一話
M=モノローグの略
〇公園・夕方
人がまばらの公園。木々が生い茂る。
ベンチに座る男二人。
金井陽(かねいはる)はおっとりとした雰囲気の小柄で、Tシャツと七分丈のパンツを着ている。
小沢颯真(おざわそうま)クールな雰囲気で、長めのツーブロックの髪型。耳には小ぶりなピアスが光る。
スラックスと、お洒落なロゴが入った白Tシャツにスラックスと同色のカーディガンを羽織っている。
金井M:その日、僕はやっと好きな事を語れる友人が出来たと、そう思ったのだけれど…
小沢は金井の顔を見ずに、スマホをいじっている。
小沢:噂に尾ひれついて拡散されたら、金井はどうなるかな?
金井M:それはぬか喜びだった。
小沢:SNSって怖いよな?
スマホの画面を差し出されはっとする金井。
悪い顔をした小沢と、戸惑う金井の対比。
金井M:その日、僕たちの物語が動き出したんだ。
※以上プロローグ。(第一話)ラストの先見せとなります。
〇扉絵
〇コスプレイベント会場・屋外エリア
サンシャイン広場のような都内のオアシス。
魔法使いや、和装、妖怪といったキャラクターのコスプレをしたレイヤーたちが点在し、一般人カメラマン(カメコ)に写真を撮られている。
金井は、背中が大きく空き、スカートがパニエで膨らんだ、黒いミニワンピースを纏い、魔法少女のコスプレをしている。ウィッグはくるくるな巻き毛。
金井、自撮りのコスプレ写真を自身のSNSアカウントに、「そくほー」とバストアップの写真だけのシンプルな投稿。
金井M:いつもより衣装の出来がよくて、メイクも上手く行ったと思う。普段はロクに投稿もしないSNSに自撮り写真なんて投稿してみた。
交流もしてないし、殆ど反応もないアカウントだけど、誰かが声をかけてくれないかな? なんて期待してしまう。
金井は辺りを見回し、メイクや衣装のクオリティが高いレイヤーを見て、小さく「わー」っと言う。
金井M:コスプレ、それは何者かになれる趣味。夢を見ることができる趣味。
クオリティが高いレイヤーさんを見ると、「本物がいる!」という興奮と共に、クオリティが残念でコミュ障の僕なんかと友達になってもらえる事はないなと、複雑な気持ちになってしまう。
金井M:わ、あの人のドレス凄いな! あの制服あわせ豪華だな~ 写真撮らせてもらおう
× × ×
時間経過
金井は気になったレイヤーの写真を撮らせて貰い、笑みを浮かべる。
金井は青い袴姿の長身の和装レイヤーを見つけると、写真をお願いしようと、声をかける。
金井:あ、あの! そのコスプレはっ! サムライバトルの左京さんですよね?
和装レイヤー:はい! 古い作品なのによくご存じですね!
金井:母がその作品のファンで、特に左京さんが好きなんですよ! 母に「イケメン左京さんがいたよ」って見せてあげたいので、写真撮ってもいいですか?
和装レイヤー:勿論ですよ!
× × ×
時間経過
金井はスマホを構えたまま頭を下げる。
金井:写真撮らせてくれてありがとうございます。
和装レイヤー:いえいえ。あの、そのコスプレ「魔法少女ミハル」ちゃんですよね? よかったら一緒に写真撮りませんか?
× × ×
フラッシュイメージ
和装レイヤーがスマホを持ち、金井と密着する。
撮れた写真のイメージを妄想する。
和装レイヤーはバッチリコスプレメイク。
対して、金井の顔はピカソの絵みたいになっている。
金井M:クオリティの差ぁ!
× × ×
金井は慌てふためく。
金井:そ、そそそんな! 恐れ多いです! 写真撮らせてくれてありがとうございました!
