●裏の山にある、古い墓の前。
焚火の火がパチパチと音をたてている。
周りには、いくつもの青白い人魂がゆらゆらと揺れている。
焚火の周りに、険しい顔をして座っている侍の幽霊達。
夏子「お願いします!私も『亡者の行軍』を導きたいんです!」
夏子は深く頭を下げる。
侍の幽霊達は、顔をしかめながらお互いに目を合わせる。
小坂「雑兵どもは峠を目前にして、影の様に消え失せる。己が果てた地とあらば、近づくのも難しかろう。」
篠原「討たれた地を前にすると、どうにも足が進まぬらしい。」
あまり乗り気ではない様子。
夏子「今回は成功する気がします。鈴木さんがいるから。」
夏子が言うと、侍の幽霊達は動揺し、顔を見合わせる。
夏子「鈴木さんは政勝様と気配が同じなんですよね?じゃあ、鈴木さんに陣跡で待っていてもらえば・・。」
夏子がそこまで言うと、
氏家「それはならぬ!」
突然、大きな声を出した。
氏家が怖い顔で、夏子を睨んでいる。
夏子は氏家の勢いに、ビクッと飛び上がる。
夏子「え?良い考えだと思うんですけど。」
氏家の怖い顔に、たじたじとなる夏子。
氏家「政則様を、怨霊どもの毒気に触れさせるなど!」
こめかみをピクピクさせながら、吐き捨てる様に言う。
夏子「でも!鈴木さんもやるって言っていたし!」
なおも食い下がる夏子。
黙って聞いていた田丸も、
田丸「お夏、政則様を危地へ導くなど、断じて出来ぬ。」
厳しい顔で、首を振る。
小坂「お夏、我らは『亡者の行軍』と共に進まねばならぬ。さすれば、誰が政則様をお守りするのだ。」
小坂も硬い表情。
夏子「大丈夫です。陣跡には、この人と一緒にいてもらいます。」
夏子が、スマホを見せる。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
動画:急にセンセーショナルな音楽が流れる。後ろは白い壁。
安っぽいギラギラのラメのはっぴを着た、怪しい中年男性が出て来て『クーーーール!!』とカメラを指差して、叫ぶ。
クールガイ沢口『どーーもーー!宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口です!』
篠原「くるりの者じゃ!!」
篠原はうれしそうに飛び上がり、夏子のスマホを指差す。
他の侍の幽霊達は目を見開いて、夏子のスマホをまじまじと見る。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
暗い山にいる。夜。
クールガイ沢口『皆さんは、幽霊信じていまーーすかーーーー?』
叫び、耳に手をあてて返事を待っている動作。
その時、誰も居なさそうな山奥なのに、
『オオオォォォーー!!』
と、おどろおどろしい声が響く。
クールガイ沢口『霊に返事されたーー!!オーーマイガーー!!』
両手を広げて上を向いて叫ぶ。
※まるで何かの術をかけられた様に、目を見開いて動画を見たままフリーズしている田丸、氏家、小坂。
それとは対比して、
篠原「ははははは!」
篠原はクールガイ沢口を指差して、大笑い。
まだ動画を見てフリーズしている田丸、氏家、小坂。
小坂「さては、この男。狐の祟りでも受けたか・・。」
小坂がつぶやくと、田丸と氏家が眉間にしわを寄せて頷く。
ははは・・・ははは・・
辺りに篠原の笑い声がこだまする。
一人で大笑いしている篠原を、冷たい表情でゆっくりと振り返る、侍の幽霊達。
田丸「この様な得体の知れぬ者が、政則様をお守り出来るとは、とても思えぬ。」
田丸が静かにつぶやくと、頷く氏家、小坂。
すると、そこへ現れたのは、
鈴木「夏子さん!遅くなりました!仕事がたてこんじゃって。」
