●根まわり資料館。昼。
※「根まわり資料館」と書いた、小さな建物の外観の画。
資料館の閲覧室には、夏子以外の来館者はいない。
昼の光が古い木製の床を淡く照らしていた。
時計の音だけが響いている。
職員が引き出しを開けて、
「こちらが、根まわり地区の郷土史家がまとめた資料です。」
夏子「ありがとうございます。」
夏子は資料を手に取った。
夏子の手にある資料『根まわりの里のあゆみ』と書かれている。
『江戸末期、この地一帯では小規模ながらも激しい戦があった。鈴木政勝を領主とする鈴木家の兵と、隣領の兵が衝突した記録が残る。劣勢に立たされた政勝の家臣らは援軍を求めて使いを出したが、そのうちの一隊が味方の裏切りにより、現在のすすき平付近にて、ことごとく討ち死にしたと伝えられる。これを俗に「すすき平の戦い」と呼ぶ。』
夏子「雑兵が言っていたのって、このすすき平の戦いだろうか。」
夏子はページをめくる。
『戦の後、村人達はこれら死者の亡骸を不憫に思い、野に晒すままにせずに手厚く葬った。田丸定利、篠原雅重、小坂忠義、氏家光政は、一時的に里を見下ろす丘に葬られたが、その遺骨は後に親族に返されたという。しかし、地元では未だ魂は丘に残ると伝えられる。』
夏子「氏家・・光政。光政さんって言うんだね。」
夏子は微笑みながら、資料の『氏家光政』の文字の上を、指でなでた。
夏子(氏家様の生きた証が資料館に残っていて、うれしかった。確かにこの人は、ここに存在したんだ。生きていたんだ。)
夏子は、その資料を胸に抱きしめた。
夏子は、膨大な資料を時間をかけて読み漁った。
夏子(氏家様に言われた「生きる者」として、出来るだけの事をしたかった。氏家様がこの世に生きていた証を、もっと見つけたかった。)
●根まわり資料館。午後。
※時計の針が午後になっている。
太陽の位置が変わり、午後の光が床に差し込む画。
夏子「雑兵の墓については、どこにも載っていないなぁ。」
夏子はパラパラとページをめくる。
すると最後に、『鈴木家末裔 鈴木政則 2020年作成』と書いてある。
夏子「鈴木家末裔・・氏家様達の主君の子孫って事?」
夏子は軽く息を飲んだ。
その時。
「すすき平の戦いについて調べているんですか?」
突然声がして振り向くと、30代くらいの背の高い男性が立っていた。
地味なスーツに名札。『鈴木』の文字が見える。
鈴木「ちょうどこちらの展示室で、パネル展をやっているんで。」
その男性に導かれ、おずおずと隣の部屋に入る夏子。
薄暗い部屋の展示ケースの中には、古地図や古びた笠、錆びた刀のつばなどがある。
鈴木「全て、すすき平で発掘されたんですよ。」
展示ケースの札には『すすき平合戦伝承資料 鈴木家末裔作成』と書いてある。
夏子「失礼ですが、あなたが鈴木政則さんですか?資料を作成した・・。」
彼はにっこりと笑い、
鈴木「はい、僕です。正確には、うちの家に伝わる話をまとめただけです。祖母がよく話してくれましてね。」
彼は、展示室の壁に並ぶパネルを指差して、
鈴木「政勝公の戦で亡くなった方々の記録です。あの時の戦死者は、村人が手厚く葬ったと伝えられています。」
夏子「すすき平で戦死した雑兵達の墓は、どこにあるかご存じですか?」
鈴木「・・雑兵?ですか?」
意外そうに目をしばたかせた。
それから、古地図の前へ行き、地図の一点を指差した。
鈴木「ここだと思います。」
そこには、『五人之塚』とかすれた墨で書かれていた。
夏子「五人之塚・・。」
鈴木「名もなき兵の墓だと言われています。村人達が作った墓です。でも、トンネル工事のせいで塚が壊されてしまって、今は別の場所にあります。」
夏子「え?そうなんですか。今はどこですか?」
鈴木「すすき平だそうです。でも、トンネルで怪異が多発して廃トンネルになったそうですから、兵の魂は今でもあそこにとどまり、怒っている・・と、地元の人は言っています。」
夏子(正解です。雑兵の怨霊はトンネル内にいて、しかもクールガイ沢口によって封印されています・・とは、言えない。)
言ったら変な人だと思われちゃう・・と、夏子は苦笑いする。
鈴木「他にすすき平の戦いに由来する場所は、涙峠があります。」
夏子「涙峠?」
夏子(雑兵からも氏家様達からも聞いたことがないな。)
首をひねる夏子。
鈴木「安永忠兵衛が涙を流しながら、援軍を呼びに行く一隊と別れた場所、と言い伝えられています。」
夏子「安永忠兵衛?!」
叫んでしまう夏子に驚き、少し後ずさる鈴木。
鈴木「は、はい・・。安永忠兵衛が援軍を呼びに向かう家臣達に、この峠で嘘の道を教えたんです。」
夏子「どういう事ですか・・?」
夏子(援軍を呼びに向かう家臣って、氏家様達の事だよね?)
