「大学でも、僕は周りの子たちに色弱であることは打ち明けたんだ。明らかに周りと使う色は異なってるはずだから、黙っててもバレてしまうと思って。……でも、みんなとても寛容だった。仲の良い子は色覚異常のことを調べて、どんな障害かを理解しようとしてくれて、僕の目に映るものに対して合理的な配慮もしてくれた。僕がデザインを学びたかった理由が、確かにそこにあったんだ」
今までの辛かった経験は、すべてこの時の為だったんだと思えた。それほどに、あの時の僕は満たされていて、見る景色は確かに色とりどりで、綺麗だった。運良く、コンテストに出品した作品が出版業界の人の目に留まり、小説の表紙依頼や、雑誌で特集を組まないかと声がかかることがあり、僕は学費稼ぎのためにバイトの他にそれらの依頼も引き受けた。依頼が来たときには、やっぱり僕以上に明良が喜んでいた。
でも、大学卒業間近で母親が癌になった。分かったときには全身に転移していて、手遅れだった。入院してから3ヶ月でこの世を去った。それから父親は抜け殻みたいになって仕事にも行かずに酒ばかり飲むようになった。アルコールを過剰に摂ると腎臓を壊す他に脳が萎縮するらしく物忘れが酷くなり、一人で生活することが苦しい状況になっていた。
父は僕に会うたびに、母親が死んだのはお前のせいだと言った。『母さんはお前の心配ばかりして、心労が祟ったんだ。お前のせいだ。お前がまともなら、母さんはこんなに早くに死ななかった。』
確かにその通りだと思った。僕は、世間一般、大衆とは少し異なっていると思う。色覚異常だし、男同士で付き合っているし。母さんが早死にしたのは、僕のせいなのだろう。
だから、父親もこんなことになってしまった。僕が多摩美に行きたいと言った時に最後に分かったと言ってくれたのは父親だった。厳しいが、確かな優しさを持っている人だった。
そんな状態になってしまった父親をひとりにさせておかないからと僕は地元に戻ろうとした。
しかし、その時も明良が支えてくれた。まずどこかに相談するべきだと言ってまた色々調べてくれて、病院に行ったり、市役所に相談に行ったりして、父を精神科と依存症治療外来のある病院に繋げた。父の状態は元通りまで改善することはないが、服薬と通院をしながら、障がい者雇用で負担のない範囲で通院先の病院の清掃の仕事をしている。
『匡はなんでも自分で抱え込もうとするけど、まずは隣を見てよ。俺がいるんだから。頼られないって、結構悲しいものだよ』
いつでも明良は明るくて温かかった。そっと指先が触れただけで、僕はいつも全身がかあっと熱くなった。



