「結局、映画も観に行ってみたら、すっかりハマって。漫画全巻大人買いしました。人生で初めての大きい買い物でした」
「……じゃあ、今は死にたいと、思うことはない?」
「……今でも、姉がいない現実に打ちひしがれることがあります。美味しいご飯を食べたり、好きな曲や映画を見つけた時、僅かにでも心が弾んだとき、それを望んでいたのに、死ななくてよかったと思うと同時に、姉が隣にいたらと思って……やはり死にたいと、思うことも、なくはないと思う。でも、それでいいと、思っています」
「……死にたいと思いながら、生きているの」
匡が、自分の語りのときよりも重たく、慎重に訊く。私はその重みが沈まないように同じくらいの重たさで、慎重に言う。
「死にたいと思いながら……生きたいとも、思っている気がします。死ななくてよかったと思ったあの日があるから、死にたくても、死に切れないんです」
私には希望も何もないかもしれない。残っているのは、まだ、傷と、怒りと、憎しみで、姉を思い出にはできない。
「でも、……やっぱり、それでいいんだと思っています。時々、感情が揺さぶられるのも、仕方がない。姉がもういないことを受け容れられたと思える日もあれば、そうでないときもある。だけど、生きていれば、もう死んだ姉が出会えなかったものたちに、私は出会えることができる。そう思うと、まだ生きてみようと思える気がします」
姉がいなくなってから、私が正しくあろうとすることに意味はなくなった気がした。この世で、一番嫌われたくないと思っていた人がいなくなったら、もう他の誰から嫌われようが、拒絶されようが、どうでもいいと思えた。だから、会社の嫌味な上司や同僚も、次々と辞めていった彼女らや鈍感な彼も、私にとっては、正直そこまで重要じゃない。腹が立つことや理不尽なことがあっても、どうでも良いと思ってしまう。
「今日も変わらず残業してて、あの夜、姉から連絡が来た時のことを思い出していたんです。やっぱり、今でも後悔はしちゃって。……だから、あなたを引き留めてしまいました。すみません」
それに、こんな、今まで誰にも話したことのない、きっと一生打ち明けることが出来ないと思っていた話をしてしまった。
今更になって、話してしまって良かっただろうかと思う。どうして、私は、話せてしまったんだろう。
「伊都さんは、謝らなくていい」
匡の声は、優しくて夜風に溶け込んでしまいそうだった。
「伊都さんは、間違ってなんかない」
溶け込んでしまいそうだからか、匡の声が、胸に空いた隙間に入り込んでくる。そんな感覚に私は動揺して、そして、涙が溢れてきそうだった。
私は……間違って、いなかっただろうか。そう思ったことなんて、今まで一度も無かった。
だけど、私は、その言葉を信じても、いいんだろうか。
胸が苦しくて、ペットボトルのお茶を飲んだ。匡も私の一拍遅れて、ゆっくりとお茶を口に含む。
「……あ」
匡の右手にはめられたスマートウォッチの画面に表示された時刻は、0:12だった。匡も私の視線を辿って、時間を見る。私は動揺する。どうしよう。もう、この人を引き留めた私の我儘の期限は過ぎてしまった。