胸がドキドキして来る。
鈴木は、夏子の様子を見て、何かを感じたらしい。
鈴木「あの・・失礼ですが、あなたは。」
夏子「あ、すいません。私、安永忠兵衛の子孫なんです。」
鈴木「・・え?」
鈴木は息を飲んだ。
夏子「私、今、墓守をやっているんです。田丸定利、篠原雅重、小坂忠義、氏家光政のお墓の。」
鈴木「ああ、やはり。何か関係がある方かなぁとピンと来まして。いつもはお声がけはしないんですけど、なぜか声をかけなければいけない衝動にかられまして。」
鈴木は、まじまじと夏子を見た。
●夏子の家の前。薄暗くなりかけた夕方。
夏子は、鈴木を連れて家に戻った。
鈴木「僕、実は一度もこちらのお墓に来た事がなくて。お寺の方のお墓には行った事はあるんですけど。」
夏子「そうだったんですね。」
鈴木「里のお年寄りによると、彼らの魂はこちらにあるから。ここにも参った方がいいとは聞いていたのですが。なかなか勇気が出なくて。」
恥ずかしそうに頭をかく。
●裏の山にある、古い墓の前。
焚火の火がパチパチと音をたてている。
周りには、いくつもの青白い人魂がゆらゆらと揺れている。
焚火の周りに、あぐらをかいて座っている侍の幽霊達。
氏家「・・・?」
サッと立ち上がり、辺りの気配を伺う。
それから、みんな次々と立ち上がり、呆然とした表情で家の方を見ている。
そこに夏子と鈴木が木々の間から現れる。
鈴木「・・わあ、美しい場所ですね!」
鈴木がお墓の方に向かって歩いて行くと。
田丸「ま、政勝様!!」
田丸が慌てて、土下座をする様に下に手をついた。
氏家「!!」
小坂「政勝様!!」
篠原「・・!!」
みんな驚き、泣きそうな顔で下に手をつき、深々と頭を下げている。
鈴木「・・・ん?今、何か言いました?」
鈴木はふと立ち止まり、いぶかしげな顔で夏子を振り返る。
夏子「・・あ。いえ、私は何も言ってないのですが・・。」
苦笑いをしながら。
夏子(そうか、鈴木さんには見えないんだ。)
田丸「政勝様!!例えこの身が朽ち果てようとも、政勝様のお傍にてその御為に尽くす事、それが我らが願いにございました!!しかし、それすら叶わず・・!!」
田丸、涙をこらえて手で顔を覆う。
氏家「--御恩に報い奉る事も叶わず、痛恨の至りにございます!!」
氏家も涙目で、土下座をする。
小坂も涙をぬぐい、
小坂「この小坂、いかなる咎もお受けいたしまする!!」
篠原も顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、鈴木に向かって土下座をしている。
鈴木「・・・なんだろう。誰もいないのに、誰かにワーワー言われている気がする。」
鈴木は、胸に手をあてて。不安そうな顔でキョロキョロとしている。
夏子「あー。そうですね・・。」
夏子は、なんと説明したら良いかわからず、とまどう。
幽霊が見えない鈴木は、土下座をしている四人をスルーして、お墓の方へ向かう。
田丸「政勝様!」
田丸は主君に無視され、呆然としている。
氏家「・・何ということよ。政勝様は、大変なお怒りじゃ!」
氏家、下についた手をぶるぶると震わせながら、顔をあげる。
小坂「我ら、なんと申し開きすれば良いのか・・!」
小坂、地面を叩いて感情を露わにしている。
篠原「もう終いじゃーー!!」
篠原、子供の様に大泣きする。
夏子「ちょ、ちょっと待ってください!あの人は政勝様ではないですよ。」
夏子は土下座をしている四人の前に膝をつき、顔を上げさせる。
氏家「戯けたことを・・!この気配、忘れるものか!!」
目の奥には、怒りと戸惑いが揺れている。
小坂「ようやく、再びお目にかかれたのだ!お夏、出過ぎた真似をすると許さんぞ!」
小坂は涙でぐちゃぐちゃの顔をしながら、夏子を睨みつける。
夏子はたじろぎながらも。
夏子「よく見てください!私が来ている様な、服を着ているでしょう?刀も差していませんよ?」
お墓の前で静かに手を合わせている鈴木。
こちらで起きている事など知りもせず、のんきな顔で。
鈴木「きれいな声の虫だなぁ。」
虫の声がりんりんと響いていて、鈴木の周りだけ平和な空間だ。
夏子「ほら。怒っていませんよ。あの方は、政勝様ではありません。皆さんの事が見えないんです。」
目をぱちくりさせながら、うろたえる侍の幽霊達。
篠原「さ、されど・・政勝様に瓜二つじゃ!」
まだ納得のいかない篠原。うんうんと頷く小坂。
氏家「いや・・、立ち居振る舞いが政勝様のそれではない。」
鋭い目で鈴木を観察する氏家。※目がキラッと光る。
鈴木「あ、いたっ!こんな所に石があったか。」
小石につまずいて、ケンケンをする。一人で照れ笑いする鈴木。
「うーーん・・。」
みんな半信半疑な顔で次々と立ち上がり、鈴木の周りに集まる。
自分達が鈴木から見えていない事には納得したらしく、至近距離から鈴木を観察する幽霊達。
小坂「どう見ても政勝様に相違あるまい。」
篠原「されど、いささかお若う見受けられる。」
首をひねる篠原。
田丸は不安そうな顔で、鈴木を少し遠くから観察している。
鈴木「・・なんだろう。先からものすごい視線を感じるんだけど。気のせいかな・・。」
鈴木は、キョロキョロと周りを見回している。
夏子「そ、そうですね・・。ものすっごい見られていますね・・。」
夏子は苦笑い。
鈴木は、全てのお墓にお花を供え、手を合わせた。
鈴木「ここは静かでいい所ですね。きっと彼らも、心静かにお休みになっている事でしょう。」
そう微笑む鈴木の周りに、心静かではない侍達の幽霊が集まり、鈴木をものすごい目力でじろじろと観察している。
静かに少し離れた所にたたずんでいた田丸が、口を開いた。
