●東京の小さな古いボロボロのアパート、夜。

外では、セミが鳴いている。

アパートのすぐ外には電車の線路があり、車両が通り過ぎる度にアパートがガタガタと揺れる。
今にも崩れそうな古い部屋。

スーツケースと布団。少ない食器や箸、鍋とフライパン以外は何もない、ガランとした殺風景な部屋。年頃の女子の部屋とは思えない光景。



夜、一人でお酒を片手にくつろぐ夏子のもとに、親戚から一本の電話がかかってくる。

親戚「夏子ちゃん、久しぶりだね。あのね、突然なんだけど八重ばあちゃんが亡くなったのよ。」

夏子「八重ばあちゃんって、亡くなったお祖父ちゃんの妹?昔、小さい時に一度だけ遊びに行った事がある、あのお山のおばあちゃん?」

親戚「ああ、そうそう。根まわりの里の八重ばあちゃん。あのお山のある家をね、夏子ちゃんに譲りたいって遺言があったらしいのよ。」

夏子「ええ?なんで私に?あれから何十年も会ってないのに!」
   驚いて、お酒を吹き出しそうになる夏子。

親戚「そうよね。なんでかしらね。そのお山にお墓があるから、夏子ちゃんにそこの墓守をして欲しいって遺言だよ。」

夏子「急にそんな事言われても・・。」「私、東京で働いているし、墓守だなんて何をしていいかわからないし。」「だいたい根まわりの里ってどこだっけ?」

親戚「急に言われても困っちゃうわよね。まあ、すぐに返事しなくてもいいから、考えてみて。」

電話は切れる。

ため息をつく夏子。


夏子(私は安永夏子。東京の小さな会社のカスタマー室で働く、派遣社員だ。ここで働いてもう三年になるけど、なかなか正社員になる話は聞こえて来ない。私の何がダメなんだろう。小さい時から何をしても中途半端、もちろん自信なんてない。何をやっても上手くいかない、ダメダメ派遣社員だ。)


●次の日。夏子が働く会社のカスタマー室。


 PCに向かう夏子の所に、眼鏡をずり上げながら田原室長が意地悪そうな顔でやって来た。

夏子(うわ、朝から嫌な奴が来たよ。)※夏子は嫌そうな顔。
思わず心の中で舌打ちをする。

夏子(この田原室長は私が働いているカスタマー室の長。パワハラ野郎だから、派遣のみんなに嫌われている。私は、パワ原って呼んでる。もちろん、心の中でだけど。)