鈴木が息を切らせながら、走って来た。
侍の幽霊達は、慌てて頭を下げる。
鈴木「夏子さん、どうでしたか?皆さん、承知してくれましたか?」
夏子「いいえ、政則様を危険な目に合わせるわけにはいかないと。」
鈴木「そうですか。」
鈴木は仕事の鞄を下に降ろすと。
鈴木「皆さん、僕は今まで霊の存在は信じませんでした。目に見えない物の事なんて、考えた事がなかったのです。」
静かな声で、空間に向かって話し始めた。
侍の幽霊達は頭を下げたまま、聞いている。
鈴木「涙峠に行った時、安永忠兵衛の影に会いました。僕は、彼が夏子さんを陣跡の方へ導くのを見ました。」
安永忠兵衛と聞いた途端、顔をあげる侍の幽霊達。
鈴木「彼は今でもあそこに立って、皆さんの事を待っているのではないでしょうか。やり直せる機会を待っているのかもしれない。」
小坂「忠兵衛が・・。」
つぶやく小坂。
顔を見合わせる侍の幽霊達。
鈴木「安永忠兵衛が過去を悔いてやり直したいと思っているなら、僕も協力したいと思います。」
田丸「しかし、政則様・・。」
田丸は困惑した顔で口ごもる。
鈴木「先祖から続くご縁です。僕に何か出来る事があれば、やりたいと思います。お願いします。」
鈴木はそう言うと、深く頭を下げた。
※鈴木は幽霊が見えないので、幽霊達がいない方向に向かって、頭を下げている画。
田丸「政則様、頭をお上げくだされ!承知いたしました!」
主君の子孫に頭を下げられ、慌てる侍の幽霊達。主君の子孫に言われたら逆らえない。
夏子(『もう一度だけやってみよう。しかし、政則様に危害が及ぶ様な事があれば即刻中止、二度と行わない』そういう約束のもと、田丸様は一度きりのチャンスをくれた。)
鈴木「ありがとうございます!」
また頭を下げる鈴木に、慌てる侍達の幽霊の画。
夏子(チャンスは、次の満月の日。)
一人、拳を握り締める夏子。
氏家「・・・。」
氏家は何か言いたげな顔で、夏子の姿を見ていた。
●家の玄関の前。夜。
リンリンと虫の声。空には満月になりかけの、少しだけ欠けた月。
氏家「お夏。」
夏子「あ、氏家様。」
突然、後ろから声をかけられて、赤くなる夏子。
二人きりな事に気がつき、ドキドキしている。
氏家「明日だな。」
ため息をついて、空を見上げる。
夏子「はい、よろしくお願いします。」
明日への緊張と、ふいに声をかけられたうれしさで、落ち着かない。
氏家は急に怖い顔になると、夏子の目をのぞきこみ、
氏家「・・命を賭けるか?」
低く、押し殺した声だった。
一瞬にして殺気が立ち、周囲の虫の声が止んだ。
氏家「戦の場に立てば、叫びも涙も誰にも届かぬ。仲間が倒れても、振り返ることさえ許されぬ。雑兵どもは、未だ戦の場にいる。そなたはそこに足を踏み入れるのだぞ。無事ではすまぬ。」
夏子は息を飲む。
しかし、恐怖を振り払う様に首を振り、
夏子「氏家様がいてくれるなら、私は!」
氏家「わしは何度も人を斬った。この手は血に染まっておる。斬らねば斬られる。それが戦じゃ。」
氏家は、自分の手を空にかざしながら言った。
夏子(彼の声は、遠い遠い別の世界から響いている様に感じた。)
氏家は苦しげに目を伏せた。
氏家「そなたに、そんな想いはさせとうはない。何も見て欲しくはない。」
悲しそうな顔の氏家。
氏家「わしはもう、誰も失いたくはない。」
夏子「私は平気です!氏家様と一緒なら、大丈夫です!」
夏子は、自然に氏家の袖を掴んだ。
驚いて夏子を見る氏家。
そのまま、氏家は黙って夏子を見つめた。
すると、夏子の心の中に、流れて来た風景があった。
●氏家の過去回想
すすき平。白い霧の中。
火薬が爆発した様な音がする。
パンパンパン!!