金井は一目散に逃げる。息を切らし、ため息をつく。
金井M:何で一緒に撮らなかったんだよ…今日の衣装やメイク、自信あったんじゃなかったのかよ。
金井はSNSを開き、タイムラインを見つめる。
今朝アップした写真には誰もいいねを押してくれない。
タイムラインには、笑顔が眩しい二人組であわせをしているレイヤーさんや、集団で作品の名場面を再現している写真が流れていく。
途中、コスプレイベント会場付近で不審者の目撃というツイートがあるが、金井は気づかない。
金井M:自信が欲しい。コミュ障どうにかしたい。そうすれば…
× × ×
フラッシュイメージ
タイムラインに流れてきた二人組の写真の片方に美化された自分を重ねる。
写真は二人が密着して、それぞれの手でハートマークを作っている。
手芸屋で買い物をするイメージ
お洒落なカフェでごはんを食べるイメージ
金井M:一緒に衣装作ったり、イベント後ご飯たべたりしてみたいなぁ
× × ×
金井は肩を落としながら、大きなため息をつく。
金井:はぁ…
金井M:幼稚園の頃のこと、いつまで引きずっているんだよ
〇幼稚園・教室(金井の回想)
他の園児から孤立している、幼稚園児のころの金井のイメージ。
他の園児から金井は自分の趣味を全否定され、見下される。
モブ園児1:お前はとろいし、話もつまらないから、一緒にいたくない
モブ園児2:魔法少女が好きなんて変なの
モブ園児3:お前は便利なだけだよ
〇金井の自宅・リビング(金井の回想)
金井の父親が黒い布を被り、魔法少女ものの悪役の真似をして、金井とごっこ遊びをしている。手を上げ、食べてやるぞみたいなポーズをしている。
金井の父親:貴様のエネルギーをいただいてたるー!
金井は魔法少女のステッキを片手に持ちながらも、父親の脛を「えいっ」と蹴る
金井:そうはさせないぞ!
金井の母親は、それを微笑みながら見ている。
金井の母親:何だか私がコスプレをしていた頃を思い出すわね
金井の父親は脛を擦りながら同調する。
金井の父親:ふふっ、そうだね。僕はカメコとして写真撮りまくってたなぁ
金井M:僕の両親はコスプレがきっかけで出会ったのだ。
親戚の集まりなんかで、結婚していくお兄さんやお姉さんたちの出会いの話を聞くたびに、如何に僕の両親が特殊な出会いをしているかがよくわかるようになり、僕もコスプレをすればきっと気の合う友達が出来るなんて思うようになったのだ。
そして、高校生になってバイトをするようになってコスプレデビューを果たしたのだ。
〇コスプレイベント会場・屋外エリア
金井は男のカメコに声をかけられる。
カメコ「ねぇ、ちょっと写真撮らせてよ」
金井は振り向く。カメコは少し動揺した様子。
そのカメコはバズーカ砲みたいなレンズが付いたカメラを持っている。
カメコ「あぁ、ごめん。ミハルちゃんのコスプレをしているから、お目当てのレイヤーと間違えちゃった。ごめんね~」
カメコは逃げるように、近くの美人でグラマーなコスプレイヤーに写真を撮らせてほしいとお願いしていた。
それを見た金井は、眉を下げしょんぼりとした顔をした。
金井M:やっぱり僕は残念なんだな。課題も残っているし帰ろう…
〇公園・夕方
私服に着替えた金井はTシャツと七分丈のパンツ。
衣装が入ったキャリーケースをゴロゴロと転がしている。
止まらないため息。
金井:やっぱ逃げなきゃ良かったなぁ(仲良くなれたかもしれないし)
金井の前方からおじさんが歩いてきて、声をかけられる。
おじさん:すみません
金井:はい?
おじさんはもじもじしており、明らかに困っている様子。
身なりは半袖Yシャツのスラックス。
おじさん:この辺で落とし物をしてしまったみたいで、探すのを手伝ってもらえませんか? 交番に行くのもなんだか恥ずかしいというか、そういうものを落としてしまって。
金井:どんなものですか?
金井M:おじさんが無くしたものは、亡くなった奥さんの写真らしい。この木々の隙間に飛んで行ってしまったのだとか。
金井:少しだけなら
金井はおじさんが指さした茂みに入っていく。
金井の知らないところで、おじさんはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
× × ×
時間経過
〇公園・木々が生い茂る公園のすみ・夕方
金井はおじさんに口を塞がれ、押し倒されている。
おじさんは、ハァハァと息が荒い。
おじさん:イベント会場で君の事見ていたよぉ。女装コスプレしてたってことは、男の人にこういうことされたかったのかな?
金井:んー!(違う!)
金井は抵抗しようとするが、圧し掛かられ抵抗できない。
金井M:だ、誰か!
シャッター音と共にフラッシュの光。
逆光で手足の長い男がいることがわかる。
よくよく見れば、同じクラスのカーストトップの小沢颯真だった。
クールな雰囲気で、長めのツーブロックの髪型。耳には小ぶりなピアスが光る。
スラックスと、お洒落なロゴが入った白Tシャツにスラックスと同色のカーディガンを羽織っている。
小沢:面白いもの発見〜はい、動画回ってますよ回ってますよ〜きしょい顔がっつり写ってますよ〜
おじさん:てめぇ! その動画撮るのやめろ!
