陰キャ脅さレイヤー、陽キャドールオーナーに恋をする

五話
〇撮影スタジオ・表
雑居ビルの扉の前
看板に「スタジオラビット」と共にうさぎのシルエットが描いてある。
小沢も金井もキャリーケースを転がしてきた。
金井は憧れだった初めてのスタジオ撮影でドキドキで、背筋がピンと伸びたまま、看板を凝視している。金井にとっては看板が輝いて見える。
興奮で胸を高鳴らせる金井。

金井M:二人きりでスタジオ撮影会とか、レアなのでは!? 二人でおしゃべりしながら絶対楽しい一日になるぞ!
小沢がインターフォンを押すと、「はい」と管理人の返事がある。
小沢は愛想よく管理人に挨拶をする。
小沢:今日予約しました小沢です。

× × ×
時間経過

〇撮影スタジオ・更衣室
女優ライトつきの鏡、広いテーブル、明るくシンプルな部屋。
小沢はキャリーの持ち手を握ったまま撮影ブースの方角を指さした。

小沢:じゃ、俺はあっちで準備しているから(着替え見られるのいやだろ?)
金井:い、いやじゃないし! 教室で体育着に着替えるのと変わらないし、それに、小沢くんがドールの準備している所も見てみたい!
小沢:クッション材を外していくだけだぞ。そんなに面白いものでもなさそうだけど
金井M:友達みたいに一緒にいたいとか、女々しくて言えるわけないじゃん。
金井:ドール服作るの楽しかったし、もうちょっと知りたいとか好奇心とか
金井M:ドールに興味持ったってのも嘘じゃないし。って僕、何でこんなに必死になってるの?

小沢はキャリーを開けながら、はにかんだ。

小沢:ドール沼へようこそ、なんてな

金井が作った軍服を着たドールがキャリーから出てくる。
顔には半球で透明のカバーがかけられており、顔に傷が着かない様になっている。
手にはそれぞれ、プチプチが巻かれ、マスキングテープでしっかりと固定されている。
以前マネキン用にドールを借りた時にも見た光景だ。
しかし、以前とは違い、何故か小沢のことが気になり、じぃっと見つめる。ひとつひとつの動きを記憶に留める様に。
小沢は愛おしそうにドールからクッション材を外していき、ウィッグをドールに被せる。
ウィッグ用のスプレーを歯ブラシにスプレーし、ウィッグを整える。
※歯ブラシ:ドールの髪を整える際に使用する

そんな小沢の姿を眺め、金井が妄想をふくらませる

ほわんほわんほわん

× × ×
フラッシュイメージ

ドールの着替えをしていた小沢。
そんなドールに自分を置き換えて妄想する金井。
小沢が、金井のコスプレを手伝ってくれる。
コスプレをした金井を小沢がウィッグ用のブラシでウィッグを整えてくれる。
そんな小沢にドギマギする金井。

小沢:ウィッグ乱れてるぞ
金井:ありがと……

金井M:僕もあんなふうに小沢くんに手伝ってもらっちゃったりして…

× × ×

金井は自身の頬をばちんと叩く。

金井M:一体何を考えているんだ僕は! 小沢くんのドールのコスプレをしたいのか!?
小沢:どうした?

金井は誤魔化すように、キョロキョロとあたりを見渡し、エアコンのリモコンを手に取る。
金井:あ、この部屋暑いね! エアコンのリモコンどっこかなー? 温度下げてもいい?
小沢:お、うん

金井は着てきたシャツに手をかけ、ボタンを外し始める。インナーシャツに手をかけ、胸元がみえかけた時、小沢は頬を染め、さっと目をそらす。
金井:僕も、小沢くんが満足出来るような写真撮れるように頑張って変身するからね!

小沢は肩から一眼レフとサコッシュをかけ、ドールをお姫様抱っこし、逃げるように更衣室から出ていく。

小沢:ブースとか、小道具とか見てくる。着替え、焦らなくていいからな。何なら今日は延長可能だって管理人さんも言ってたし。
金井:? はーい

× × ×
時間経過

〇撮影スタジオ・撮影ブース・宇宙船内風
無機質な白い廊下に窓が並ぶ。
金井は、黒い学ラン風のジャケットとパンツに銀色の縁取りが映え、ショートマントを羽織った軍服を着ている。頭には金髪ショートカットのウィッグ、ワックスで毛先を遊ばせている。目元はつけまつげバッチリな美少年である。
キラキラオーラが漂う。
小沢に全身舐められるように見られ、金井は小沢を見ることが出来ずもじっと軍服の裾を握る。

金井M:自信満々に「変身する!」なんて言っちゃったけど、解釈違いだったかな……

勇気を出し、小沢をちらっと見る。

金井:ど、どうか、な?(そわそわ)