馬のいななきが聞こえ、次々と落馬する侍達。
「何者だ!!」と、叫び声が聞こえる。
すすきの中に隠れ、こちらに向かって銃を撃っている者達がいる。
撃たれて落馬した氏家が、口から血を垂らしながらヨロヨロと体を起こす。
恨みのこもった声で「おのれ!忠兵衛め!たばかったな!」と叫ぶ。
皆、血だらけになりながら刀を抜き、「ここで果ててたまるか!」と敵に切りかかって行く。
パンパンパン!!
篠原や田丸、小坂も次々と撃たれ、体から白い煙が立ち上ると共に、血が噴き出す。
雨の様に弾が降り注ぎ、雑兵達もバタバタと倒れていく。
血だらけの顔の小坂が「政勝様にお伝えせねば・・」とささやき、目を閉じる。
近くに倒れている篠原は「援軍を・・」とつぶやき、口から血を吐く。
田丸も「誰か政勝様へ・・」と、ガクリと動かなくなった。
氏家は鬼の様な形相で、「忠兵衛!末代まで祟ってやる!!」と叫び、口から血を吐きながらガクリと膝をつき、その場に倒れた。
●現在に戻る。
目を見開き、震えていた夏子はやっと体が動き、氏家の顔を見た。
氏家は黙って頷いた。
夏子(これが戦だ。お夏はここに立てるか?そう、心の声が聞こえて来そうだった。)
呆然とする夏子。
夏子(この人は、そういう世界でずっと生きていたんだ。戦の現実、血の記憶、仲間の死。私が生きる現実とは、まるで違う。)
二人の間に、静かな時間が流れる。
夏子(この人は、違う世界の人なんだ。ーー向こう岸に立つ人なんだ。)
夏子の目からは、涙がこぼれた。
夏子「私は、決してあなたと同じ場所には、立てないんですね。」
落ち込む夏子。
氏家は、夏子の目をのぞきこんで、言い聞かせる様に言った。
氏家「・・お夏、わしはもうそこへは戻れぬ。わしの時は、止まっておるのだ。」
夏子「氏家様・・。」
夏子の胸の奥には、冷たい風が吹いている。
氏家「お夏。過ぎし日のしくじりは、全て己が気の迷いゆえじゃ。笑うがよい。」
氏家は静かに笑った。
夏子「え?」
氏家「雑兵どもが成仏する際、己も道連れとなることを恐れた。八重をひとりには出来ぬと。八重もそれを恐れた。我らの心の揺らぎが、雑兵どもに伝わったのであろう。」
夏子(そうか。雑兵達の無念を晴らしたら、氏家様も・・。氏家様と八重ばあちゃんは、一緒にいる事を無意識に選んだんだ。)
思ったよりも強い二人の絆の強さに、夏子は落ち込んだ。自分の入り込む隙間など、どこにもないのだと。
氏家「あやつら、先に進むことを恐れておる。我らもそうであった。導くには揺るがぬ断固たる意志がいる。」
夏子(そうか、前へ進むのを恐れる雑兵達の想いと、恋人を失いたくなくて前へ進めない二人の気持ちが、リンクしてしまったんだ。だから、峠に着く前に雑兵達が消えてしまったんだ。)
夏子は、八重ばあちゃんに激しく嫉妬した。
夏子(こんなに自分に厳しい氏家様が躊躇するくらい、八重ばあちゃんは愛されていたんだ。)
夏子は下を向き、絞り出す様につぶやいた。
夏子「私だって・・氏家様が必要です。」
夏子(私だって、あなたが好きです。そばにいてください。)
心の中で、叫んだ。
氏家「そなたは生者、我らとは違う。同じ時を歩むことはもう叶わぬ。」
優しく微笑む氏家。
夏子「そんな言い方、しないでください。」
夏子の胸の奥は、ズキッと痛んだ。
夏子(我らとは違う・・か。フラれたってことか・・。)
夏子は自嘲気味に笑った。
夏子が失恋により傷ついている表情を見て、氏家は緊張していると捉えたらしい。
氏家「お夏。案ずるな、そなたは強い。」
夏子の気持ちなど気にもしない。元気づけようとする氏家。
夏子「・・そんな事、ないです。強くないです。」
泣きたいのをこらえる。
