三話
〇大手手芸屋入口
そこそこ高いビル。手芸屋の看板の「ヨシダヤ」が輝く。
入口の隅っこに、金井は立っている。自動ドアを通る人の邪魔にならないため。
セミがじんじんと鳴いている。
金井の目の前を歩いていく人はハンディファン、ネッククーラー、日傘のどれかを装備している率が高い。
額から汗を流す金井。ペットボトルのスポーツドリンクを一気飲み。金井は暑さでバテて猫背気味。
被って来たキャップをうちわ代わりにして仰ぐ。
そよそよ~と風が吹き、Tシャツが軽く揺れる。
金井:あつい……小沢くん、まだかな。
スマホを確認する金井。
ピコっとスマホをタップして、『到着しました』のスタンプを送信する。
そこに小沢の声がかかる。
小沢の声「待たせたな」
ハッとして顔を上げる金井。
キラキラとイケメンオーラを振りまきながら、金井の元にやってくる小沢。
〇大手手芸屋店内
店内に足を踏み入れた瞬間、宝石箱をひっくり返したような、キラキラした素敵な世界が広がっている。
ガラスケースに、レジンの作品例が展示されていたり、無属性ぬいぐるみの作品例が展示されていたり、『レジンコーナーは2階へ!』などポップが飾られている。
金井は大好きな場所で幸せそうににっこり笑う。
金井:相変わらずここは天国だぁ
金井M:今日は小沢くんと、衣装用の材料を買いに来たのだ。
小沢は物珍しそうにあたりを見渡し、フロアマップを見つめる。
小沢:こんなにでかい手芸屋ってあるんだな
小沢は金井の方を見つめ、無邪気に笑う
小沢:今日はよろしくな。師匠っ
腰に手をあて、えへんとわざとらしく師匠らしさを出す金井。
金井:う、うむっ、任せるのだ
小沢は体をプルプル震わせながら笑う。
小沢:っ……っふ。お前、ノリがいいところがあるんだな。
金井、いばりくさったポーズのまま、恥ずかしさで頬を染めて固まる。
一通り笑った小沢が、金井の肩をぽんと叩く。
小沢:固まってないで、いこうぜ
小沢の微笑みが綺麗で胸を鳴らす。
金井M:ドキッてなんだよ。ドキって。だけど、脅された時のドキドキと違う?
小沢:さて、どのフロアから行く?
金井:あ、うん。ドールコーナーかなぁ?
◯手芸屋・ドールコーナー
休日なだけに、女性客ばかりで賑わっている。
小さなボタン、細いリボンやレース、細かい柄の布や、ドール服関連の書籍が並んでいる。
金井は買い物かごを腕にかけ、臆することなく商品を見に行く。
スマホに保存してある公式資料や、写真に撮った手書きのメモを確認する。
金井は小沢の顔を見る。
金井:小沢くん、覚悟はいい?
小沢:お、おう
ドールコーナーをぐるりと回る金井。小沢はついていく。
金井は小さなボタンをじーっと見つめ、二種類、小沢に突きつける。
金井:ボタンはこれ、いや、こっちの色がいいかな?
小沢、金井が選んだボタンをじっと見つめる。
小沢:…金井先生的にはどう思う?
金井:こっちの渋めのゴールドがいいかな。あの軍服ってクラシカルなデザインだし。
小沢:確かに、じゃ、それで
金井:よし。あ、あとこれも必要だね
金井がほつれ止めをカゴに入れた時、小沢は質問する。
小沢:これ、何? 液体のり?
金井:あぁ、これはほつれ止めって言って、切った布がほつれないようにするものなんだ。人間用の服ならミシンでジグザグ縫いするけど、ドールは小さいからほつれ止めの方がクオリティ上がるかなって。
小沢:へぇ、いや、金井は本当に凄いな。
金井M:よーし、もっと小沢くんに楽しんで貰おう!
勢いよく商品を選んでは、「これでいい?」「どっちがいい?」と小沢に語りかけていく。
× × ×
時間経過。
金井、ふと商品である鉗子を手に取る。
※ハサミの形をしたクリップ
金井M:人間サイズだと、これは使わないしなぁ
金井:小沢く……
鉗子を片手に振り向くと、小沢が同じくらいの歳の女子と話をしていた。※後日登場する大原
女子と目が合い、微笑みかけられる。
金井はどう反応すればいいかわからず、さっと目をそらす。
その上、小沢が楽しそうに話しているから、声をかけづらい。商品を見るふりをする。
金井は少し寂しそうな顔をする。
金井M:お友達かな……
背後で、女子の少し怒ったような「もー!」という声と、小沢の「また今度な」という会話が聞こえる。
金井はそっと振り向くと、女子はもういなかった。
小沢:あぁ悪い。ちょっと知り合いに会って。
金井:そうなんだ
ほっとする金井。
もやっとした気持ちがなくなり、理由がわからずに首を傾げる。
金井M:何でほっとしてるの?
金井:あ、あぁ、あのさ、小沢くんの鉗子って借りること出来る? ちょっと調べたら、ドールのメンテナンスやパーツを取り替えたりする時に使うって書いてあったからさ。
小沢:服作りの何に使うんだ?
