いや、でも。別に、今ので会話が途切れたって不思議じゃない。気にしてるのは、私だけなのだろう。そう考えて、頭の中を切り替えようと手元に集中する。社用のiPadを使える様になってから、備品整理もだいぶ楽になった。入社したての頃はまだ書類に数を落としてから後でExcel入力をしなければならず手間だった。
「なんで三影さんは、辞めないんですか?」
また、唐突な質問に進み始めた手が止まる。手元に落とした視界の隅では、田村君は手を動かしたままなのに。
「俺が通ってた専門の一つ上の先輩が新卒でここに就職したんですけど、来たら辞めてました。 この前たまたま呑んでた店で会った時、三影さんから“辛かったら辞めたらいい”って言われたって、言ってました」
田村君の淡々とした低い声を聞きながら、首の後ろがヒンヤリと冷たくなっていくのを感じる。彼の一つ上の先輩というその子の名前はなんだったか。岩崎……いや違う、飯田…………。
「そういうのを言うって、三影さんも辛いことがあったからなんだろうなと思ったんです。 じっはいでも、辞めないでいるのって、なんでですか?」
半ば決めつけをされているような言われ方だけれど、間違ってはいない。確かに、私はこの会社で嫌な思いは沢山してきた。なのに。
「……分からない」
なんで私は、辞めなかったんだろう。権田係長のパワハラとセクハラ、峰腰さんの嫌味言、それら全部ものすごく嫌なのに、なんで私は辞めなかったんだろう。いや、辞めたいと思った時期は何度もあった。あったけど、でも。