小沢は片手で、頭を抱え、俯いている。

小沢:うう、ぅ
金井M:小沢くん、当日のお楽しみだからって宅コス写真見ないって言ってたけど、強引に写真送り付けちゃえばよかったかな。解釈違いだったら、あの時ならまだ直せたし。
※宅コス:自宅でするコスプレのこと

小沢は勢いよく顔を上げ、いつもとは違う笑い方をする。体をプルプルと震わせ、感極まったような。(〇〇尊い! みたいな推しを眺める感じの)
金井は胸を撫でおろし、安堵からため息と笑顔をこぼす。

小沢:本物だ、本物のノア整備兵の式典バージョンがいる!
金井M:よ、かったー!

小沢はドールを窓枠に座らせ、金井の周りをひゅんひゅん回り、衣装の出来映えをチェック。胸元の勲章を指差す。
小沢は上気した顔を近づけてくる。

小沢:これ、作り直したのか?

金井は小沢の距離の近さに驚き、一歩引く。※金井は不快ではない

金井:うん。勲章だし、もっと特別感を出したかったから、上からレジンを塗って光沢を出してみた。余計なこと、だったかな?

× × ×
フラッシュイメージ

スパナを持った、汚れたツナギを着た少年。身だしなみを気にしていない様子で、髪はボサついており、目つきが鋭い。

王冠と豪華なマントを身に着けた王様と、式典服を着て跪く美少年。

金井M:ノア整備兵の式典バージョン。普段は油汚れの汚いつなぎを着て、顔を汚し、黙々と主人公搭乗機の整備をする、職人気質な寡黙な少年兵である。コミュ強の主人公にもツンツンしているが、色々あって自国の王様を助けることになる。身だしなみを整えたら美少年! 更にデレて、男女問わずノア整備兵のファンが増えたという伝説の回である。
その回の象徴であるピカピカの勲章を作り直してみた次第なのだ。

× × ×

金井は衣装の裾をめくり、ズボンのウエストに着けていたドールサイズの勲章を外して小沢に渡す。星型の勲章の中央にストーンが光る。


金井:ドール用にも作り直してみたよ

小沢は勲章をつまみ、まじまじと見つめ、呟く。
小沢:綺麗だ。追加の材料代はいくら?

金井は頭をぶんぶんと振る。

金井:いらない! 僕が勝手にやったことだし、家にあった材料使ったからタダみたいなものだし! 褒めてもらえたのが一番の報酬だよ!

小沢は窓枠に座らせたドールに新しく勲章をつけ直し、金井に抱っこさせる。

金井:写真映えしそうでよかった! モデルがないから手探りでさ。メモ残しておいてよかったよ!

小沢はドールに語りかける。

小沢:よかったな。褒めてもらえたぞ。

※小沢はドールと会話するタイプのドールオーナーです。ドールは家族、友達扱い。

金井は自分が作ったものが褒められて嬉しい筈なのに、胸がもやっとする。

金井M:スタジオなんて初めてだから、ブースのカッコよさに興奮とか、綺麗に撮れればいいなとかの不安とか、うん、そうだ。きっと僕は緊張しているんだ。
金井:小沢くん、時間が余ったら自撮りとかしてもいいかな?

小沢は一眼レフを構えてドヤ顔をする。

小沢:別に自撮りなんてしなくても、俺が撮ってやるよ!(俺のポンタックスが火を噴くぜ!)
金井:わぁ! 嬉しいな! 後でデータ欲しい!
小沢:勿論
金井M:やっぱり僕は緊張していたんだ。だって小沢くんの言葉一つで不安がなくなったもの。

小沢は金井が抱っこするドールをいじり、撮影開始。

小沢:金井はドールをこう抱えて……
金井:うん
小沢:ノアのデレ顔期待してるからな!
金井:が、がんばる(鼻息ふんす)
小沢:じゃ、全身から。ツン顔で。次はアップで。

ドールと窓から外を見る。
ドールをスタンドで立たせて、一緒に敬礼。
ドールと金井が顔を見合わせ、視線を合わせる。
小沢が次々とポーズを指定していく。
小沢はサコッシュに手を突っ込み、ごそごそと漁る。
小沢:次は小道具を使って撮影しよう

サコッシュから、ドールサイズのスパナと人間サイズのスパナが出てくる。
小沢はドールにひっつき虫を使ってドールにスパナを握らせ、金井にもスパナを握らせる。
※ひっつき虫 壁を傷つけないようにポスターを貼ることが出来る練りけしみたいなもの
金井はミニチュアサイズのスパナと、小沢の器用なドールのポージング技術に釘付けだ。

金井:え、すごい。ドールサイズのスパナなんてあるんだ?

