六話
〇高校・教室(休み時間)
自分の席に座る金井。撮影会以降、小沢からの連絡はない。
金井からも特に何か用事があるわけでもないので、連絡もしない。
学校でも相変わらず二人の距離は空いたまま。
目が合えば小沢は笑ってくれる。
金井M:目が合えば笑ってくれる。嫌われていないのはわかる。小沢くんは「学校ではなるべく関わらない」を守ってくれている。せめて友達としてこれから付き合ってくださいって言っておけば良かったのかな。
金井はスマホを取り出し、小沢にメッセージを送ろうとする。「小沢くんと僕は友達?」そう打った所で、金井は消す。
金井M:重たい女みたいじゃん。切り替えよ。それに、僕は小沢くんを独占できる人間じゃない。
スマホを制服のポケットにしまい、頬杖をして外を眺める。
金井M:授業、始まらないかな……って優等生かよ。今までより孤独が辛い……気がする。
窓からはらりと枯れ葉が入ってきて、金井の机に落ちてくる。金井は枯れ葉を窓から捨てて、窓を閉める。
友人と話していた小沢は『便所』と言って教室から出ていく。
小沢の友人たちが噂をしている。
小沢友人1:小沢、最近付き合い悪くね?
小沢友人2:バイト始めたらしいぜ。父親に小遣いを止められたのか?
小沢友人1:まさかぁ。そんな様子なかったじゃねぇか。仕方がない。今日は二人でカラオケでもいくか。お前とじゃ盛り上がりにかけるけどな
小沢友人2:うるせーよ。おまえこそ、アニソンばっか歌いやがって…って放課後、文化祭の事について話し合うとかあったよな?
小沢友人1:あぁ、そうだったな。「どうしても外せない用事がない人は残るように」って言ってたな
小沢友人2:あの実行委員の気合いの入りよう、ちょっと期待しちまうな
小沢が戻ってきて、「何面白い話してたんだよ」と席に座る。
金井は小沢が友人たちの会話に合流したところで、トイレに行こうと席を立つ。
〇高校・廊下
とぼとぼと歩く金井。後ろから大原から声をかけられ、振り向く。大原と一緒に廊下を歩く。相変わらずキラキラ美少女。
大原:金井くん?
金井:大原さんだっけ?
大原:そうでぇいす! 大原さんですよ! 覚えていてくれて嬉しいな!
金井:えぇと、何?
大原:金井くん、最近小沢くんとどうなの? 充実してるぅ?(悪い笑顔をしながらニシシと笑う)
金井:何もないよ
大原は「えっ」と少し驚いたような顔をする。大原は金井から目をそらす
大原:恋は人を不器用にさせるのかしらね(ぼそり)
金井:え?
大原は金井の驚き様に、小沢と金井は進展していないことを察する。
大原:いやいや、こっちの話。
金井M:恋? 小沢くんは誰と恋をしているんだろう?
金井:僕は小沢くんと学校で関わらないって約束してるから
大原:金井くんはそれでいいの?
金井:僕はコミュ障だから、学校で小沢くんのグループに話に行ったらきっとみんなを白けさせてしまう
大原:コミュ障って言う割には私にお悩み相談出来るのね? へーんなの! 私から小沢くんに筒抜けになっちゃうかもしれないことも考えずにお話したの?
金井:は、話の流れで! 大原さんが質問してきたから!
大原:きっかけっていうのはね~、どーでもいい質問でもよかったりするのよ~。
テンション高めな大原、廊下を曲がって行ってしまう。
その背中をじぃっと見つめる金井。
金井M:質問。そう言えば、小沢くんは裁縫の事聞いてくれたな。それに対して僕は、疑問を自分に投げかけて悩んでいるだけだ。
〇学校・教室・放課後
小沢はそそくさと帰ってしまった。
文化祭実行委員の男女が教壇に立っている。
実行委員女子が鼻息荒く机を叩く。
実行委員女子:うちのクラスはメイド喫茶! 少女漫画定番のメイド喫茶! うーっ! 青春!
実行委員男子:うちのクラスメイトの意外な一面が見れちゃうかもね~(ぱちぱちぱち)俺、女子にはミニスカメイド服着て欲しいな
女子達ブーイング。
女子達:セクハラ男、くたばれ!
実行委員女子:男子こそミニスカメイド服着るべきよ!(呼吸荒く)
男子達:他のクラスにドン引きされちまうだろうが!
誰が何を着るのか荒れるクラス。
実行委員女子が手をパンっと叩いて教室を静かにさせる。
実行委員女子:その前に衣装係決めましょう! 手芸出来てセンスある人を何人か。
実行委員女子は金井をちらりと見つめる。
金井は首を傾げる。
モブ1:手芸出来てセンスあるやつ?
