ばれた雑兵3も、泣きながら笑った。
そして、三人は力強く肩を組み、歩き出した。
夏子は、泣きながらそれを見ていた。
田丸達は微笑み、霊馬と共にまた進みだした。
●涙峠の分岐点。左へ続く道(すすき平へ)のみある。夜。
少し遠くに、涙峠の分岐点が見えて来た。
そこには、黒い影が立っていた。
夏子(あ、また忠兵衛さんが立っている!)
夏子がそう思った瞬間、
雑兵の次郎が、「忠兵衛!」と、叫んだ。
呼ばれた黒い影はびくっと体を震わせ、信じられないと言う様に、次郎をじっと見つめた。
雑兵の次郎は、転びそうになりながらも無我夢中に走り、つんのめる様にして黒い影に掴みかかった。
次郎「なぜ、何も言わなんだ!忠兵衛!わしらは友じゃったろうがっ!!」
次郎は泣きながら、黒い影を揺さぶった。
次郎「何も言わずにひとりで背負うなぞ!隠し事なぞーーわしは悔しいわ!」
次郎は泣きながら、その場に座り込み、子供の様に大きな声で泣いた。
黒い影は震えながら、静かに泣いている。
それを見ていた他の雑兵も、震えながら泣いている。
夏子(彼らが悲しかったのは、裏切られたことじゃなかった。忠兵衛が、苦しみを仲間に打ち明けなかったことだった。)
田丸「安永、忠兵衛だな?」
田丸は馬上から声をかけた。優しい微笑みをたたえている。
声をかけられた黒い影は、額を土に擦り付けて土下座をした。
肩を震わせ、嗚咽をあげる様な仕草をしている。
それを黙って見ていた氏家は、深く深呼吸をして視線を落とす。
そして、小坂と篠原を振り返る。
小坂と篠原は微笑み、氏家に頷いた。
氏家もそれを受けて微笑み、手綱を軽く握りなおす。
小坂と篠原もお互いに顔を見合わせ、頷いた。そして、手綱を握りなおした。
田丸「さて忠兵衛、案内せよ。」
威厳のある声で忠兵衛に命令する田丸。
黒い影は、はっと顔を上げて、笹の中を指差す。
すると、風がサーッと吹き、笹の下に隠れていた道が姿を現す。
古地図にしか存在しない旧道が、笹の下から再び現れた。
篠原「道じゃ!これぞ、わしらが辿るべき道じゃ!」
興奮した篠原は、道を指差して叫ぶ。
小坂「この道ならば、討たれず政勝様のもとへ辿り着けたのだな・・。」
小坂が、しんみりと言う。
笹が自分からスーッと避けて、『亡者の行軍』を招き入れようとする。
まるで旧道も200年もの間、彼らを待ち望んでいた様だった。
田丸「忠兵衛よ、ご苦労であった。」
田丸が微笑み声をかけると、黒い影は深々と頭を下げた。
その姿を見て、夏子は涙ぐんだ。
夏子(忠兵衛さんは、やっと役目を終えたんだな。)
黒い影は夏子を見た。
夏子「忠兵衛さん、良かったね。」
夏子が声をかけると、黒い影はホッとした様に頷いた。
田丸「進め!」
霊馬がいななき、行軍が再び前に進む。
雑兵達は、黒い影の前で立ち止まる。
与作「どうした。行かぬのか?」
黒い影は下を向いたまま、一歩も動かない。罪悪感から動けなくなっている様だった。
新八「わしらはここから出るぞ。忠兵衛も来い!」
伊蔵「共に闇を抜けるのだ。」
黒い影は、震えながら顔を上げ、皆を見回した。
芳三「わしら、ようやく六人揃ったな。」
雑兵達は、笑顔で顔を見合わせた。
夏子(廃トンネルの中で巣食っていた時の彼らではない。希望に満ち溢れた表情だった。)
次郎は無理やり、忠兵衛の腕をつかんで歩き出した。
次郎「もう忠兵衛をひとりにはせん。我らはもう、離れぬ。」
雑兵達は泣いている黒い影の肩に手を回し、笑顔で六人一緒に歩き出した。
●政勝公陣跡。夜。満月。
学校のグラウンドくらいの広さで、周りは木に囲まれている。遠くに和風の家の様なトイレがある。
大人の腰くらいの高さの石に『政勝公陣跡公園』と書いてある。
クールガイ沢口が、鈴木の周りの地面に、チョークで5m四方の四角を書いている。
※いつものキラキラの衣装のクールガイ沢口。
鈴木は、キラキラに光る黄金の羽織と袴を着て、困惑している画。
鈴木「あの、この衣装。本当に大丈夫ですか?なんか、今にもサンバを踊り出しそうで・・。」
困った顔で、自分の着ているキラキラの黄金の袴を手で引っ張って、広げる。
クールガイ沢口「雰囲気を出したくて、ネットで殿様の衣装を探したんだけど。その『上様セット』しか売っていなかったの~。ほら!」
クールガイ沢口が、鈴木に自分のスマホを見せる。
クールガイ沢口の手にある、スマホ画面のアップ。
アマゾン風なサイトが表示されている。
『上様セット』
『これであなたも、上様に?!なりきりお殿様コスプレ、飲み会、宴会、お笑い』
『これを着てサンバを踊れば、あなたも宴会の主役!』
その下に、鈴木と同じ黄金の羽織と袴をつけた、ハンサムな外国人モデルの画像。
セール中で、赤文字で1900円になっている。
鈴木「う、『上様セット』。政勝公、こんなキラキラ着なかったんじゃ・・。」
クールガイ沢口「大丈夫!ほら、沢口とおそろい!」