おじさんは小沢のスマホに手を伸ばす。
小沢はおじさんより体格が良い。ゆえに、スマホを取り上げようとするおじさんを軽く避ける。
小沢:ね、おじさん。俺がこの画面タップひとつしたら、おじさんの顔が世界中に拡散されちゃうよ? 引いたほうがいいと思うよ?
「なっ」と怯むおじさん。
小沢:デジタルタトゥーってわかる? 今消え失せるならこの動画SNSにアップしないよ? 俺だって面倒ごとゴメンだもんね。5.4.3⋯⋯
おじさんは「畜生」と言いながら逃げていった。
◯公園のベンチ
金井と小沢は二人で座る。近くには二人のキャリーバッグが並ぶ。
小沢は近くの自販機でスポーツドリンクを買ってきて、金井に渡す。
金井:ありがとう。今、お金⋯⋯
小沢:いらないよ。それより、顔
小沢は自身の頬をつんとつつく。金井は顔が汚れている事を察し、自身の腕で顔を拭おうとする。
小沢:ちょっと待て、汗だらけの腕で顔拭いてどうするんだよ。
小沢はボディーバッグからウェットティッシュを取り出し、金井の顔をごしごしとふく。
小沢の強い拭き方に顔を歪める。
金井:いてて
小沢:あぁ、悪い
小沢は吹き終わったウェットティッシュをじっとみつめ、持ってきたビニール袋に捨てる。
他にもお菓子のゴミが入っている。
※ここで小沢は金井がコスプレイヤーだと気づきます。ウェットティッシュに落としきれなかったファンデーションが残っていたため。
× × ×
フラッシュイメージ
高校の教室
席についている金井が向けた視線の先。
男女に囲まれた小沢。
キラキラして見える。まるで高校生活を謳歌する学生だ。
金井M:小沢はクラスの中心のイケメンだ。いつも男女問わず誰かがそばにいる。彼が属するグループもいつも笑いが耐えない。
いっぽうで、クラスで一人、寂しい金井。
人に囲まれた小沢と、孤独な金井。
同じ教室内の対比。
金井M:コミュ障ぼっちの僕には眩しい世界にいる人だ。
× × ×
金井は小沢がくれたスポドリを開封して、一気飲みをする。小沢はそれを見届ける。
小沢:警察行く?
金井:課題やってないし、時間取られるの嫌だな
小沢:あ、わかる。あいつの出す課題やらないとうるせぇよな。じゃ、駅まで送るよ。
金井:うん。ありがとう
立ち上がろうとする金井。だが、足が震えて力が入らない。
小沢:どうした?
金井:腰抜かしちゃったかな? 安心したらちょっと、へへ
小沢:じゃ、ちょっと雑談するか
金井の驚き顔。
小沢:何だよ。俺の顔になにかついているのか?
小沢は金井の顔をじぃっと見つめる。ちょっと怖い顔で。
金井:いや、小沢くんも僕みたいなのとお話してくれるんだなぁって思ったらびっくりしちゃって。
小沢:俺のことなんだと思っているんだよ。
小沢はボディバッグから、市販のクッキーの小袋を一つ出して、金井に渡す。
金井:あ、ありがとう。そうだな、小沢くんのイメージ
金井はクッキーの小袋を見つめ、照れ笑いする。
金井:漫画の主人公みたいでカッコいいなって。
小沢:へぇ、お前、いつも机でスマホにかじりついているのに、俺のこと見えてるんだな。
小沢はクッキーを開封して、もそもそと食べ始める。
金井M:いやいや、どうして小沢くんがいちいち僕が何をしているのかわかるんだよ。
金井の胸がドキンと鳴る。コスプレしていなくても誰かの視界に入っている事が嬉しい。金井はどう会話を繋いだらいいかわからず、キャリーバッグの事に話題を移す。
金井:お、小沢くん。小沢くん、今日は何してたの?
ペットボトルのお茶を飲んだ小沢が答える。
小沢:撮影
金井M:もしかして、僕と一緒なのかな?
小沢:金井、お前、コスプレイヤーだろ。
金井、ここでよく喋るタイプの陰キャコミュ障オタクスイッチ・オン。
金井:そ、そう! 小沢くんも一緒だなんてなんだか意外!
小沢は一瞬驚いた顔をするが、にっこりと笑う。
金井:何のコスプレしたの?
小沢:「ヤミくんは今日も憂鬱」のヤミくん女装メイドバージョン
金井:な、なんと!
