匡は、どうだろう。今まで一緒に暮らしていた最愛の人が突然消えて、見つかったら知らぬ間に結婚をしていて、振られてしまった。私には経験のないことだから、その悲しみや絶望感の全てを理解することができない。分からないから、そっとしておくしかなかった。元気を出して、という言葉は時に相手を追い詰めることがあると思うから、ただ匡が必要以上に気を遣わなくていいように普段通り過ごした。

 そうしているうちに、匡は朝、私とともに起きてコーヒーを飲むようになった。もともと朝はあまり食べないらしく、私が食パンにジャムを塗って食べる様子をぼうっと眺めて、仕事に向かう私の見送りをしてくれるようになった。

 そしてその日帰ると、テーブルに肉じゃががあった。私は幻を見ているのかとテーブルの上を凝視したけれど、匡は『勝手にキッチン使って、ごめんね』と言った。肉じゃがは、匡が作ったと言うので、私は驚いて声が出なかった。

 あの日を境に匡は、眠りすぎることなく私と同じ時間に起きて、私の朝食風景を眺めた後、夕食を作って待ってくれるようになり、私と同じ時間帯に眠るようになった。パン屋に勤めてからは私より就寝・起床時間は早くなったけれど、規則正しい時間で生活をして、夕食作りも継続してくれている。

 匡が作る料理は、ちゃんと美味しい。

 「伊都さん、今日仕事で何もなく帰れたら、外食しない?」

 私は次にスコーンを齧ろうと口を半開きにさせたまま「えっ?」と固まる。そんな私を見て、匡は穏やかに、楽しそうに微笑む。