「どうかな」
「は、はい。 わかりました」
「良かった。 どこか、行きたいお店はある?」
行きたいお店……。突然の提案に、私は再び固まる。いつも1人だったから、外食なんて滅多にしたことがなくて付近の飲食店が咄嗟に思い浮かばない。
「私、近くのお店あまり詳しくなくて……匡さんは?」
「うーんとね、この前、和巳さんにお勧めのお店をいくつか教えて持ったんだ。 中華と、イタリアン。 あぁ、でも居酒屋とかもいいなあ」
「和巳さんのお勧めなら、きっとどこも美味しいですね」
和巳さんは、hitotokiの店主で、恰幅が良くて小麦色の肌と溌剌とした笑顔が印象的な男性だ。趣味はジムと、休日に奥さんの美晴さんと外食をすることらしく、美味しいお店を見つけると匡に教えてくれるらしい。
hitotokiの求人は美晴さんの妊娠が分かり、パン屋の勤務時間に体調を合わせることが困難になったため、人員補充のため出したのだそう。
「伊都さんが帰ってきたら、その時の気分で決めようか」
「はい」
頷きながら、さっきまで仕事に行くのが酷く憂鬱だった気持ちが、少しだけ晴れやかになったことを自覚する。さっくりと歯切れの良いスコーンを頬張った。