× × ×
フラッシュイメージ
スタンダードなクラシカルメイド服を着た、ロングのツインテール。手にはバズーカ砲を持っている。
金井M:ヤミくんは今日も憂鬱のヤミくん女装メイドバージョン! 小沢くんが! 綺麗な顔だし、きっと似合うだろうなぁ。
× × ×
金井は目を輝かせながら、前のめりになる。
金井:あれ、面白いよね! わぁぁ! 写真見たい!
小沢はキャリーバッグを指差す。
小沢:カメラ、キャリーの中
金井M:一眼レフで撮影かぁ。カメラを誰かにお願いして本格的な撮影したんだろうな。
金井:あぁ、残念
小沢:金井のコスプレ写真見たいんだけど
金井はぱぁぁっと明るい顔になって、スマホをいじって小沢に見せる。小沢はスマホの画面を見つめる。
小沢:可愛いじゃねぇか
金井はだらしない、でれっとした顔になる。
金井:褒められたの初めて、かも
小沢:コスネーム教えて
ナレーション:コスネームとは、コスプレをする際のハンドルネームのようなものだ。
金井:かねはる
小沢:そのまんまじゃないか
小沢、自身のスマホを取り出し、いじり始める。金井の視点からは小沢のスマホの画面が見えない。
小沢:衣装、手作りなのか?
金井:うん。作るのが楽しくて、拘れるし。小沢くんは?
小沢:俺は既製品だ。以前、作ろうと思ったら見事にゴミが出来上がった。百均の布だったから、まぁ痛くも痒くもなかったけど。ところで、金井は女装レイヤーなのか?
金井M:百均の布? ん? 小沢くんの体型だと色々足りなくない? あ、でもYouTubeでそういう配信している人がいたから、参考にしたのかな?
金井:今の推しが女の子になりがちだから、女装が多いかな。
小沢、ちらっと金井の顔を見て、視線を足に流す。
小沢:どおりで肌が綺麗だなと思ったよ。ムダ毛もないし
金井、顔をかぁーっと赤らめる。嬉しすぎて言葉が出ない。心臓もドキドキする始末。
ドキドキを誤魔化すために、話をそらす。
金井:そ、そういえば小沢くんはウィッグメーカーはどこがお気に入りなの?
小沢:「セイファー」と「なんだらけ」
金井:随分とマイナーなメーカーだね。僕は「アスストウィッグ」と「マーブルウィッグ」だよ。絶妙な色合いが最高。
金井、やっぱり何か引っかかると腕を組んで首をかしげる。
金井M:「セイファー」なんて遥か昔に倒産してて、古のレイヤー御用達のウィッグメーカーじゃないか。僕のお母さんの時代の。「なんだらけ」だってウィッグというか、中古衣装とか、中古ドールとか、古本同人誌がメインだし。うーん?
金井はスマホの画面を見続ける小沢につられて自身のスマホを見る。
一時間も話し込んでしまったことに驚く。
金井は苦笑いしようと立ち上がろうとするが、小沢に腕を引っ張られる。
金井:お、小沢くん。時間取っちゃってごめん! もう立てるから!
全く笑っていない小沢。その表情に金井の額には冷や汗が浮かぶ。
金井:小沢、くん?
金井M:僕はおかしなことをしてしまったのだろうか
小沢は立ち上がり、冷たく金井を見下ろす。
小沢:……お前の女装写真と、襲われた動画、ばらまかれたくなかったら言う事聞いてくれない?
小沢はスマホの画面を見せてくる。それは、今朝撮ったそくほー写真だった。
SNSの画面ではなく、アルバムに保管されていることがわかる。
画面をスライドさせると、襲われていたときの動画が流れる。
金井の瞳に小沢の悪魔のような微笑みが浮かぶ。
体格の良い小沢の影にすっぽり収まる金井。
小沢:お前が男を誘っていたってクラスにばらまいてもいいんだぜ?
金井:小沢くんも、レイヤーじゃ
小沢:コスプレするのは何も「人間」だけじゃないんだよ
小沢はまたアルバムをスライドさせる。そこにはリアルな人形の写真。
金井M:そうか、ドールウィッグを取り扱っていたメーカーだ
金井:ドール、オーナー……
小沢:俺のドールの衣装作ってよ。あ、お前もドールとおそろいの衣装着てな。本当、SNSって怖いよなぁ。金井?