金井:縫ったお洋服をひっくり返すときだよ。人間サイズだと、腕を入れられるけど、ドールサイズはそうはいかないからね。
× × ×
フラッシュイメージ
人間サイズだと、洋服を手でひっくり返す。
ドールサイズだと、鉗子で挟んで洋服をひっくり返す。
ジャケットを使った二つの比較。
× × ×
小沢:あぁ、言われてみれば確かにそうだ。今度お前の家に遊びに行くときに持っていくから。
金井:えっ?
小沢:んっ?
金井:何で?
小沢:俺は不器用だけど、手伝いくらい出来るだろう? 針に糸を通したりとか。それとも、家の事情か何かでお邪魔したらダメなのか?
金井M:小沢くんが針に糸通しだって? レアかも!
金井は目を輝かせる
金井:う、ううん! 問題ないよ! 母さんも僕に友達が出来たって喜んでくれる! 晩御飯も食べていってよ! 母さんのオムライス美味しいんだよ!
小沢:そうか。絶対遊びに行かなきゃな。で、買うものはそれだけでいいのか?
金井:あ、生地も買わなきゃ!
金井、店内を見渡し
金井:あっち!
◯手芸屋・生地コーナー
地上に虹が現れたかのごとく、レインボーでキラキラしたイメージ。布がきっちり並んでいる。
小沢:これは、圧巻
金井、すたすたと歩き始める。
金井:理想の生地が見つかるといいな。アニメを見る限り、光沢がある感じの生地がいいかな。とりあえず、一通り見てみよう
小沢:学校と違って、本当によく喋るな
金井、少し不安そうな表情で小沢を見つめる。
金井:あ、うざい……? あまり他人と趣味の話をしないからつい
小沢:好きなこと喋るお前はいい顔してる。男にこういうこと言うとあれだけど、可愛いと思う。
小沢、目をそらして頬をぽりっとかく。頬は赤く、ちょっと照れくさそう。
金井:可愛い
金井、宇宙猫のような表情。
金井M:かわいい、KAWAII、CUTE?
小沢は布をまじまじと見つめる。
小沢:可愛いやつをいじめるなんて見る目ないよな
金井、ぼっと顔が赤くなる。布を触る小沢の横顔をじぃっと見つめる。
金井M:こういうことさらって言うんだから、カーストトップも当然だよなぁ
小沢はぼーっとする金井の視線に気付き、顔の目の前で手のひらをふりふり。
小沢:おーい。布、選ばないのか?
金井:え、選ぶよ!
× × ×
時間経過
小沢は生地を抱えながら見比べる。
小沢:同じ色なのに、どうして種類違うものを選ぶんだ?
金井:生地の厚さが違うんだ。こっちは人間用、こっちはドール用
小沢、生地を摘まんでみる
小沢:こっちがドール用? ぺらぺらだな
金井:人間とドールはスケールが違うから、生地の厚さも考えないと、こう皺の出方とか。あとあまり関係ないかもしれないけど、ドールには単関節と二重関節ってのがあるんだよね? こう、直角までしか関節が動かないのと、沢山曲がるやつ。生地で関節にも影響するんじゃないかなって。
× × ×
フラッシュイメージ
ドールの肘の角度
90度と肩にくっつくくらい曲げているイメージ。
× × ×
小沢は目をまんまるにして驚いた様子。
小沢:すげぇ調べてある
金井、努力が報われ、でれっと笑う。
金井:やるからには綺麗なもの作りたいし
金井はちらっと小沢を見つめる。(ボディ貸してくれないかな)
金井:レイヤーって、好きじゃない作品のコスプレやらない人が多いよ? 愛も知識もないコスプレやって何が楽しいんだよって人。だから、ドールの事も調べたの。本当はボディあれば一番作りやすいんだけどね。
小沢:わかる気がする。俺も流行っているからってこのドールをお迎えするとか言う奴はあまり好きじゃない。あ、ボディ余っているから、今度鉗子と一緒に持っていくよ
金井:え? いいの?
小沢:コスプレだって衣装作るとき、トルソー? マネキン? 必要なんだろ? だったらドール服作りだってそれがあってもおかしくない。いや、うっかりだ。
金井:僕も型紙借りることができたから、うっかりだったよ。ボディがあったらバランスとか見れるよね。ありがとう。さて、材料は揃ったから会計しよう!
小沢:おう
金井、レジで小沢の財布の中身が見えてしまい、お札の多さに肩をびくっとさせる。
〇金井の家・玄関
ナレーション:一週間後
金井母、キャーと黄色い声を上げる。
金井母:小沢くん、いらっしゃい! あら~! はるくんが言ってた通りの美形だわ! ゆっくりしていってね!
金井、母親を肘で小突く
金井:ちょ、母さん! やめてよ
金井母:いいものはいいのだよ!
小沢、口に手を当ててぷぷっと笑う。
金井:ほら、笑われちゃったじゃないか! 小沢くん、上がって上がって! あ、飲み物とお菓子持ってきてよね!
金井母:はいは~い。あ、もしよければ晩御飯食べて行ってね!
小沢、オシャレな花のロゴがついた紙袋を差し出す。金井母それを受け取る。
小沢:ありがとうございます。あ、よかったらこれ。俺の今推しのお菓子です。
金井母:んもう! 子供はそこまで気を使わなくていいの! でもありがとね。
金井母、ご機嫌に退場。嵐が去った雰囲気。
金井:ごめんね、煩くて。ここに同級生連れてくるの初めてだからさ。
小沢、靴を揃えながらぽつりと言う。金井からは小沢の背中しか見えない。
小沢:同級生、じゃなくて友達って言わないんだな
金井M:友達でいいの?