田丸「では、お夏。この御方、どなたと申すのじゃ?」
夏子「この方は、鈴木政勝公の子孫の、鈴木政則さんです。」
夏子は、横にいる彼を幽霊達に紹介した。
鈴木「?」
幽霊の見えない鈴木は、急に自分を紹介し始めた夏子に、いぶかしげな視線を送る。
田丸「な、なんと!!政勝様の御血筋の!!」
氏家「お夏!それをはよ言わんか!!」
小坂「ま、政則様!ご無礼をお許し下さいませ!」
篠原「何卒!!」
またその場にひれ伏す侍の幽霊達。
鈴木「あの・・夏子さん、先から誰と話しているんですか?」
鈴木は、不安げな表情で言った。
夏子「あのー、信じられないかもしれないですが、そのお墓の主達と。」
夏子は苦笑いをしながら、お墓を手で指し示した。
鈴木「・・あ、彼らと?」
鈴木、目を白黒させている。
夏子「あの、彼らの魂はまだここにあるというのは、本当の事でして。」
なんとか鈴木に、幽霊の存在を気づかせたい夏子。
土下座したまま耳を大きくして、夏子と鈴木の会話を聞いている幽霊達。
鈴木「そうですか、夏子さんはこうやって、いつも彼らのお墓に話しかけていらっしゃるのですね。墓守の仕事というのは、奥が深いものですね。」
鈴木、一人で納得している。この人は、素直で育ちの良い人なんだなぁと感じる夏子。
夏子「あ、いえ。お墓に話しかけているというか、魂の方に!直で!」
夏子は、不安そうに私達の会話を聞いている幽霊達の方を手で示した。
鈴木「私は自己紹介もせずに、彼らに失礼な事をしてしまいました。」
鈴木は夏子の思惑には気がつかない。
夏子が幽霊と直接会話をしているだなんて、想像もつかない鈴木。
静かに微笑み、お墓の方へ向き、手を合わせて。
鈴木「はじめまして。鈴木家の末裔、鈴木政則と申します。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。」
それを聞いた幽霊達、慌てて顔を上げて、「ははー!」と頭を下げる。
鈴木「私の先祖・政勝の為に、鈴木家の為に。あなた達は忠義を尽くしてくださいました。感謝致します。」
鈴木さんがお墓に向かって頭を下げる。
篠原「な、なんと・・!もったいなき御言葉ーー!!」
篠原、泣き崩れている。
小坂「我らごときにその様な・・!身に余りまする!」
小坂、声が震えている。
氏家「政勝様の御血筋が、今なお立派に続いておられる・・それだけで我ら、どれだけ報われることか。」
氏家、泣くのをこらえている。
田丸「まさか・・主君の御血筋より、そのような御言葉を賜るとは・・。」
田丸、呆然としている。
手を合わせ終わった鈴木、静かに手をおろして。
鈴木「僕の言葉が彼らに届いていると良いのですが。」
夏子「届いています。彼ら、泣いて喜んでいます。」
鈴木は、遠くを見て、
鈴木「本当に幽霊が見えたらなぁ。彼らに聞きたい事がたくさんあるんですよ。」
夏子「聞きたい事って?」
鈴木「そうですね。特に、涙峠について。」
夏子「涙峠?資料館で言っていた、安永忠兵衛が涙を流しながら嘘の道を教えたという、涙峠ですか?」
安永忠兵衛と聞いて、体をこわばらせる侍の幽霊達。
鈴木「はい。裏切り者が涙を流しながら嘘の道を教えるというのは、少しおかしくないですか?何か理由があって、裏切らざるを得なかったとか。本当は裏切るつもりじゃなかったのに、何かがあったんだと思うんです。」
幽霊達がざわついている。
篠原「涙峠とな?」
小坂「あれか、忠兵衛と最後に顔を合わせた峠であろう。そういえば、あやつ泣いておったな。」
田丸と氏家は静かに聞いている。
夏子「その何かとは、例えば何でしょうか?」
鈴木「あくまでも推測ですが。忠兵衛は、誰かに弱みを握られていたのではないでしょうか。何か人に知られたくない事をしてしまい、それをばらすと脅されていたとか。」
夏子「ああ、よくミステリー小説などでもあるパターンですね。」
鈴木「そうです。あるいは、大事な人を人質にとられていた・・とか。例えば、妻や子・・など。」
篠原が目を細めて、遠い記憶から何かを思い出している。
篠原「そういえば、忠兵衛の女房と倅、あやつが戦へ赴く折にも、姿を見せなんだ。」
小坂「それはまことか?」
小坂、篠原に詰め寄る。
田丸「確かに。顔を引きつらせ、『女房と倅は病にふせっておりますゆえ』と、口ごもっておったわ。」
氏家「なんと・・忠兵衛め、妻と子を縛られておったか。」
氏家、吐き捨てる様に言った。
鈴木「そう考えると、不思議じゃないんです。例えば、敵方から『援軍を呼びに行く一隊に、すすき平を通る様に伝えよ。従わなければ、妻子の命はない。』と脅されていたとか。妻子の無事を祈り、皆の無事を祈って、峠で涙を流したのではないでしょうか。」
鈴木は、夏子の表情を気にしながら、
鈴木「その後、忠兵衛は自ら政勝公の屋敷を訪れて、切腹しています。裏切り者が、わざわざ主君の屋敷へ出向くなんて、おかしくないですか?きっと政勝公に自分の過ちを詫びて、『自分は切腹するから、妻子は許して欲しい』とお願いに行ったのではないかと、僕は思うんです。」
夏子「そ、そんな・・。」
夏子は、侍の幽霊達の顔色を伺う。
お互いに顔を見合わせていた侍の幽霊達。
小坂「政勝様はお許しになったのか。ゆえに、お夏がここにおるのじゃな。」
ぽつりとつぶやく。
小坂の言葉に、氏家は夏子を見た。
鈴木「忠兵衛は、大変真面目で仲間からの信頼も厚い男だったそうです。長い間、なぜそんな男が裏切ったのか、何か理由があるに違いないと、研究がすすめられていました。だから、僕はこの説を信じています。」