パワ原「安永くん、ちょっと」

夏子「はい」

夏子(パワ原に呼ばれちゃったよ。ツイてない。)※夏子、ふてくされた顔。
ヘッドセットを外し、席を立ってパワ原に続いて廊下へ出る夏子。


●会社の廊下

※夏子とパワ原の二人っきりで他に誰もいない。

パワ原はくるりとこちらを向いて、眼鏡をずり上げながら苦虫を嚙み潰した顔で言う。

パワ原「安永くん、今月三回目のクレーム来たよ。」

夏子「す、すいません。」
頭を深々と下げる夏子。

パワ原「君さ、どうしてもっとハキハキとしゃべれないかな?」

夏子「すいません。」

パワ原「何を聞かれてもすぐに答えられる様じゃなきゃ、カスタマー係は勤まらないよ?」
意地悪そうな顔で言うパワ原。

夏子「すいません。」

パワ原「君、ここで働いてもうすぐ三年になるよね?もう契約更新しないからね、もう来なくていいから。」

夏子(はいはい、クビね。私なんて何をしても上手くいかないんだもん。そんなのわかっていたし。)※ふてくされた顔の夏子。

夏子「はい。では、失礼します。」
廊下でくるりと方向転換をして、無表情でカスタマー室に戻り、席に戻る夏子。

夏子(後ろでパワ原がまだ何かごちゃごちゃ言っていたけれど。こんな会社こちらから願い下げだわ。)
諦めた様な表情で、自分の席で最後の仕事を片づける夏子。



場面が変わってーーー


●田舎を走る一両しかない車両。周りには山しかない。昼。


夏子の手にある、スマホ画面のアップ。
グーグルマップ風に「○○県、根まわりの里」と表示されている。

夏子の指がスクロールし、周辺情報が表示される。
「飲食店:なし」「コンビニ:なし」「観光スポット:なし」

夏子「・・何にもないじゃん。」
ため息をつく。

夏子の手が更にスクロールし、ある心霊系のブログが表示される。

【宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口!】【あなたにクールな心霊スポットをクールにご紹介!!】
と、おどろおどろしい文字で表示されている。


夏子「なんじゃこりゃ・・誰も見てなさそうなブログだな・・。」
怪しみながらも、気になって思わずブログを覗いてしまう夏子。

【今回のクールな心霊スポットはこちら!】と小さく題名があり、

○○県、根まわりの里:廃トンネル

と、紹介されている。


夏子は更にスクロールして、下に出てきた動画をクリックする。

動画:急にセンセーショナルな音楽が流れる。後ろは真っ暗闇。

安っぽいギラギラのラメのはっぴを着た、怪しい中年男性が出て来て『クーーーール!!』とカメラを指差して、叫ぶ。

夏子「クールって・・」
夏子(怪しすぎて普段なら絶対観ない動画だわ。)
チベスナ顔の夏子。

※動画
クールガイ沢口『どーーもーー!宇宙一の天才霊能者、クールガイ沢口です!今回はこちらの廃トンネル!!知る人ぞ知る心霊スポットをクールにご紹介しまぁーす!』

クールガイ沢口『なんでも、待て!おのれぇ~!!と叫びながら、幽霊が追いかけて来るそうですよー!!』※手を口元にあてながら、声を潜めて。

夏子「胡散臭すぎる・・」
遠い目をする夏子。


 動画の中で、後ろのバリケードで閉鎖された廃トンネルを、手で指すクールガイ沢口。

※動画
クールガイ沢口『江戸時代、この辺は激しい戦いが繰り広げられたという旧跡もありますから、その時に討たれた侍の魂が今もこの辺をさまよっているという事でしょうかーーー?』

クールガイ沢口は、人差し指を上に掲げる。

クールガイ沢口『それでは、皆さん!!ご一緒に!!クーールガイ沢口のーーー?』
※クールガイ沢口がカメラに向かって指をクルクルと回し始める。

クールガイ沢口『クールクール心霊スポ・・』
クールガイ沢口がカメラに向かって指をクルクルと回し始めた所まで観て、動画をブチッと止める夏子。

夏子以外乗客のいない車両には、静寂が戻った。

夏子「じゃあ、ここは怪しい心霊スポット以外は何もないって事か・・」
 がっくりと肩を落とす夏子。


●八重ばあちゃんの家(小さな古民家)、夕方。

カアカアーーー。
夕暮れの中、カラスが鳴いている。

その家の近くには、民家もない。
玄関前には草が生い茂っている。

ジーージーーー。
セミの声がうるさい。

昔ながらの引き戸の玄関。
夏子は大きなスーツケースを持って、戸の前に立つ。

夏子(一度だけ来た事があったけど、よく覚えていない。あの時、私は七歳くらいだっけ。)

夏子は鍵を開け、そーっと引き戸を開けて中に入る。
廊下は木の床。暗くてシーンとしている。

夏子(良かった、電気は通っているみたい。)
茶の間の、昔ながらの電気の紐を引っ張り、つける夏子。

畳の部屋にちゃぶ台のある、昔ながらの家。
壁には振り子の時計。反対側にはひょうたんの絵が飾ってある。

八重ばあちゃん、一人で寂しくここに住んでいたのかな。
しんみりとしながら、夏子はちゃぶ台の前に座った。そして、そのまま。
疲れていた夏子は眠ってしまった。