「夢で見るように、あの夜、私は姉のもとに駆けつけることは出来たんです。仕事なんて放って、久しぶりに電話をかけてきた姉に“会おう”と言うこともできたのに、私は姉に会うのが怖かった。真っ当なフリをして……あたかも本当に真っ当になれた気でいた私が、姉に会ったら崩れてしまうような気がしてしまったんです」

 私は、自分のことなんか好きでも何でもない。それなのに、愛する姉よりも自分のことを優先してしまった。傷付くのが怖かった。

 鏡を見れば、そこには姉と瓜二つの顔がある。声を出せば、姉と同じ声が聞こえる。私は一時期、姉と同じ服を着て髪を染め、姉と同じようにあろうとしたことがありました。両親は、そんな私を咎めました。

 でも、姉の姿を模倣すれば、鏡越しでも姉に会える。姉の身体に触れられる。冷たくはない、あたたかな肌に。

 だけど、姉のように柔和で穏やかに微笑むことが、私には出来なかった。

 私が好きなった姉は、やはりそこにはいない。

 「大切な人を失った悲しみは、時間の経過とともに思い出にできることもあると思います。でも、私にはできませんでした。姉を失った悲しみは、今でもただの深い傷のように、生々しく残っている気がします」

 もう居ない存在に縋っても意味がない。そう、頭では理解している。ただ、どうしても、揺らぐ。

 「姉が死んで、今日で5年です」

 まだ、5年。

 「……伊都さんは……」

 匡は、下を向いたまま言う。

 「はい」

 「死にたいとは、思わなかったの」

 「……思ったことは、ありますよ」