夏子は、雑兵の幽霊の顔を思い出していた。
●夏子の過去回想、廃トンネルの中で。
雑兵C「なぜ・・なぜ忠兵衛は裏切った?」
雑兵の一人が、絞り出す様な声でつぶやいた。
夏子は思わず彼を見た。
血だらけの顔は悲し気に歪んでいて、夏子の目をすがる様に見返した。
●現在に戻る。
夏子(あの雑兵と安永忠兵衛は仲の良い友人だったのかもしれない。だからこそ、あんなに苦しんでいたんだ。なぜ自分達を裏切ったのかと。)
篠原「そうであったな。忠兵衛は、正直者、良き男であった。」
篠原は、しんみりとして言った。
小坂「そうじゃな。わしも長きにわたり、解せぬことじゃった。」
小坂は、うんうんと頷いている。
氏家と田丸は顔を見合わせた。
田丸は静かに頷き、氏家は目を泳がせながら下を向いた。
●家の門の前。夜。
夏子「あの、鈴木さん。今日はありがとうございました。うれしかったです。」
鈴木「え、何がですか?」
夏子「私の先祖の事を信じてくれて。でも、どんな理由があろうと忠兵衛が裏切った事実は変えられません。本当に申し訳ありませんでした。」
夏子は、深々と頭を下げた。
鈴木は目をぱちくりさせて、大爆笑。
鈴木「そんな!いつの話をしているんですか!二百年近く前の話ですよ!」
彼につられて、笑う夏子。
鈴木「これからも、時々ここに来てもいいですか?」
夏子「もちろん!彼らも喜ぶと思います。」
鈴木「そうだといいのですが。」
暗い山に、二人の笑い声が響く。
夏子と鈴木が二人で笑っているのを遠くから眺めながら、話す田丸と小坂の画。
田丸「まさか政勝様の御血筋と、あの安永の者が笑うて言葉を交わす世が来ようとはのう・・。長生きもしてみるもんじゃな。」
田丸、まるで孫を見る様な優しい目で、二人を見る。
小坂「田丸様、我らとうに死んでおりますぞ。」
冷静につっこみを入れる小坂。
田丸「おお、そうであったの。」
笑う一同。
篠原「長く彷徨うたかいが、あったということか。」
篠原もうれしそうに言う。
しかし、氏家だけは怖い顔で、二人を見ていた。
●家の玄関前。夜。
夏子(それからというもの、時々、仕事終わりの夕方に、鈴木さんはお墓を訪れてくれる様になった。)
※家の門から入ってきた笑顔の鈴木に向かって、頭を下げている侍の幽霊達の画。(しかし、鈴木に彼らは見えていない。)
夏子(相変わらず、幽霊達は鈴木さんに見えていないが、彼らはそれでも幸せそうだった。)
※桜の木の枝に頭をぶつけて「いたっ!」と叫ぶ鈴木と、それを見て慌てる侍の幽霊達の画。
夏子「なんとかして、鈴木さんに彼らを見せたい・・。」
夏子は、桜を見上げている鈴木の後ろ姿を見ながら、つぶやく。
※鈴木の周りには侍の幽霊達が立っていて、篠原が桜の説明をしている。しかし、鈴木にはその声が聞こえない。
鈴木「春になったら、一緒に花見でもしましょう。おいしいお団子屋さんを知っているんで、ぜひ。」
鈴木が突然、夏子を振り返り叫ぶ。
夏子「いいですね!桜を見ながらお団子なんて風流ですね!」
夏子は、鈴木に微笑む。
すると、鈴木は頬を少し染め、
鈴木「夏子さん。僕達、気が合いますね。」
と、照れた様に下を向いた。
それを見た篠原、目を大きく見開いて小坂と顔を見合わせる。
田丸は、眉根を寄せて複雑そうな表情。
氏家「お夏。」
いつの間にか、後ろに氏家が立っていて、夏子は声をかけられる。
夏子「あ、氏家様。」
夏子は頭を下げる。
氏家は軽く頷くと、
氏家「お夏。政則様に寄りすぎじゃ。身の程をわきまえよ。」
夏子「え?別にそんなつもりじゃ!」
顔を赤くする夏子。
氏家「言い訳はよい。礼を失することのないよう、心得ておけ。」
その時。
鈴木「じゃあ、夏子さん!また!」
笑顔で夏子に手を振る。
夏子「あ、もう帰るんですか?」
夏子も笑顔で手を振り返す。
氏家、眉をひそめて一歩前に出る。
氏家「お夏!なんたる無作法か!身分の隔てを忘れたか!」
夏子は氏家の勢いに驚いて、手を引っ込める。
夏子と氏家の間に緊張が走る。
それを見た鈴木、眉根を寄せて。
鈴木「夏子さん、どうしたんですか?」
夏子「え?あ、あの。」
なんと説明したらよいかわからず、下を向く夏子。
鈴木は、夏子に近づいてくる。
鈴木「そこに・・誰かいるんですか?」
と、氏家の辺りを見る。
※鈴木から見た画。そこには誰もいない。後ろは草はら。
夏子は気まずそうな顔で、鈴木に体を向ける。
氏家は、頭を下げている。
夏子「あ、あの。信じられないかもしれないですけど。」
鈴木「・・はい。」
夏子「ここに氏家光政がいまして。」
氏家「・・・!」
突然、夏子に呼び捨てにされて顔をあげそうになったが、また頭を下げる氏家。
鈴木「う、氏家光政って。家臣の中で一番の剣豪だったという、あの氏家光政?」
信じられないという表情の鈴木、目をぱちくりとする。
夏子「あ、氏家様って一番の剣豪だったんですか!へーー!!」
夏子、頭を下げている氏家を見て、にやにやしながら言った。
氏家は恥ずかしそうにぷるぷると震えながら、
氏家「お夏!やめい!」
と、夏子を睨んで小さく抵抗する。
鈴木「僕は幽霊は信じないのですが。」
鈴木は墓の方に顔を向け、
鈴木「夏子さんがそう言うなら、幽霊はいるのかもしれないな。」
とつぶやき、夏子を見て微笑んだ。
つられて夏子も頬を赤らめる。
それを見た氏家の顔が少しこわばった。
それに気がついた小坂。
夏子と鈴木の間に割って入り、
小坂「恐れながら、政則様。お夏と親しくするのは控えた方が。狐憑きの者にございます。」
と、頭を下げながら言う。
※小坂の頭の中、クネクネダンスを踊る夏子の姿を思い出している。
