四話
〇金井の部屋
金井の部屋のトルソーに黒い軍服がかかっている。
金井はそれをじぃっと見つめる。

金井M:あの後、お互い時間を見つけて衣装を完成させた。それから小沢くんからお誘いはない。メッセージのやりとりも少なくなった気がする。

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フラッシュイメージ

ウェーブがかかったショートカットのウィッグを被った球体関節人形。小沢が抱きかかえている。
金井のトルソーにかかった軍服と同じ黒い軍服を着ている。

金井M:小沢くんがトルソーとして貸してくれたドールはもういない。ちょっと寂しいかも。(存在感あったし)

× × ×

〇高校・教室(夏休み明け)
授業中の金井、物思いに耽ったように頬杖をつく。金井の席は窓際である。

金井M:衣装づくり終わったから、もう遊びに行く理由も来てもらう理由もない?

ばこんっ! 金井の頭に衝撃が走る。金井は頭を押さえる。周囲からは小さな笑い声と視線。

金井:いたた

視線を上げると教科書を持った担任だった。

担任:秋はそういう気分になるのもわかるが、ちゃんと話を聞けよ~。現国の教科書、30ページから、よしと言うまで読め~

金井:……はい

金井は立ち上がって、やや猫背気味で音読を始める。
金井M:小沢くんのせいだ。こんな気持ちになってしまうのも。あ、でも、撮影が終わったら例の動画消してくれるのか。嬉しいと残念が交互に来るこの気持ちって何だよ。意味わかんないよ。

✕ ✕ ✕
時間経過。

金井は音読から解放されて、教科書をぼんやり眺めている。
担任の授業の声が聞こえてくるが、集中できない。
むしろ、クーラーの音の方が大きく聞こえるくらいだ。
前の方にいる小沢の背中をちらっと見つめたり。

担任:と、いうわけだ。この場面の主人公はどういう理由でこういう行動に移った? 佐藤、答えてみろ。

金井は佐藤を見ていない。
佐藤:恋に理由なんかあるか!
担任:言いたいことはわかるが、真面目に答えろ!

クラスに笑いが響く。金井ははっとした表情をする。

金井M:理由、理由、そうだ、会うための理由見つければいいの? 何で会いたいの? 楽しいから? あ、そうだ。アレを聞かなきゃ。

◯高校・廊下
お昼の話題や、午後の授業の愚痴などで学生たちはうるさい。
弁当が入った保冷バッグを持って、金井はその合間を縫って小沢を追いかけていた。

金井M:こんなとき、自分の身長の低さが憎らしくなる。大声で小沢くんを呼べない自分も情けない。折角小沢くん一人なのに。

◯教室(金井の回想)
小沢の机の周囲に集まる男子数人

小沢友人1:昼飯買いに行こうぜ
小沢:わりぃ、今日は一人で食うわ
小沢友人2:知ってる。彼女と食うんだろ?
小沢:ちげーよ。ついてきたら殺すからな!

小沢、立ち上がり教室から出ていこうとする。
小沢友人は手を振って見送る。

小沢友人1:はいはい、いってらっしゃーい!

◯高校・廊下
小沢、空き教室に入っていく。

金井M:今日は本当に一人で食べるんだ。じゃ、さっさとお話済ませて

〇高校・空き教室
金井、空き教室の扉を開く。
使われていない机や椅子が並べられていて、「廃棄」などの札が貼られたものもある。
小沢と女子生徒(大原美優)がじゃれあっている。
大原が、箱を片手に小沢の手を逃れようとしている。
しかし、本気で嫌がっていそうにない。
大原は、華奢で黒髪が綺麗な女子。じゃれて笑う表情はまるで少女漫画のヒロインのよう。

大原:やだもー! 強引なんだから!

金井は、大原、小沢と次々目を合わせる。
金井、目を泳がせる。

金井:あ、あ、ごめ……失礼しました。

金井、扉を乱暴に閉める。

金井M:あの、手芸屋であった。彼女、やっぱりいたんだ!

◯高校・廊下
お昼休みが始まったばかりのため、学食に行く者や購買に行く者でまだ廊下はざわついている。
走り出して逃げたいが、周囲が邪魔でうまくいかない。早歩きで、屋上に行こうとする。

金井M:彼女くらいいるだろ。小沢くんだもの。現実のリア充は刺激が強すぎる。美人カップルとか…こういう時、僕はクラスの底辺だと思い知らされる。

急に腕を引っ張られ、金井は肩をびくつかせる。

小沢:ちょっと待て

金井が振り向くと小沢が焦った表情をしていた。その後を大原が遅れてやってきた。
大原は腰を曲げ、膝を押さえて肩で息をしている。
金井はつっかつっかえ謝罪する。

金井:か、のじょとの時間、邪魔して、ごめ……
小沢:違う。こいつとは絶対違う。
大原:こいつって言い方ないでしょ! 大原様っていいなさい!
金井:へっ?
小沢:こいつは俺の趣味仲間だ。つまり、ドール仲間。
大原:はい、そうです! 私が趣味仲間なんですっ。ちなみに、小沢はイベント会場ではドールを差し置いてモテモテなもんだから、彼女設定ですっ!
小沢:余計な事言うな、馬鹿ッ
大原:はぁ!? 人に物を頼んでおいてバカっていう!? サイテー!

