はぁ……。

 少女は長い、長いため息をついた。

 余計なことをつぶやいてしまった後悔と、目の前の必死な人間への同情がせめぎ合っているかのよう。

 そして――。

「我が教えたなどと、誰にも言うでないぞ?」

 観念したように、真剣な表情で釘を刺す。

「とばっちり食うのはごめんじゃからな」

「うん、約束する!」

 シャーロットは涙を拭い、しっかりとした瞳で少女の深紅の目を見つめ返した。

 ふぅ……。

 少女は再度ため息をつき――。

「話は単純じゃ」

 声を潜め、まるで禁忌を語るかのように。

「最高責任者にOKをもらう。これだけじゃ」

「最高責任者……って?」

「女神さまじゃ」

「女神……」

 シャーロットは息を呑んだ。

 創造主。すべての始まり。

「この宇宙を創られた方……ということ?」

「そうじゃ」

 少女の声に、畏敬の念が滲む。

「この無数の地球を作られてきた、数十兆人の頂点に立たれる、我らが母なる存在じゃ」

「なるほど……」

 シャーロットは震える声で頷く。

「そんな方がおられるのね」

「で、その女神さまに直談判すればいいのね?」

「馬鹿言うでない!」

 少女が慌てたように手を振る。

「我々のような下っ端に、女神さまに会う方法なぞ無いわ!」

「どういうことよ!」

 シャーロットは混乱して、再び少女をガクガクと揺する。

「会えない人から、どうやってOKもらうっていうのよ!」

「お、落ち着け!」

 少女は周囲を見回し――さらに声を潜めた。

「ここからは極秘なんじゃが……」

 まるで宇宙最大の秘密を打ち明けるかのように――――。

「今、なんと女神さまの分身体が東京におられる」

「と、東京!?」

 シャーロットは飛び上がりそうになった。

 まさか、あの日本に? 自分が死んだあの世界に?

「な、なんで?」

「そんな最高神のお考えになることなぞ、我にはわからぬわ!」

 少女は渋い顔で首を振る。

 シャーロットは必死に状況を整理する。

「それは、『日本』というゲームを、女神さまの分身がプレイしてるってこと……よね?」

「そうなるな」

 少女が頷く。

「応京大学の三田キャンパスで、大学生活をエンジョイなさっておられる」

「じゃあ、そこへ行って直談判すればいいのね?」

「そうじゃが……」

 少女は懐疑的な目を向ける。

「どうやって説得するつもりじゃ?」

「分からない」

 シャーロットは正直に答えた。

「でも、『何でもやるから、ゲームの続きをやらせてほしい』って頼み込むしかないわよね?」

「うーん……。そんなことで女神さまがOKするとは思えんがなぁ……」

 少女は首をひねる。

「じゃあ何よ? 他に何か手があるっていうの?」

「無い」

 少女はきっぱりと首を振った。

「ただのちょっと優秀だっただけのプレイヤーに、女神さまが興味を持たれることなぞ無いんじゃからな」

「じゃあ、当たって砕けるしかないじゃない」

 シャーロットは立ち上がった。

 もう迷いはない。
 ゼノさんに会うためなら、何だってする。
 たとえ相手が創造主でも。

「まぁ、砕けるのは自分だけにしてくれよ?」

 少女が最後の念押しをする。

「我の名は絶対に出すなよ?」

「もちろん!」

 シャーロットは深く頷いた。そして、ふと気づく。

「というか、私、あなたの名前知らないんだけど?」

「あ……そうじゃったな! 丁度いい。カッカッカ!」

 少女は愉快そうに笑った。

「ありがとうございます、小さなお方……」

 シャーロットはそっと少女の小さな手を取り、優しく握る。

「『小さな』って、お主!」

 少女はムッとして手を引っ込めた。

「これは仮の姿じゃからな! 一応これでも四千年は生きておるんじゃぞ!」

「よ、四千……歳!?」

 シャーロットは目を丸くした。

 この愛らしい少女が、そんな悠久の時を生きてきた存在だったとは。

「まぁ、我のことはいい」

 少女は腕を組むと、ふんっと鼻を鳴らした。

「女神さまに気に入られる方法を、しっかり考えておけ」

 そして、小さく付け加える。

「……祈っててやる」

 その言葉に込められた優しさに、シャーロットの目にまた涙が滲んだ。