モブ2:そんなハイスぺいるかよ
実行委員男子はニヤリと笑う
実行委員男子:小沢から聞いたんだけど、金井くん、とても手先が器用らしいですね
クラスが静まり返り、視線が金井に集中する。金井、固まる。
金井M:小沢くんが、どうして
実行委員男子:「金井は手先が器用なんだ。限られた予算内でいいもの作る。これは俺が保障する」と小沢くんが熱弁してきましてね。いやー、金井くんが「能ある鷹は爪を隠す」タイプだったとは!
実行委員男子はスマホをいじり、クラスのグループのメッセージアプリに、金井が作ったドールの衣装を流す。
クラスメイトは「すごくね?」「こまけー」「ミニチュア?」など肯定的なざわめきが響く。
金井は自分のやったことが否定されずに、慌てふためく。
金井:あ、はわわわっ
実行委員女子:どうかしら? 金井くん?
金井、蛇ににらまれた蛙状態でもう逃げられない。だが、クラスメイトの言葉からは否定の言葉は一つもなかった事に気付く。
金井M:誰も僕の趣味を否定していない?
それが嬉しくて、大きな声で承諾する。
金井:は、はいっ! やりまふっ!
金井M:この後、何人か手芸趣味のクラスメイトが名乗り出て、何故か僕中心に衣装チームが組まれた。
× × ×
フラッシュイメージ
衣装チームには女子三人が加わる。
金井がデザインを書いて、チームの女子に見せてみる。
デザインを描き加えられ、金井は目を輝かせる。
何枚かの衣装デザインが机の上に並べられ、チーム皆で眺める。
金井:百均も利用していこう
女子たち:そうね(こくこく)
勢いよくミシンをかける女子
女子1:おりゃー!(ドドドドド)
とんでもない速さで手縫いをする女子
女子2:……(しゅばばばばっ)
ピンセットでパーツを持ち、レジン作品を作る女子。邪魔をしたら殺されそうな黒いオーラがめらめらと。
女子3:ハァ、ハァ、アァァァァっ!
金井は「怖い」と布を切りながら涙目。
× × ×
時間経過。
〇学校・教室
一体目のトルソーにかかったフリルたっぷりのエプロン。
パニエで膨らませたひざ丈スカート。
頭の部分にはフリルカチューシャが引っかかっている。
首の部分には中央に宝石風のレジンが輝くクロスタイ。
二体目のトルソーにかかったベストと、メイド服と同じく中央に宝石風のレジンが輝くクロスタイ。
クラスメイトはそれぞれのトルソーに注目している。
金井はつっかえつっかえ衣装の説明をする。
顔を赤くしながら、視線を下に向けて。
金井:えと、衣装チームの皆と頑張って衣装が完成しました。エプロンとスカートはフリーサイズなので、男子が着ても大丈夫です。ブラウスは自分のお気に入りの物を持ってきて合わせてみてもいいかも……あ、えと、パニエ履いたら、体育着のハーフパンツとか履かないとパンツ丸見えに、なるから気を付けて。ベストの方は、制服のパンツとシャツと合わせられるようにデザインしてみました。執事です。こっちは男子MからLサイズで作っているので、女子はぶかぶかになっちゃうかも。ごめんなさい……
小沢:別に謝る必要なくね? 予算の範囲内で接客担当みんなで着られるように考えてくれたんだろう? そのネクタイのキラキラとかさ、統一感出てすごくね?
小沢の問いかけに、クラスメイトはこくこく頷く。
金井はその様子にほっとする。
金井:チームで沢山考えたよ。みんな、すごかった。
実行委員男子:みんな、限られた予算のなかでありがとう
衣装チームの女子達がドヤ顔をする
実行委員男子:衣装の件は済んだから、後は各々の仕事頼んだよ。はい、今日は解散
金井M:小沢くんに助けられちゃった。
がやつく教室。「文化祭、一緒に回ろうぜ」など、「先輩のライブ絶対見に行く!」だとか金井の耳に聞こえてくる。
金井M:僕も小沢くんと回りたかったなぁ。きっと彼女と回るんだろうな。大原さんは質問が大事って言ってくれたけど……言うだけならタダだよな。ダメ元、ダメ元。
金井:お、小沢くん
小沢:何?
小沢はじぃっと金井を見つめる。金井は目線をそらす。もじもじしながら、望みを言う。
金井:文化祭、誰かと一緒に回るか決まってる? 決まってなかったら……その一緒に、青春してみたいなーなんて。
小沢は目を見開き、うっと言葉を詰まらせたような顔をする。※誘われて嬉しいだけ
金井は俯く。
金井M:どうやって断ろうか考えているんだな
小沢は金井の肩をがしっと掴む
金井:ひぃっ!