氏家「たとえ成仏せしとも、お夏よ、そなたを見守っておるぞ。」
まるで娘を見る様な、優しい目で言う。
夏子は気持ちをぐっとこらえながら、
夏子「おまかせください。」
と、笑って言えた。
氏家は頷くと、去って行った。
夏子「あーーー、ちくしょーーー!!!失恋かーーーーー!!」
目の前に生えていた長い草を乱暴に引き抜き、放り投げる夏子。
夏子「鈍感すぎだろーー!!光政のばかやろーー!好きだったのにーー!ばか幽霊ーー!」
思いつく限りの言葉を叫びながら、引き抜いた草を振り回し、周りに高く生えた雑草に八つ当たりした。
その時、とんできたバッタが夏子の顔に当たった。
夏子「いった!」
驚いて、一人でよろめく。そして、恥ずかしくなって少し冷静になる。
夏子(まだまだ心は痛むけれど。思いっきりフラれたし。ちょっとすっきりしたかも。)
夏子は大きく深呼吸。
夏子(今の自分に出来る事って、なんだろう。)
少し冷静になって来た夏子。
●夏子の過去回想。
氏家「何事をなすべきかわからぬ時は、まず目の前の事に心を尽くせ。よいな。」
氏家が桜の前で言った時の画。
●現在に戻る。
夏子は、遠くで桜の木を見上げている、氏家の背中を見つめた。
遠い所にいる恋人を想う、好きな人の後ろ姿。
夏子(もう、会えなくなるかもしれないんだな。この姿も最後かもしれない。)
夏子は切ない表情で、氏家の背中を眺める。
そして、スマホでこっそりと盗撮する。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ
※画像
桜の木の下でたたずむ氏家の姿。もやの様に透けている。
夏子「なんか心霊写真みた・・、あ、そっか。幽霊だった。」
夏子はガクッと落ち込む。
夏子(氏家様を八重ばあちゃんに会わせてあげよう。それが、彼の為に出来る、唯一の事なんじゃないだろうか。)
夏子「よしっ!」
空に向かって両手を突き上げる夏子。
焚火の火がパチパチと音をたてている。
周りには、いくつもの青白い人魂がゆらゆらと揺れている。
焚火の周りに、険しい顔をして座っている侍の幽霊達。
夏子「お願いします!私も『亡者の行軍』を導きたいんです!」
夏子は深く頭を下げる。
侍の幽霊達は、顔をしかめながらお互いに目を合わせる。
小坂「雑兵どもは峠を目前にして、影の様に消え失せる。己が果てた地とあらば、近づくのも難しかろう。」
篠原「討たれた地を前にすると、どうにも足が進まぬらしい。」
あまり乗り気ではない様子。
夏子「今回は成功する気がします。鈴木さんがいるから。」
夏子が言うと、侍の幽霊達は動揺し、顔を見合わせる。
夏子「鈴木さんは政勝様と気配が同じなんですよね?じゃあ、鈴木さんに陣跡で待っていてもらえば・・。」
夏子がそこまで言うと、
氏家「それはならぬ!」
突然、大きな声を出した。
氏家が怖い顔で、夏子を睨んでいる。
夏子は氏家の勢いに、ビクッと飛び上がる。
夏子「え?良い考えだと思うんですけど。」
氏家の怖い顔に、たじたじとなる夏子。
氏家「政則様を、怨霊どもの毒気に触れさせるなど!」
こめかみをピクピクさせながら、吐き捨てる様に言う。
夏子「でも!鈴木さんもやるって言っていたし!」
なおも食い下がる夏子。
黙って聞いていた田丸も、
田丸「お夏、政則様を危地へ導くなど、断じて出来ぬ。」
厳しい顔で、首を振る。
小坂「お夏、我らは『亡者の行軍』と共に進まねばならぬ。さすれば、誰が政則様をお守りするのだ。」
小坂も硬い表情。
夏子「大丈夫です。陣跡には、この人と一緒にいてもらいます。」
夏子が、スマホを見せる。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
