「三影さん、今日具合悪いですか?」

 「…………え?」

 昼を過ぎ、後輩の田村君と備品の在庫を確認するため倉庫まで移動している途中、彼から声を掛けられた。
 
 振り返ると、田村君は私の顔を見ている。もともと短髪なのにパーマがかかっているその髪型は、流行りなのかなんなのかといつも考えさせられるほどに彼に似合っているかよく分からない。でも確か、他部署の女の子が芸能人の誰々に似ているって言ってた、という話を峰越さんから聞いた覚えがある。その芸能人は、誰だったっけ。

 「全然、元気ですよ」

 私は自分の手元に顔を戻す。田村君が後輩になってからこの半年間で、初めて彼から業務内容以外に話しかけられた。こんな珍しいこともあるんだなと余裕のない頭の片隅で考える。

 「そっすか。なんか、普段より元気ない気がしたんで」

 まさかの図星で「そう、ですか?」とつい言葉に詰まる。今日は出社してからも頭の中は夕方のことで頭がいっぱいで、考えれば考えるほど気分が沈んで仕方がなかった。

 でも、もしも匡から部屋を出て行くと言われてもそれが匡にとって良いことなんだったら、それでいいんだ。それに、本当にただの私に考えすぎかもしれないから、もう色々考えるのはやめようと、やっと自分を納得させることができそうだったのに田村君のなんとも的外れな言葉の所為で思考が降り出しに戻った。何より、なるべく会社では自分の感情を出さないようにと努めているつもりだったのに、今日は田村君にわざわざ言われてしまうほど面に出ていたのだと思うと、なんだか自分自身にもっと上手くやれよと失望する。

 「三影さんて、なんでここに就職したんですか」

 「え」

 また、業務外の話だ。しかも、唐突で脈略がない。倉庫の前について、扉の鍵を開ける。ここはいつも埃っぽい。そう思っただけで鼻の下がムズムズしてくる。
 
 「……なんとなく。地元から少し離れたところで……あ、まずそこのコピー用紙からお願いします。あ、うん、それ。……それで、あまり都会すぎず、福利厚生が整っている所で探してたら、ここになりました」

 言いながら、あまりに正直すぎたかなと思う。

 「そうなんすね。なんで、地元から離れたかったんすか?」

 「それは……なんとなく」

 なんとなく。本当のことを田村君に言えるはずもないし、言いたくもない。地元には良い記憶はあまりないし、進学先の土地だって私がフライパンで頭を殴った姉の元彼がいたりするので、できれば今後一切遭遇しないようにしたかった。だから、地元から離れられて、姉が暮らす東京ではないところなら、どこでも良かった。

 「へえ。なんとなくで、こんなところ来たんすね」

 こんなところ。その言葉には、卑下が含まれているような気がした。田村君は、地元が好きではないのだろうか。

 思いの外、会話が続いていることが意外だった。そして多分、この流れだと次は私が田村君に聞く番なのだろう。

 「……田村さんは、どうしてここに就職したんですか?」

 「俺は、実家から通える距離で探して、ここかなぁって感じで」

 「へぇ」

 ……あ、どうしよう。会話が、途切れる。別に途切れても良いはずなのに、私の相槌から途切れてしまうと思うと居心地が悪い。でも、特にこれと言って次の言葉が思い付かない。

 手を動かして仕事を進めたいのに、頭はそっちでいっぱいになって、手が止まる。喉元がむず痒い。