小沢:金井から誘われるなんて俺は夢を見ているのか?
金井:え、と、いいってこと?
小沢:青春しようぜ
金井M:そういえば、どうして指先絆創膏だらけなんだろう?
金井:小沢くん、その指先の絆創膏どうしたの?
小沢はやや棒読みで答えた。
小沢:あ、あ……包丁で指を切っただけだ。はははっ
金井:小沢くんでも失敗することがあるんだね
小沢:猿も木から滑るって奴だ。ははは
〇学校・前(日替わり)
テロップ『文化祭当日』
学校の校門には文化祭の看板。
学生でにぎわっている。
〇同・教室前
メイド喫茶の外装が整えられた教室前。
〇同・教室内
教室は金井がメイド服を着る男子に、メイドエプロンのリボンを結んであげていた。
金井:あとはメイクだけだね。
メイク担当のギャル女子がニタニタ笑いながら手招きしていた。
着付けして貰えた男子は恐る恐るメイク担当の女子に近づいていった。
それを見て笑う金井。
金井:ふふっ。さて、僕のお役目はおしまいだな。
ギャル女子と男子がわちゃわちゃしながらメイクをされている。
金井M:楽しそう…だな
金井は教室の隅の箱に入っている予備の衣装を取り出し、見つめる。
耳元で小沢の声が響く。
小沢:着てみればいいじゃないか。今日、呼び込み係が一人休みなんだよ
金井が振り向くと、執事姿の小沢がいた。軽くメイクしてあり、髪も整えられており、いつもよりキラキラ度がアップしている。
金井は息を呑む。
金井M:かっこいい
金井:ぼ、僕でも、出来るかな
小沢:衣装係勤め上げたんだから、この流れでできるよ。
金井の腕をやや強引に引き、メイク係のギャル女子集団に連れていく。
小沢:金井が宣伝行くから、可愛くしてやって
ギャル女子が金井の顔をじーっと見つめる。
ギャル女子:金井、肌すべすべじゃーん! おら、おもしれ―顔にしてやるから、さっさと着替えて来いよ
ギャル女子は流行を知っている為、コスプレメイクではなく、そのまま街を歩けそうなナチュラルなメイクをした。
ギャル女子:金井、彼女いないなら、あたしなんてどーお?
金井:え? え?
小沢:お前、彼氏いんだろ。金井、宣伝行ってこい
小沢は金井にメイド喫茶の看板を持たせた。
金井M:彼女の言う「おもしれー顔」は「可愛い」と好評で、メイド喫茶は混雑したらしい。そのせいか結局、小沢くんと「青春」は出来なかった。(声裏返りまくったけど、宣伝どうにかなった)
× × ×
時間経過
〇学校・校庭・夜
文化祭が終わり、後片付けを終え、校舎に残っている生徒たち。
皆、現実に戻り、制服に着替えている。
後夜祭は打ち上げ花火で、口々に「楽しみだね~」「ねみ~」など、盛り上がっている。
金井は、クラスメイトと共にいるが、浮かない顔で校舎の壁に寄りかかっている。
金井M:皆と一緒で楽しかったけど、小沢くんと青春したかった。
首を動かし、小沢を探すが、見当たらず、ため息を漏らす金井。
金井:はぁ
テンション上がったクラスメイトに肩を組まれ、ビクつく金井。
モブ男子:金井ぃ、疲れたのか?
金井:う!? うん。凄く盛り上がったよね
金井M:小沢くんだったらよかったのに。やっぱり、彼女とどこかで花火見るのかな
スマホが震え、画面を見れば、小沢からだった。クラスメイトの腕から脱出し、内容を見る。
小沢:『体育館裏まで一人で来て』
金井M:小沢くんじゃなければ恐喝だよ
金井は苦笑いしながら走り出した。
〇学校・体育館裏・夜
体育館や校舎からは明かりが漏れている。
体育館裏は誰もおらず、小沢が一人スマホを眺めていた。小沢の顔あたりが、スマホの明かりでより明るい。
片腕には布に包まれた大きな物を抱えていた。
金井が歩くことで砂利の音が鳴り、小沢は顔を上げる。
金井は胸をドキドキさせていた。
金井:お、ざわくん
小沢はスマホを制服のポケットにしまい、金井をじっと見つめる。咳ばらいをひとつする。
小沢:金井にはちゃんと礼を出来ていなかった。気に入ってもらえるかどうかわからないけど
小沢は巻かれた布をゆっくりと解いていく。そこからは、金井の推しのミハルちゃんに似たドールが出てきた。
突然のことで戸惑う金井。
金井:え? え?
ドールを押し付ける小沢。
小沢:やる。てか、受け取って欲しい。気になるって言ってたよな?