金井、気持ちをぐっと押し込める。
〇金井の部屋
ロフトベッドの下の段にはミシンが設置されてある。
部屋のスミにはトルソーが置いてあり、ワンピースがかかっている。
本棚の本はきっちり整頓されている。
中央には絨毯の上におかれたローテーブルがある。
金井:好きなところに座って。
小沢はローテーブルを見つめると、肩に背負っていた大きなバッグをそっと下ろし、絨毯の上にあぐらをかいた。
金井は小沢が背負って来た黒くて大きなカバンに注目する。
金井:小沢くん、そのカバンにドールのボディが入っているの?
小沢:そうだ
小沢はカバンを開けると、手にはプチプチが巻かれ、顔には透明なカバーがかけられたドールが出てきた。
金井:わぁ、お顔がついてる! 可愛いね! この子、本当に借りていいの? ボディだけの約束だったよね?
小沢:お前になら顔がついた状態でも預けていいって思っただけだ。
金井:確かにお顔あったほうが、完成したときの喜びも大きいね!
金井は小沢が俯いてしまい、表情が読み取れない。
小沢が黙ってしまったことに不安な表情をする。
※ドールは顔が命なので、顔つきのドールを渡したのは信じている、好意がある証。
小沢:……
金井:小沢くん?
小沢は金井の不安そうな表情を見て、はっとした表情になり、カバンを漁り、鉗子を取り出す。
小沢:鉗子ってこれでいいんだろ?
金井はそれを受け取り、試しにちょきちょきと動かしてみる。そして、満面の笑みをこぼす。
釣られて小沢も笑う。
金井:ありがとう! これで作業がしやすくなるよ!
金井M:良かった、怒ったわけじゃないんだね
小沢:で、俺は何をすればいい?
金井:んー。そうだな
金井が考えているうちに、扉のノック音。
扉を開けると、金井の母親がお盆に飲み物とお菓子を乗せて来た。
そして、金井はお盆を受け取る。
飲み物はアイスティー、お菓子は小沢が持ってきたブランドのカステラと、家にあるお客様用のチョコや煎餅。
金井:ありがとう。母さん。
金井母:どういたしまして。じゃ、ゆっくりしていってね
扉を閉めた金井母の鼻歌が聞こえてくる。
金井と小沢は顔を見合わせ、くすくすと笑う。
金井:まずは頭を使う前のもぐもぐタイムにしようか! このカステラ、小沢くんが持ってきてくれたお菓子だよね? 嬉しいなぁ。ところで、こういうときって乾杯するの?
小沢:しておくか
小沢はアイスティーが注がれたグラスを持ち上げる。
金井もそれに習って持ち上げる。
そして、2つのグラスをぶつける。
小沢:乾杯
金井:か、乾杯
☓ ☓ ☓
時間経過
金井は、両手を折り曲げ、頑張るぞのポーズをする。
金井:糖分補給も終わったし、頑張るぞ! で、小沢くんにやって欲しいことはね
金井は蓋にドラゴンのプリントがされた裁縫セットを棚から取り出した後、既に切ってある布も一緒に取り出す。
広げると、ドールサイズの服のパーツで、チャコペンで縫うところに印がついている。
そして、金井は印に指さしながら指示を出す。
金井:ゆっくりでいいから仮縫いして欲しいな。後でその上をミシンで縫っていくから。(裁縫セット、僕の使ってね)
小沢:金井はその間何をするんだ?
金井はビニール袋から、布を取り出す。それを広げると、人間サイズだった。
金井:僕はこっちの仮縫いするんだ。
小沢:(うぉっ)肩凝りそうだ
金井:うん。ばっきばきに肩やられる。
金井は真顔をしながら、裁縫セットから針を取り出し、手際よく糸を通す。
小沢はもたもたと上手くいかないことに金井は気付く。
小沢のイケメン顔が崩れ、とんでもない顔になっている。
金井M:小沢くん、すごい顔。でも、一生懸命だから、笑っちゃいけないし
金井は針を布に刺し、考え始める。
金井M:あ、交換してあげよう
金井は、糸が通った針を渡した。
金井:僕ね、小沢くんが使っている針の方が使いやすいんだ。緊張してるから間違えちゃった。
小沢は糸が通った針を渡され、金井に糸が通っていない針を渡す。
その違いを見つけるかのように、糸が通った針を見つめ、金井が糸を通す様子を見つめるが、金井は小沢を見ない。※嘘がバレたら嫌だから。
小沢:そんな針一本で違うのか?
金井:ぜーんぜん違うよ
金井はそのまま小沢を見ずに、仮縫いをする。
小沢も金井の動きを真似するように、手を動かした。
小沢は指先に針を刺してしまう。ズブっと派手な音が立つ。
小沢:いでっ!
金井:(うぁぁ)絆創膏、絆創膏!