まるで狼に食べられるようなうさぎのような金井。
スマホを持ったまま覆いかぶさるような小沢に、ぞくりと背筋を震わせる。
木に出来たクモの巣に引っかかる蝶々のアップ。クモが蝶々に迫る。
金井M:僕はこの後どうやって家に帰ったのか、全く覚えていなかった。
M=モノローグの略
〇公園・夕方
人がまばらの公園。木々が生い茂る。
ベンチに座る男二人。
金井陽(かねいはる)はおっとりとした雰囲気の小柄で、Tシャツと七分丈のパンツを着ている。
小沢颯真(おざわそうま)クールな雰囲気で、長めのツーブロックの髪型。耳には小ぶりなピアスが光る。
スラックスと、お洒落なロゴが入った白Tシャツにスラックスと同色のカーディガンを羽織っている。
金井M:その日、僕はやっと好きな事を語れる友人が出来たと、そう思ったのだけれど…
小沢は金井の顔を見ずに、スマホをいじっている。
小沢:噂に尾ひれついて拡散されたら、金井はどうなるかな?
金井M:それはぬか喜びだった。
小沢:SNSって怖いよな?
スマホの画面を差し出されはっとする金井。
悪い顔をした小沢と、戸惑う金井の対比。
金井M:その日、僕たちの物語が動き出したんだ。
※以上プロローグ。(第一話)ラストの先見せとなります。
〇扉絵
〇コスプレイベント会場・屋外エリア
サンシャイン広場のような都内のオアシス。
魔法使いや、和装、妖怪といったキャラクターのコスプレをしたレイヤーたちが点在し、一般人カメラマン(カメコ)に写真を撮られている。
金井は、背中が大きく空き、スカートがパニエで膨らんだ、黒いミニワンピースを纏い、魔法少女のコスプレをしている。ウィッグはくるくるな巻き毛。
金井、自撮りのコスプレ写真を自身のSNSアカウントに、「そくほー」とバストアップの写真だけのシンプルな投稿。
金井M:いつもより衣装の出来がよくて、メイクも上手く行ったと思う。普段はロクに投稿もしないSNSに自撮り写真なんて投稿してみた。
交流もしてないし、殆ど反応もないアカウントだけど、誰かが声をかけてくれないかな? なんて期待してしまう。
金井は辺りを見回し、メイクや衣装のクオリティが高いレイヤーを見て、小さく「わー」っと言う。
金井M:コスプレ、それは何者かになれる趣味。夢を見ることができる趣味。
クオリティが高いレイヤーさんを見ると、「本物がいる!」という興奮と共に、クオリティが残念でコミュ障の僕なんかと友達になってもらえる事はないなと、複雑な気持ちになってしまう。
金井M:わ、あの人のドレス凄いな! あの制服あわせ豪華だな~ 写真撮らせてもらおう
× × ×
時間経過
金井は気になったレイヤーの写真を撮らせて貰い、笑みを浮かべる。
金井は青い袴姿の長身の和装レイヤーを見つけると、写真をお願いしようと、声をかける。
金井:あ、あの! そのコスプレはっ! サムライバトルの左京さんですよね?
和装レイヤー:はい! 古い作品なのによくご存じですね!
金井:母がその作品のファンで、特に左京さんが好きなんですよ! 母に「イケメン左京さんがいたよ」って見せてあげたいので、写真撮ってもいいですか?
和装レイヤー:勿論ですよ!
× × ×
時間経過
金井はスマホを構えたまま頭を下げる。
金井:写真撮らせてくれてありがとうございます。
和装レイヤー:いえいえ。あの、そのコスプレ「魔法少女ミハル」ちゃんですよね? よかったら一緒に写真撮りませんか?
× × ×
フラッシュイメージ
和装レイヤーがスマホを持ち、金井と密着する。
撮れた写真のイメージを妄想する。
和装レイヤーはバッチリコスプレメイク。
対して、金井の顔はピカソの絵みたいになっている。
金井M:クオリティの差ぁ!
× × ×
金井は慌てふためく。
金井:そ、そそそんな! 恐れ多いです! 写真撮らせてくれてありがとうございました!