金井はドールを受け取り、小沢を見つめる。
金井:ドールって、高いんじゃ?
小沢:バイトした
金井:バイトしたからって、お礼で「はいあげる」ってあげられるものじゃないよね?
小沢:ボディは家にあった予備。ヘッドは大原から買い取って、メイクも依頼した。あいつはそこそこ有名なメイクディーラーだから。その、メイクはメーカーにも負けないいいものだ。
※メイクディーラー:個人的にドールの顔にメイクをする人。依頼を受けたり、メイクをしたドールの顔を売ったしたりしている。
金井はまじまじとドールの顔を見つめる。美しいメイクに、少しいびつな出来のドール服。
金井:大原さん、すごい
金井は小沢と大原が箱の取り合いをしていた事を思い出す。
金井M:あの箱、確かこれくらいの大きさだったな
小沢は金井から目をそらし、恥ずかしそうに頬をぽりっとかく。
小沢:その、衣装は、俺が縫った……
金井はハッとした表情になる。
金井:えぇと、あの、もしかして、あの料理で指をケガしたっていうのは?
小沢:サプライズしたかったんだよ。金井がドールに興味持ってくれて嬉しかったし、あんな始まりだったのに、俺のこだわりに付き合ってくれてさ。だからさ、作業代以外に何か特別なことをやりたかったんだ。
金井M:嬉しい。僕にここまでしてくれるってことは、小沢くんが本気で恋する子にはダイヤの指輪をあげちゃうんだろうな
金井はドールをぎゅっと抱きしめた。
金井:友達の証としてこんな素晴らしい子を貰えるなんて、僕は嬉しい
小沢:は? 何でお前が友達なんだよ
金井は顔を上げ、はてな? な表情をして、首をかしげる。
金井:え?
小沢:俺は金井と付き合いたい。だから小遣いじゃなくて、バイトして金貯めて……
金井は意味が分からずフリーズする。
金井:小沢くん、彼女いるんじゃなかったの?
小沢:前も言ったが、大原は彼女じゃない
金井:だって、大原さんが恋がどうこう言ってたよ?
小沢は片手で髪をわしゃりと掴み、ため息をつく。
小沢:大原のやつ、余計な事を言って。金井、お前の事だよ。俺はお前と付き合いたい。
金井:友達?
小沢は顔を上げ、真剣な目つきで金井を見つめる。
小沢:恋人! 何度も言わせんな!
金井:僕で、いいの?
小沢:いいから撮影会でキスしたし、撮影会したドールと同じスケールのドールをプレゼントしたんだよ。金井、どっちなんだ? 友達か? 恋人か?
金井:こ、恋人が、いい……っ!
金井は言った事を遅れて理解し、顔をボッと染める。
小沢:よし、デートは何がしたい?
金井M:いきなり!?
金井:え、えと、ドールの撮影会、二人っきりで! あと、ドールイベントにも行ってみたい! それと、それと……
金井は何がしたいか分からなくなり、あたふたし始める。
小沢:思いついたらひとつずつやっていこうぜ。こういうことも
小沢は金井の顎を摘み、唇を重ねた。
金井は目を白黒させつつも、受け入れるのであった。
花火が打ちあがり、爆音と共に空が輝く。
金井M:その後学校でも小沢くんと沢山お話したいから、小沢くんのグループ遊びに行っていい? と聞いてみた。小沢くんはとても嬉しそうに頷いた。
〇学校・教室内
テロップ『翌日』
登校して、クラスメイトに挨拶されれば、おどおどしながら挨拶を返す金井。
席に座り、小沢の登校を待つ。
小沢が登校すると、いつものメンバーが小沢に話しかける。
金井、立ち上がり、カチコチになりながら小沢の席に行く。
小沢を囲う友人がこちらを見つめる。
金井:小沢くん、お、はよう
小沢:はよー
金井、小沢の友人をちらりと見つめ、息を吸う。
金井:小沢くんたち、放課後暇?
小沢:暇すぎる
小沢の友人たちはノリ良く「死ぬほど暇」「予定が昼寝」などと言う
金井:あ、のさ。放課後カラオケ行かない?
小沢:いいけど、「魔法少女ミハル」コラボやってる店舗がいい
金井はぱぁっと顔を輝かせる
金井:隣町にその店舗あったよね! 特典コースター欲しいな、なんて思ってたんだ
小沢の友人の一人が金井に絡む。
小沢友人1:ちょっと、「ミハルちゃん」について語ろうや
小沢友人2:こいつの話長いぞー
金井:沢山聞きたいな!