動画:急にセンセーショナルな音楽が流れる。後ろは白い壁。
安っぽいギラギラのラメのはっぴを着た、怪しい中年男性が出て来て『クーーーール!!』とカメラを指差して、叫ぶ。
クールガイ沢口『どーーもーー!宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口です!』
篠原「くるりの者じゃ!!」
篠原はうれしそうに飛び上がり、夏子のスマホを指差す。
他の侍の幽霊達は目を見開いて、夏子のスマホをまじまじと見る。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
※動画
暗い山にいる。夜。
クールガイ沢口『皆さんは、幽霊信じていまーーすかーーーー?』
叫び、耳に手をあてて返事を待っている動作。
その時、誰も居なさそうな山奥なのに、
『オオオォォォーー!!』
と、おどろおどろしい声が響く。
クールガイ沢口『霊に返事されたーー!!オーーマイガーー!!』
両手を広げて上を向いて叫ぶ。
※まるで何かの術をかけられた様に、目を見開いて動画を見たままフリーズしている田丸、氏家、小坂。
それとは対比して、
篠原「ははははは!」
篠原はクールガイ沢口を指差して、大笑い。
まだ動画を見てフリーズしている田丸、氏家、小坂。
小坂「さては、この男。狐の祟りでも受けたか・・。」
小坂がつぶやくと、田丸と氏家が眉間にしわを寄せて頷く。
ははは・・・ははは・・
辺りに篠原の笑い声がこだまする。
一人で大笑いしている篠原を、冷たい表情でゆっくりと振り返る、侍の幽霊達。
田丸「この様な得体の知れぬ者が、政則様をお守り出来るとは、とても思えぬ。」
田丸が静かにつぶやくと、頷く氏家、小坂。
すると、そこへ現れたのは、
鈴木「夏子さん!遅くなりました!仕事がたてこんじゃって。」
鈴木が息を切らせながら、走って来た。
侍の幽霊達は、慌てて頭を下げる。
鈴木「夏子さん、どうでしたか?皆さん、承知してくれましたか?」
夏子「いいえ、政則様を危険な目に合わせるわけにはいかないと。」
鈴木「そうですか。」
鈴木は仕事の鞄を下に降ろすと。
鈴木「皆さん、僕は今まで霊の存在は信じませんでした。目に見えない物の事なんて、考えた事がなかったのです。」
静かな声で、空間に向かって話し始めた。
侍の幽霊達は頭を下げたまま、聞いている。
鈴木「涙峠に行った時、安永忠兵衛の影に会いました。僕は、彼が夏子さんを陣跡の方へ導くのを見ました。」
安永忠兵衛と聞いた途端、顔をあげる侍の幽霊達。
鈴木「彼は今でもあそこに立って、皆さんの事を待っているのではないでしょうか。やり直せる機会を待っているのかもしれない。」
小坂「忠兵衛が・・。」
つぶやく小坂。
顔を見合わせる侍の幽霊達。
鈴木「安永忠兵衛が過去を悔いてやり直したいと思っているなら、僕も協力したいと思います。」
田丸「しかし、政則様・・。」
田丸は困惑した顔で口ごもる。
鈴木「先祖から続くご縁です。僕に何か出来る事があれば、やりたいと思います。お願いします。」
鈴木はそう言うと、深く頭を下げた。
※鈴木は幽霊が見えないので、幽霊達がいない方向に向かって、頭を下げている画。
田丸「政則様、頭をお上げくだされ!承知いたしました!」
主君の子孫に頭を下げられ、慌てる侍の幽霊達。主君の子孫に言われたら逆らえない。
夏子(『もう一度だけやってみよう。しかし、政則様に危害が及ぶ様な事があれば即刻中止、二度と行わない』そういう約束のもと、田丸様は一度きりのチャンスをくれた。)
鈴木「ありがとうございます!」
また頭を下げる鈴木に、慌てる侍達の幽霊の画。