クールガイ沢口は、自分の着ている安っぽいギラギラのラメのはっぴを、誇らしげに見せた。
不安そうに、クールガイ沢口を見ている鈴木。
鈴木「それ、魔法陣の様なものですか?」
クールガイ沢口「まぁそうですね。この場の霊力を高めて、幽霊とコンタクトしやすくしまぁす。」
鈴木「・・侍の幽霊がたくさん来るんですよね?」
クールガイ沢口「なぁに、大丈夫!幽霊なんて、すぐに慣れますって!」
軽く言いながら、四角の周りに液体をまいている、クールガイ沢口。
鈴木「首が取れている者などは、いないですか?血がぶっしゃーって出ている者とか。」
首から血が噴き出た様なジェスチャー。
クールガイ沢口「うーん、首は取れていなかったかな。あ!でも、目玉が出ていたかも~?」
あごに手をあてて考える。
鈴木「ええっ!!」
鈴木、慌てて青ざめた顔でクールガイ沢口を振り返る。
クールガイ沢口「うっそ~ん!」
沢口、手をくるくると回しながら、ポーズを決める。
鈴木「ああ、冗談か・・、良かった。」
鈴木はホッと胸をなでおろす。
軽く咳払いをしてから、
鈴木「何て言えばいいんだっけな・・。『ご苦労であった。皆の者よくやった。』」
メモを読みながら練習。
クールガイ沢口「その調子、その調子!」
クールガイ沢口は、三脚のスマホを確認している。
鈴木「ああ、沢口さんは動画配信者でしたっけ?」
クールガイ沢口「そう。でも、人間は撮らないです。幽霊だけしか興味ないんで、安心してください。ちゃんと編集しますから~!」
クールガイ沢口はウキウキしながら、スマホの向きの調整をしている。
ごくりとつばを飲み込みながら旧道を見ている鈴木。
ウキウキしながら、三脚の上のスマホをのぞくクールガイ沢口。
急に風が止み、空気がピンと張りつめた。
白い霧が出て来て、瞬く間に辺りを覆いつくす。
クールガイ沢口「ちょっと~、霧が邪魔でうまく映らないかも~!」
沢口がスマホを見ながら、不満を漏らす。
気のせいか、耳に圧力がかかっているかの様な不快感がする。
鈴木は、片方の耳を軽く叩いた。
その時、霧の向こうから馬のいななきと蹄の音が聞こえて来た。
クールガイ沢口「あ、来た!」
鈴木「馬?馬もいるの?」
青ざめて、がちがちに緊張する。
白い霧の向こうから、かぽかぽと、霊馬の蹄が石畳を踏む音が陣跡に響く。
それに重なり、ガチャガチャという金属同士が触れ合う音が聞こえる。
遠い世界から響いて来ている様だった。
鈴木は、ゴクリと喉をならす。
月明りに照らされ、白い霧の中に影が現れる。
田丸を先頭に、氏家、小坂、篠原が一列に並び、青白く輝く霊馬に跨って、進んでくる。
その後ろに、甲冑を身に着けた雑兵達、黒い影が続く。
白い霧の中で進んでくる行軍は、圧巻だった。
鈴木「すすき平の戦いの家臣達だ!すごい!」
鈴木はうれしさで震えた。
思わず興奮して飛び上がりそうになる鈴木。※ぺらぺらの黄金の羽織と袴の姿。
クールガイ沢口「落ち着いて!政勝公じゃないって、バレるでしょ!」
小声で注意され、首をすくめる鈴木。
遅れて到着した夏子は自転車をとめようとし、『上様セット』を着たキラキラの鈴木の姿を見つけ、
夏子「えっ??」※目を見開く夏子の画。
動揺して自転車を倒しそうになる。
田丸が馬上で背筋を伸ばし、静かに陣跡の中心で馬を止める。
氏家達も馬を止め、馬上から、陣跡の奥に立つ鈴木へ視線を向ける。
そして、『上様セット』を着たキラキラの鈴木を見て、動揺して目を泳がせる。氏家は襟元に手をやる。
※侍達は、驚きを表情に出さぬものの、心の中では非常に驚いている。
雑兵「ま、政勝様!!」
雑兵達は次々に叫び、鈴木の前に躍り出て深く頭を下げる。少し遅れて、黒い影も申し訳なさそうに後ろで頭を下げた。
※キラキラの黄金の衣装の主君に、何の疑問も持っていなさそうな雑兵達。
田丸達は(動揺を隠しながら)霊馬から降り、鈴木の前へ進み出た。
鈴木は幽霊に腰を抜かしそうになりながらも、必死に威厳を保つ。
田丸が鈴木の前で深く息を吸い、
「政勝様、援軍を。どうかお頼み申し上げまする。」
と、噛みしめながら言った。
長い夜を超えた、やっと言えた、田丸の気持ちが伝わって来た。
陣跡を囲む木々がざわめいた。
鈴木は、頭を下げた幽霊達に囲まれて緊張している。
それから深呼吸して、
鈴木「ご、ご苦労だっ・・(声が裏返る)」
田丸「・・・。」
氏家「・・・。」
小坂「・・・。」
篠原「・・・。」
雑兵「・・・。」
夏子「・・・。」
クールガイ沢口「・・・。」
辺りはシーンと静まり返る。
皆、無表情で鈴木を見上げている。
鈴木(あ、まずい・・。)
慌てた鈴木は、軽く咳払いをし、
鈴木「ご、ご苦労であった。皆の者よくやった。も、もうよいぞ。」
震えながら、棒読みで言った。
その途端、止まった時間が動き出した様に。雑兵達はお互いに顔を見合わせ、うれしそうに頷いた。
田丸は、氏家、小坂、篠原を振り返った。