ふと小沢の視線に気付く金井。小沢は嬉しそうに目を細める。
金井M:これから始まる。「恋」と、みんなで「青春」が
ー完ー
〇高校・教室(休み時間)
自分の席に座る金井。撮影会以降、小沢からの連絡はない。
金井からも特に何か用事があるわけでもないので、連絡もしない。
学校でも相変わらず二人の距離は空いたまま。
目が合えば小沢は笑ってくれる。
金井M:目が合えば笑ってくれる。嫌われていないのはわかる。小沢くんは「学校ではなるべく関わらない」を守ってくれている。せめて友達としてこれから付き合ってくださいって言っておけば良かったのかな。
金井はスマホを取り出し、小沢にメッセージを送ろうとする。「小沢くんと僕は友達?」そう打った所で、金井は消す。
金井M:重たい女みたいじゃん。切り替えよ。それに、僕は小沢くんを独占できる人間じゃない。
スマホを制服のポケットにしまい、頬杖をして外を眺める。
金井M:授業、始まらないかな……って優等生かよ。今までより孤独が辛い……気がする。
窓からはらりと枯れ葉が入ってきて、金井の机に落ちてくる。金井は枯れ葉を窓から捨てて、窓を閉める。
友人と話していた小沢は『便所』と言って教室から出ていく。
小沢の友人たちが噂をしている。
小沢友人1:小沢、最近付き合い悪くね?
小沢友人2:バイト始めたらしいぜ。父親に小遣いを止められたのか?
小沢友人1:まさかぁ。そんな様子なかったじゃねぇか。仕方がない。今日は二人でカラオケでもいくか。お前とじゃ盛り上がりにかけるけどな
小沢友人2:うるせーよ。おまえこそ、アニソンばっか歌いやがって…って放課後、文化祭の事について話し合うとかあったよな?
小沢友人1:あぁ、そうだったな。「どうしても外せない用事がない人は残るように」って言ってたな
小沢友人2:あの実行委員の気合いの入りよう、ちょっと期待しちまうな
小沢が戻ってきて、「何面白い話してたんだよ」と席に座る。
金井は小沢が友人たちの会話に合流したところで、トイレに行こうと席を立つ。
〇高校・廊下
とぼとぼと歩く金井。後ろから大原から声をかけられ、振り向く。大原と一緒に廊下を歩く。相変わらずキラキラ美少女。
大原:金井くん?
金井:大原さんだっけ?
大原:そうでぇいす! 大原さんですよ! 覚えていてくれて嬉しいな!
金井:えぇと、何?
大原:金井くん、最近小沢くんとどうなの? 充実してるぅ?(悪い笑顔をしながらニシシと笑う)
金井:何もないよ
大原は「えっ」と少し驚いたような顔をする。大原は金井から目をそらす
大原:恋は人を不器用にさせるのかしらね(ぼそり)
金井:え?
大原は金井の驚き様に、小沢と金井は進展していないことを察する。
大原:いやいや、こっちの話。
金井M:恋? 小沢くんは誰と恋をしているんだろう?
金井:僕は小沢くんと学校で関わらないって約束してるから
大原:金井くんはそれでいいの?
金井:僕はコミュ障だから、学校で小沢くんのグループに話に行ったらきっとみんなを白けさせてしまう
大原:コミュ障って言う割には私にお悩み相談出来るのね? へーんなの! 私から小沢くんに筒抜けになっちゃうかもしれないことも考えずにお話したの?
金井:は、話の流れで! 大原さんが質問してきたから!
大原:きっかけっていうのはね~、どーでもいい質問でもよかったりするのよ~。
テンション高めな大原、廊下を曲がって行ってしまう。
その背中をじぃっと見つめる金井。
金井M:質問。そう言えば、小沢くんは裁縫の事聞いてくれたな。それに対して僕は、疑問を自分に投げかけて悩んでいるだけだ。
〇学校・教室・放課後
小沢はそそくさと帰ってしまった。
文化祭実行委員の男女が教壇に立っている。
実行委員女子が鼻息荒く机を叩く。
実行委員女子:うちのクラスはメイド喫茶! 少女漫画定番のメイド喫茶! うーっ! 青春!
実行委員男子:うちのクラスメイトの意外な一面が見れちゃうかもね~(ぱちぱちぱち)俺、女子にはミニスカメイド服着て欲しいな
女子達ブーイング。
女子達:セクハラ男、くたばれ!
実行委員女子:男子こそミニスカメイド服着るべきよ!(呼吸荒く)
男子達:他のクラスにドン引きされちまうだろうが!
誰が何を着るのか荒れるクラス。
実行委員女子が手をパンっと叩いて教室を静かにさせる。
実行委員女子:その前に衣装係決めましょう! 手芸出来てセンスある人を何人か。
実行委員女子は金井をちらりと見つめる。
金井は首を傾げる。
モブ1:手芸出来てセンスあるやつ?