夏子(チャンスは、次の満月の日。)
一人、拳を握り締める夏子。
氏家「・・・。」
氏家は何か言いたげな顔で、夏子の姿を見ていた。
●家の玄関の前。夜。
リンリンと虫の声。空には満月になりかけの、少しだけ欠けた月。
氏家「お夏。」
夏子「あ、氏家様。」
突然、後ろから声をかけられて、赤くなる夏子。
二人きりな事に気がつき、ドキドキしている。
氏家「明日だな。」
ため息をついて、空を見上げる。
夏子「はい、よろしくお願いします。」
明日への緊張と、ふいに声をかけられたうれしさで、落ち着かない。
氏家は急に怖い顔になると、夏子の目をのぞきこみ、
氏家「・・命を賭けるか?」
低く、押し殺した声だった。
一瞬にして殺気が立ち、周囲の虫の声が止んだ。
氏家「戦の場に立てば、叫びも涙も誰にも届かぬ。仲間が倒れても、振り返ることさえ許されぬ。雑兵どもは、未だ戦の場にいる。そなたはそこに足を踏み入れるのだぞ。無事ではすまぬ。」
夏子は息を飲む。
しかし、恐怖を振り払う様に首を振り、
夏子「氏家様がいてくれるなら、私は!」
氏家「わしは何度も人を斬った。この手は血に染まっておる。斬らねば斬られる。それが戦じゃ。」
氏家は、自分の手を空にかざしながら言った。
夏子(彼の声は、遠い遠い別の世界から響いている様に感じた。)
氏家は苦しげに目を伏せた。
氏家「そなたに、そんな想いはさせとうはない。何も見て欲しくはない。」
悲しそうな顔の氏家。
氏家「わしはもう、誰も失いたくはない。」
夏子「私は平気です!氏家様と一緒なら、大丈夫です!」
夏子は、自然に氏家の袖を掴んだ。
驚いて夏子を見る氏家。
そのまま、氏家は黙って夏子を見つめた。
すると、夏子の心の中に、流れて来た風景があった。
●氏家の過去回想
すすき平。白い霧の中。
火薬が爆発した様な音がする。
パンパンパン!!
馬のいななきが聞こえ、次々と落馬する侍達。
「何者だ!!」と、叫び声が聞こえる。
すすきの中に隠れ、こちらに向かって銃を撃っている者達がいる。
撃たれて落馬した氏家が、口から血を垂らしながらヨロヨロと体を起こす。
恨みのこもった声で「おのれ!忠兵衛め!たばかったな!」と叫ぶ。
皆、血だらけになりながら刀を抜き、「ここで果ててたまるか!」と敵に切りかかって行く。
パンパンパン!!
篠原や田丸、小坂も次々と撃たれ、体から白い煙が立ち上ると共に、血が噴き出す。
雨の様に弾が降り注ぎ、雑兵達もバタバタと倒れていく。
血だらけの顔の小坂が「政勝様にお伝えせねば・・」とささやき、目を閉じる。
近くに倒れている篠原は「援軍を・・」とつぶやき、口から血を吐く。
田丸も「誰か政勝様へ・・」と、ガクリと動かなくなった。
氏家は鬼の様な形相で、「忠兵衛!末代まで祟ってやる!!」と叫び、口から血を吐きながらガクリと膝をつき、その場に倒れた。
●現在に戻る。
目を見開き、震えていた夏子はやっと体が動き、氏家の顔を見た。
氏家は黙って頷いた。
夏子(これが戦だ。お夏はここに立てるか?そう、心の声が聞こえて来そうだった。)
呆然とする夏子。
夏子(この人は、そういう世界でずっと生きていたんだ。戦の現実、血の記憶、仲間の死。私が生きる現実とは、まるで違う。)
二人の間に、静かな時間が流れる。
夏子(この人は、違う世界の人なんだ。ーー向こう岸に立つ人なんだ。)
夏子の目からは、涙がこぼれた。
夏子「私は、決してあなたと同じ場所には、立てないんですね。」
落ち込む夏子。
氏家は、夏子の目をのぞきこんで、言い聞かせる様に言った。
氏家「・・お夏、わしはもうそこへは戻れぬ。わしの時は、止まっておるのだ。」
夏子「氏家様・・。」
夏子の胸の奥には、冷たい風が吹いている。