皆、口元に笑みをたたえ、力強く頷き合う。
鈴木は、後ろにいる黒い影を見つける。
鈴木「あなたは安永忠兵衛殿ですか?」
黒い影に話しかける。
シナリオにはないセリフに、夏子はギョッとする。
田丸達も、動揺して黒い影を振り返った。
黒い影はみんなの注目を浴び、申し訳なさそうに深く頭を下げた。
鈴木「・・よく妻と子を守りましたね。夏子さんは頑張ってくれましたよ。よい子孫を持ちましたね。」
と、黒い影に話しかけた。
黒い影は深く深く頭を下げ、夏子を見て頷いた。
すると、忠兵衛の体を覆いつくしていた黒い影が煙の様に消え、下から生前の忠兵衛の姿が出て来た。
夏子「忠兵衛さん!」
忠兵衛の姿は夏子の祖父によく似て、人のよさそうな顔をしていた。
クールガイ沢口「今まで、罪悪感が忠兵衛を黒く覆いつくしていたんだね。役目を終えて主君に認められたことにより、長年の罪悪感から解放されたんだな。」
つぶやく、クールガイ沢口。
すると、役目を果たした雑兵達がガチャガチャと音をたてながら、刀を地面に置いた。忠兵衛もその横に加わった。
誰かが「・・ようやくじゃ。」とつぶやいた途端、六人の雑兵達の輪郭はふわりと揺らぎ、月の光の中にすうっと消えた。
夏子「消えた!」
クールガイ沢口「・・雑兵達が、成仏した!」
夏子とクールガイ沢口は、笑顔で叫んだ。
鈴木「はぁ・・!」
鈴木は大役を果たし、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。
「政則様!」
次々とかけつける田丸達に、「ああ、どうもありがとう・・」と、支えられるキラキラ衣装の鈴木。
主君の子孫に自分達の姿が見えて、うれしそうな田丸と小坂。
少し離れた所で、しんみりとした顔で皆を見ていたクールガイ沢口。
目の前にはスマホのついた三脚。
クールガイ沢口「いつの世も、人って変わらないよね。みーんな、誰かに認めてもらたいんだよねぇ。」
つぶやいて、満月を見上げる。
それから、三脚の上のスマホを確認し、
クールガイ沢口「あ~、やっぱり。霧がすごすぎて、映ってない・・。」
と、落ち込む。
すると、クールガイ沢口の後ろに黒い影が現れる。
気配を感じて、おそるおそる振り返る。
その黒い影は、低い声で「達夫。」と呼んだ。
クールガイ沢口は信じられないという表情で振り向き、
「・・親父?」とつぶやく。
黒い影は「よくやったな。達夫。」と言い、笑った。
クールガイ沢口「今頃なんだよ、親父。出来損ないの息子に、何の用だよ。」
吐き捨てる様に言い、下を向いて拒絶する。
黒い影「・・お前は自慢の倅だよ。」
クールガイ沢口「・・・え?」
おそるおそる、自分の父親を見る。
黒い影がそう言うと、彼を覆いつくしていた影が煙の様に消え、下から生前の姿が出て来た。
クールガイ沢口によく似ている。微笑んでいる。
クールガイ沢口「・・親父。」
※自分の父親も、生前に『お前は出来損ないだ』と沢口に言った事を、後悔していたことに気がつく。
「じゃあな。」
照れくさそうに言い、消える父親。
クールガイ沢口は、ひとりで下を向いて泣く。
篠原は、氏家の隣で。
篠原「我らは、まだまだ成仏せぬ様だな。」
と、自分の手を見る。
輪郭のしっかりとした、消え行くそぶりも見せない篠原の手。
氏家は微笑む。
氏家「・・我らは、まだ気掛かりな事があるのかもしれぬな。」
夏子を見た。
夏子は氏家の視線に気がつき、微笑む。
篠原は、こっそりと一人で泣いているクールガイ沢口の所へ行き、
篠原「わしの未練は、そなたじゃな。わしの『推し』であるからな。」
と、胸元から紙を取り出し、クールガイ沢口に渡した。
クールガイ沢口は、その紙を受け取りながらも。
クールガイ沢口「また来た!篠原とかいう幽霊!もう、サッサと成仏してよね!」
泣いているのがバレた沢口は、照れくさそうに文句を言いながら、鼻をちーんとかんだ。
空には大きな満月。
※微笑み合う、夏子と氏家。泣きながら鼻をかむクールガイ沢口に、うれしそうに新しい紙を渡す篠原。
幽霊が見える様になった鈴木に、うれしそうに話しかける田丸と小坂の画。
完
夏子は月明りを浴びながら、廃トンネルの前に立っていた。
月明りに照らされた廃トンネルの入り口は、長年の雨と黒い苔に覆われていて、黒くなっている。
バリケードが壊されていて、クールガイ沢口が貼った『クールなおふだ』が、ほとんどはがれている。
それを見て、ゴクリとつばを飲み込む夏子。
夏子(私には、ぱっくりと大口を開けて、来る人間を飲み込もうと待ち構えている、怪物の様に見えた。)
夏子「よしっ!」
一人で気合いを入れて、壊れたバリケードの隙間から顔を中に入れる。
廃トンネルの中は暗くて、湿った匂いがする。
中から噴き出してくる空気は、生暖かくて湿っている。
まるで頬をすーーっと生暖かい手でなでられた様で、夏子はブルッと身震いした。
ライトで廃トンネル内を照らす。
灯りは奥の方まで届かず、中には闇が続いている。