モブ2:そんなハイスぺいるかよ
実行委員男子はニヤリと笑う
実行委員男子:小沢から聞いたんだけど、金井くん、とても手先が器用らしいですね
クラスが静まり返り、視線が金井に集中する。金井、固まる。
金井M:小沢くんが、どうして
実行委員男子:「金井は手先が器用なんだ。限られた予算内でいいもの作る。これは俺が保障する」と小沢くんが熱弁してきましてね。いやー、金井くんが「能ある鷹は爪を隠す」タイプだったとは!
実行委員男子はスマホをいじり、クラスのグループのメッセージアプリに、金井が作ったドールの衣装を流す。
クラスメイトは「すごくね?」「こまけー」「ミニチュア?」など肯定的なざわめきが響く。
金井は自分のやったことが否定されずに、慌てふためく。
金井:あ、はわわわっ
実行委員女子:どうかしら? 金井くん?
金井、蛇ににらまれた蛙状態でもう逃げられない。だが、クラスメイトの言葉からは否定の言葉は一つもなかった事に気付く。
金井M:誰も僕の趣味を否定していない?
それが嬉しくて、大きな声で承諾する。
金井:は、はいっ! やりまふっ!
金井M:この後、何人か手芸趣味のクラスメイトが名乗り出て、何故か僕中心に衣装チームが組まれた。
× × ×
フラッシュイメージ
衣装チームには女子三人が加わる。
金井がデザインを書いて、チームの女子に見せてみる。
デザインを描き加えられ、金井は目を輝かせる。
何枚かの衣装デザインが机の上に並べられ、チーム皆で眺める。
金井:百均も利用していこう
女子たち:そうね(こくこく)
勢いよくミシンをかける女子
女子1:おりゃー!(ドドドドド)
とんでもない速さで手縫いをする女子
女子2:……(しゅばばばばっ)
ピンセットでパーツを持ち、レジン作品を作る女子。邪魔をしたら殺されそうな黒いオーラがめらめらと。
女子3:ハァ、ハァ、アァァァァっ!
金井は「怖い」と布を切りながら涙目。
× × ×
時間経過。
〇学校・教室
一体目のトルソーにかかったフリルたっぷりのエプロン。
パニエで膨らませたひざ丈スカート。
頭の部分にはフリルカチューシャが引っかかっている。
首の部分には中央に宝石風のレジンが輝くクロスタイ。
二体目のトルソーにかかったベストと、メイド服と同じく中央に宝石風のレジンが輝くクロスタイ。
クラスメイトはそれぞれのトルソーに注目している。
金井はつっかえつっかえ衣装の説明をする。
顔を赤くしながら、視線を下に向けて。
金井:えと、衣装チームの皆と頑張って衣装が完成しました。エプロンとスカートはフリーサイズなので、男子が着ても大丈夫です。ブラウスは自分のお気に入りの物を持ってきて合わせてみてもいいかも……あ、えと、パニエ履いたら、体育着のハーフパンツとか履かないとパンツ丸見えに、なるから気を付けて。ベストの方は、制服のパンツとシャツと合わせられるようにデザインしてみました。執事です。こっちは男子MからLサイズで作っているので、女子はぶかぶかになっちゃうかも。ごめんなさい……
小沢:別に謝る必要なくね? 予算の範囲内で接客担当みんなで着られるように考えてくれたんだろう? そのネクタイのキラキラとかさ、統一感出てすごくね?
小沢の問いかけに、クラスメイトはこくこく頷く。
金井はその様子にほっとする。
金井:チームで沢山考えたよ。みんな、すごかった。
実行委員男子:みんな、限られた予算のなかでありがとう
衣装チームの女子達がドヤ顔をする
実行委員男子:衣装の件は済んだから、後は各々の仕事頼んだよ。はい、今日は解散
金井M:小沢くんに助けられちゃった。
がやつく教室。「文化祭、一緒に回ろうぜ」など、「先輩のライブ絶対見に行く!」だとか金井の耳に聞こえてくる。
金井M:僕も小沢くんと回りたかったなぁ。きっと彼女と回るんだろうな。大原さんは質問が大事って言ってくれたけど……言うだけならタダだよな。ダメ元、ダメ元。
金井:お、小沢くん
小沢:何?
小沢はじぃっと金井を見つめる。金井は目線をそらす。もじもじしながら、望みを言う。
金井:文化祭、誰かと一緒に回るか決まってる? 決まってなかったら……その一緒に、青春してみたいなーなんて。
小沢は目を見開き、うっと言葉を詰まらせたような顔をする。※誘われて嬉しいだけ
金井は俯く。
金井M:どうやって断ろうか考えているんだな
小沢は金井の肩をがしっと掴む
金井:ひぃっ!