氏家「お夏。過ぎし日のしくじりは、全て己が気の迷いゆえじゃ。笑うがよい。」
氏家は静かに笑った。
夏子「え?」
氏家「雑兵どもが成仏する際、己も道連れとなることを恐れた。八重をひとりには出来ぬと。八重もそれを恐れた。我らの心の揺らぎが、雑兵どもに伝わったのであろう。」
夏子(そうか。雑兵達の無念を晴らしたら、氏家様も・・。氏家様と八重ばあちゃんは、一緒にいる事を無意識に選んだんだ。)
思ったよりも強い二人の絆の強さに、夏子は落ち込んだ。自分の入り込む隙間など、どこにもないのだと。
氏家「あやつら、先に進むことを恐れておる。我らもそうであった。導くには揺るがぬ断固たる意志がいる。」
夏子(そうか、前へ進むのを恐れる雑兵達の想いと、恋人を失いたくなくて前へ進めない二人の気持ちが、リンクしてしまったんだ。だから、峠に着く前に雑兵達が消えてしまったんだ。)
夏子は、八重ばあちゃんに激しく嫉妬した。
夏子(こんなに自分に厳しい氏家様が躊躇するくらい、八重ばあちゃんは愛されていたんだ。)
夏子は下を向き、絞り出す様につぶやいた。
夏子「私だって・・氏家様が必要です。」
夏子(私だって、あなたが好きです。そばにいてください。)
心の中で、叫んだ。
氏家「そなたは生者、我らとは違う。同じ時を歩むことはもう叶わぬ。」
優しく微笑む氏家。
夏子「そんな言い方、しないでください。」
夏子の胸の奥は、ズキッと痛んだ。
夏子(我らとは違う・・か。フラれたってことか・・。)
夏子は自嘲気味に笑った。
夏子が失恋により傷ついている表情を見て、氏家は緊張していると捉えたらしい。
氏家「お夏。案ずるな、そなたは強い。」
夏子の気持ちなど気にもしない。元気づけようとする氏家。
夏子「・・そんな事、ないです。強くないです。」
泣きたいのをこらえる。
氏家「たとえ成仏せしとも、お夏よ、そなたを見守っておるぞ。」
まるで娘を見る様な、優しい目で言う。
夏子は気持ちをぐっとこらえながら、
夏子「おまかせください。」
と、笑って言えた。
氏家は頷くと、去って行った。
夏子「あーーー、ちくしょーーー!!!失恋かーーーーー!!」
目の前に生えていた長い草を乱暴に引き抜き、放り投げる夏子。
夏子「鈍感すぎだろーー!!光政のばかやろーー!好きだったのにーー!ばか幽霊ーー!」
思いつく限りの言葉を叫びながら、引き抜いた草を振り回し、周りに高く生えた雑草に八つ当たりした。
その時、とんできたバッタが夏子の顔に当たった。
夏子「いった!」
驚いて、一人でよろめく。そして、恥ずかしくなって少し冷静になる。
夏子(まだまだ心は痛むけれど。思いっきりフラれたし。ちょっとすっきりしたかも。)
夏子は大きく深呼吸。
夏子(今の自分に出来る事って、なんだろう。)
少し冷静になって来た夏子。
●夏子の過去回想。
氏家「何事をなすべきかわからぬ時は、まず目の前の事に心を尽くせ。よいな。」
氏家が桜の前で言った時の画。
●現在に戻る。
夏子は、遠くで桜の木を見上げている、氏家の背中を見つめた。
遠い所にいる恋人を想う、好きな人の後ろ姿。
夏子(もう、会えなくなるかもしれないんだな。この姿も最後かもしれない。)
夏子は切ない表情で、氏家の背中を眺める。
そして、スマホでこっそりと盗撮する。
夏子の手にある、スマホ画面のアップ
※画像
桜の木の下でたたずむ氏家の姿。もやの様に透けている。
夏子「なんか心霊写真みた・・、あ、そっか。幽霊だった。」
夏子はガクッと落ち込む。
夏子(氏家様を八重ばあちゃんに会わせてあげよう。それが、彼の為に出来る、唯一の事なんじゃないだろうか。)
夏子「よしっ!」
空に向かって両手を突き上げる夏子。