篠原「怪しき舞を見せる女子にございます。油断なりません。」
篠原も、鈴木に頭を下げながら言う。
鈴木は幽霊の声も姿も見えない。
しかし、
鈴木「なんだろう、誰かに色々と言われている気がする・・。」
と、きょろきょろとしている。
氏家「お夏!そのように軽々しく笑みを交わすとは、何事か!」
夏子に対して怒っている氏家の後ろで。
篠原と小坂は、少しからかう様な目線を送り合っている。
小坂「氏家殿、まさか妬いておられるのでは?」
にやにや笑う小坂。
氏家「ば、馬鹿を申すな。お夏が主君の御血筋に無礼をせぬか、気掛かりなだけよ。」
氏家は吐き捨てる様に言った。
しかし、目を泳がせながら、襟元を両手で正した。
その仕草を見て、にやにやと視線を送り合う篠原と小坂。
氏家「ふんっ。」
二人に意味深な目線で見られ、氏家はその場を気まずそうに立ち去る。
それをにやにやしながら見送る篠原と小坂。
※「根まわり資料館」と書いた、小さな建物の外観の画。
資料館の閲覧室には、夏子以外の来館者はいない。
昼の光が古い木製の床を淡く照らしていた。
時計の音だけが響いている。
職員が引き出しを開けて、
「こちらが、根まわり地区の郷土史家がまとめた資料です。」
夏子「ありがとうございます。」
夏子は資料を手に取った。
夏子の手にある資料『根まわりの里のあゆみ』と書かれている。
『江戸末期、この地一帯では小規模ながらも激しい戦があった。鈴木政勝を領主とする鈴木家の兵と、隣領の兵が衝突した記録が残る。劣勢に立たされた政勝の家臣らは援軍を求めて使いを出したが、そのうちの一隊が味方の裏切りにより、現在のすすき平付近にて、ことごとく討ち死にしたと伝えられる。これを俗に「すすき平の戦い」と呼ぶ。』
夏子「雑兵が言っていたのって、このすすき平の戦いだろうか。」
夏子はページをめくる。
『戦の後、村人達はこれら死者の亡骸を不憫に思い、野に晒すままにせずに手厚く葬った。田丸定利、篠原雅重、小坂忠義、氏家光政は、一時的に里を見下ろす丘に葬られたが、その遺骨は後に親族に返されたという。しかし、地元では未だ魂は丘に残ると伝えられる。』
夏子「氏家・・光政。光政さんって言うんだね。」
夏子は微笑みながら、資料の『氏家光政』の文字の上を、指でなでた。
夏子(氏家様の生きた証が資料館に残っていて、うれしかった。確かにこの人は、ここに存在したんだ。生きていたんだ。)
夏子は、その資料を胸に抱きしめた。
夏子は、膨大な資料を時間をかけて読み漁った。
夏子(氏家様に言われた「生きる者」として、出来るだけの事をしたかった。氏家様がこの世に生きていた証を、もっと見つけたかった。)
●根まわり資料館。午後。
※時計の針が午後になっている。
太陽の位置が変わり、午後の光が床に差し込む画。
夏子「雑兵の墓については、どこにも載っていないなぁ。」
夏子はパラパラとページをめくる。
すると最後に、『鈴木家末裔 鈴木政則 2020年作成』と書いてある。
夏子「鈴木家末裔・・氏家様達の主君の子孫って事?」
夏子は軽く息を飲んだ。
その時。
「すすき平の戦いについて調べているんですか?」
突然声がして振り向くと、30代くらいの背の高い男性が立っていた。
地味なスーツに名札。『鈴木』の文字が見える。
鈴木「ちょうどこちらの展示室で、パネル展をやっているんで。」
その男性に導かれ、おずおずと隣の部屋に入る夏子。
薄暗い部屋の展示ケースの中には、古地図や古びた笠、錆びた刀のつばなどがある。
鈴木「全て、すすき平で発掘されたんですよ。」
展示ケースの札には『すすき平合戦伝承資料 鈴木家末裔作成』と書いてある。
夏子「失礼ですが、あなたが鈴木政則さんですか?資料を作成した・・。」
彼はにっこりと笑い、
鈴木「はい、僕です。正確には、うちの家に伝わる話をまとめただけです。祖母がよく話してくれましてね。」
彼は、展示室の壁に並ぶパネルを指差して、
鈴木「政勝公の戦で亡くなった方々の記録です。あの時の戦死者は、村人が手厚く葬ったと伝えられています。」
夏子「すすき平で戦死した雑兵達の墓は、どこにあるかご存じですか?」
鈴木「・・雑兵?ですか?」
意外そうに目をしばたかせた。
それから、古地図の前へ行き、地図の一点を指差した。
鈴木「ここだと思います。」
そこには、『五人之塚』とかすれた墨で書かれていた。
夏子「五人之塚・・。」
鈴木「名もなき兵の墓だと言われています。村人達が作った墓です。でも、トンネル工事のせいで塚が壊されてしまって、今は別の場所にあります。」
夏子「え?そうなんですか。今はどこですか?」
鈴木「すすき平だそうです。でも、トンネルで怪異が多発して廃トンネルになったそうですから、兵の魂は今でもあそこにとどまり、怒っている・・と、地元の人は言っています。」
夏子(正解です。雑兵の怨霊はトンネル内にいて、しかもクールガイ沢口によって封印されています・・とは、言えない。)
言ったら変な人だと思われちゃう・・と、夏子は苦笑いする。
鈴木「他にすすき平の戦いに由来する場所は、涙峠があります。」
夏子「涙峠?」
夏子(雑兵からも氏家様達からも聞いたことがないな。)
首をひねる夏子。
鈴木「安永忠兵衛が涙を流しながら、援軍を呼びに行く一隊と別れた場所、と言い伝えられています。」
夏子「安永忠兵衛?!」
叫んでしまう夏子に驚き、少し後ずさる鈴木。
鈴木「は、はい・・。安永忠兵衛が援軍を呼びに向かう家臣達に、この峠で嘘の道を教えたんです。」
夏子「どういう事ですか・・?」
夏子(援軍を呼びに向かう家臣って、氏家様達の事だよね?)
