二話
◯金井の自宅・自室
ゴミ箱のゴミに紛れた砕けたクッキーのアップ

金井M:昨日小沢くんにもらったクッキーは、ゴミ箱に叩きつけてやった。やっぱり僕に友達はできないのだ。

〇高校・学校の外観・運動場の外観

そこで体育の授業をしている男子高校生たち。※男子と女子は別々である
整列する男子たち。金井は小沢の背中をちらっと見る。

金井M:昨日の事は悪い夢であって欲しかった。

〇学校の校門(金井の回想)

スクールバッグを肩からかけ、ブレザー姿の金井。胸がドキドキ止まらない。
金井M:食欲なかったのは昨日の疲れが出ただけだよね。(課題やるのに夜更かししちゃったし)

小沢の声が後ろから聞こえて来る。友人たちと雑談している。
金井は更に胸をドキンと跳ねさせ、振り向く。
小沢がと目が合う。ニタリと悪い笑顔を見せる。

金井M:夢じゃなかった!(ぎゃぁぁあああ!)

〇高校・学校の外観・運動場の外観
男性体育教師:今日はバトミントンをやるぞ。二人一組になれ! 余るなら三人一組でもいいぞ!

「一緒に組もうぜ」と周囲がざわざわと賑やかになる。
ぽつんと立ちすくむ金井。

金井M:いつものことだけど、この瞬間が大嫌いだ。

× × ×
フラッシュイメージ

モブ生徒たちの影絵。金井を見つめる。

金井M:ずっとこうだ。今まで……
教師:誰か金井と組んでやれ!
教師:気を落とすな! 先生とやれば上手くなれるぞ
金井M:公開処刑の時間だ。

× × ×

〇高校・学校の外観・運動場の外観

次々と組まれていく周囲。体育教師と目が合い、焦る金井。
小沢に肩を掴まれる。

小沢:金井くん。あーそびましょ

小沢からは黒いオーラが放たれている。
金井は「うっ」と短く唸る。
周囲が金井と小沢に注目する。

モブ生徒1:小沢、やさしー
モブ生徒2:そら女子にモテるよな
金井M:小沢くんは優しくない! 悪魔だ!

ラケットを持ったままカタカタと震える金井。密着する小沢。

小沢:何ビビってるんだよ
金井:どうして僕なんだ(小声)
小沢:色々お願いする相手のメンタル管理するのは当たり前だろ(小声)

男性体育教師が笛を吹く。

男性体育教師:ほらそこの二人、ふざけるな!

注目を集める金井と小沢。小沢は金井から離れる。

小沢:ハイ、スミマセーん!

× × ×
時間経過。

金井が派手に転び、頭にバトミントンの羽根が落ちる。それに近寄り、金井を見降ろす小沢。男性体育教師も叫ぶ。

男性体育教師:金井! 大丈夫か!?
小沢:何をどうしたら、そんな転び方するんだよ。

金井は苦悶の表情を浮かべ、立ち上がる。膝からは血が流れる。

小沢:おいおい大丈夫かよ。
金井:保健室行ってくる。

金井は小沢の心配を無視して校舎へ向かう。小沢はひょいと金井をお姫様抱っこする。

金井:!?
小沢:お前、とろいな。保健室に行くまで日がくれちまうだろ

モブ生徒たち、ざわめく。

モブ生徒1:キャー! 俺も抱いて!
モブ生徒2:よーし、俺がだいちゃる!

その他の生徒、モブ生徒のやり取りに爆笑。金井は小沢の腕の中で顔を覆う。

金井M:なんだこれ、恥ずかしすぎる!

〇高校・保健室
カーテンで仕切られたベッドが二台。中央に無機質なテーブルと椅子が四脚。隅には薬棚。奥に保健室の先生(木崎先生)のデスクがあり、ファイルとパソコンが一台。
先生は中年女性で、優し気で、眼鏡をかけている。
保健室の先生は金井の膝のケガに絆創膏を貼る。

保健室の先生:(派手に転んだわね)はい、終わり。今から戻っても時間が半端だし、休んでいったら?
金井:ありがとうございます(いてて)