夏子「あのーー・・」
あのーあのーあのー・・
廃トンネルの中を、夏子の声がこだまする。
シーン。
廃トンネル内は、息をひそめている。
夏子は勇気を振り絞って、
夏子「すいませーん、安永夏子ですけど・・。」
夏子が名前を名乗った途端、トンネルの奥から濃い闇があふれ出す様に、じわじわと広がって来る。
まるで止まった時間が動き出したかの様だった。
鉄の様な、独特の匂いが鼻をつく。
夏子「あ、この前の!血の匂い!」
夏子がそうささやいた途端。
ザッザッザ・・。
複数人が枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。
時折、ガチャガチャと金属音も聞こえる。
ズリズリ・・と何かを引きずる様な音も聞こえる。
誰かがこちらへ来る。
・・ザッザザッザ。
夏子の前で、その数人の重い足音は止まった。
雑兵1「・・安永の者。」
地の底から響く様な暗い声。
夏子はその声を聞き、ブルッと身震いした。何回聞いても、ぞわぞわする声だった。
雑兵2「・・ついに首を差し出しに来おったか?」
雑兵3「逃げも隠れもせぬと申すか。」
全身ドロと血で汚れている雑兵達が、夏子の方へじりじりと寄って来る。
夏子は、血の匂いに耐えられなくなり、鼻をつまむ。
夏子「あの・・、田丸様の使いで参りました。援軍を呼びに向かいます。」
夏子は、言われた通りのセリフを言う。鼻をつまんだまま言ったので、黒柳徹子みたいな声になる。
しかし、雑兵達は血で汚れた顔を醜くしかめ、
「あの恐ろしい所へは、行きとうない!」
「また我らを裏切るつもりだろう!」
怯えている。
夏子「忠兵衛が裏切ったのは事実です。でも、敵に妻子を人質にとられていた為、仕方なかったんです。」
夏子が言うと、雑兵達は動揺し始めた。
「もう御免じゃ!たぶらかされはせぬぞ!」
しかし、一人の雑兵だけが出口に近づいて来る。
雑兵5「それは誠か?忠兵衛は、忠兵衛は・・!」
額から血を流しながら、ふらふらと歩いてくる。
ガチャガチャと金属同士が触れ合う音がする。
夏子「本当です。忠兵衛は裏切るつもりなんて、なかったんです。」
夏子は、雑兵5の悲し気な目を見つめながら、言った。
すると、雑兵5はホッとした様に、
雑兵5「・・そうであろうとも。忠兵衛は正直者よ。ずっと腹につかえておった。」
雑兵の一人はぶつぶつとつぶやきながら、廃トンネルの外に出て来た。
空には大きな満月。
月の光を浴びると、血と泥に汚れた雑兵5の姿は、その穢れを洗われたかのように清らかな姿になった。
まるで、戦の前の姿に戻ったかのようだった。
その姿を見ていた廃トンネルの中の他の雑兵達も、
「そうであった。忠兵衛は良き友。誠に義に厚き男じゃ。」
救いを見出したような表情で、ふらりふらりと外へ出て来る。
そして、月の下で静かに本来の姿を取り戻した。
その時、馬のいななきと共に。
田丸「早う供をせよ!一刻を争うぞ!」
馬に乗った田丸達が現れる。
氏家「何をぐずぐずしておる!」
氏家も、馬上から雑兵達を怒鳴りつけた。
雑兵「はっ、只今!」
雑兵達は急に思い出したかの様に、生き生きと動き始める。
氏家は夏子の姿を見つけると、軽く頷いた。
夏子は顔を赤くして、馬を軽々と扱う氏家に見惚れている。
夏子「かっこいい~!」
篠原「お夏、『ちゃりんこ』は用意したか?」
馬上から夏子に尋ねる篠原。
夏子「はい。ってゆうか、その馬、どうしたんですか?」
篠原「生駒か?満月の夜のみ姿を現す、わしの霊馬よ。」
篠原は、愛おしそうに馬をなでる。生駒という名前の霊馬も、うれしそう。
夏子(幽霊って、人間だけじゃないんだ。)
夏子は廃トンネルの横から自転車を持ってくる。
小坂「これか、『ちゃりんこ』という物は。」
小坂が馬上から不思議そうに自転車を見ている。
夏子「はい、異国の鉄の馬です。」
夏子(令和の時代に、自転車をこんな風に紹介するのは、私くらいだろうな。)
冷静に考えると、少し恥ずかしい夏子。
田丸「皆の者、政勝様がお待ちじゃ!進めい!」
田丸様の声と共に、霊馬達がいななき、走り出す。
その後ろを、雑兵達が慌てて追いかけて行く。
ちりんちりん~♪
その後ろを自転車で追いかける夏子と、雑兵達が奇妙そうな顔で自転車を振り返る画。
●山道、涙峠の手前。夜。
満月の光が山道を照らしている。
先頭には、青白く光った霊馬に乗った田丸。
そして、その後ろに同じく霊馬に乗った氏家、小坂、篠原が続いている。
その跡に続く、ガチャガチャと甲冑の音を響かせながら、雑兵の幽霊が列をなし、最後尾に古い自転車に乗った夏子が、息も絶え絶えに続く。
時折、馬のいななきと蹄の音、金属同士がぶつかる様な音が静かな山道に響く。
そして、場違いに『シャーコー、シャーコー』と響く、夏子の古い自転車のから聞こえるべダルが軋む音。
夏子(よし、この坂道を超えたら、涙峠の分岐点だ!)
