「つまり……嘘だったと……?」

「嘘も方便よ。ふふっ」

 くすくすと、鈴を転がすような笑い声。

 その瞬間――――。

「貴様ぁぁぁ!」

 エドワードの理性が、音を立てて崩壊した。

「俺を! 俺を騙したな!!」

「あら、大声出さないで。品がないわ」

 リリアナは眉をひそめた。まるで、汚いものでも見るように。

「それに、あの女だって否定しなかったでしょう? つまり、彼女も破談を望んでいたのよ」

「そういう問題じゃないだろう!」

 エドワードの顔が、怒りで真っ赤に染まる。

「俺を騙すような女と、これ以上一緒にいられるか!」

 すると――――。

「はーっはっはっは! ばーーっかじゃないの?」

 リリアナが突然、大声で笑い始めた。品のない、下卑た笑い。聖女の仮面が、完全に剥がれ落ちた瞬間だった。

「あなた、王位継承権を失うんですって?」

 さげすむような目でエドワードを見つめる。

「な……何でそれを……」

「まぁ、当然でしょう?」

 リリアナは立ち上がった。

「こんな大騒ぎを起こした無能を国王にしたら、それこそ革命が起きちゃうわよねぇ。ふふっ」

「き、貴様……」

 エドワードの額に青筋が立った。

「まさか、お前……王位継承権を失った俺を……」

「もう用なしよ」

 リリアナは髪をかき上げた。その仕草は、娼婦のように扇情的だった。

「権力のない王子様なんて、石ころと同じ。いらないわ」

「お、お前……」

 エドワードの声が、裏返った。

「ベッドでは、あれだけ『愛してる』って……『永遠にあなただけのもの』って……」

「ああ、あれ?」

 リリアナは鼻で嗤った。

「愛してたわよ? あなたの王位継承権を、死ぬほどね」

 そして、汚物でも払うような仕草で、ドアを指差した。

「もう用はないわ。出て行って。シッシッ」

 まるで、野良犬でも追い払うように――――。

「くぅぅぅ……!」

 エドワードの中で、何かが切れた。

 獣のような唸り声を上げながら、リリアナの胸ぐらを掴む。

「貴様ぁ!」

 振り上げられた拳。

 だが――――。

「あら?」

 リリアナは涼しい顔だった。

「『聖女』を殴るの? 教会を敵に回すつもり? ただでさえ崖っぷちなのに?」

 据わった目。まるで、毒蛇のような目でエドワードを見つめる。

「今の私は、まだ一応『聖女』よ? 手を出すならどうぞ? でもそれであなたの破滅は確定だわ」

「こ、この……偽聖女が!」

 エドワードは歯を食いしばった。

「しょぼい神聖魔法しか使えない、ただの飾り物の分際で!」

「あら、無能な王子様に言われたくないわ」

 リリアナも負けじと言い返す。

「国一つ守れない、女を見る目もない、ただのお飾り王子! あなたに賭けた私が馬鹿だったわ!」

 かつて、永遠の愛を誓い合った二人。

 それが今や、最も醜い本性を曝け出し、互いを傷つけ合う怪物と化していた。

 エドワードの拳が、ブルブルと震える。

 殴りたい。

 この女の美しい顔を、グチャグチャにしてやりたい。

 でも――――。

「くっ……くそぉぉぉ!」

 拳を振り下ろすことはできなかった。

 リリアナの言う通り、今手を出せば、完全に終わりなのだ――――。

「くぅぅぅ……。覚えてろ!」

 ドタドタと、まるで敗残兵のように部屋を走って出ていく。

 廊下に響く、狂ったような叫び声。

「ちくしょう! ちくしょう! 全部、全部あの陰気な女のせいだ!」

 赤絨毯の廊下を、よろめきながら進む王子。その姿は、もはや王族の威厳など微塵もない、哀れな男でしかなかった。

「シャーロットめ……最初から、全部計算していたんだ! 病が流行ることも! 俺が破滅することも! 全部、全部!」

 妄想が、狂気が、エドワードの頭を支配していく。

 王宮に戻ると、待ち構えていた執事たちに向かって喚き散らした。

「いいか!? 草の根分けてもシャーロットを探し出せ!」

 血走った目――――。

「国の捜索隊より先に! 必ず、必ず見つけ出すんだ! 金はいくらかけても構わん!」

 こうして人知れず逆恨みの炎がシャーロットへ忍び寄っていくのだった。