放送のチャイムが鳴り、保健室の先生が呼び出される。

放送の音声:木崎先生、木崎先生、至急職員室まで来てください。
保健室の先生:あらあら、何かしら? あぁ、戻らなかったら、鍵しめて職員室に持ってきてね。

保健室の先生、小沢に鍵を預けて出ていく。
小沢と金井の二人きり。
椅子に座ったままの金井。小沢が跪いて金井の絆創膏に触る。

小沢:痛むか? 俺の被写体に傷が着いたら困る。

金井はぞわぞわと背筋を震わす。

金井M:陽キャは冗談が上手いなぁ。
金井:痛いより、恥ずかしかった。あんなに目立ってさ。保健室ぐらい一人で行けるのに。(小学生じゃないんだから)

小沢はふっと優しい笑みをこぼす。
小沢:お前、強いんだか弱いんだかわからないな。

金井は小沢が言っている意味が分からず、頭にハテナを浮かべる。

金井:僕が強い? え?
小沢:強いじゃないか。コスプレイベントでおひとり様なんてなかなか出来るもんじゃない。
金井:あ、あはは……どうも
金井M:僕はこんな見られ方もされているのか。一匹オオカミ! なんちゃって。

〇高校・屋上に続く階段
その踊場
『立入禁止』の看板が掲げられている。

金井M:ここは静かにご飯とゲームを楽しめる秘密基地。

弁当箱を開けると、卵焼き、生姜焼き、ゆかりごはんなど色鮮やかである。

金井:母さん、今日もいただきます。

ふふっと笑ってご飯を口に運ぼうとした時、足音が近づいてくる。
その正体は小沢だった。
金井は驚き、箸からご飯が弁当箱に戻る。

金井:ふぁっ!?
小沢:よぉ

金井は弁当箱を持ったままカタカタと震える。

金井M:ここにいるの、何でどうして?
小沢:どうして分かったかって顔しているな。みんな知ってるぞ。便所飯ならぬ、屋上飯してるって。
金井:な、何の用事

小沢は手に持ったビニール袋をしゃかしゃかと振って金井の横に座る。

小沢:一緒に飯食おうぜ
金井M:学校の平和、ジ・エンドぉ!

小沢はビニール袋の中からプリンを取り出し、金井に差し出す。

小沢:ほい
金井:え?
小沢:餌付け。いらないのか? 今二個あるんだ。俺が太ったら、あの秘密流しちまおうかなぁ。

金井、片手を出し、へへーと頭を下げる。
金井:いただきます
小沢:お前、おもしれー

× × ×
時間経過

食後、二人は無言でスマホをいじりだす。
金井は漫画アプリを読んでいるところを、小沢にスマホを取り上げられる。

金井:ちょっ!

金井は小沢が持つスマホを取り返そうとするが、小沢がギロリと睨む。
金井は固まる。

小沢:お前がエッチな漫画だとか、中二漫画読んでようがそんなの気にしねぇよ。好きなもん楽しんでるだけだろ? 打合せのために連絡先交換しておくんだよ。

小沢、金井のスマホを手際よく操作する。そして、返される。メッセージアプリには小沢のアニメキャラのアイコンがあった。スマホが震える。小沢からのメッセージだった。

小沢:『いつ打合せする? うちにこいよ。アニメ鑑賞会だ。マイナーだけど、面白いぞ』
金井M:本当にめちゃくちゃな奴だな。だけど、面白いアニメかぁ……

ぐぬぬとスマホを睨みつけ、返信する。

金井M:二人組、怪我の心配、プリン、僕ちょろすぎ。悔しいぃ!
金井:『土曜日なら空いているよ』
小沢:ここにいるんだから口で言えばよくね?
金井:確かに!

金井はその状況がおかしくて、ぷっと噴き出してしまった。

〇高校・学校の外観・夕方
チャイムの音が鳴り響く

× × ×
時間経過。

〇小沢の家・玄関
ナレーション:土曜日
金井はぐるりと辺りを見渡す。いかにも高級住宅街。犬の散歩をするマダムの私服さえ、シルエットが美しいロングワンピースでエレガント。
インターフォンのボタンを前に、金井は指を震わせる。

金井M:こ、ここでいいんだよね?

スマホのゲームの通知が鳴る。
金井は思いついたように、小沢にメッセージを送る。
小沢が二階の窓からひょっこりと顔を出す。
暫く待つと、玄関が開く。

小沢:入って

〇小沢の家・小沢の部屋
ミュージアムのように何体ものドールが飾られていた。
アニメグッズもあるが、きちんと整理されている。
ドールをまじまじと見る金井。ドールが飾られているガラス戸に小沢が映り、ふと思い出し、冷や汗をかきはじめる。

金井M:き、今日は無事に帰れるのだろうか? 今日は二人きりだし。また脅されたり? 僕、何やってんの!?

