来来来世の恋人へ

第六話

〈夜、走行中のバスの中〉乗客は満月だけ。バスは山奥へ向かっていく。

満月M   不思議な話の中なら、このバスの行き先はこの世では無い何処かに続いている。どこでもいい。この暗闇の先の、現実では無いどこかに行きたい。

〇斜め後ろから見たバスの運転手さんが不気味に映る。停留所で満月がバスを降りようとすると、運転手さんが振り返って声を掛けてくれる。

運転手   お客さん、バスは二十分後の折り返しが最終だからね。
満月    はい。

〇先ほど不気味に見えた運転手さんは親切なおじさんだった。満月は運転手さんに微笑んでバスを降りる。バス停に『弓張高原』と書かれている。


〈弓張高原展望台〉三百六十度の星空が広がっている。

〇満月は展望台のベンチに座り、祈るように手を組んで、星空に向かって宇宙にテレパスを飛ばす。

満月M   宇宙人さん聞こえますか。もう、僕をどこかに連れて行って――。死んでしまいたいわけじゃない。でももうここにいたくない。帰りたくない。消えてしまいたい。もうどうなってもいい。僕をどこかに連れて行って。どうか――

〇満月はふっと目を開ける。

満月M   信じてた。朔君のこと。運命だと思った。それなのに……。なんだったんだろう。朔君は何が目的だったんだろう。からかってただけなのかな。からかうだけで、あんな――

◯考えを振り払うようにブンブンと首を振る。

満月M   ……宇宙人も来てくれないな。結局、宇宙人もいないのかな。それか、いたとしても僕を選んではくれないのか。僕は何にも選ばれない、ちっぽけで平凡な人間だ。

◯満月はため息を吐き立ち上がる。
◯展望台から出たところで人の声が聞こえてくる。ガラの悪い、いかにも不良という感じの集団がガヤガヤと楽しそうに歩いてくる。

満月M   ちょっと怖いな。絡まれるかも。

〇カツアゲされて「ひぃぃ」と縮み上がった自分を想像し、満月はこそこそとその場を離れようとする。そして思わずクスリと自嘲的に笑う。

満月M   ……変なの。もうどうなってもいいって思ってたはずなのに、いざ絡まれるかもしれないと思ったら、怖くなってこうして逃げ出すなんて――
不良A   あ、おい! なあ、あんた――

〇呼び掛けられて満月はビクリと振り返る。不良たちがこちらに近付いてきている。

満月M   怖い! 助けて――

◯思わずぎゅっと目を閉じた満月は、次の瞬間ハッとして目を開ける。


〈高原の駐車場、焦った様子でバイクを降りる檮木〉

◯展望台の方に行くと、満月の後ろ姿と、絡んでいるように見える不良たちの姿がある。檮木は驚いて急いで駆け寄り、満月をグイと引き寄せて後ろから抱きしめ、不良たちを睨む。

満月    え!? 朔くん!?
檮木    ……

◯檮木を振り返りながら見上げて困惑する満月。

満月    あ、え、なんで?

◯檮木は満月の方に目を向けず、不良たちを睨み続けている。

檮木    何か用ですか?
満月    朔君……なんでここにいるの……?
檮木    迎えに来た。
満月    え、ど、どうやって!?
檮木    バイクで。
満月    バイク!? 乗ったの? 怒られちゃうよ!
檮木    それどころじゃないだろ!? 満月がいなくなったのに!
不良A   なんだ、迎えいたの。
不良B   良かった、びっくりしたよ。

◯不良たちがホッとしたように言って、檮木は初めて満月が絡まれていたわけで無いことに気が付く。

檮木   あ、あれ? えーっと、絡まれていたわけじゃなくて……?
満月   違うよ! 僕が独りでいたから、どうやって帰るの? って、心配してくれて。歩いて帰るって言ったら、街まで乗せようかって言ってくれて――

◯不良たちとの会話の回想

不良たち「どうやって来たの?」
満月「バスで……」
不良たち「バス!? もう無いでしょ、どうやって帰るの!?」
満月「……徒歩?」
不良たち「徒歩!?」

檮木    歩く気だったの!?

