「そう。でもね」

 誠の目が、真剣に光った。

「【黒曜の幻影(ファントム)】を捕まえない限り、多くの地球がハックされ続ける。無数の人々の平和な暮らしが、奴の気まぐれで壊され続ける」

 そして、少し声を落として。

「美奈ちゃんも、これでかなり頭を痛めているんだ」

 期待のこもった視線を向ける。

「もし、キミが見つけたとしたら……それは間違いなく大成果だよ」

「ほ、本当ですか!?」

 シャーロットの目が輝いた。

「じゃあ、見つけるだけでも、私の世界は復活できるってことですか?」

「ああ、きっと十分だと思うよ」

 誠は頷いた。

 うわぁぁぁ……。

 ゼノさんに会える。
 カフェを再開できる。
 あの温かな日々が戻ってくる――。

「でも……」

 現実的な問題に戻る。

(どうやって見つけよう?)

 渋い顔で腕を組む。

 シャーロットにはシステムの知識がない。できることといえば、街のライブ映像をじーっと眺めるくらい。でも、それで変幻自在のテロリストを見つけられるはずもない。

「うーん、まぁ……」

 誠は頭を掻いた。

「とりあえず研修……からかな?」

 苦笑いを浮かべながら、新しいプログラムを起動する。

「まずはチュートリアルを受けてみて。基礎の基礎から始めよう」

 誠はニヤリと笑う――――。

 再び、シャーロットの体が光に包まれた。

「えっ、ちょっと……」

 言いかけた言葉は、白い光の中に消えていく。

 次の瞬間、シャーロットはまた真っ白な空間に立っていた。

(研修……か)

 大きく息をつく。

 この世界のシステムなんて分からない。

 でも――。

 そっと唇に触れ、ゼノさんとの三分間を思い出す。
 あの温もりを、もう一度取り戻すために。

 どんなに難しくても、やり遂げてみせる。

 白い空間に、シャーロットの決意が静かに満ちていった。


       ◇


 厳しい研修を乗り越え、一週間後――――。

『シャーロットちゃん、聞こえてる?』

 誠の声が、直接脳内に響いてきた。

「はーい、バッチリです! ふふっ」

 シャーロットは弾むような足取りで、ルミナリアの石畳を歩いていた。

 朝の陽光が、白亜の建物を黄金色に染めている。運河には優雅にゴンドラが行き交い、商人たちの活気ある声が響く。まるで絵本から飛び出してきたような、美しい水の都。

『いよいよ本番だからね? まずは聞き込み、頼んだよ?』

 誠の声には、期待と心配が入り混じっている。

「まっかせてください!」

 シャーロットは胸を張った。

「プログラミングは全然分からなかったけど、聞き込みなら私でもできますからね!」

『ははは……』

 誠の苦笑いが聞こえる。

 一週間の研修。

 管理者(アドミニストレーター)として、空中を飛んだり鑑定したり、チートな魔法使いのようにはなれたが――、システムに関しては正直、ちんぷんかんぷんだった。

 でも、人と話すこと、相手の心を開くことなら、カフェで培った経験がある。

「人間力で勝負です!」

『でもまぁ、いつかはできるようになってもらわないと……』

 システムの管理者(アドミニストレーター)としてシステムの知識、操作方法はとても大切だった。

「でも、見てくださいよ、ほら!」

 嬉しさのあまり、シャーロットは思わず能力を使ってしまった。

 ふわり。

 体が宙に浮かび上がる。まるで見えない糸に引っ張られるように、優雅に――。

『うわぁ! ダメダメ!!』

 誠の悲鳴のような声が響いた。

『【黒曜の幻影(ファントム)】に見つかったら台無しじゃないか!!』

「あっ!」

 シャーロットは慌てて地面に降りた。

 周囲を見回す。幸い、早朝の通りに人影はまばらで、誰も気づいていないようだった。

「ご、ごめんなさい……」

 肩を縮こまらせる。

 研修で身につけた能力――まるで神様になったような万能感。それが嬉しくて、つい。

『もう……』

 誠のため息が聞こえる。

『くれぐれも、我々が【黒曜の幻影(ファントム)】の足取りをつかんでいることを悟られないようにね?』

「はい、すみませんでした……」

 シャーロットはしゅんとする。

「嬉しかったもので……」

 だって、一週間前まではただのカフェ店主だったのに、今は宇宙の秘密を知り、特別な力まで使える。ある意味【神様】なのだ。

『キミはそこでは『お上りさんの田舎娘』だからね?』

 誠が改めて設定を確認する。

『聞き込みで巧みに情報を収集するのがミッション。宙に浮ける田舎娘なんていないんだから』

「その通りです……頑張ります……」

 シャーロットは頭をかきながら素直に頷いた。