☓ ☓ ☓
時間経過
小沢はドール服のパーツを持ったままぐったりとしてしまう。
※あしたのジョー2のラスト。燃え尽きたぜ、のシーンイメージ
手は絆創膏だらけで、ドール服はぐちゃぐちゃ。
小沢M:燃え尽きたぜ、真っ白にな……
一方金井はものすごい集中力でチクチクと仮縫いをしている。
それをじぃっと見つめる小沢。
小沢:おぉ(すげぇ集中力)
小沢はスマホを見つめ、作業開始から一時間もたっていないことに気づき、驚愕。
小沢:マジかよ
金井は顔を上げ、小沢の手元を見る。
金井:人間サイズのほうがやりやすかったかなぁ。ごめんね
小沢は大きくため息をつく。
小沢:金井は悪くない。むしろ手間を増やしてしまって悪いって思ってる。俺が不器用なのは知っていたけど、やっぱり気持ちだけじゃどうにもならないな。
金井:僕もね、誰かと楽しい時間共有したいとか、そういうことを思っているけど、上手くいかないんだよね。気持ちばっかり強くて空回りしちゃう。
小沢:いつかうまく行く日がくるよ。人間なんざ何億人いると思っているんだ。
金井:…そうだね。うまくいく日がくるといいね。
小沢は軽くため息をつき、金井は肩を落とす。
なんとなくしんみりした雰囲気になってしまい、小沢は空気を変えようとする。
小沢:肩こらないか? もんでやるよ!
金井は手を止め、きょとんとした表情をする。
小沢:俺、父さんに肩もみ上手いなって誉められるんだ! ダチにもやったことないからレアだぜ? 手先を動かす系は無理だと悟った。だから他にもしてほしいことがあったら言ってくれ。
金井は小沢の意外な言葉にカチコチになる。
金井:お、恐れ多い!(ひぃぃぃ)
小沢は金井の背後に座り、肩を触る。肩からミシッと音がする。
小沢:その作りかけの衣装を置け。言うこと聞かないと、痛い目見るぞ。
金井M:痛い目!? 痛い目って何!?
☓ ☓ ☓
フラッシュイメージ
小沢にプロレスの関節技をかけられ、悲鳴を上げる金井。
小沢:オラオラぁ!
金井:ぎゃぁぁぁぁぁあ!
☓ ☓ ☓
金井は糸を切り、針をピンクッションに刺す。縫いかけの衣装はテーブルの上に畳む。
それを見届けた小沢。手は変わらず金井の肩の上。
小沢:いくぞっ
金井:ぎゃっ! ふぁぁぁぁぁあ(きもちいい)
小沢:妙な声出すなよ。(誤解されたらどうするんだよ)
金井はっとなり、口で手を押さえる。頬がちょっと赤い
金井:ごめんなひゃい
小沢は指先で金井の肩を揉む。
小沢:大分凝ってますねお客さん~。運動しなきゃ駄目ですよ~。
金井:運動音痴なもので
☓ ☓ ☓
時間経過。
金井はまた針を持ち直し、今度はドール服の仮縫いを始めた。
一方小沢は楽しそうに身振り手振りおしゃべりをし始めるが、金井は小沢を見る余裕がない。
金井M:肩を揉んでもらった後、僕は小沢くんの推し作品トークをBGMに衣装を作った。流石に一日じゃ完成はしなかったけど、後はミシンをかけるだけになった。
☓ ☓ ☓
時間経過。
〇金井の家・玄関
小沢は金井の母親に頭を下げる。
小沢:晩御飯ごちそうさまでした。とても美味しかったです。
金井母、頬を両手で包み、上機嫌。
金井母:嬉しいわぁ。うふふ。またいつでも遊びにいらっしゃいな。
小沢は玄関のドアを開ける。空は真っ暗で、星がきらめいていた。
小沢は振り向き、金井に視線を合わせると。
小沢:またな
金井:う、うん!
扉が閉まり数秒後。
※金井は急に寂しくなって追いかけたくなる
金井:母さん! 小沢くんを駅まで送ってくる!
金井母:行ってらっしゃい(青春ね~)
〇外・夜
住宅街。人はまばら。
金井は靴を履き、外へ飛び出す。小沢の背中を見つけると、真っ先に走り出す。
金井:お、小沢、くん!
小沢は振り向き、驚いたような表情をする。
小沢:俺、忘れ物でもしてた?
金井は息を切らし、ようやく言葉を発する。
金井:夜も遅いし、え、駅まで送るよ!
小沢:お、さんきゅ
金井M:折角追いかけたのに、何も言葉が出なかった。小沢くんのトークに相槌しか打てなかった。
小沢は空を見上げる。
小沢:星、綺麗だなぁ。星座をモチーフにしたアニメ、昔あったよな。
金井:う、うん
金井は走り終えて時間が経っているはずなのに、まだ胸がドキドキしている。自身の胸に軽く触れる。
金井M:運動音痴もここまでくると凄いな。
小沢のスマホが鳴り、電話に出る。
小沢:何だよ
小沢の電話の相手は女性のようだ。微かに声が聞こえてくる。小沢はとても楽しそうに笑っている。
小沢:その件はまた今度な。お互い時間を作ってゆっくり話し合おうぜ。じゃ、またな。
小沢電話を切る。
※小沢のドール仲間、大原登場の伏線。
〇駅の改札
人通りはまばら。カードをタッチして改札を通り、小沢は振り向く。
小沢の表情は電話がかかってきてから、更に上機嫌に見える。
ニカっと笑い、手を上げる小沢。
小沢:送ってくれてさんきゅな
金井は控えめに手を振り返した。
金井:う、うん!