◯檮木はギョッとし、不良たちは「無茶だよねー」と笑う。
◯麓まで10キロ、街灯の無い山道であることを注訳で入れる。
◯不良たちは「気を付けて帰れよー」と去っていく。

檮木    ……
満月    ……

◯満月は檮木が来たことに驚き、助けてくれたことにも抱き付かれたままのことにもドキドキしている。しばしの沈黙の後、檮木は気が抜けて「はぁー」っと息を吐き、満月の肩に項垂れる。

満月    だ、大丈夫?
檮木    大丈夫……。緊張した……、悪い人たちかと思って……
満月    怖かった?
檮木    怖かったよ……、満月のこと守れなかったらどうしようって思った……
満月    朔君……。心配掛けてごめんね……
檮木    ……ごめん。
満月    え?
檮木    ごめん、満月。俺、満月に嘘吐いてたんだ。本当にごめんね。
満月    ……座って話そうか。

◯二人は展望台のベンチに並んで座り、星空を見上げる。

満月    なんで僕がここにいるって分かったの?
檮木    満月なら、こういうとき宇宙人に攫ってもらいに来るんじゃないかと思って。
満月    ……すごい。
檮木    すごくないよ。もしかしたらと思っただけ。他のとこも行ったし、ここにいなかったら次探行くとこも考えてたし。
満月    次はどこに行くつもりだったの?
檮木    海かな。
満月    海?
檮木    亀を助けて竜宮城に行く気かもしれないと思ったから。

〇浦島太郎のように亀を助ける満月のイメージが二人の頭に浮かぶ。
〇満月は吹き出す。

満月    それは無い、さすがに。

〇笑い続ける満月を檮木は愛しそうに見る。

檮木    満月、ごめんね。
満月    ……どうして嘘吐いたのか、理由を聞いてもいい?
檮木    ……仲良くなりたかったんだ、満月と。
満月    僕と? でも、僕たち初対面だったよね?
檮木    ……

〇檮木は少し躊躇ってから口を開く。

檮木    俺んち、父子家庭なのは前に言ったよね。父さんは仕事でほとんど家にいなくて、通いのハウスキーパーさんが家事してくれてたんだけど――


〈檮木の回想〉

檮木の語り でもその人も、夕飯作ったら十七時とかには帰っちゃって、俺はいつも家に独りだった。小学生の間はそれで耐えていられたんだけど、中学生になってから、段々、夜家に独りでいるのが嫌になって。夜の街をウロウロするようになったんだ。

〇家でも仕事をしている父の後姿、置手紙、作り置きされてラップの掛かった夕食、家に独りでいる小学生の檮木の姿。そして、夜の街を徘徊し始めた中学一年生の檮木の姿が描かれる。中学一年生の檮木は現在よりも少し荒れている印象で、表情が暗い。冬の夜、白い息を吐いて佇んでいる檮木に、一人の少年が声を掛ける。少年は小柄で可愛らしく、顔は満月と似ていないけれど、どことなく近い印象がある。

少年    大丈夫ですか?
檮木    え?
少年    いつもここにいるから。塾って感じでも無いし……。
檮木M   ああ、そこの塾に通ってる奴か。
檮木    別に、家に帰りたくないだけ。

檮木の語り そいつの名前は(のぞむ)で、塾の帰り道だった。すごく真面目で、親切な奴で。だから俺のこと気に掛けてくれるようになって、望の塾の帰りに、毎日会うようになったんだ。

〇塾帰りに手を挙げて檮木の所に駆けて来る望。二人でコンビニの肉まんを食べたり、公園のブランコを漕いでみたり、野良猫をあやしたり。二人の日常がコマ送りに描かれて、仲良くなっていく様子が分かる。

望     うち、親がすっごく厳しいんだ。愛されてはいるんだと思う。過保護で――だからこうやって、親の目の届かないところで朔と喋ってんの、なんか、すごく楽しい。
檮木    あ、そう……

〇望はいたずらっぽく笑い、檮木は無愛想に顔を背ける。

檮木の語り 俺もすごく楽しかった。でもそんなこと言うの恥ずかしくて、すごく無愛想に振る舞ってたと思う。それでも望は毎日気に掛けてくれた。そんなとき――

望     僕、もう嫌だ。学校も塾も行きたくない。お母さんの言う通りに生きていくの、嫌だよ!