小沢:金井から誘われるなんて俺は夢を見ているのか?
金井:え、と、いいってこと?
小沢:青春しようぜ
金井M:そういえば、どうして指先絆創膏だらけなんだろう?
金井:小沢くん、その指先の絆創膏どうしたの?
小沢はやや棒読みで答えた。
小沢:あ、あ……包丁で指を切っただけだ。はははっ
金井:小沢くんでも失敗することがあるんだね
小沢:猿も木から滑るって奴だ。ははは
〇学校・前(日替わり)
テロップ『文化祭当日』
学校の校門には文化祭の看板。
学生でにぎわっている。
〇同・教室前
メイド喫茶の外装が整えられた教室前。
〇同・教室内
教室は金井がメイド服を着る男子に、メイドエプロンのリボンを結んであげていた。
金井:あとはメイクだけだね。
メイク担当のギャル女子がニタニタ笑いながら手招きしていた。
着付けして貰えた男子は恐る恐るメイク担当の女子に近づいていった。
それを見て笑う金井。
金井:ふふっ。さて、僕のお役目はおしまいだな。
ギャル女子と男子がわちゃわちゃしながらメイクをされている。
金井M:楽しそう…だな
金井は教室の隅の箱に入っている予備の衣装を取り出し、見つめる。
耳元で小沢の声が響く。
小沢:着てみればいいじゃないか。今日、呼び込み係が一人休みなんだよ
金井が振り向くと、執事姿の小沢がいた。軽くメイクしてあり、髪も整えられており、いつもよりキラキラ度がアップしている。
金井は息を呑む。
金井M:かっこいい
金井:ぼ、僕でも、出来るかな
小沢:衣装係勤め上げたんだから、この流れでできるよ。
金井の腕をやや強引に引き、メイク係のギャル女子集団に連れていく。
小沢:金井が宣伝行くから、可愛くしてやって
ギャル女子が金井の顔をじーっと見つめる。
ギャル女子:金井、肌すべすべじゃーん! おら、おもしれ―顔にしてやるから、さっさと着替えて来いよ
ギャル女子は流行を知っている為、コスプレメイクではなく、そのまま街を歩けそうなナチュラルなメイクをした。
ギャル女子:金井、彼女いないなら、あたしなんてどーお?
金井:え? え?
小沢:お前、彼氏いんだろ。金井、宣伝行ってこい
小沢は金井にメイド喫茶の看板を持たせた。
金井M:彼女の言う「おもしれー顔」は「可愛い」と好評で、メイド喫茶は混雑したらしい。そのせいか結局、小沢くんと「青春」は出来なかった。(声裏返りまくったけど、宣伝どうにかなった)
× × ×
時間経過
〇学校・校庭・夜
文化祭が終わり、後片付けを終え、校舎に残っている生徒たち。
皆、現実に戻り、制服に着替えている。
後夜祭は打ち上げ花火で、口々に「楽しみだね~」「ねみ~」など、盛り上がっている。
金井は、クラスメイトと共にいるが、浮かない顔で校舎の壁に寄りかかっている。
金井M:皆と一緒で楽しかったけど、小沢くんと青春したかった。
首を動かし、小沢を探すが、見当たらず、ため息を漏らす金井。
金井:はぁ
テンション上がったクラスメイトに肩を組まれ、ビクつく金井。
モブ男子:金井ぃ、疲れたのか?
金井:う!? うん。凄く盛り上がったよね
金井M:小沢くんだったらよかったのに。やっぱり、彼女とどこかで花火見るのかな
スマホが震え、画面を見れば、小沢からだった。クラスメイトの腕から脱出し、内容を見る。
小沢:『体育館裏まで一人で来て』
金井M:小沢くんじゃなければ恐喝だよ
金井は苦笑いしながら走り出した。
〇学校・体育館裏・夜
体育館や校舎からは明かりが漏れている。
体育館裏は誰もおらず、小沢が一人スマホを眺めていた。小沢の顔あたりが、スマホの明かりでより明るい。
片腕には布に包まれた大きな物を抱えていた。
金井が歩くことで砂利の音が鳴り、小沢は顔を上げる。
金井は胸をドキドキさせていた。
金井:お、ざわくん
小沢はスマホを制服のポケットにしまい、金井をじっと見つめる。咳ばらいをひとつする。
小沢:金井にはちゃんと礼を出来ていなかった。気に入ってもらえるかどうかわからないけど
小沢は巻かれた布をゆっくりと解いていく。そこからは、金井の推しのミハルちゃんに似たドールが出てきた。
突然のことで戸惑う金井。
金井:え? え?
ドールを押し付ける小沢。
小沢:やる。てか、受け取って欲しい。気になるって言ってたよな?