金井は一目散に逃げる。息を切らし、ため息をつく。
金井M:何で一緒に撮らなかったんだよ…今日の衣装やメイク、自信あったんじゃなかったのかよ。
金井はSNSを開き、タイムラインを見つめる。
今朝アップした写真には誰もいいねを押してくれない。
タイムラインには、笑顔が眩しい二人組であわせをしているレイヤーさんや、集団で作品の名場面を再現している写真が流れていく。
途中、コスプレイベント会場付近で不審者の目撃というツイートがあるが、金井は気づかない。
金井M:自信が欲しい。コミュ障どうにかしたい。そうすれば…
× × ×
フラッシュイメージ
タイムラインに流れてきた二人組の写真の片方に美化された自分を重ねる。
写真は二人が密着して、それぞれの手でハートマークを作っている。
手芸屋で買い物をするイメージ
お洒落なカフェでごはんを食べるイメージ
金井M:一緒に衣装作ったり、イベント後ご飯たべたりしてみたいなぁ
× × ×
金井は肩を落としながら、大きなため息をつく。
金井:はぁ…
金井M:幼稚園の頃のこと、いつまで引きずっているんだよ
〇幼稚園・教室(金井の回想)
他の園児から孤立している、幼稚園児のころの金井のイメージ。
他の園児から金井は自分の趣味を全否定され、見下される。
モブ園児1:お前はとろいし、話もつまらないから、一緒にいたくない
モブ園児2:魔法少女が好きなんて変なの
モブ園児3:お前は便利なだけだよ
〇金井の自宅・リビング(金井の回想)
金井の父親が黒い布を被り、魔法少女ものの悪役の真似をして、金井とごっこ遊びをしている。手を上げ、食べてやるぞみたいなポーズをしている。
金井の父親:貴様のエネルギーをいただいてたるー!
金井は魔法少女のステッキを片手に持ちながらも、父親の脛を「えいっ」と蹴る
金井:そうはさせないぞ!
金井の母親は、それを微笑みながら見ている。
金井の母親:何だか私がコスプレをしていた頃を思い出すわね
金井の父親は脛を擦りながら同調する。
金井の父親:ふふっ、そうだね。僕はカメコとして写真撮りまくってたなぁ
金井M:僕の両親はコスプレがきっかけで出会ったのだ。
親戚の集まりなんかで、結婚していくお兄さんやお姉さんたちの出会いの話を聞くたびに、如何に僕の両親が特殊な出会いをしているかがよくわかるようになり、僕もコスプレをすればきっと気の合う友達が出来るなんて思うようになったのだ。
そして、高校生になってバイトをするようになってコスプレデビューを果たしたのだ。
〇コスプレイベント会場・屋外エリア
金井は男のカメコに声をかけられる。
カメコ「ねぇ、ちょっと写真撮らせてよ」
金井は振り向く。カメコは少し動揺した様子。
そのカメコはバズーカ砲みたいなレンズが付いたカメラを持っている。
カメコ「あぁ、ごめん。ミハルちゃんのコスプレをしているから、お目当てのレイヤーと間違えちゃった。ごめんね~」
カメコは逃げるように、近くの美人でグラマーなコスプレイヤーに写真を撮らせてほしいとお願いしていた。
それを見た金井は、眉を下げしょんぼりとした顔をした。
金井M:やっぱり僕は残念なんだな。課題も残っているし帰ろう…
〇公園・夕方
私服に着替えた金井はTシャツと七分丈のパンツ。
衣装が入ったキャリーケースをゴロゴロと転がしている。
止まらないため息。
金井:やっぱ逃げなきゃ良かったなぁ(仲良くなれたかもしれないし)
金井の前方からおじさんが歩いてきて、声をかけられる。
おじさん:すみません
金井:はい?
おじさんはもじもじしており、明らかに困っている様子。
身なりは半袖Yシャツのスラックス。
おじさん:この辺で落とし物をしてしまったみたいで、探すのを手伝ってもらえませんか? 交番に行くのもなんだか恥ずかしいというか、そういうものを落としてしまって。
金井:どんなものですか?
金井M:おじさんが無くしたものは、亡くなった奥さんの写真らしい。この木々の隙間に飛んで行ってしまったのだとか。
金井:少しだけなら
金井はおじさんが指さした茂みに入っていく。
金井の知らないところで、おじさんはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
× × ×
時間経過
〇公園・木々が生い茂る公園のすみ・夕方
金井はおじさんに口を塞がれ、押し倒されている。
おじさんは、ハァハァと息が荒い。
おじさん:イベント会場で君の事見ていたよぉ。女装コスプレしてたってことは、男の人にこういうことされたかったのかな?
金井:んー!(違う!)
金井は抵抗しようとするが、圧し掛かられ抵抗できない。
金井M:だ、誰か!
シャッター音と共にフラッシュの光。
逆光で手足の長い男がいることがわかる。
よくよく見れば、同じクラスのカーストトップの小沢颯真だった。
クールな雰囲気で、長めのツーブロックの髪型。耳には小ぶりなピアスが光る。
スラックスと、お洒落なロゴが入った白Tシャツにスラックスと同色のカーディガンを羽織っている。
小沢:面白いもの発見〜はい、動画回ってますよ回ってますよ〜きしょい顔がっつり写ってますよ〜
おじさん:てめぇ! その動画撮るのやめろ!