小沢の背中を見送る。金井は不安げな顔をする。
金井M:さっきの電話、何だったんだろう。今日は随分心臓が忙しいな。
〇大手手芸屋入口
そこそこ高いビル。手芸屋の看板の「ヨシダヤ」が輝く。
入口の隅っこに、金井は立っている。自動ドアを通る人の邪魔にならないため。
セミがじんじんと鳴いている。
金井の目の前を歩いていく人はハンディファン、ネッククーラー、日傘のどれかを装備している率が高い。
額から汗を流す金井。ペットボトルのスポーツドリンクを一気飲み。金井は暑さでバテて猫背気味。
被って来たキャップをうちわ代わりにして仰ぐ。
そよそよ~と風が吹き、Tシャツが軽く揺れる。
金井:あつい……小沢くん、まだかな。
スマホを確認する金井。
ピコっとスマホをタップして、『到着しました』のスタンプを送信する。
そこに小沢の声がかかる。
小沢の声「待たせたな」
ハッとして顔を上げる金井。
キラキラとイケメンオーラを振りまきながら、金井の元にやってくる小沢。
〇大手手芸屋店内
店内に足を踏み入れた瞬間、宝石箱をひっくり返したような、キラキラした素敵な世界が広がっている。
ガラスケースに、レジンの作品例が展示されていたり、無属性ぬいぐるみの作品例が展示されていたり、『レジンコーナーは2階へ!』などポップが飾られている。
金井は大好きな場所で幸せそうににっこり笑う。
金井:相変わらずここは天国だぁ
金井M:今日は小沢くんと、衣装用の材料を買いに来たのだ。
小沢は物珍しそうにあたりを見渡し、フロアマップを見つめる。
小沢:こんなにでかい手芸屋ってあるんだな
小沢は金井の方を見つめ、無邪気に笑う
小沢:今日はよろしくな。師匠っ
腰に手をあて、えへんとわざとらしく師匠らしさを出す金井。
金井:う、うむっ、任せるのだ
小沢は体をプルプル震わせながら笑う。
小沢:っ……っふ。お前、ノリがいいところがあるんだな。
金井、いばりくさったポーズのまま、恥ずかしさで頬を染めて固まる。
一通り笑った小沢が、金井の肩をぽんと叩く。
小沢:固まってないで、いこうぜ
小沢の微笑みが綺麗で胸を鳴らす。
金井M:ドキッてなんだよ。ドキって。だけど、脅された時のドキドキと違う?
小沢:さて、どのフロアから行く?
金井:あ、うん。ドールコーナーかなぁ?
◯手芸屋・ドールコーナー
休日なだけに、女性客ばかりで賑わっている。
小さなボタン、細いリボンやレース、細かい柄の布や、ドール服関連の書籍が並んでいる。
金井は買い物かごを腕にかけ、臆することなく商品を見に行く。
スマホに保存してある公式資料や、写真に撮った手書きのメモを確認する。
金井は小沢の顔を見る。
金井:小沢くん、覚悟はいい?
小沢:お、おう
ドールコーナーをぐるりと回る金井。小沢はついていく。
金井は小さなボタンをじーっと見つめ、二種類、小沢に突きつける。
金井:ボタンはこれ、いや、こっちの色がいいかな?
小沢、金井が選んだボタンをじっと見つめる。
小沢:…金井先生的にはどう思う?
金井:こっちの渋めのゴールドがいいかな。あの軍服ってクラシカルなデザインだし。
小沢:確かに、じゃ、それで
金井:よし。あ、あとこれも必要だね
金井がほつれ止めをカゴに入れた時、小沢は質問する。
小沢:これ、何? 液体のり?
金井:あぁ、これはほつれ止めって言って、切った布がほつれないようにするものなんだ。人間用の服ならミシンでジグザグ縫いするけど、ドールは小さいからほつれ止めの方がクオリティ上がるかなって。
小沢:へぇ、いや、金井は本当に凄いな。
金井M:よーし、もっと小沢くんに楽しんで貰おう!
勢いよく商品を選んでは、「これでいい?」「どっちがいい?」と小沢に語りかけていく。
× × ×
時間経過。
金井、ふと商品である鉗子を手に取る。
※ハサミの形をしたクリップ
金井M:人間サイズだと、これは使わないしなぁ
金井:小沢く……
鉗子を片手に振り向くと、小沢が同じくらいの歳の女子と話をしていた。※後日登場する大原
女子と目が合い、微笑みかけられる。
金井はどう反応すればいいかわからず、さっと目をそらす。
その上、小沢が楽しそうに話しているから、声をかけづらい。商品を見るふりをする。
金井は少し寂しそうな顔をする。
金井M:お友達かな……
背後で、女子の少し怒ったような「もー!」という声と、小沢の「また今度な」という会話が聞こえる。
金井はそっと振り向くと、女子はもういなかった。
小沢:あぁ悪い。ちょっと知り合いに会って。
金井:そうなんだ
ほっとする金井。
もやっとした気持ちがなくなり、理由がわからずに首を傾げる。
金井M:何でほっとしてるの?
金井:あ、あぁ、あのさ、小沢くんの鉗子って借りること出来る? ちょっと調べたら、ドールのメンテナンスやパーツを取り替えたりする時に使うって書いてあったからさ。
小沢:服作りの何に使うんだ?