大原は、正方形の箱をちらちらと小沢に見せつける。
小沢は、「うっ」と言い「あとは頼んだ」と言う。

大原:せっかちは嫌われちゃうぞ~。じゃあねん

大原は美しい顔をニタリと歪ませて、踵を返した。
金井と小沢は大原の背中を見送る。

金井M:なんだか二人が恋人同士じゃなくてほっとした。いやいや、そもそもどうしてほっとするんだ?
小沢:昼飯一緒に食わないか?
金井:う、うん
小沢:購買行ってくるから、いつもの場所で待っていて。
金井:うん……

〇高校・屋上の入口の扉前
金井は弁当箱をつつき、卵焼きを頬張る。
小沢は焼きそばパンを頬張る。

小沢:金井、何か用事があって俺の後着いてきたんだろ?

金井は弁当箱を床の上に置いたランチョンマットの上に置き、スマホを取り出して、画像を見せる。

金井:あ、うん。えぇと、ウィッグの色どっちがいいかなって話と、撮影会いつになるのかなって。

小沢は金井のスマホの画面を見つめて、こっちと指差す。

金井:次の休みに買いに行ってくるね。そしてウィッグセットして。あ、小沢くんのドールのウィッグもセットしようか?
小沢:ウィッグは用意してあるからいい
金井:そっか
金井M:一緒に買いに行くとか言ってくれない
小沢:で、撮影会の件だけど色々スタジオ探してた。俺の予算の範囲内で、貸し切りできる所。

小沢は焼きそばパンを口に頬張り、ペットボトルの紅茶で流し込む。

スマホを取り出し、スタジオのホームページを見せる。

金井:わ、ここのスタジオ知ってる! お洒落で有名なところ! 憧れてたんだ
小沢:そりゃ良かったな。で、ここに入れたいんだけど、バイトのシフトはどうだ? ウィッグのセットは間に合うか?
金井:うん。大丈夫

小沢はスマホを操作し、金井に【ご予約ありがとうございます】のページを見せてきた。

小沢:後は確定メール来るだけだ。
金井:楽しみだなぁ
小沢:俺もだ。完成したドール服を見るたびにワクワクが止まらない。

金井は途中だった弁当を手に取り、箸を握る。

金井:僕もスタジオで撮影なんて初めてだから興奮で暫く眠れなさそうだよ

小沢、金井の弁当箱をじっと見つめる。

小沢:その卵焼きうまそうだな。お母さんの手作り?
金井:今日はたまたま早く目が覚めちゃったから、卵焼きだけ作ってみた……食べる?

小沢は口を開ける。
金井はまだ食べていない卵焼きを小沢の口に放り込む。
金井は不安そうに、小沢が咀嚼するのを見つめる。

小沢:うまい。卵焼き、甘い派なんだな
金井:うん。小沢くんは?
小沢:気分による
金井M:まずいとか言われなくて良かった。

金井、残りの弁当を食べ始め、ふと箸を止めて頭を横にぶんぶんとふる。

金井M:これは、関節キスじゃないか! って一体何を考えているんだ!
小沢:どうした?
金井:ちょっと耳元に虫が……

小沢は自身の目元を触る。

小沢:そう言えば、クマが出来ているな。大丈夫なのか?
金井:うん。大丈夫
小沢:化粧のノリとかあるだろうから、当日までに体調整えておけよ。
金井:うん
金井M:やっぱりわからない。この言語化出来ない気持ちって何だろう。もやもや? そわそわ? 大原さんも彼女じゃなくて良かった。小沢くんに脅されたあの日から、胸の中で嵐が吹いているみたいだ。

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フラッシュイメージ

人形が沢山並べられたドールイベント会場。
小沢と大原が仲睦まじく歩く様子を想像する。

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金井胸がちくちくと痛み始める。
うつむいたまま考えすぎて食欲をなくし、弁当を片付ける。

金井:ごちそうさまでした。

小沢は金井に開封済みのグミを差し出す。パッケージにはハートの形と葡萄味と書いてある。

金井:え?

金井はおずおずと受け取る。

小沢:開封済で悪いけど、これなら腹減った時にこっそり食えるだろ?
金井:ありがとう……

金井はじっとグミのパッケージを見つめる。
小沢は心配するような、不安そうな顔で金井を見つめるのだった。

金井M:小沢くんと買い物に行けないなら、意味がない気がする。ウィッグは通販で買うことにした。