『また、会いに来てください』
 
 彼女はそっと立ち上がり、会釈をしてその場を去った。その後ろ姿は淑やかで、僕は、明良はあの人がいれば大丈夫なのだろうと思った。

 明良と僕は、もう、戻れない。明良自身が、そうなるべきと選んだことなんだ。

 「……でも、やっぱり、相談してほしかったなあ」

 明良が辛いとき、僕は何をしてただろうか。

 明良が決断したとき、僕は何をしてただろうか。

 明良が隣にいてくれることが当たり前になりすぎて、自分のことばかり一生懸命になっていただろうか。

 もしかしたら、明良も僕に話をしてくれようとしたときがあったのかもしれない。僕が気づいたときには、きっと明良はすでに決断していたのかもしれない。

 「明良が決めたことだからと、全部受け止められればどれだけいいだろう。明良が僕にしてくれたように、彼の選択の後押しをしてやれたら、どれだけ、いいだろう」

 なのに、僕にはそれが到底難しい。

 現実が、形を帯びて僕にのしかかる。あまりに重たくて、潰れそうになる。

 「明良の隣に立てる彼女が、羨ましい。そんな風に思って、なんて自分は最低なんだろうと思った。僕は結局、ずっと、自分が可愛いだけなのかもしれない」

 彼女が去った後も、しばらくベンチに座っていた。感覚が鈍っているようで、ぼんやりとしていた。

 その間、頭の中は明良と過ごした日々を思い返すばかりだった。数ヶ月間、明良が居ない生活を過ごしたはずなのに、その記憶は欠落しているのか、自分がどんな生活をしていたか全く思い出せない。家に帰らなきゃと思って、ベンチから立ち上がって駅まで向かおうとした。でも。

 「おかしな話で、無意識に明良の家に向かおうとしていて、自分にゾッとした。まだ、自分の実家に帰ろうとする方が理解できるけれど、僕にとってはそこは安心できる場所じゃない。……今まで住んでたアパートには、まだ明良の面影が残りすぎていて、帰ると思うと、怖くて、できない」

 あそこには、明良との時間が深く刻まれ過ぎている。そんな所に帰ったら、自分がどうなってしまうか分からない。

 もう、僕が帰っていい所が、分からない。