おじさんは小沢のスマホに手を伸ばす。
小沢はおじさんより体格が良い。ゆえに、スマホを取り上げようとするおじさんを軽く避ける。
小沢:ね、おじさん。俺がこの画面タップひとつしたら、おじさんの顔が世界中に拡散されちゃうよ? 引いたほうがいいと思うよ?
「なっ」と怯むおじさん。
小沢:デジタルタトゥーってわかる? 今消え失せるならこの動画SNSにアップしないよ? 俺だって面倒ごとゴメンだもんね。5.4.3⋯⋯
おじさんは「畜生」と言いながら逃げていった。
◯公園のベンチ
金井と小沢は二人で座る。近くには二人のキャリーバッグが並ぶ。
小沢は近くの自販機でスポーツドリンクを買ってきて、金井に渡す。
金井:ありがとう。今、お金⋯⋯
小沢:いらないよ。それより、顔
小沢は自身の頬をつんとつつく。金井は顔が汚れている事を察し、自身の腕で顔を拭おうとする。
小沢:ちょっと待て、汗だらけの腕で顔拭いてどうするんだよ。
小沢はボディーバッグからウェットティッシュを取り出し、金井の顔をごしごしとふく。
小沢の強い拭き方に顔を歪める。
金井:いてて
小沢:あぁ、悪い
小沢は吹き終わったウェットティッシュをじっとみつめ、持ってきたビニール袋に捨てる。
他にもお菓子のゴミが入っている。
※ここで小沢は金井がコスプレイヤーだと気づきます。ウェットティッシュに落としきれなかったファンデーションが残っていたため。
× × ×
フラッシュイメージ
高校の教室
席についている金井が向けた視線の先。
男女に囲まれた小沢。
キラキラして見える。まるで高校生活を謳歌する学生だ。
金井M:小沢はクラスの中心のイケメンだ。いつも男女問わず誰かがそばにいる。彼が属するグループもいつも笑いが耐えない。
いっぽうで、クラスで一人、寂しい金井。
人に囲まれた小沢と、孤独な金井。
同じ教室内の対比。
金井M:コミュ障ぼっちの僕には眩しい世界にいる人だ。
× × ×
金井は小沢がくれたスポドリを開封して、一気飲みをする。小沢はそれを見届ける。
小沢:警察行く?
金井:課題やってないし、時間取られるの嫌だな
小沢:あ、わかる。あいつの出す課題やらないとうるせぇよな。じゃ、駅まで送るよ。
金井:うん。ありがとう
立ち上がろうとする金井。だが、足が震えて力が入らない。
小沢:どうした?
金井:腰抜かしちゃったかな? 安心したらちょっと、へへ
小沢:じゃ、ちょっと雑談するか
金井の驚き顔。
小沢:何だよ。俺の顔になにかついているのか?
小沢は金井の顔をじぃっと見つめる。ちょっと怖い顔で。
金井:いや、小沢くんも僕みたいなのとお話してくれるんだなぁって思ったらびっくりしちゃって。
小沢:俺のことなんだと思っているんだよ。
小沢はボディバッグから、市販のクッキーの小袋を一つ出して、金井に渡す。
金井:あ、ありがとう。そうだな、小沢くんのイメージ
金井はクッキーの小袋を見つめ、照れ笑いする。
金井:漫画の主人公みたいでカッコいいなって。
小沢:へぇ、お前、いつも机でスマホにかじりついているのに、俺のこと見えてるんだな。
小沢はクッキーを開封して、もそもそと食べ始める。
金井M:いやいや、どうして小沢くんがいちいち僕が何をしているのかわかるんだよ。
金井の胸がドキンと鳴る。コスプレしていなくても誰かの視界に入っている事が嬉しい。金井はどう会話を繋いだらいいかわからず、キャリーバッグの事に話題を移す。
金井:お、小沢くん。小沢くん、今日は何してたの?
ペットボトルのお茶を飲んだ小沢が答える。
小沢:撮影
金井M:もしかして、僕と一緒なのかな?
小沢:金井、お前、コスプレイヤーだろ。
金井、ここでよく喋るタイプの陰キャコミュ障オタクスイッチ・オン。
金井:そ、そう! 小沢くんも一緒だなんてなんだか意外!
小沢は一瞬驚いた顔をするが、にっこりと笑う。
金井:何のコスプレしたの?
小沢:「ヤミくんは今日も憂鬱」のヤミくん女装メイドバージョン
金井:な、なんと!