金井:縫ったお洋服をひっくり返すときだよ。人間サイズだと、腕を入れられるけど、ドールサイズはそうはいかないからね。
× × ×
フラッシュイメージ
人間サイズだと、洋服を手でひっくり返す。
ドールサイズだと、鉗子で挟んで洋服をひっくり返す。
ジャケットを使った二つの比較。
× × ×
小沢:あぁ、言われてみれば確かにそうだ。今度お前の家に遊びに行くときに持っていくから。
金井:えっ?
小沢:んっ?
金井:何で?
小沢:俺は不器用だけど、手伝いくらい出来るだろう? 針に糸を通したりとか。それとも、家の事情か何かでお邪魔したらダメなのか?
金井M:小沢くんが針に糸通しだって? レアかも!
金井は目を輝かせる
金井:う、ううん! 問題ないよ! 母さんも僕に友達が出来たって喜んでくれる! 晩御飯も食べていってよ! 母さんのオムライス美味しいんだよ!
小沢:そうか。絶対遊びに行かなきゃな。で、買うものはそれだけでいいのか?
金井:あ、生地も買わなきゃ!
金井、店内を見渡し
金井:あっち!
◯手芸屋・生地コーナー
地上に虹が現れたかのごとく、レインボーでキラキラしたイメージ。布がきっちり並んでいる。
小沢:これは、圧巻
金井、すたすたと歩き始める。
金井:理想の生地が見つかるといいな。アニメを見る限り、光沢がある感じの生地がいいかな。とりあえず、一通り見てみよう
小沢:学校と違って、本当によく喋るな
金井、少し不安そうな表情で小沢を見つめる。
金井:あ、うざい……? あまり他人と趣味の話をしないからつい
小沢:好きなこと喋るお前はいい顔してる。男にこういうこと言うとあれだけど、可愛いと思う。
小沢、目をそらして頬をぽりっとかく。頬は赤く、ちょっと照れくさそう。
金井:可愛い
金井、宇宙猫のような表情。
金井M:かわいい、KAWAII、CUTE?
小沢は布をまじまじと見つめる。
小沢:可愛いやつをいじめるなんて見る目ないよな
金井、ぼっと顔が赤くなる。布を触る小沢の横顔をじぃっと見つめる。
金井M:こういうことさらって言うんだから、カーストトップも当然だよなぁ
小沢はぼーっとする金井の視線に気付き、顔の目の前で手のひらをふりふり。
小沢:おーい。布、選ばないのか?
金井:え、選ぶよ!
× × ×
時間経過
小沢は生地を抱えながら見比べる。
小沢:同じ色なのに、どうして種類違うものを選ぶんだ?
金井:生地の厚さが違うんだ。こっちは人間用、こっちはドール用
小沢、生地を摘まんでみる
小沢:こっちがドール用? ぺらぺらだな
金井:人間とドールはスケールが違うから、生地の厚さも考えないと、こう皺の出方とか。あとあまり関係ないかもしれないけど、ドールには単関節と二重関節ってのがあるんだよね? こう、直角までしか関節が動かないのと、沢山曲がるやつ。生地で関節にも影響するんじゃないかなって。
× × ×
フラッシュイメージ
ドールの肘の角度
90度と肩にくっつくくらい曲げているイメージ。
× × ×
小沢は目をまんまるにして驚いた様子。
小沢:すげぇ調べてある
金井、努力が報われ、でれっと笑う。
金井:やるからには綺麗なもの作りたいし
金井はちらっと小沢を見つめる。(ボディ貸してくれないかな)
金井:レイヤーって、好きじゃない作品のコスプレやらない人が多いよ? 愛も知識もないコスプレやって何が楽しいんだよって人。だから、ドールの事も調べたの。本当はボディあれば一番作りやすいんだけどね。
小沢:わかる気がする。俺も流行っているからってこのドールをお迎えするとか言う奴はあまり好きじゃない。あ、ボディ余っているから、今度鉗子と一緒に持っていくよ
金井:え? いいの?
小沢:コスプレだって衣装作るとき、トルソー? マネキン? 必要なんだろ? だったらドール服作りだってそれがあってもおかしくない。いや、うっかりだ。
金井:僕も型紙借りることができたから、うっかりだったよ。ボディがあったらバランスとか見れるよね。ありがとう。さて、材料は揃ったから会計しよう!
小沢:おう
金井、レジで小沢の財布の中身が見えてしまい、お札の多さに肩をびくっとさせる。
〇金井の家・玄関
ナレーション:一週間後
金井母、キャーと黄色い声を上げる。
金井母:小沢くん、いらっしゃい! あら~! はるくんが言ってた通りの美形だわ! ゆっくりしていってね!
金井、母親を肘で小突く
金井:ちょ、母さん! やめてよ
金井母:いいものはいいのだよ!
小沢、口に手を当ててぷぷっと笑う。
金井:ほら、笑われちゃったじゃないか! 小沢くん、上がって上がって! あ、飲み物とお菓子持ってきてよね!
金井母:はいは~い。あ、もしよければ晩御飯食べて行ってね!
小沢、オシャレな花のロゴがついた紙袋を差し出す。金井母それを受け取る。
小沢:ありがとうございます。あ、よかったらこれ。俺の今推しのお菓子です。
金井母:んもう! 子供はそこまで気を使わなくていいの! でもありがとね。
金井母、ご機嫌に退場。嵐が去った雰囲気。
金井:ごめんね、煩くて。ここに同級生連れてくるの初めてだからさ。
小沢、靴を揃えながらぽつりと言う。金井からは小沢の背中しか見えない。
小沢:同級生、じゃなくて友達って言わないんだな
金井M:友達でいいの?