夏子がそう思った途端。
雑兵達の列が、ぴたりと止まった。
雑兵1「待て、ここは・・!」
雑兵の一人が怯えた顔で、震え出した。
すると、他の雑兵達にも伝染する。
雑兵2「すすき平へ続く、死地の道・・!」
呆然とした表情。
雑兵達の姿が波の様に揺らぐ。輪郭が、煙の様に不安定になり始める。
小坂「ややっ!まずいぞ!」
小坂が雑兵の様子がおかしいのに気がつき、馬上で大きなギョロ目をひん剥く。
夏子「す、すすき平へは行きません!政勝様の所へ・・」
慌てて夏子が手を伸ばす。
夏子の声をかき消す様に、雑兵の幽霊達は叫ぶ。
雑兵3「いやじゃ!殺される道なぞ、進めるものか!」
雑兵4「裏切者のいうことなぞ、信じられるものかっ!」
雑兵の幽霊達の姿が、もやの様に薄れ始めた。
その時、先頭にいた田丸が霊馬ごと振り返る。
田丸「退くでない!今ここで退くば、永劫、闇より出られぬぞ!」
田丸が叫ぶと、雑兵達の動きがぴたりと止まった。怯えた顔で田丸を見上げる。
※田丸は満月を背に、威厳のある馬上の画。
田丸「我らは討たれに来たのではない!役目を果たすために、再び参ったのだ!最後の好機ぞ!!」
田丸の力強い言葉が、山道に響き渡った。
雑兵達は涙を流し始めた。
氏家「今度こそ、果たすのだ。我らが役目を。」
噛みしめる様に、つぶやく。
それを聞いていた小坂、篠原は唇を嚙みしめ、何度も力強く頷いた。
すると、消えようとしていた雑兵5が、意を決した様に顔を上げた。
雑兵5「わしは進むぞ・・あの夜を超えるのじゃ!」
震えながら足を一歩踏み出す。
雑兵4「次郎、行くつもりか?」
雑兵4は震えながら、次郎と呼ばれた雑兵5の背中に声をかける。
次郎は前を向いたまま唇を噛みしめ、「忠兵衛がわしを待っておる。」と、振り返らずに歩き続けた。
それを見ていた雑兵4。
雑兵4「わかった。次郎が行くなら、わしも行く。」
ザリ・・と、足を一歩踏み出した。
乾いた枝が折れる小さな音が、山道に響く。
名前で呼ばれるたびに、雑兵達の輪郭がくっきりと変化し、生前の姿を取り戻していく。
雑兵1「与作・・行くのか?」
雑兵1が不安そうに、与作と呼ばれた雑兵4に声をかける。
与作「どのみち、わしはとうに死んだ身よ。今更悪うなることもなかろう。」
与作は笑顔でそう言い残し、次郎に続いた。
それを見た雑兵1は、泣きそうな顔で雑兵2と雑兵3を振り返る。
雑兵2の消えかけていた輪郭は、また戻って来た。
彼の目には、光が宿った。
雑兵2「新八。田丸様は最後の好機と申された。行こう。出れるやもしれん。」
新八と呼ばれた雑兵1は、涙を流しながら、何度も頷く。
そして、明るい声で、
新八「共に死なんだら、共に闇より出るまでよ!芳三。来るか?」
芳三「わかった、わしも行くぞ!新八!伊蔵!」
伊蔵と呼ばれた雑兵2、芳三と呼ばれた雑兵3も、泣きながら笑った。
そして、三人は力強く肩を組み、歩き出した。
夏子は、泣きながらそれを見ていた。
田丸達は微笑み、霊馬と共にまた進みだした。
●涙峠の分岐点。左へ続く道(すすき平へ)のみある。夜。
少し遠くに、涙峠の分岐点が見えて来た。
そこには、黒い影が立っていた。
夏子(あ、また忠兵衛さんが立っている!)
