「…………姉が……」
「え?」
「……姉が、私が頑張っていると、“私も頑張らなきゃ”って言っていたんです。 私が頑張ることで、それが姉の糧になっているのならと思って……辛くても、辞めませんでした」
言いながら、なんて理由だろうと思う。姉は、そこまでの意味もなく言っていた言葉であることは当時も今も理解している。だけど、私は今になっても、私の頑張りが、姉にとってほんの少しでも糧になっていたのだと思うと、踏ん張らなければと思う。
姉と最後に交わした会話で仕事は順調で元気にやってると答えた時、姉が『それなら、良かった』と小さく呟いた、あの声が、今でも耳に残っている。目を瞑れば、耳元で聞こえてくる。
「ああ、お姉さん……。 そうなんすね」
その、田村君の返答の仕方が気になった。私から彼に、姉がいたことを話したのは初めてなのに、まるで既に知っていて、しかも、姉が“どうなったか”までも把握しているような、そんな雰囲気をまとっている。
考えすぎかもしれない。けれど、もしそうだったなら、ものすごく気分が悪い。
「私に姉がいたこと、知ってました?」
努めて冷静に、なんてことない、みたいな声色で言う。誰もない倉庫で、耳をすませばお互いの呼吸音が聞こえるくらい静かなこの空間で、初めて田村君の息遣いがリズムを乱した。
「あ、いや……、……すみません。 他の人から、聞きました」
横目で田村君を見ると、すごく気まずそうな困った目をしていた。私は、いま彼に向けた視線にきっと敵意があっただろうと思ってハッとして、目を逸らした。
「田村君が、謝ることないですよ。 あの時は会社を随分と休んで、皆に迷惑を掛けたから」
だからって、他人が他人に言いふらして言い訳がないでしょう。そんな言葉が胸の中で膨らむ。
田村君に私の姉のことを言った人は、大体検討がつく。頭の中で、その人を思い切りぶん殴る光景を、殴った後の自分の手の痛みを想像する。そんなことは出来ないけれど、出来たら、どれだけいいだろう。
胸の中でまだ膨らみ続ける言葉を、光景を、破裂して外に飛び散らないように僅かに息を吐く。気を緩めると涙が出そうだと思った。腹が立って、呼吸が震える。
大丈夫、大丈夫。もう、いい。もうとっくに、諦めてる。他人が何をしていようと、私には関係がない。関係ない。関係ない。
心が乱されそうになる時、いつも、無意識に姉が死んだあの日を思い出す。もはや条件反射のように、あの時の絶望感が全身を包み込む。すると、不思議と大きくなりそうだった胸のざわつきは、静かにさらさらとした砂のように小さく、細かくなっていく。
あれに比べたら、これくらい。これくらい嫌なことも、全部、全部、飲み込める。
倉庫の向こう側の廊下を、誰かが笑いながら過ぎ去っていく。
「あの、三影さ」
「あんまり、時間ないので。 今から、ぱぱっと進めましょう」
田村君の方は見ないまま言った。田村君は、悪くない。彼はただ聞かされただけ。きっとそれを私に言うつもりなどなかったのだろう。だから、聞いた人の名前は伏せて“他の人から”聞いたと言ったのだと思う。
私が手を動かし始めると、私ではない呼吸音が僅かに震えたのが聞こえた後、「はい」と控えめな声が聞こえた。