胸がドキドキして来る。
鈴木は、夏子の様子を見て、何かを感じたらしい。
鈴木「あの・・失礼ですが、あなたは。」
夏子「あ、すいません。私、安永忠兵衛の子孫なんです。」
鈴木「・・え?」
鈴木は息を飲んだ。
夏子「私、今、墓守をやっているんです。田丸定利、篠原雅重、小坂忠義、氏家光政のお墓の。」
鈴木「ああ、やはり。何か関係がある方かなぁとピンと来まして。いつもはお声がけはしないんですけど、なぜか声をかけなければいけない衝動にかられまして。」
鈴木は、まじまじと夏子を見た。
●夏子の家の前。薄暗くなりかけた夕方。
夏子は、鈴木を連れて家に戻った。
鈴木「僕、実は一度もこちらのお墓に来た事がなくて。お寺の方のお墓には行った事はあるんですけど。」
夏子「そうだったんですね。」
鈴木「里のお年寄りによると、彼らの魂はこちらにあるから。ここにも参った方がいいとは聞いていたのですが。なかなか勇気が出なくて。」
恥ずかしそうに頭をかく。
●裏の山にある、古い墓の前。
焚火の火がパチパチと音をたてている。
周りには、いくつもの青白い人魂がゆらゆらと揺れている。
焚火の周りに、あぐらをかいて座っている侍の幽霊達。
氏家「・・・?」
サッと立ち上がり、辺りの気配を伺う。
それから、みんな次々と立ち上がり、呆然とした表情で家の方を見ている。
そこに夏子と鈴木が木々の間から現れる。
鈴木「・・わあ、美しい場所ですね!」
鈴木がお墓の方に向かって歩いて行くと。
田丸「ま、政勝様!!」
田丸が慌てて、土下座をする様に下に手をついた。
氏家「!!」
小坂「政勝様!!」
篠原「・・!!」
みんな驚き、泣きそうな顔で下に手をつき、深々と頭を下げている。
鈴木「・・・ん?今、何か言いました?」
鈴木はふと立ち止まり、いぶかしげな顔で夏子を振り返る。
夏子「・・あ。いえ、私は何も言ってないのですが・・。」
苦笑いをしながら。
夏子(そうか、鈴木さんには見えないんだ。)
田丸「政勝様!!例えこの身が朽ち果てようとも、政勝様のお傍にてその御為に尽くす事、それが我らが願いにございました!!しかし、それすら叶わず・・!!」
田丸、涙をこらえて手で顔を覆う。
氏家「--御恩に報い奉る事も叶わず、痛恨の至りにございます!!」
氏家も涙目で、土下座をする。
小坂も涙をぬぐい、
小坂「この小坂、いかなる咎もお受けいたしまする!!」
篠原も顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、鈴木に向かって土下座をしている。
鈴木「・・・なんだろう。誰もいないのに、誰かにワーワー言われている気がする。」
鈴木は、胸に手をあてて。不安そうな顔でキョロキョロとしている。
夏子「あー。そうですね・・。」
夏子は、なんと説明したら良いかわからず、とまどう。
幽霊が見えない鈴木は、土下座をしている四人をスルーして、お墓の方へ向かう。
田丸「政勝様!」
田丸は主君に無視され、呆然としている。
氏家「・・何ということよ。政勝様は、大変なお怒りじゃ!」
氏家、下についた手をぶるぶると震わせながら、顔をあげる。
小坂「我ら、なんと申し開きすれば良いのか・・!」
小坂、地面を叩いて感情を露わにしている。
篠原「もう終いじゃーー!!」
篠原、子供の様に大泣きする。
夏子「ちょ、ちょっと待ってください!あの人は政勝様ではないですよ。」
夏子は土下座をしている四人の前に膝をつき、顔を上げさせる。
氏家「戯けたことを・・!この気配、忘れるものか!!」
目の奥には、怒りと戸惑いが揺れている。
小坂「ようやく、再びお目にかかれたのだ!お夏、出過ぎた真似をすると許さんぞ!」
小坂は涙でぐちゃぐちゃの顔をしながら、夏子を睨みつける。
夏子はたじろぎながらも。
夏子「よく見てください!私が来ている様な、服を着ているでしょう?刀も差していませんよ?」
お墓の前で静かに手を合わせている鈴木。
こちらで起きている事など知りもせず、のんきな顔で。
鈴木「きれいな声の虫だなぁ。」
虫の声がりんりんと響いていて、鈴木の周りだけ平和な空間だ。
夏子「ほら。怒っていませんよ。あの方は、政勝様ではありません。皆さんの事が見えないんです。」
目をぱちくりさせながら、うろたえる侍の幽霊達。
篠原「さ、されど・・政勝様に瓜二つじゃ!」
まだ納得のいかない篠原。うんうんと頷く小坂。
氏家「いや・・、立ち居振る舞いが政勝様のそれではない。」
鋭い目で鈴木を観察する氏家。※目がキラッと光る。
鈴木「あ、いたっ!こんな所に石があったか。」
小石につまずいて、ケンケンをする。一人で照れ笑いする鈴木。
「うーーん・・。」
みんな半信半疑な顔で次々と立ち上がり、鈴木の周りに集まる。
自分達が鈴木から見えていない事には納得したらしく、至近距離から鈴木を観察する幽霊達。
小坂「どう見ても政勝様に相違あるまい。」
篠原「されど、いささかお若う見受けられる。」
首をひねる篠原。
田丸は不安そうな顔で、鈴木を少し遠くから観察している。
鈴木「・・なんだろう。先からものすごい視線を感じるんだけど。気のせいかな・・。」
鈴木は、キョロキョロと周りを見回している。
夏子「そ、そうですね・・。ものすっごい見られていますね・・。」
夏子は苦笑い。
鈴木は、全てのお墓にお花を供え、手を合わせた。
鈴木「ここは静かでいい所ですね。きっと彼らも、心静かにお休みになっている事でしょう。」
そう微笑む鈴木の周りに、心静かではない侍達の幽霊が集まり、鈴木をものすごい目力でじろじろと観察している。
静かに少し離れた所にたたずんでいた田丸が、口を開いた。
田丸「では、お夏。この御方、どなたと申すのじゃ?」
夏子「この方は、鈴木政勝公の子孫の、鈴木政則さんです。」
夏子は、横にいる彼を幽霊達に紹介した。
鈴木「?」
幽霊の見えない鈴木は、急に自分を紹介し始めた夏子に、いぶかしげな視線を送る。