夏子がそう思った瞬間、
雑兵の次郎が、「忠兵衛!」と、叫んだ。
呼ばれた黒い影はびくっと体を震わせ、信じられないと言う様に、次郎をじっと見つめた。
雑兵の次郎は、転びそうになりながらも無我夢中に走り、つんのめる様にして黒い影に掴みかかった。
次郎「なぜ、何も言わなんだ!忠兵衛!わしらは友じゃったろうがっ!!」
次郎は泣きながら、黒い影を揺さぶった。
次郎「何も言わずにひとりで背負うなぞ!隠し事なぞーーわしは悔しいわ!」
次郎は泣きながら、その場に座り込み、子供の様に大きな声で泣いた。
黒い影は震えながら、静かに泣いている。
それを見ていた他の雑兵も、震えながら泣いている。
夏子(彼らが悲しかったのは、裏切られたことじゃなかった。忠兵衛が、苦しみを仲間に打ち明けなかったことだった。)
田丸「安永、忠兵衛だな?」
田丸は馬上から声をかけた。優しい微笑みをたたえている。
声をかけられた黒い影は、額を土に擦り付けて土下座をした。
肩を震わせ、嗚咽をあげる様な仕草をしている。
それを黙って見ていた氏家は、深く深呼吸をして視線を落とす。
そして、小坂と篠原を振り返る。
小坂と篠原は微笑み、氏家に頷いた。
氏家もそれを受けて微笑み、手綱を軽く握りなおす。
小坂と篠原もお互いに顔を見合わせ、頷いた。そして、手綱を握りなおした。
田丸「さて忠兵衛、案内せよ。」
威厳のある声で忠兵衛に命令する田丸。
黒い影は、はっと顔を上げて、笹の中を指差す。
すると、風がサーッと吹き、笹の下に隠れていた道が姿を現す。
古地図にしか存在しない旧道が、笹の下から再び現れた。
篠原「道じゃ!これぞ、わしらが辿るべき道じゃ!」
興奮した篠原は、道を指差して叫ぶ。
小坂「この道ならば、討たれず政勝様のもとへ辿り着けたのだな・・。」
小坂が、しんみりと言う。
笹が自分からスーッと避けて、『亡者の行軍』を招き入れようとする。
まるで旧道も200年もの間、彼らを待ち望んでいた様だった。
田丸「忠兵衛よ、ご苦労であった。」
田丸が微笑み声をかけると、黒い影は深々と頭を下げた。
その姿を見て、夏子は涙ぐんだ。
夏子(忠兵衛さんは、やっと役目を終えたんだな。)
黒い影は夏子を見た。
夏子「忠兵衛さん、良かったね。」
夏子が声をかけると、黒い影はホッとした様に頷いた。
田丸「進め!」
霊馬がいななき、行軍が再び前に進む。
雑兵達は、黒い影の前で立ち止まる。
与作「どうした。行かぬのか?」
黒い影は下を向いたまま、一歩も動かない。罪悪感から動けなくなっている様だった。
新八「わしらはここから出るぞ。忠兵衛も来い!」
伊蔵「共に闇を抜けるのだ。」
黒い影は、震えながら顔を上げ、皆を見回した。
芳三「わしら、ようやく六人揃ったな。」
雑兵達は、笑顔で顔を見合わせた。
夏子(廃トンネルの中で巣食っていた時の彼らではない。希望に満ち溢れた表情だった。)
次郎は無理やり、忠兵衛の腕をつかんで歩き出した。
次郎「もう忠兵衛をひとりにはせん。我らはもう、離れぬ。」
雑兵達は泣いている黒い影の肩に手を回し、笑顔で六人一緒に歩き出した。
●政勝公陣跡。夜。満月。
学校のグラウンドくらいの広さで、周りは木に囲まれている。遠くに和風の家の様なトイレがある。
大人の腰くらいの高さの石に『政勝公陣跡公園』と書いてある。
クールガイ沢口が、鈴木の周りの地面に、チョークで5m四方の四角を書いている。
※いつものキラキラの衣装のクールガイ沢口。
鈴木は、キラキラに光る黄金の羽織と袴を着て、困惑している画。
鈴木「あの、この衣装。本当に大丈夫ですか?なんか、今にもサンバを踊り出しそうで・・。」
困った顔で、自分の着ているキラキラの黄金の袴を手で引っ張って、広げる。
クールガイ沢口「雰囲気を出したくて、ネットで殿様の衣装を探したんだけど。その『上様セット』しか売っていなかったの~。ほら!」
クールガイ沢口が、鈴木に自分のスマホを見せる。
クールガイ沢口の手にある、スマホ画面のアップ。
アマゾン風なサイトが表示されている。
『上様セット』
『これであなたも、上様に?!なりきりお殿様コスプレ、飲み会、宴会、お笑い』
『これを着てサンバを踊れば、あなたも宴会の主役!』
その下に、鈴木と同じ黄金の羽織と袴をつけた、ハンサムな外国人モデルの画像。
セール中で、赤文字で1900円になっている。
鈴木「う、『上様セット』。政勝公、こんなキラキラ着なかったんじゃ・・。」
クールガイ沢口「大丈夫!ほら、沢口とおそろい!」