しん、と静まり返る部屋。沈黙に耐えきれなくなり、金井はそのまま感想を言う。

金井:お、お人形さん、綺麗だね。お洋服づくり、アクセサリー作り、毎日楽しそうだ。
小沢:ドールはいいぞ!

金井はちょっと驚いたような表情をする。

小沢:何だよ
金井:小沢くんも〇〇はいいぞおじさんみたいなこと言うんだなって。意外というか。
小沢:いいものをいいと言って何が悪い。勧められたものをやるかどうかは本人次第だろ? ドール趣味はお金がかかるから、ここに来た奴は興味を持っても、写真だけ撮って帰っていくけどな

小沢は硝子戸を開け、ドールの髪を指先でちょいちょいとととのえてやる

金井:推しキャラのドール作ったら楽しそうだなぁ
小沢:理解が早い。そうなんだ。版権云々のせいで、業者にオーダー出来ないし、こっそり頼める知り合いもいない。だから、マイナーな作品の衣装が手に入らないんだ
金井:それで、僕が?

小沢はスマートフォンをふって、忘れてないよな? とアピールする。

小沢:そうだ。ちゃんと謝礼も払うし、例の動画も消すからさ
金井:う、うん。どんな衣装か見てみないとわからないから、とりあえず資料見せてよ
小沢:準備するから、まぁ、座れ

小沢はローテーブルを指差し、金井を傍に座らせた。
ローテーブルにはタイトル程度しか知らない作品のブルーレイディスクと、パソコンが設置されている。
ディスクのパッケージにはカッコいいロボットと少年兵が決めポーズしている。
小沢は部屋を出ていく。
金井はスマホでブルーレイディスクのタイトルを検索する。

金井M:おぉ! レジェンド声優が沢山出演してる!

小沢がチーズケーキとティーカップを持って戻って来た。

金井M:え、遊びに行ったらケーキとか、漫画か
小沢:チーズケーキだけど、アレルギーとかないよな?

小沢、パソコンの周囲に手際よく配膳していく
金井:う、うん
小沢:さ、見ようぜ

小沢、ブルーレイディスクをノートPCに入れる。
作画の素晴らしさに目を輝かせる金井。

金井M:チーズケーキうまうま

小沢、画面を指差す。少年兵がマントを翻して、黒い軍服を着ている。

小沢:この少年兵、ノアのドール服とコスプレをして欲しい
金井:何で僕なの? 正直、僕はそんなにクオリティ高いレイヤーじゃない
小沢:可愛いと可愛いは凄く可愛いんだよ。と、まぁ冗談は置いておいて、ドール界隈にはお揃いの衣装を着て写真撮るなんて遊び方もあるんだ。それで、お前は推しに似ているから。
金井:そうなんだ

金井、美少年キャラに似ていると言われ、まんざらでもない様子。によによしながら、スマホで画像検索して保存していく。
小沢は本棚に向かい、設定資料集とドールの型紙を取り出し、指差す。

小沢:ドールサイズは、これだ。
金井:三分の一スケール、六十センチ。ここに来る前に少し調べたけど、ドールの大きさって沢山あってよくわからなかったから助かるよ。

小沢は動画を停止させた。
金井はあーっというような残念そうな顔をする。

小沢:面白かったのか?
金井:うん。だから、もう少し見ていたかったなって、僕が契約しているサブスクじゃ配信されていないみたいだし。
小沢:じゃ、見ていくといいよ
金井:わ、ありがとう!