金井はドールを受け取り、小沢を見つめる。
金井:ドールって、高いんじゃ?
小沢:バイトした
金井:バイトしたからって、お礼で「はいあげる」ってあげられるものじゃないよね?
小沢:ボディは家にあった予備。ヘッドは大原から買い取って、メイクも依頼した。あいつはそこそこ有名なメイクディーラーだから。その、メイクはメーカーにも負けないいいものだ。
※メイクディーラー:個人的にドールの顔にメイクをする人。依頼を受けたり、メイクをしたドールの顔を売ったしたりしている。
金井はまじまじとドールの顔を見つめる。美しいメイクに、少しいびつな出来のドール服。
金井:大原さん、すごい
金井は小沢と大原が箱の取り合いをしていた事を思い出す。
金井M:あの箱、確かこれくらいの大きさだったな
小沢は金井から目をそらし、恥ずかしそうに頬をぽりっとかく。
小沢:その、衣装は、俺が縫った……
金井はハッとした表情になる。
金井:えぇと、あの、もしかして、あの料理で指をケガしたっていうのは?
小沢:サプライズしたかったんだよ。金井がドールに興味持ってくれて嬉しかったし、あんな始まりだったのに、俺のこだわりに付き合ってくれてさ。だからさ、作業代以外に何か特別なことをやりたかったんだ。
金井M:嬉しい。僕にここまでしてくれるってことは、小沢くんが本気で恋する子にはダイヤの指輪をあげちゃうんだろうな
金井はドールをぎゅっと抱きしめた。
金井:友達の証としてこんな素晴らしい子を貰えるなんて、僕は嬉しい
小沢:は? 何でお前が友達なんだよ
金井は顔を上げ、はてな? な表情をして、首をかしげる。
金井:え?
小沢:俺は金井と付き合いたい。だから小遣いじゃなくて、バイトして金貯めて……
金井は意味が分からずフリーズする。
金井:小沢くん、彼女いるんじゃなかったの?
小沢:前も言ったが、大原は彼女じゃない
金井:だって、大原さんが恋がどうこう言ってたよ?
小沢は片手で髪をわしゃりと掴み、ため息をつく。
小沢:大原のやつ、余計な事を言って。金井、お前の事だよ。俺はお前と付き合いたい。
金井:友達?
小沢は顔を上げ、真剣な目つきで金井を見つめる。
小沢:恋人! 何度も言わせんな!
金井:僕で、いいの?
小沢:いいから撮影会でキスしたし、撮影会したドールと同じスケールのドールをプレゼントしたんだよ。金井、どっちなんだ? 友達か? 恋人か?
金井:こ、恋人が、いい……っ!
金井は言った事を遅れて理解し、顔をボッと染める。
小沢:よし、デートは何がしたい?
金井M:いきなり!?
金井:え、えと、ドールの撮影会、二人っきりで! あと、ドールイベントにも行ってみたい! それと、それと……
金井は何がしたいか分からなくなり、あたふたし始める。
小沢:思いついたらひとつずつやっていこうぜ。こういうことも
小沢は金井の顎を摘み、唇を重ねた。
金井は目を白黒させつつも、受け入れるのであった。
花火が打ちあがり、爆音と共に空が輝く。
金井M:その後学校でも小沢くんと沢山お話したいから、小沢くんのグループ遊びに行っていい? と聞いてみた。小沢くんはとても嬉しそうに頷いた。
〇学校・教室内
テロップ『翌日』
登校して、クラスメイトに挨拶されれば、おどおどしながら挨拶を返す金井。
席に座り、小沢の登校を待つ。
小沢が登校すると、いつものメンバーが小沢に話しかける。
金井、立ち上がり、カチコチになりながら小沢の席に行く。
小沢を囲う友人がこちらを見つめる。
金井:小沢くん、お、はよう
小沢:はよー
金井、小沢の友人をちらりと見つめ、息を吸う。
金井:小沢くんたち、放課後暇?
小沢:暇すぎる
小沢の友人たちはノリ良く「死ぬほど暇」「予定が昼寝」などと言う
金井:あ、のさ。放課後カラオケ行かない?
小沢:いいけど、「魔法少女ミハル」コラボやってる店舗がいい
金井はぱぁっと顔を輝かせる
金井:隣町にその店舗あったよね! 特典コースター欲しいな、なんて思ってたんだ
小沢の友人の一人が金井に絡む。
小沢友人1:ちょっと、「ミハルちゃん」について語ろうや
小沢友人2:こいつの話長いぞー
金井:沢山聞きたいな!
ふと小沢の視線に気付く金井。小沢は嬉しそうに目を細める。
金井M:これから始まる。「恋」と、みんなで「青春」が
ー完ー