クールガイ沢口は、自分の着ている安っぽいギラギラのラメのはっぴを、誇らしげに見せた。
不安そうに、クールガイ沢口を見ている鈴木。
鈴木「それ、魔法陣の様なものですか?」
クールガイ沢口「まぁそうですね。この場の霊力を高めて、幽霊とコンタクトしやすくしまぁす。」
鈴木「・・侍の幽霊がたくさん来るんですよね?」
クールガイ沢口「なぁに、大丈夫!幽霊なんて、すぐに慣れますって!」
軽く言いながら、四角の周りに液体をまいている、クールガイ沢口。
鈴木「首が取れている者などは、いないですか?血がぶっしゃーって出ている者とか。」
首から血が噴き出た様なジェスチャー。
クールガイ沢口「うーん、首は取れていなかったかな。あ!でも、目玉が出ていたかも~?」
あごに手をあてて考える。
鈴木「ええっ!!」
鈴木、慌てて青ざめた顔でクールガイ沢口を振り返る。
クールガイ沢口「うっそ~ん!」
沢口、手をくるくると回しながら、ポーズを決める。
鈴木「ああ、冗談か・・、良かった。」
鈴木はホッと胸をなでおろす。
軽く咳払いをしてから、
鈴木「何て言えばいいんだっけな・・。『ご苦労であった。皆の者よくやった。』」
メモを読みながら練習。
クールガイ沢口「その調子、その調子!」
クールガイ沢口は、三脚のスマホを確認している。
鈴木「ああ、沢口さんは動画配信者でしたっけ?」
クールガイ沢口「そう。でも、人間は撮らないです。幽霊だけしか興味ないんで、安心してください。ちゃんと編集しますから~!」
クールガイ沢口はウキウキしながら、スマホの向きの調整をしている。
ごくりとつばを飲み込みながら旧道を見ている鈴木。
ウキウキしながら、三脚の上のスマホをのぞくクールガイ沢口。
急に風が止み、空気がピンと張りつめた。
白い霧が出て来て、瞬く間に辺りを覆いつくす。
クールガイ沢口「ちょっと~、霧が邪魔でうまく映らないかも~!」
沢口がスマホを見ながら、不満を漏らす。
気のせいか、耳に圧力がかかっているかの様な不快感がする。
鈴木は、片方の耳を軽く叩いた。
その時、霧の向こうから馬のいななきと蹄の音が聞こえて来た。
クールガイ沢口「あ、来た!」
鈴木「馬?馬もいるの?」
青ざめて、がちがちに緊張する。
白い霧の向こうから、かぽかぽと、霊馬の蹄が石畳を踏む音が陣跡に響く。
それに重なり、ガチャガチャという金属同士が触れ合う音が聞こえる。
遠い世界から響いて来ている様だった。
鈴木は、ゴクリと喉をならす。
月明りに照らされ、白い霧の中に影が現れる。
田丸を先頭に、氏家、小坂、篠原が一列に並び、青白く輝く霊馬に跨って、進んでくる。
その後ろに、甲冑を身に着けた雑兵達、黒い影が続く。
白い霧の中で進んでくる行軍は、圧巻だった。
鈴木「すすき平の戦いの家臣達だ!すごい!」
鈴木はうれしさで震えた。
思わず興奮して飛び上がりそうになる鈴木。※ぺらぺらの黄金の羽織と袴の姿。
クールガイ沢口「落ち着いて!政勝公じゃないって、バレるでしょ!」
小声で注意され、首をすくめる鈴木。
遅れて到着した夏子は自転車をとめようとし、『上様セット』を着たキラキラの鈴木の姿を見つけ、
夏子「えっ??」※目を見開く夏子の画。
動揺して自転車を倒しそうになる。
田丸が馬上で背筋を伸ばし、静かに陣跡の中心で馬を止める。
氏家達も馬を止め、馬上から、陣跡の奥に立つ鈴木へ視線を向ける。
そして、『上様セット』を着たキラキラの鈴木を見て、動揺して目を泳がせる。氏家は襟元に手をやる。
※侍達は、驚きを表情に出さぬものの、心の中では非常に驚いている。
雑兵「ま、政勝様!!」
雑兵達は次々に叫び、鈴木の前に躍り出て深く頭を下げる。少し遅れて、黒い影も申し訳なさそうに後ろで頭を下げた。
※キラキラの黄金の衣装の主君に、何の疑問も持っていなさそうな雑兵達。
田丸達は(動揺を隠しながら)霊馬から降り、鈴木の前へ進み出た。
鈴木は幽霊に腰を抜かしそうになりながらも、必死に威厳を保つ。
田丸が鈴木の前で深く息を吸い、
「政勝様、援軍を。どうかお頼み申し上げまする。」
と、噛みしめながら言った。
長い夜を超えた、やっと言えた、田丸の気持ちが伝わって来た。
陣跡を囲む木々がざわめいた。
鈴木は、頭を下げた幽霊達に囲まれて緊張している。
それから深呼吸して、
鈴木「ご、ご苦労だっ・・(声が裏返る)」
田丸「・・・。」
氏家「・・・。」
小坂「・・・。」
篠原「・・・。」
雑兵「・・・。」
夏子「・・・。」
クールガイ沢口「・・・。」
辺りはシーンと静まり返る。
