『あっ、明良さん』

 振り返ると、明良がいた。最後に見た時よりも、少しだけ痩せたように見えた。

 僕が訪ねに来たと彼女から伝えられた明良は『わざわざ、ありがとう』と静かに言い、続けて『匡と、ふたりで話をさせて』と僕の後ろにいる彼女に視線を送った。その明良のさりげない仕草でさえ、僕の感情を乱した。

 「明良は、全部話してくれた。明良は兄のことを尊敬していたから、亡くした時のショックは計り知れない。明良の状況を思えば責められるはずがないなのに、僕は、明良を責めた」

 『教えてくれたら、僕にだって出来ることはあったかもしれない。ふたりのまま、何か良い方法を考えられたかもしれないのに、なんで何も言わずに居なくなったりしたんだ。明良だって、僕にひとりで抱え込むなって言ったじゃないか。隣にいるのに、頼られないのは僕だって悲しい。僕も、明良と同じなのに』

 最低だった。僕は、最愛の人を誰よりも傷付けた。明良は静かに僕の言葉を聞いた後、僅かに微笑んだ。

 『匡なら、そう言ってくれると思った。だけど、俺は匡の負担になりたくない。それに、家族も大切で、守りたかった。兄が大切にしようとしたものを無くしたくなかったから、こうする他なかった。……正しい選択ではないかもしれない。でもね、俺のやるべきことが、ここにあると思ったんだ』

 その言葉は、ずっと夢が無いと言っていた明良が初めて口にした志向だった。明良は、自分のやるべきことを見つけたんだ。ただそこに、僕がいてはいけない。僕では、明良の支えにはなれない。

 目の前にいる明良は、もう、僕の知らない人になっていた。

 『今まで、本当にありがとう。どうか、身体には気を付けて』

 その、きっと明良の精一杯の優しさが詰まった言葉に、僕は何も返せなかった。

 僕は明良の家を後にして、抜け殻みたいにふらふらしてた。近くに公園を見つけて、そこの木の下のベンチでぼうっとした。涙が出そうで、出ない。あまりに大切なものを失ってしまって、どうしたらいいのか分からない。

 明良を失って、改めて僕の見ている景色に色がないことを思い知った。これまで、明良とともにいた日々には、確かに色があった。でも、もういまはよく分からない。

 『匡さん』

 振り向くと、明良の妻が居た。息を切らしているから、僕を探しに走ってきたような様子だった。

 『すみません、お見送りもせず。 もう、お帰りに?』

 『……話が、出来たので』

 『そうですか……』

 着物で十分に呼吸が出来ないのか、華奢な肩を上下させる彼女が健気に思えて、僕はベンチの空いてるスペースに『座りますか』と促した。彼女は一瞬躊躇して、それから意を決したみたいに口を一文字にきゅっと結んでベンチにそっと腰掛けた。