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「おはよう」
「おはようございます」
姉の五周忌から、3ヶ月が過ぎようとしていた。匡は今、私のアパートで暮らしている。
あの夜、匡はこのアパートに来て、私が作ったビーフシチューを食べた。あの時は自信があると豪語した癖に、実際匡の口に合うかと緊張していて私は味わうどころではなかったけれど、匡は『美味しい』と言った。スーパーで買ったバゲットも、匡はゆっくり噛み締めるみたいに食べて、デザートのアイスまで食べた。食べ終わる頃には、真っ白だった肌はやっと血が通い始めたかのようにほんの少し赤みを帯びていた。
それから、匡にこれからどうするのかと聞いたら、匡は分からないと言った。『やっぱり、どうしたらいいか、分からない』
私はそんな匡に、家に帰るのが怖いならここに居たらいいと伝えた。自分でも無茶苦茶なことを言っていることは分かっていたけれど、匡をこのまま帰らせることが怖かった。綺麗に平らげられたふたつの皿がテーブルに並んでいる光景が、あまりに懐かしかったせいかもしれない。
『でも、迷惑じゃない?』
そう遠慮がちに匡が言ったとき、きっぱり断られるかもと不安だった私は堪らないくらい安堵して、けれどもそれを悟られないように、静かに首を横に振った。それから匡は、私のアパートの空いていた一部屋に居候をしている。
住み始めた頃の数日間、匡は部屋に布団と私が貸した漫画だけを置いて過ごした。ずっと部屋から出てこないので、もしかしたら死んでいるかもと不安になったけど、きっと今はそっとしておくしかないのだろうとドアをノックしようとしていた手を引っ込めた。本当は、毎日あたたかいご飯を作ってあげたりしたいと思ったけれど、変わらず仕事は忙しくて帰宅する時間が遅く、そんな時間に声を掛けることはできなかった。
そうしているうちに、匡はある朝から、私とともに起きてコーヒーを飲むようになった。匡はもともと朝はあまり食べないらしく、私が食パンにジャムを塗って食べる様子をぼうっと眺めて、仕事に向かう私の見送りをしてくれるようになった。
そして、たまたま早く帰ることが出来た日、テーブルに肉じゃががあった。私は幻を見ているのかとテーブルの上を凝視していると、匡は『勝手にキッチン使って、ごめんね』と言った。肉じゃがは匡が作ったと言うので、私は驚いて声が出なかった。そして、とびきりに美味しかった。
あの日を境に匡は私と同じ時間に起きて、私の朝食風景を眺めて、夕食を作って待ってくれるようになり、私と同じ時間帯に眠るようになった。またある日、突然近所のパン屋の販売員のアルバイト求人を見つけてきて『明日から、行ってくる』と言った時には、驚きで仕事の疲れが全部吹っ飛んでいった。
その翌日は土曜日で、私は休日だったけれど朝7時に出勤する匡を見送って、日中もそわそわして落ち着かず、我が子を初めて幼稚園とか小学校とかに預ける親の気持ちってこんななのだろうかと想像した。匡は無事にアルバイトを終えて、疲労を滲ませた笑顔で『楽しかったよ』と笑った。その日はお祝いにでもと外食しようかと考えたけれど、翌日も匡はアルバイトだったので自宅でささやかに、彼の好物だと聞いたオムライスを作ってお祝いした。
「おはよう」
「おはようございます」
姉の五周忌から、3ヶ月が過ぎようとしていた。匡は今、私のアパートで暮らしている。
あの夜、匡はこのアパートに来て、私が作ったビーフシチューを食べた。あの時は自信があると豪語した癖に、実際匡の口に合うかと緊張していて私は味わうどころではなかったけれど、匡は『美味しい』と言った。スーパーで買ったバゲットも、匡はゆっくり噛み締めるみたいに食べて、デザートのアイスまで食べた。食べ終わる頃には、真っ白だった肌はやっと血が通い始めたかのようにほんの少し赤みを帯びていた。
それから、匡にこれからどうするのかと聞いたら、匡は分からないと言った。『やっぱり、どうしたらいいか、分からない』
私はそんな匡に、家に帰るのが怖いならここに居たらいいと伝えた。自分でも無茶苦茶なことを言っていることは分かっていたけれど、匡をこのまま帰らせることが怖かった。綺麗に平らげられたふたつの皿がテーブルに並んでいる光景が、あまりに懐かしかったせいかもしれない。
『でも、迷惑じゃない?』
そう遠慮がちに匡が言ったとき、きっぱり断られるかもと不安だった私は堪らないくらい安堵して、けれどもそれを悟られないように、静かに首を横に振った。それから匡は、私のアパートの空いていた一部屋に居候をしている。
住み始めた頃の数日間、匡は部屋に布団と私が貸した漫画だけを置いて過ごした。ずっと部屋から出てこないので、もしかしたら死んでいるかもと不安になったけど、きっと今はそっとしておくしかないのだろうとドアをノックしようとしていた手を引っ込めた。本当は、毎日あたたかいご飯を作ってあげたりしたいと思ったけれど、変わらず仕事は忙しくて帰宅する時間が遅く、そんな時間に声を掛けることはできなかった。
そうしているうちに、匡はある朝から、私とともに起きてコーヒーを飲むようになった。匡はもともと朝はあまり食べないらしく、私が食パンにジャムを塗って食べる様子をぼうっと眺めて、仕事に向かう私の見送りをしてくれるようになった。
そして、たまたま早く帰ることが出来た日、テーブルに肉じゃががあった。私は幻を見ているのかとテーブルの上を凝視していると、匡は『勝手にキッチン使って、ごめんね』と言った。肉じゃがは匡が作ったと言うので、私は驚いて声が出なかった。そして、とびきりに美味しかった。
あの日を境に匡は私と同じ時間に起きて、私の朝食風景を眺めて、夕食を作って待ってくれるようになり、私と同じ時間帯に眠るようになった。またある日、突然近所のパン屋の販売員のアルバイト求人を見つけてきて『明日から、行ってくる』と言った時には、驚きで仕事の疲れが全部吹っ飛んでいった。
その翌日は土曜日で、私は休日だったけれど朝7時に出勤する匡を見送って、日中もそわそわして落ち着かず、我が子を初めて幼稚園とか小学校とかに預ける親の気持ちってこんななのだろうかと想像した。匡は無事にアルバイトを終えて、疲労を滲ませた笑顔で『楽しかったよ』と笑った。その日はお祝いにでもと外食しようかと考えたけれど、翌日も匡はアルバイトだったので自宅でささやかに、彼の好物だと聞いたオムライスを作ってお祝いした。