× × ×
フラッシュイメージ
スタンダードなクラシカルメイド服を着た、ロングのツインテール。手にはバズーカ砲を持っている。
金井M:ヤミくんは今日も憂鬱のヤミくん女装メイドバージョン! 小沢くんが! 綺麗な顔だし、きっと似合うだろうなぁ。
× × ×
金井は目を輝かせながら、前のめりになる。
金井:あれ、面白いよね! わぁぁ! 写真見たい!
小沢はキャリーバッグを指差す。
小沢:カメラ、キャリーの中
金井M:一眼レフで撮影かぁ。カメラを誰かにお願いして本格的な撮影したんだろうな。
金井:あぁ、残念
小沢:金井のコスプレ写真見たいんだけど
金井はぱぁぁっと明るい顔になって、スマホをいじって小沢に見せる。小沢はスマホの画面を見つめる。
小沢:可愛いじゃねぇか
金井はだらしない、でれっとした顔になる。
金井:褒められたの初めて、かも
小沢:コスネーム教えて
ナレーション:コスネームとは、コスプレをする際のハンドルネームのようなものだ。
金井:かねはる
小沢:そのまんまじゃないか
小沢、自身のスマホを取り出し、いじり始める。金井の視点からは小沢のスマホの画面が見えない。
小沢:衣装、手作りなのか?
金井:うん。作るのが楽しくて、拘れるし。小沢くんは?
小沢:俺は既製品だ。以前、作ろうと思ったら見事にゴミが出来上がった。百均の布だったから、まぁ痛くも痒くもなかったけど。ところで、金井は女装レイヤーなのか?
金井M:百均の布? ん? 小沢くんの体型だと色々足りなくない? あ、でもYouTubeでそういう配信している人がいたから、参考にしたのかな?
金井:今の推しが女の子になりがちだから、女装が多いかな。
小沢、ちらっと金井の顔を見て、視線を足に流す。
小沢:どおりで肌が綺麗だなと思ったよ。ムダ毛もないし
金井、顔をかぁーっと赤らめる。嬉しすぎて言葉が出ない。心臓もドキドキする始末。
ドキドキを誤魔化すために、話をそらす。
金井:そ、そういえば小沢くんはウィッグメーカーはどこがお気に入りなの?
小沢:「セイファー」と「なんだらけ」
金井:随分とマイナーなメーカーだね。僕は「アスストウィッグ」と「マーブルウィッグ」だよ。絶妙な色合いが最高。
金井、やっぱり何か引っかかると腕を組んで首をかしげる。
金井M:「セイファー」なんて遥か昔に倒産してて、古のレイヤー御用達のウィッグメーカーじゃないか。僕のお母さんの時代の。「なんだらけ」だってウィッグというか、中古衣装とか、中古ドールとか、古本同人誌がメインだし。うーん?
金井はスマホの画面を見続ける小沢につられて自身のスマホを見る。
一時間も話し込んでしまったことに驚く。
金井は苦笑いしようと立ち上がろうとするが、小沢に腕を引っ張られる。
金井:お、小沢くん。時間取っちゃってごめん! もう立てるから!
全く笑っていない小沢。その表情に金井の額には冷や汗が浮かぶ。
金井:小沢、くん?
金井M:僕はおかしなことをしてしまったのだろうか
小沢は立ち上がり、冷たく金井を見下ろす。
小沢:……お前の女装写真と、襲われた動画、ばらまかれたくなかったら言う事聞いてくれない?
小沢はスマホの画面を見せてくる。それは、今朝撮ったそくほー写真だった。
SNSの画面ではなく、アルバムに保管されていることがわかる。
画面をスライドさせると、襲われていたときの動画が流れる。
金井の瞳に小沢の悪魔のような微笑みが浮かぶ。
体格の良い小沢の影にすっぽり収まる金井。
小沢:お前が男を誘っていたってクラスにばらまいてもいいんだぜ?
金井:小沢くんも、レイヤーじゃ
小沢:コスプレするのは何も「人間」だけじゃないんだよ
小沢はまたアルバムをスライドさせる。そこにはリアルな人形の写真。
金井M:そうか、ドールウィッグを取り扱っていたメーカーだ
金井:ドール、オーナー……
小沢:俺のドールの衣装作ってよ。あ、お前もドールとおそろいの衣装着てな。本当、SNSって怖いよなぁ。金井?
まるで狼に食べられるようなうさぎのような金井。
スマホを持ったまま覆いかぶさるような小沢に、ぞくりと背筋を震わせる。
木に出来たクモの巣に引っかかる蝶々のアップ。クモが蝶々に迫る。
金井M:僕はこの後どうやって家に帰ったのか、全く覚えていなかった。