金井、小沢が意外といいやつだと思い始め、緊張の糸がぷつりと切れる。そのまま動画を視聴し、うとうとし始め、気が付いたら夕方だった。

× × ×
時間経過。

金井:う、ん……
金井M:頭に何か固いものが……
小沢:随分気持ちよさそうに寝ていたな? 写真撮っておけばよかった。

小沢の肩を枕代わりに寝ていたのだ。小沢ニヤニヤ笑う。
金井、飛び跳ねるように小沢から離れる。

金井:わわっ! ごめん! 今何時…

小沢の部屋の時計を見つめると、16時を回っていた。金井はギョッとした表情をする。

金井:こんな時間まで!
小沢:これから晩飯作るから食っていけば?
金井:だって、ご家族に迷惑じゃ
小沢:親父は仕事で夜遅いし、母親は…

小沢は悲しそうな顔をして指を天井に向けた。

金井:ごめん……
小沢:別に気にしていない。で、門限は?
金井:相手のご迷惑にならないように帰っていらっしゃい。つまり、空気読んでってこと。
小沢:じゃ、食ってけよ。簡単な物しか作れないけど
金井:う、ん。母さんに電話するね。

金井はスマホで自宅に電話をする。
金井:友達にご飯誘われたんだけど、いいかな?

ハイテンションな金井母。
金井母:『あらー! 気を付けて帰ってくるのよ!』

〇小沢家・台所
広くて、きっちり整理された台所。
小沢の手際がよくて、金井の入る隙がない。
小沢はリビングを指差す。
小沢:そこでくつろいでて
金井、しょんぼりしながら座り、小沢を見つめる。
金井:これは女子にモテるよなぁ。話し上手で料理までなんて。

〇高校・教室(金井の回想)
小沢のグループを見つめる金井。
どんどん話題が変わっていく。
金井のスマホに通知が届く。

小沢からのメッセージ:『こっちこいよ』
金井の返信:『一人がいい』
金井M:あんな話題が変わる中入っていけないし。絶対キモイ奴って思われる。

金井は学校では変わらずぼっちを貫いていた。小沢が直接話かけてくる以外は。

〇小沢家・リビング
テーブルにチャーハンとコンソメスープとグラスに注がれた麦茶が並ぶ。
小沢と金井は向かい合って座る。

小沢:冷蔵庫にあったもので作ったから質素で悪いけど
金井:ううん。僕は料理下手くそだから、凄いなって!
小沢:いつまでも見てないで食えよ

金井は手を合わせる。

金井:いただきます

スプーンを手に取り、ふーふーと冷まし、チャーハンを口に運ぶ。

金井M:家族以外とごはん食べるのって新鮮だ。
小沢:お前はどうしてコスプレ始めたんだ?

金井は麦茶で口の中を流し、俯く。

金井:…笑わない?
小沢:笑わない
金井:幼稚園の頃虐められて、それで父さんが家でテレビのヒーローのごっこ遊びとか付き合ってくれたんだ。その上、母さんは元コスプレイヤーとか衝撃の事実で。自分じゃない誰かになったら、強くなれるんじゃないかなって。あ、あと勿論何か作るのも好き。

金井は小沢をちらっと見る。

金井M:女々しいかな
小沢:強さ、か。

金井、顔を上げて小沢に質問をする。

金井:小沢くんはどうしてドールオーナーに?

小沢はしんみりとした様子で語りだす。

小沢:母さんがドールが好きで、不器用ながらもドールのドレスを作っているのを覚えてる。母さんが死んだ後

小沢は少し興奮した様子で話し出す。スプーンをぎゅっと握りしめる。

小沢:残されたドールが寂しそうで

小沢のテンション大爆発! 少し声が弾んだ感じで、目がキラキラと輝いている

小沢:一体お迎えしたら、もー増える増える! ドールはいいぞ!

金井、小沢の熱い語り方に一瞬固まる。
そして、ニコリと笑う。

金井M:小沢くん、案外悪いやつじゃない…かも? 少しだけ小沢くんの事、知ってみてもいいかな?
金井:そうなんだ。ドールたちは家族が増えて嬉しいね

小沢、優しい笑みを浮かべながら金井を見つめた。

〇小沢家・台所
食後、小沢と金井は食器を洗う。小沢が食器を洗い、金井が布巾で食器を拭く。

金井:あのさ、ドール服とコスプレの件だけど、ちょっと楽しみになってきたかもしれない。
小沢:いいねいいね。気分が変わらないうちにさ、材料の調達、いつ行く?

金井は皿拭きの手をピタリと止める。

金井:え、小沢くんも一緒に?
小沢:当然だ。頼んでおいて全部お任せの放置は酷いだろう?
金井:うーん…じゃ、期末終わって、夏休み入ったらがいいかな

小沢はニッと笑う

小沢:夏休み、楽しみだな

金井は小沢の笑顔にドキっと胸を鳴らす。

金井M:これは、青春ってやつなのかもしれない。