小沢はドールのポージングを終わらせると、何歩か離れてカメラを構え、シャッターを切る。金井はシャッターの合間に小沢との会話をする。

小沢:ドールイベントでディーラーさんや、ドールメーカーが作っていたりする。
金井:ディーラーさんって?
小沢:金井は同人誌イベントに行ったことは?
金井:あるよ
小沢:ディーラーは同人サークルみたいなものだ。
金井:へぇ、じゃあドール用のお洋服やアクセサリー作る作家さんひっくるめてディーラーさんって言うんだ。
小沢:そう。前もさらっと話したけど、オリジナルのドレスを縫う人がいれば、作品が好きすぎてわざわざ版権に許可取って売っている人もいる。メジャーな作品好きな人はサイズさえ合えば、公式が出してくれたり、ディーラーさんから買えばいいからいいよな
金井:コスプレ界隈もそれは似たようなことあるあるだよ。マイナー作品だから、一緒にコスプレしてくれる人がいないって嘆くレイヤーさんがいるんだよね。
小沢:本当、脅して悪かったな。こういう理由でディーラーさんにお願いもできないし、ジャンル違いの趣味の人ならって思って。
金井:なるほど。普通に頼んでくれれば僕だって話くらい聞いたよ。
小沢:ドール界隈は実はレイヤー上がりがそこそこいる。だから、知り合いに頼んでみたが、みんな口を揃えて言う。「うちのこかわいくするのが最優先!」って。まぁわかるよ
金井:あぁ、コスプレ界隈も似たようなことあるよ。自分の推しの為に技術を磨いたんだって。だから他人の衣装を作っている暇なんてない! みたいな。
金井M:もっともっと小沢くんと話がしたい!

× × ×
時間経過

小沢、少し考え始める。
小沢:持ってきた小道具だとネタ切れだ。小道具借りてくる

小沢はどこかに行ってしまう。

金井はドールの背中が壁になるように座らせる。
金井はごろんと横になり、天井のライトを見つめ、口角を上げる。

金井M:誰かと時間を共有するってこんなに、体が熱くなるんだ。

横になったまま深呼吸をする。

金井M:胸もなんだかぽかぽかする

金井が胸を撫でていると、小沢が顔を覗き込んできた。

小沢:体調悪い? 少し休憩するか?

金井は目を見開き、驚きでがばっと起き上がり、首をぶんぶん横に振る。

金井:全然! 元気元気!

金井は小沢が持って来た箱を見る。
蓋には「小道具はご自由にお使いいただけます。使い終わったらお戻しください」と書いてある。
小沢は箱を床に置き、胡坐をかく。金井もつられて座る。

小沢:色々見繕って来た。
金井:何だろう(わくわく)

小沢は蓋を開ける。
中身は花札、けん玉、コマ、茶道具、煙管、着物の羽織りなど、和風な小道具が入っている。

金井:確かここって和室あったよね? そこで撮らないの?
小沢:あえて未来的なここで撮るのがいいんだろ
金井:そういえば、ノアと和室ってなにかエピソードあったっけ?
小沢:ノアは日系人だっただろう?
金井:あ、名前にスメラギって入ってたね! そうか、捏造とかifとかそういう撮影したいんだね?

※捏造コスプレ:原作にない衣装や、絶対にしないであろう事をさせたりする。ネタ写真
のようなもの。

小沢:折角来たんだ。俺は徹底的に楽しみたい。金井は原作にない事をするのは嫌い?
金井:キャラクターからかけ離れすぎないことなら全然、寧ろ妄想がはかどるよ! 二次創作ってやつ!
小沢:それならよかった

小沢は座った金井に羽織を肩からかける。煙管を渡され、受け取る金井。
小沢はカメラを構える。

小沢:何かこう、いい感じにポーズしてみて

金井は煙管を眺めると、口元に近づけ、流し目をしてみる。

小沢:うん。いいね。可愛い。次は、そうだな…小道具を金井のセンスで使ってみて。

金井は改めて箱を覗き込む。
コマと紐を持って、「どうするんだこれ」のような眉間に皺を寄せた表情の撮影。
ドールは金井の膝に乗せて。

小沢はカメラの画面で、画像を確認し始める。
金井はどんな写真が撮れたのか気になり、それを覗き込む。

金井M:僕、写真でも楽しそうに写ってる!
小沢:金井、ドールと一緒に上を向いて横になって

金井は小沢の言われた通りにする。
小沢は花札を雑に配置して、金井に彼岸花の造花を持たせる。
小沢は金井の真上からシャッターを切る。
レンズが近づいてきて、金井はドキドキ。

金井M:ち、近い。そんなアップで撮って、衣装映らないんじゃ

小沢はカメラを床の上に置き、スマホを取り出す。
小沢の顔が近づいてきて、金井は目を見開く。
小沢は金井に軽くキスをする。金井は、目を見開いたまま固まる。
小沢はスマホでカシャカシャと撮る。
金井は我に帰ると、声を絞り出す。

金井:え? えっ?
金井M:一体何が起こった?