金井、気持ちをぐっと押し込める。
〇金井の部屋
ロフトベッドの下の段にはミシンが設置されてある。
部屋のスミにはトルソーが置いてあり、ワンピースがかかっている。
本棚の本はきっちり整頓されている。
中央には絨毯の上におかれたローテーブルがある。
金井:好きなところに座って。
小沢はローテーブルを見つめると、肩に背負っていた大きなバッグをそっと下ろし、絨毯の上にあぐらをかいた。
金井は小沢が背負って来た黒くて大きなカバンに注目する。
金井:小沢くん、そのカバンにドールのボディが入っているの?
小沢:そうだ
小沢はカバンを開けると、手にはプチプチが巻かれ、顔には透明なカバーがかけられたドールが出てきた。
金井:わぁ、お顔がついてる! 可愛いね! この子、本当に借りていいの? ボディだけの約束だったよね?
小沢:お前になら顔がついた状態でも預けていいって思っただけだ。
金井:確かにお顔あったほうが、完成したときの喜びも大きいね!
金井は小沢が俯いてしまい、表情が読み取れない。
小沢が黙ってしまったことに不安な表情をする。
※ドールは顔が命なので、顔つきのドールを渡したのは信じている、好意がある証。
小沢:……
金井:小沢くん?
小沢は金井の不安そうな表情を見て、はっとした表情になり、カバンを漁り、鉗子を取り出す。
小沢:鉗子ってこれでいいんだろ?
金井はそれを受け取り、試しにちょきちょきと動かしてみる。そして、満面の笑みをこぼす。
釣られて小沢も笑う。
金井:ありがとう! これで作業がしやすくなるよ!
金井M:良かった、怒ったわけじゃないんだね
小沢:で、俺は何をすればいい?
金井:んー。そうだな
金井が考えているうちに、扉のノック音。
扉を開けると、金井の母親がお盆に飲み物とお菓子を乗せて来た。
そして、金井はお盆を受け取る。
飲み物はアイスティー、お菓子は小沢が持ってきたブランドのカステラと、家にあるお客様用のチョコや煎餅。
金井:ありがとう。母さん。
金井母:どういたしまして。じゃ、ゆっくりしていってね
扉を閉めた金井母の鼻歌が聞こえてくる。
金井と小沢は顔を見合わせ、くすくすと笑う。
金井:まずは頭を使う前のもぐもぐタイムにしようか! このカステラ、小沢くんが持ってきてくれたお菓子だよね? 嬉しいなぁ。ところで、こういうときって乾杯するの?
小沢:しておくか
小沢はアイスティーが注がれたグラスを持ち上げる。
金井もそれに習って持ち上げる。
そして、2つのグラスをぶつける。
小沢:乾杯
金井:か、乾杯
☓ ☓ ☓
時間経過
金井は、両手を折り曲げ、頑張るぞのポーズをする。
金井:糖分補給も終わったし、頑張るぞ! で、小沢くんにやって欲しいことはね
金井は蓋にドラゴンのプリントがされた裁縫セットを棚から取り出した後、既に切ってある布も一緒に取り出す。
広げると、ドールサイズの服のパーツで、チャコペンで縫うところに印がついている。
そして、金井は印に指さしながら指示を出す。
金井:ゆっくりでいいから仮縫いして欲しいな。後でその上をミシンで縫っていくから。(裁縫セット、僕の使ってね)
小沢:金井はその間何をするんだ?
金井はビニール袋から、布を取り出す。それを広げると、人間サイズだった。
金井:僕はこっちの仮縫いするんだ。
小沢:(うぉっ)肩凝りそうだ
金井:うん。ばっきばきに肩やられる。
金井は真顔をしながら、裁縫セットから針を取り出し、手際よく糸を通す。
小沢はもたもたと上手くいかないことに金井は気付く。
小沢のイケメン顔が崩れ、とんでもない顔になっている。
金井M:小沢くん、すごい顔。でも、一生懸命だから、笑っちゃいけないし
金井は針を布に刺し、考え始める。
金井M:あ、交換してあげよう
金井は、糸が通った針を渡した。
金井:僕ね、小沢くんが使っている針の方が使いやすいんだ。緊張してるから間違えちゃった。
小沢は糸が通った針を渡され、金井に糸が通っていない針を渡す。
その違いを見つけるかのように、糸が通った針を見つめ、金井が糸を通す様子を見つめるが、金井は小沢を見ない。※嘘がバレたら嫌だから。
小沢:そんな針一本で違うのか?
金井:ぜーんぜん違うよ
金井はそのまま小沢を見ずに、仮縫いをする。
小沢も金井の動きを真似するように、手を動かした。
小沢は指先に針を刺してしまう。ズブっと派手な音が立つ。
小沢:いでっ!
金井:(うぁぁ)絆創膏、絆創膏!