〇望が檮木の服を掴んで泣く。

檮木    分かった。一緒に行こう。
望     え?
檮木    ――どっか遠くに一緒に逃げよう。
檮木の語り 子どもだったんだ、俺達。なんの計画性も、考えも無かった。

〇雪の降る中を望の手を引いて走る檮木。寒さに望が凍え始め、熱が出る。ぐったりした望に自分のコートを着せて、焦った顔で望を抱えて歩く檮木。

檮木の語り それで――

〇車のヘッドライトが檮木と望を照らし、暗転する。
〇望の家の玄関で、檮木の父が望の母に謝っている。望の母はヒステリックに怒る。檮木は父の斜め後ろで俯いていて、頬にガーゼが貼られている(後に傷となって残る)。
〇檮木は玄関の奥から望が心配そうに覗いているのに気が付く。望は骨折し、包帯で腕を吊っている。

望の母   うちの子はおたくの子に無理矢理連れて行かれたと言っています。どういうおつもりなんですか。

〇望は檮木と目が合うとハッとして、気まずそうに視線をそらす。

望の母   うちはもう引っ越しますから。もう二度と近付かないでくださいな!


〈現在・展望台の二人〉

檮木    ――それが俺達の最後。連絡先も交換できなかったし、どこに引っ越したのかも分からない。
満月    そんな……
檮木    俺はそのまま高校に進んで、後はこないだ話した通り。父さんの海外転勤をきっかけに、寮がある高校に転校した。――そんで、満月に会った。


〈檮木の回想・朝の通学路〉スマートフォン片手に道に迷っている檮木。黒い帽子と眼鏡、マスクを付けている。※一話冒頭で満月が道案内した男性は実は檮木である。

檮木M   あれ? こっから行けんじゃないの?

◯思ったところに道が無くて戸惑っていると、制服姿の満月が走ってくる。

檮木M   転校先の制服の子だ。遅くない? 遅刻では?

〇満月は走って檮木の前を通り過ぎる。そして立ち止まり、くるりと引き返してくる。

満月    道、探してますか?
檮木    あ、え、はい。
満月    ここ、先月の工事で道無くなっちゃったんです。どこに行くんですか?
檮木    あ、えーと、駅に行きたいんですけど……
満月    そしたらあっちから回ってください。そこの角を右に曲がったら、この道があったとこの向こう側に出ますから。
檮木    そうなんだ、ありがとうございます。
満月    いえっ!

〇満月はニッコリ笑う。その笑顔が望の姿に被って、檮木は切ない気持ちがする。

檮木M   わざわざ声を掛けてくれて、親切な子だな……、まるで望みたい……。

〇檮木は角を曲がろうとして、なんとなく満月の走って行った方を振り返り、ぎょっとする。おばあさんの手を引いて満月が横断歩道を渡っている。

檮木M   えっ!

〇檮木は満月から目が離せなくなり、思わず後を追う。小学生がぶちまけたどんぐりを一緒に拾う満月。

檮木M   ちょっと!

〇塀から降りられなくなった子猫を母猫のところに降ろしてあげる満月。

檮木M   ちょっとちょっとちょっと! ――何あの子、もう完全に遅刻でしょ。それなのに、なんであんなに親切なの。

〇次々と人助けをする満月を見て、檮木は驚く。ふぅと息を吐いた満月はまた走り始める。檮木はそれを呆然と見送る。


〈現在・展望台の二人〉

檮木    それが俺が満月を見た最初。覚えてる?
満月    えーと、うーん……。全く思い出せない……
檮木    だろうね。きっと満月にとっては特別なことじゃないんでしょ。――俺はよく覚えてるよ。なんて親切な子だろうって。
満月    そうだったんだ……
檮木    俺多分、最初は満月を通して望のこと見てたんだ。望と仲直りしたかった。あの時みたいな日々をまた過ごしたかった。もしかして満月とそれができるんじゃないかと思った。――ごめん、すごく失礼なことだよね。
満月    ううん……
檮木    ――それでね、俺、望に結構無愛想にしちゃってたの、すごく後悔してて。こんな風に別れることになるなら、もっと素直に接したら良かったって。もし満月と仲良くなれたら、ちゃんと全力で自分の好意を示そうって、そう思ったんだ。