田丸「な、なんと!!政勝様の御血筋の!!」
氏家「お夏!それをはよ言わんか!!」
小坂「ま、政則様!ご無礼をお許し下さいませ!」
篠原「何卒!!」
またその場にひれ伏す侍の幽霊達。
鈴木「あの・・夏子さん、先から誰と話しているんですか?」
鈴木は、不安げな表情で言った。
夏子「あのー、信じられないかもしれないですが、そのお墓の主達と。」
夏子は苦笑いをしながら、お墓を手で指し示した。
鈴木「・・あ、彼らと?」
鈴木、目を白黒させている。
夏子「あの、彼らの魂はまだここにあるというのは、本当の事でして。」
なんとか鈴木に、幽霊の存在を気づかせたい夏子。
土下座したまま耳を大きくして、夏子と鈴木の会話を聞いている幽霊達。
鈴木「そうですか、夏子さんはこうやって、いつも彼らのお墓に話しかけていらっしゃるのですね。墓守の仕事というのは、奥が深いものですね。」
鈴木、一人で納得している。この人は、素直で育ちの良い人なんだなぁと感じる夏子。
夏子「あ、いえ。お墓に話しかけているというか、魂の方に!直で!」
夏子は、不安そうに私達の会話を聞いている幽霊達の方を手で示した。
鈴木「私は自己紹介もせずに、彼らに失礼な事をしてしまいました。」
鈴木は夏子の思惑には気がつかない。
夏子が幽霊と直接会話をしているだなんて、想像もつかない鈴木。
静かに微笑み、お墓の方へ向き、手を合わせて。
鈴木「はじめまして。鈴木家の末裔、鈴木政則と申します。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。」
それを聞いた幽霊達、慌てて顔を上げて、「ははー!」と頭を下げる。
鈴木「私の先祖・政勝の為に、鈴木家の為に。あなた達は忠義を尽くしてくださいました。感謝致します。」
鈴木さんがお墓に向かって頭を下げる。
篠原「な、なんと・・!もったいなき御言葉ーー!!」
篠原、泣き崩れている。
小坂「我らごときにその様な・・!身に余りまする!」
小坂、声が震えている。
氏家「政勝様の御血筋が、今なお立派に続いておられる・・それだけで我ら、どれだけ報われることか。」
氏家、泣くのをこらえている。
田丸「まさか・・主君の御血筋より、そのような御言葉を賜るとは・・。」
田丸、呆然としている。
手を合わせ終わった鈴木、静かに手をおろして。
鈴木「僕の言葉が彼らに届いていると良いのですが。」
夏子「届いています。彼ら、泣いて喜んでいます。」
鈴木は、遠くを見て、
鈴木「本当に幽霊が見えたらなぁ。彼らに聞きたい事がたくさんあるんですよ。」
夏子「聞きたい事って?」
鈴木「そうですね。特に、涙峠について。」
夏子「涙峠?資料館で言っていた、安永忠兵衛が涙を流しながら嘘の道を教えたという、涙峠ですか?」
安永忠兵衛と聞いて、体をこわばらせる侍の幽霊達。
鈴木「はい。裏切り者が涙を流しながら嘘の道を教えるというのは、少しおかしくないですか?何か理由があって、裏切らざるを得なかったとか。本当は裏切るつもりじゃなかったのに、何かがあったんだと思うんです。」
幽霊達がざわついている。
篠原「涙峠とな?」
小坂「あれか、忠兵衛と最後に顔を合わせた峠であろう。そういえば、あやつ泣いておったな。」
田丸と氏家は静かに聞いている。
夏子「その何かとは、例えば何でしょうか?」
鈴木「あくまでも推測ですが。忠兵衛は、誰かに弱みを握られていたのではないでしょうか。何か人に知られたくない事をしてしまい、それをばらすと脅されていたとか。」
夏子「ああ、よくミステリー小説などでもあるパターンですね。」
鈴木「そうです。あるいは、大事な人を人質にとられていた・・とか。例えば、妻や子・・など。」
篠原が目を細めて、遠い記憶から何かを思い出している。
篠原「そういえば、忠兵衛の女房と倅、あやつが戦へ赴く折にも、姿を見せなんだ。」
小坂「それはまことか?」
小坂、篠原に詰め寄る。
田丸「確かに。顔を引きつらせ、『女房と倅は病にふせっておりますゆえ』と、口ごもっておったわ。」
氏家「なんと・・忠兵衛め、妻と子を縛られておったか。」
氏家、吐き捨てる様に言った。
鈴木「そう考えると、不思議じゃないんです。例えば、敵方から『援軍を呼びに行く一隊に、すすき平を通る様に伝えよ。従わなければ、妻子の命はない。』と脅されていたとか。妻子の無事を祈り、皆の無事を祈って、峠で涙を流したのではないでしょうか。」
鈴木は、夏子の表情を気にしながら、
鈴木「その後、忠兵衛は自ら政勝公の屋敷を訪れて、切腹しています。裏切り者が、わざわざ主君の屋敷へ出向くなんて、おかしくないですか?きっと政勝公に自分の過ちを詫びて、『自分は切腹するから、妻子は許して欲しい』とお願いに行ったのではないかと、僕は思うんです。」
夏子「そ、そんな・・。」
夏子は、侍の幽霊達の顔色を伺う。
お互いに顔を見合わせていた侍の幽霊達。
小坂「政勝様はお許しになったのか。ゆえに、お夏がここにおるのじゃな。」
ぽつりとつぶやく。
小坂の言葉に、氏家は夏子を見た。
鈴木「忠兵衛は、大変真面目で仲間からの信頼も厚い男だったそうです。長い間、なぜそんな男が裏切ったのか、何か理由があるに違いないと、研究がすすめられていました。だから、僕はこの説を信じています。」
夏子は、雑兵の幽霊の顔を思い出していた。
●夏子の過去回想、廃トンネルの中で。
雑兵C「なぜ・・なぜ忠兵衛は裏切った?」
雑兵の一人が、絞り出す様な声でつぶやいた。
夏子は思わず彼を見た。
血だらけの顔は悲し気に歪んでいて、夏子の目をすがる様に見返した。
●現在に戻る。
夏子(あの雑兵と安永忠兵衛は仲の良い友人だったのかもしれない。だからこそ、あんなに苦しんでいたんだ。なぜ自分達を裏切ったのかと。)
篠原「そうであったな。忠兵衛は、正直者、良き男であった。」
篠原は、しんみりとして言った。
小坂「そうじゃな。わしも長きにわたり、解せぬことじゃった。」