☓ ☓ ☓
時間経過
小沢はドール服のパーツを持ったままぐったりとしてしまう。
※あしたのジョー2のラスト。燃え尽きたぜ、のシーンイメージ
手は絆創膏だらけで、ドール服はぐちゃぐちゃ。
小沢M:燃え尽きたぜ、真っ白にな……
一方金井はものすごい集中力でチクチクと仮縫いをしている。
それをじぃっと見つめる小沢。
小沢:おぉ(すげぇ集中力)
小沢はスマホを見つめ、作業開始から一時間もたっていないことに気づき、驚愕。
小沢:マジかよ
金井は顔を上げ、小沢の手元を見る。
金井:人間サイズのほうがやりやすかったかなぁ。ごめんね
小沢は大きくため息をつく。
小沢:金井は悪くない。むしろ手間を増やしてしまって悪いって思ってる。俺が不器用なのは知っていたけど、やっぱり気持ちだけじゃどうにもならないな。
金井:僕もね、誰かと楽しい時間共有したいとか、そういうことを思っているけど、上手くいかないんだよね。気持ちばっかり強くて空回りしちゃう。
小沢:いつかうまく行く日がくるよ。人間なんざ何億人いると思っているんだ。
金井:…そうだね。うまくいく日がくるといいね。
小沢は軽くため息をつき、金井は肩を落とす。
なんとなくしんみりした雰囲気になってしまい、小沢は空気を変えようとする。
小沢:肩こらないか? もんでやるよ!
金井は手を止め、きょとんとした表情をする。
小沢:俺、父さんに肩もみ上手いなって誉められるんだ! ダチにもやったことないからレアだぜ? 手先を動かす系は無理だと悟った。だから他にもしてほしいことがあったら言ってくれ。
金井は小沢の意外な言葉にカチコチになる。
金井:お、恐れ多い!(ひぃぃぃ)
小沢は金井の背後に座り、肩を触る。肩からミシッと音がする。
小沢:その作りかけの衣装を置け。言うこと聞かないと、痛い目見るぞ。
金井M:痛い目!? 痛い目って何!?
☓ ☓ ☓
フラッシュイメージ
小沢にプロレスの関節技をかけられ、悲鳴を上げる金井。
小沢:オラオラぁ!
金井:ぎゃぁぁぁぁぁあ!
☓ ☓ ☓
金井は糸を切り、針をピンクッションに刺す。縫いかけの衣装はテーブルの上に畳む。
それを見届けた小沢。手は変わらず金井の肩の上。
小沢:いくぞっ
金井:ぎゃっ! ふぁぁぁぁぁあ(きもちいい)
小沢:妙な声出すなよ。(誤解されたらどうするんだよ)
金井はっとなり、口で手を押さえる。頬がちょっと赤い
金井:ごめんなひゃい
小沢は指先で金井の肩を揉む。
小沢:大分凝ってますねお客さん~。運動しなきゃ駄目ですよ~。
金井:運動音痴なもので
☓ ☓ ☓
時間経過。
金井はまた針を持ち直し、今度はドール服の仮縫いを始めた。
一方小沢は楽しそうに身振り手振りおしゃべりをし始めるが、金井は小沢を見る余裕がない。
金井M:肩を揉んでもらった後、僕は小沢くんの推し作品トークをBGMに衣装を作った。流石に一日じゃ完成はしなかったけど、後はミシンをかけるだけになった。
☓ ☓ ☓
時間経過。
〇金井の家・玄関
小沢は金井の母親に頭を下げる。
小沢:晩御飯ごちそうさまでした。とても美味しかったです。
金井母、頬を両手で包み、上機嫌。
金井母:嬉しいわぁ。うふふ。またいつでも遊びにいらっしゃいな。
小沢は玄関のドアを開ける。空は真っ暗で、星がきらめいていた。
小沢は振り向き、金井に視線を合わせると。
小沢:またな
金井:う、うん!
扉が閉まり数秒後。
※金井は急に寂しくなって追いかけたくなる
金井:母さん! 小沢くんを駅まで送ってくる!
金井母:行ってらっしゃい(青春ね~)
〇外・夜
住宅街。人はまばら。
金井は靴を履き、外へ飛び出す。小沢の背中を見つけると、真っ先に走り出す。
金井:お、小沢、くん!
小沢は振り向き、驚いたような表情をする。
小沢:俺、忘れ物でもしてた?
金井は息を切らし、ようやく言葉を発する。
金井:夜も遅いし、え、駅まで送るよ!
小沢:お、さんきゅ
金井M:折角追いかけたのに、何も言葉が出なかった。小沢くんのトークに相槌しか打てなかった。
小沢は空を見上げる。
小沢:星、綺麗だなぁ。星座をモチーフにしたアニメ、昔あったよな。
金井:う、うん
金井は走り終えて時間が経っているはずなのに、まだ胸がドキドキしている。自身の胸に軽く触れる。
金井M:運動音痴もここまでくると凄いな。
小沢のスマホが鳴り、電話に出る。
小沢:何だよ
小沢の電話の相手は女性のようだ。微かに声が聞こえてくる。小沢はとても楽しそうに笑っている。
小沢:その件はまた今度な。お互い時間を作ってゆっくり話し合おうぜ。じゃ、またな。
小沢電話を切る。
※小沢のドール仲間、大原登場の伏線。
〇駅の改札
人通りはまばら。カードをタッチして改札を通り、小沢は振り向く。
小沢の表情は電話がかかってきてから、更に上機嫌に見える。
ニカっと笑い、手を上げる小沢。
小沢:送ってくれてさんきゅな
金井は控えめに手を振り返した。
金井:う、うん!
小沢の背中を見送る。金井は不安げな顔をする。
金井M:さっきの電話、何だったんだろう。今日は随分心臓が忙しいな。



