「フォカッチャと、ブルーベリースコーンが食べたいです。 匡さんも、今食べますか?」

 「うん。 僕も、スコーン食べようかな」

 「じゃあ、ちょっと焼き直しますね」

 コーヒーの芳ばしい香りとパンの甘い匂いで満ちた狭いキッチンにふたりで立つと、背中がぶつかりそうになる。匡は、こちらを向いて「いい匂い」と微笑む。私も「うん」と微笑み返した。

 ふたりでテーブルについて、私は先にフォカッチャを齧って、匡はゆっくりコーヒーを飲む。

 「そのフォカッチャ、試作品だって言ってた。どう?」

 「トマトとさつまいもが、すごく合います。 生地もモチモチで美味しいから、人気になると思います」

 「よかった。 和巳さんに伝えたら、きっと喜ぶ」

 匡は、ここに来てから数週間、私が渡した一部屋に布団だけを敷いてよく眠った。起きてもぼうっとして、萎れた花みたいに生気は失われていた。

 大切な人を失ったとき、人は傷付く。人によって、その傷に瘡蓋を作って傷跡にできる人と、いつまでも膿んで生傷のままである人がいると思う。私は……私は、やっとできた瘡蓋を自分で剥いでしまう。だから、いつまでも治らない。