「……三影さんさぁ、もしかして、彼氏でも出来た?」

 言葉の意味を理解するまでにほんの数秒かかって「え?……いや、できてません、けど」と歯切れの悪い返事をする。身体の温度が、嫌に上がる。

 「え〜?そうなの?」

 今度は峰越さんが、わざとらしげに声を上げる。今日も、小さくて吊っている目元には黒いアイラインで囲んで、瞼には紫色のアイシャドウがのっている。影が多くて、より小さく見える。

 「河田さんとね、最近三影さん雰囲気が変わったって言ってて、彼氏でも出来たのかな〜ってついこの間話してたんだよね」

 「そうそう。なんかかわいくなったしさぁ」

 この2人はお互い今年で40歳。新人が次々と辞めていったこの職場で、わたしが入職したとき女性社員の中ではふたりがわたしと歳が近いわけだったけれど、15歳以上離れているとそれはもはや近いとは言えない。

 だから、会話にジェネレーションギャップが生まれるのは当たり前なのだけれど、わたしが厄介だと思ったのは何かと“あたしたち”と“三影さん”で線を引かれて会話されることだった。特に峰越さんは自分と河田さんは“一緒”であるのだということを会話の端々で強調して、わたしとの差別化を図りたがっていた。そうすることで、自分の安心と居場所を確保しているのだろうと思う。
 
 それに、2人が仕事中なのに“推し”のK-POPアイドルの話で盛り上がっているのはもはや風景になっている。仕事の妨げで迷惑であるのはわたしだけじゃなくて周囲の社員も感じていることだけど、峰越さんは、今は人事部の部長になった朝川さんという女性社員が私たちの部いた時から気に入られていているからか、権田係長は峰越さんとその峰越さんお気に入りの河田さんには注意をしない。

 「えー、いやぁ、全然そんなことないんですけどね」

 「なんだぁ、そっかぁ。まぁ、出会いもね、無いからねえ」

 「そうですよ〜。私になんて出会いなんてないですよ」

 自分を卑下する言葉が、頭で考えるよりも先に口からこぼれる。早くこの場から離れたくて、ポットの給湯ボタンを押す。

 「でもさ、ほら、最近気になる人が出来たとか?いないの?」

 今度は河田さんが言う。まだこの手の話が続くのかと思うと、うんざりしてきて嫌気がさしすぎて息が詰まる。

 「えー、別に、そんなのもないですよ。ほんと、悲しいくらいに出会いとか、ないんで」

 ポットから出るお湯がもっと勢いが良かったらいいのに。とぽぽぽ、と一定の量しか出さないポットがもどかしくて、給湯ボタンを押す人差し指に力が入る。