小沢は金井にまたがったまま、舌なめずりをして、スマホの画面を見たまま満足そうに笑う。金井は未だ驚きの表情から戻れない。

金井:あ、あ、捏造コス?
小沢:推しの喜怒哀楽を見たいとは思わないのか?
金井:わ、わかるけど、や、やり方!
小沢:色気がある驚いた顔しろって言われたら出来るか? 俺は出来ないね。
金井M:これが、コミュ強者のやり方。心臓爆発しそう
小沢:……少し休憩するか

〇撮影スタジオ・更衣室
女優鏡に折り畳み椅子がある。
二人はそこに座る。
金井はペットボトルのお茶を一気飲み。
小沢は一眼レフの画面を見て満足そう。

金井M:小沢くんはここに戻ってくる前に、色んなブースで僕をソロで撮ってくれた。撮るたびに、綺麗だ、可愛い。とか言ってくれて。レイヤーとしてこんなに嬉しいことはない。一生に一度の体験だろうな。

小沢:まだ一時間あるな。他に撮りたいブースはある?
金井:ううん。もう満足。後はお互い自由時間?
小沢:そうだな。金井は着替えの時間も考えて。延長したいなら今言ってくれれば。

金井はキャリーから自撮り棒を取り出し、スマホをセットする。
金井:そこまでしてもらわなくても大丈夫!

〇撮影スタジオ・撮影ブース・お花畑
背景が色とりどりの花で埋め尽くされている。
金井は一枚自分を撮ってみる。スマホの画面を見れば、コスプレした金井と美しい花が写っている。
金井M:何か物足りない?

〇撮影スタジオ・撮影ブース・洋室
金井は小沢が撮影しているブースをそっと眺めている。
洋書が詰まった本棚、黒いレザーが美しく、装飾が金色で豪華なソファ、窓にはレースのカーテンがかかっており、優しい光が洋室に美しい光と影を作っている。
小沢は、ドールを本棚に座らせて写真を撮っている。
ドールも小沢と二人きりで嬉しそう。
金井は小沢とドールの空間に入っては行けない気持ちになる。

小沢:本当にお前は可愛いな
金井M:これ、じゃましちゃいけないやつだ

次は小沢はドールをレースのカーテンの側に立たせて、サコッシュからミニチュアの花束を取り出し、ドールに持たせて撮影する
小沢はうつ伏せになり、一眼レフのレンズをドールに向けている。
金井の目には、涙。

金井M:こっちを見て欲しい。ドールじゃなくて、僕を見て欲しい。

金井は小沢とドールの関係を見ていられずに、ブースを後にした。

〇撮影スタジオ・更衣室
着替え終え、メイクも落とした金井は、更衣室の鏡の前で暗い表情をしている。
椅子にもたれ掛かり、うつむく。
更衣室の時計の音がチクタクとやたらうるさい。

金井M:小沢くんが戻ってくるまで、笑えるようにならなきゃ

金井は顔を上げて笑うが、ひきつった笑顔しか出来ない。不自然だ。
またうつむき、考え込む。

金井M:大原さんと小沢くんが恋人じゃなくて安心した。
なんで?
小沢くんとドールがずっと一緒にいられる関係だと思うと胸が苦しい
なんで?
間に入れない。
あぁ、そうだ。僕は
僕は
小沢くんのことが好きなんだ。
嫌われたくないから、洋室で声をかけることが出来なかったんだ。
だけど、友達としてなら?

小沢に肩を叩かれ、金井は顔を上げる。
鏡に小沢と金井が写る。
小沢は眉を下げ、心配そうな顔をしている。

小沢:疲れた?
金井M:笑え、笑え
金井:うん、憧れのスタジオで撮影できたから、興奮して疲れたよ。今夜はぐっすり眠れそう!
小沢:それなら良かった。さて、俺も帰る準備するから。

× × ×
時間経過

二つ並ぶキャリー。笑う小沢。私服の金井。
小沢:そういえば、金井を襲った変質者は逮捕されたそうだぞ。良かったな。

小沢はポケットからスマホを取り出し、動画のサムネイルを見せる。削除されるところまで見せつけられる。
金井は固まる。

小沢:約束のデータは消した。悪かったな。
金井M:そうだった。このつながりがなくなったら、もう僕たちは関係ないんだ。

金井は小沢にキスされたことを思い出しながら、泣かないように唇を噛み締めた。