「あ、いや……、……すみません。 他の人から、聞きました」

 横目で田村君を見ると、すごく気まずそうな困った目をしていた。私は、いま彼に向けた視線にきっと敵意があっただろうと思ってハッとして、目を逸らした。

 「田村君が、謝ることないですよ。 あの時は会社を随分と休んで、皆に迷惑を掛けたから」

 だからって、他人が他人に言いふらして言い訳がないでしょう。そんな言葉が胸の中で膨らむ。

 田村君に私の姉のことを言った人は、大体検討がつく。頭の中で、その人を思い切りぶん殴る光景を、殴った後の自分の手の痛みを想像する。そんなことは出来ないけれど、出来たら、どれだけいいだろう。

 胸の中でまだ膨らみ続ける言葉を、破裂してしまわないように僅かに息を吐く。気を緩めると涙が出そうだと思った。腹が立って、呼吸が震える。

 大丈夫、大丈夫。もう、いい。もうとっくに、諦めてる。他人が何をしていようと、私には関係がない。

 心が乱されそうになる時、いつも、無意識に姉が死んだあの日を思い出す。もはや条件反射のように、あの時の絶望感が全身を包み込む。すると、不思議と大きくなりそうだった胸のざわつきは、静かにさらさらとした砂のように小さく、細かくなっていく。

 「あの、三影さ」

 「あんまり、時間ないので。 今から、ぱぱっと進めましょう」

 田村君の方は見ないまま言った。田村君は、悪くない。彼はただ聞かされただけ。きっとそれを私に言うつもりなどなかったのだろう。だから、聞いた人の名前は伏せて“他の人から”聞いたと言ったのだと思う。

 私が手を動かし始めると、私ではない呼吸音が僅かに震えたのが聞こえた後、「はい」と控えめな声が聞こえた。