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 「伊都さん、おはよう」

 「おはようございます」

 姉の五周忌から、3ヶ月が過ぎようとしていた。匡は今、私のアパートで暮らしている。

 あの夜、匡はこのアパートに来て、私が作ったビーフシチューを食べた。あの時食べたビーフシチューは、自信があると豪語した癖に匡の口に合うかと緊張していて、私は味わうどころではなかったけれど、匡は『美味しい』と言ってくれた。トースターで焼き直したパン屋さんで買ってきていたバゲットも、匡はゆっくり噛み締めるみたいに食べて、デザートのアイスまで食べた。

 それから、匡にこれからどうするのかと聞いたら、匡は分からないと言った。『やっぱり、どうしたらいいか、分からない』

 私はそんな匡に、家に帰るのが怖いならここに居たらいいと伝えた。自分でも、無茶苦茶なことを言っていることは分かっていたけれど、匡をこのまま帰らせることが怖かった。綺麗に平らげられたふたつの皿がテーブルに並んでいる光景が、あまりに懐かしかったせいかもしれない。

 『でも、迷惑じゃない?』

 そう遠慮がちに匡が言ったとき、きっぱり断られるかもと不安だった私は堪らないくらい安堵して、けれどもそれを悟られないように、静かに首を横に振った。それから匡は、私のアパートの空いていた一部屋に居候中だ。

 「匡さんは、今日休みでしたっけ」

 「うん、お店が定休日だからね。 伊都さん、どれ食べる?」

 匡が言いながら、キッチンの棚から袋に入ったパンを幾つか出してテーブルに置く。思わず「わぁ」と声が漏れる。

 「ふふふ。好きなの選んでね。 僕、コーヒー淹れるね」

 「ありがとうございます」

 匡は、ここにグラフィックデザイナーの仕事ができるようパソコンや画材を持ち込んだけれど、思うように仕事は進まないようだった。

 私はゆっくり休んだら良いと伝えたが、匡は『何もしないというのも、意外と難しいね』と言って、このアパートの近くで仕事を探して、パン屋『hitotoki』の販売員の求人を見つけてきた。そこは、売れ残りを従業員に格安で売るようで匡はいつもそのパンを買ってきてくれる。朝はパン派の私にとっては、とても有難い。