小坂は、うんうんと頷いている。
氏家と田丸は顔を見合わせた。
田丸は静かに頷き、氏家は目を泳がせながら下を向いた。
●家の門の前。夜。
夏子「あの、鈴木さん。今日はありがとうございました。うれしかったです。」
鈴木「え、何がですか?」
夏子「私の先祖の事を信じてくれて。でも、どんな理由があろうと忠兵衛が裏切った事実は変えられません。本当に申し訳ありませんでした。」
夏子は、深々と頭を下げた。
鈴木は目をぱちくりさせて、大爆笑。
鈴木「そんな!いつの話をしているんですか!二百年近く前の話ですよ!」
彼につられて、笑う夏子。
鈴木「これからも、時々ここに来てもいいですか?」
夏子「もちろん!彼らも喜ぶと思います。」
鈴木「そうだといいのですが。」
暗い山に、二人の笑い声が響く。
夏子と鈴木が二人で笑っているのを遠くから眺めながら、話す田丸と小坂の画。
田丸「まさか政勝様の御血筋と、あの安永の者が笑うて言葉を交わす世が来ようとはのう・・。長生きもしてみるもんじゃな。」
田丸、まるで孫を見る様な優しい目で、二人を見る。
小坂「田丸様、我らとうに死んでおりますぞ。」
冷静につっこみを入れる小坂。
田丸「おお、そうであったの。」
笑う一同。
篠原「長く彷徨うたかいが、あったということか。」
篠原もうれしそうに言う。
しかし、氏家だけは怖い顔で、二人を見ていた。
●家の玄関前。夜。
夏子(それからというもの、時々、仕事終わりの夕方に、鈴木さんはお墓を訪れてくれる様になった。)
※家の門から入ってきた笑顔の鈴木に向かって、頭を下げている侍の幽霊達の画。(しかし、鈴木に彼らは見えていない。)
夏子(相変わらず、幽霊達は鈴木さんに見えていないが、彼らはそれでも幸せそうだった。)
※桜の木の枝に頭をぶつけて「いたっ!」と叫ぶ鈴木と、それを見て慌てる侍の幽霊達の画。
夏子「なんとかして、鈴木さんに彼らを見せたい・・。」
夏子は、桜を見上げている鈴木の後ろ姿を見ながら、つぶやく。
※鈴木の周りには侍の幽霊達が立っていて、篠原が桜の説明をしている。しかし、鈴木にはその声が聞こえない。
鈴木「春になったら、一緒に花見でもしましょう。おいしいお団子屋さんを知っているんで、ぜひ。」
鈴木が突然、夏子を振り返り叫ぶ。
夏子「いいですね!桜を見ながらお団子なんて風流ですね!」
夏子は、鈴木に微笑む。
すると、鈴木は頬を少し染め、
鈴木「夏子さん。僕達、気が合いますね。」
と、照れた様に下を向いた。
それを見た篠原、目を大きく見開いて小坂と顔を見合わせる。
田丸は、眉根を寄せて複雑そうな表情。
氏家「お夏。」
いつの間にか、後ろに氏家が立っていて、夏子は声をかけられる。
夏子「あ、氏家様。」
夏子は頭を下げる。
氏家は軽く頷くと、
氏家「お夏。政則様に寄りすぎじゃ。身の程をわきまえよ。」
夏子「え?別にそんなつもりじゃ!」
顔を赤くする夏子。
氏家「言い訳はよい。礼を失することのないよう、心得ておけ。」
その時。
鈴木「じゃあ、夏子さん!また!」
笑顔で夏子に手を振る。
夏子「あ、もう帰るんですか?」
夏子も笑顔で手を振り返す。
氏家、眉をひそめて一歩前に出る。
氏家「お夏!なんたる無作法か!身分の隔てを忘れたか!」
夏子は氏家の勢いに驚いて、手を引っ込める。
夏子と氏家の間に緊張が走る。
それを見た鈴木、眉根を寄せて。
鈴木「夏子さん、どうしたんですか?」
夏子「え?あ、あの。」
なんと説明したらよいかわからず、下を向く夏子。
鈴木は、夏子に近づいてくる。
鈴木「そこに・・誰かいるんですか?」
と、氏家の辺りを見る。
※鈴木から見た画。そこには誰もいない。後ろは草はら。
夏子は気まずそうな顔で、鈴木に体を向ける。
氏家は、頭を下げている。
夏子「あ、あの。信じられないかもしれないですけど。」
鈴木「・・はい。」
夏子「ここに氏家光政がいまして。」
氏家「・・・!」
突然、夏子に呼び捨てにされて顔をあげそうになったが、また頭を下げる氏家。
鈴木「う、氏家光政って。家臣の中で一番の剣豪だったという、あの氏家光政?」
信じられないという表情の鈴木、目をぱちくりとする。
夏子「あ、氏家様って一番の剣豪だったんですか!へーー!!」
夏子、頭を下げている氏家を見て、にやにやしながら言った。
氏家は恥ずかしそうにぷるぷると震えながら、
氏家「お夏!やめい!」
と、夏子を睨んで小さく抵抗する。
鈴木「僕は幽霊は信じないのですが。」
鈴木は墓の方に顔を向け、
鈴木「夏子さんがそう言うなら、幽霊はいるのかもしれないな。」
とつぶやき、夏子を見て微笑んだ。
つられて夏子も頬を赤らめる。
それを見た氏家の顔が少しこわばった。
それに気がついた小坂。
夏子と鈴木の間に割って入り、
小坂「恐れながら、政則様。お夏と親しくするのは控えた方が。狐憑きの者にございます。」
と、頭を下げながら言う。
※小坂の頭の中、クネクネダンスを踊る夏子の姿を思い出している。
篠原「怪しき舞を見せる女子にございます。油断なりません。」
篠原も、鈴木に頭を下げながら言う。
鈴木は幽霊の声も姿も見えない。
しかし、
鈴木「なんだろう、誰かに色々と言われている気がする・・。」
と、きょろきょろとしている。
氏家「お夏!そのように軽々しく笑みを交わすとは、何事か!」
夏子に対して怒っている氏家の後ろで。
篠原と小坂は、少しからかう様な目線を送り合っている。
小坂「氏家殿、まさか妬いておられるのでは?」
にやにや笑う小坂。
氏家「ば、馬鹿を申すな。お夏が主君の御血筋に無礼をせぬか、気掛かりなだけよ。」
氏家は吐き捨てる様に言った。
しかし、目を泳がせながら、襟元を両手で正した。
その仕草を見て、にやにやと視線を送り合う篠原と小坂。
氏家「ふんっ。」
二人に意味深な目線で見られ、氏家はその場を気まずそうに立ち去る。
それをにやにやしながら見送る篠原と小坂。