皆、無表情で鈴木を見上げている。
鈴木(あ、まずい・・。)
慌てた鈴木は、軽く咳払いをし、
鈴木「ご、ご苦労であった。皆の者よくやった。も、もうよいぞ。」
震えながら、棒読みで言った。
その途端、止まった時間が動き出した様に。雑兵達はお互いに顔を見合わせ、うれしそうに頷いた。
田丸は、氏家、小坂、篠原を振り返った。
皆、口元に笑みをたたえ、力強く頷き合う。
鈴木は、後ろにいる黒い影を見つける。
鈴木「あなたは安永忠兵衛殿ですか?」
黒い影に話しかける。
シナリオにはないセリフに、夏子はギョッとする。
田丸達も、動揺して黒い影を振り返った。
黒い影はみんなの注目を浴び、申し訳なさそうに深く頭を下げた。
鈴木「・・よく妻と子を守りましたね。夏子さんは頑張ってくれましたよ。よい子孫を持ちましたね。」
と、黒い影に話しかけた。
黒い影は深く深く頭を下げ、夏子を見て頷いた。
すると、忠兵衛の体を覆いつくしていた黒い影が煙の様に消え、下から生前の忠兵衛の姿が出て来た。
夏子「忠兵衛さん!」
忠兵衛の姿は夏子の祖父によく似て、人のよさそうな顔をしていた。
クールガイ沢口「今まで、罪悪感が忠兵衛を黒く覆いつくしていたんだね。役目を終えて主君に認められたことにより、長年の罪悪感から解放されたんだな。」
つぶやく、クールガイ沢口。
すると、役目を果たした雑兵達がガチャガチャと音をたてながら、刀を地面に置いた。忠兵衛もその横に加わった。
誰かが「・・ようやくじゃ。」とつぶやいた途端、六人の雑兵達の輪郭はふわりと揺らぎ、月の光の中にすうっと消えた。
夏子「消えた!」
クールガイ沢口「・・雑兵達が、成仏した!」
夏子とクールガイ沢口は、笑顔で叫んだ。
鈴木「はぁ・・!」
鈴木は大役を果たし、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。
「政則様!」
次々とかけつける田丸達に、「ああ、どうもありがとう・・」と、支えられるキラキラ衣装の鈴木。
主君の子孫に自分達の姿が見えて、うれしそうな田丸と小坂。
少し離れた所で、しんみりとした顔で皆を見ていたクールガイ沢口。
目の前にはスマホのついた三脚。
クールガイ沢口「いつの世も、人って変わらないよね。みーんな、誰かに認めてもらたいんだよねぇ。」
つぶやいて、満月を見上げる。
それから、三脚の上のスマホを確認し、
クールガイ沢口「あ~、やっぱり。霧がすごすぎて、映ってない・・。」
と、落ち込む。
すると、クールガイ沢口の後ろに黒い影が現れる。
気配を感じて、おそるおそる振り返る。
その黒い影は、低い声で「達夫。」と呼んだ。
クールガイ沢口は信じられないという表情で振り向き、
「・・親父?」とつぶやく。
黒い影は「よくやったな。達夫。」と言い、笑った。
クールガイ沢口「今頃なんだよ、親父。出来損ないの息子に、何の用だよ。」
吐き捨てる様に言い、下を向いて拒絶する。
黒い影「・・お前は自慢の倅だよ。」
クールガイ沢口「・・・え?」
おそるおそる、自分の父親を見る。
黒い影がそう言うと、彼を覆いつくしていた影が煙の様に消え、下から生前の姿が出て来た。
クールガイ沢口によく似ている。微笑んでいる。
クールガイ沢口「・・親父。」
※自分の父親も、生前に『お前は出来損ないだ』と沢口に言った事を、後悔していたことに気がつく。
「じゃあな。」
照れくさそうに言い、消える父親。
クールガイ沢口は、ひとりで下を向いて泣く。
篠原は、氏家の隣で。
篠原「我らは、まだまだ成仏せぬ様だな。」
と、自分の手を見る。
輪郭のしっかりとした、消え行くそぶりも見せない篠原の手。
氏家は微笑む。
氏家「・・我らは、まだ気掛かりな事があるのかもしれぬな。」
夏子を見た。
夏子は氏家の視線に気がつき、微笑む。
篠原は、こっそりと一人で泣いているクールガイ沢口の所へ行き、
篠原「わしの未練は、そなたじゃな。わしの『推し』であるからな。」
と、胸元から紙を取り出し、クールガイ沢口に渡した。
クールガイ沢口は、その紙を受け取りながらも。
クールガイ沢口「また来た!篠原とかいう幽霊!もう、サッサと成仏してよね!」
泣いているのがバレた沢口は、照れくさそうに文句を言いながら、鼻をちーんとかんだ。
空には大きな満月。
※微笑み合う、夏子と氏家。泣きながら鼻をかむクールガイ沢口に、うれしそうに新しい紙を渡す篠原。
幽霊が見える様になった鈴木に、うれしそうに話しかける田丸と小坂の画。
完