〈檮木の回想・夕方の学校〉

先生    じゃあ、朝またここに来いな。
檮木    はい、失礼します。

〇職員室で必要な資料を貰い帰ろうとする檮木。

満月の声  そういう相手、僕にもいたらいいのになって思うんだ。いてほしい。

〇檮木は前を通りかかった教室の中から、満月の声が聞こえるのに気付く。

満月の声  ――僕、前世を思い出して、運命の相手を絶対に見つける!

〇満月の言葉を聞いて、檮木は満月と仲良くなる方法を思い付き目を見開く。


〈檮木の回想・寮の食堂〉満月の手を取る檮木。驚いて檮木を見つめる満月。

檮木    やっと会えた…!
満月    え……?


〈現在・展望台の二人〉

檮木    話すきっかけがほしかっただけなんだ。自分のことを知ってもらったら、すぐにネタバらしするつもりだった。――それなのに、言えなくなった。満月が想像以上にいい子で、本当のことが言い出せなくて。罪悪感はちゃんとあって、何度も言おう思ったんだ。けど、一緒にいる時間が惜しくて、デートするのが楽しくて。もう一回だけ、もう一回だけって。途中からは満月に嫌われるのが怖くなって、本当のことを言うのを先延ばしにしてしまって。
満月    ……
檮木    満月が信じてくれてるのを利用して、キスまでして、ごめん。あんなの、騙して襲ったのと変わらないよね。
満月    そんな! ……そんなことないよ。そんな風には思ってない。

〇二人は少し沈黙する。

満月    ……伝わってたと思うな。
檮木    え?
満月    朔君の気持ち、望君に。――だって檮木君、僕のことを見るときに本当に眩しそうな、優しい顔をするから。あれは、望君のことを考えてたからなんだね。

◯満月は檮木に微笑む。檮木を励ましたいという気持ちと、自分に向けられた笑顔では無かったことを悲しく思う気持ちで複雑な笑顔になる。

満月    あの顔で見られたら、自分のこと大好きでいてくれるんだって伝わるよ。望君だって絶対に気が付いてた。伝わらないわけ無いと思う。
檮木    満月……。言い訳に聞こえるかもしれないけど、でも、今は違うんだ。確かに初めは満月を通して望のことを見てたと思う。だけど、今は俺、ちゃんと満月のこと見てる。望は友達だったけど、でも、満月は……。――俺、満月のこと好きなんだ。素直で親切で頑張り屋で、本当に恋人だったらいいのにって、本気で思ってるよ。
満月    朔君……

◯満月は嬉しくて、気持ちが高揚してくるのを感じる。檮木は罪悪感に俯いている。

檮木    勝手なこと言ってごめんね。
満月    ……僕ね、さっきの人たちに最初に声を掛けられたとき怖かったんだ。悪い人かもと思って。
檮木    うん?
満月    それで、今までの僕なら守護霊に出てきて守ってほしいとか、瞬間移動で逃げたいとか思うはずなんだけど、でも、とっさに朔君のことが思い浮かんだ。
檮木    え?
満月    『朔君助けて』って、思ったんだ。――僕も、朔君のこと好きだよ。運命じゃなくても、前世なんてなくても、今の朔君が好きなんだって、その時気が付いた。
檮木    満月……
満月    僕、朔君が前世の恋人だっていうのが嘘だったって分かったとき、ショックだったけど……。でもそれは朔君が前世の恋人じゃなかったことじゃなくて、嘘を吐いてたことでもなくて、僕のこと、本当は好きでもなんでも無かったのかなって、そのことがショックだったんだ。だから、そうじゃなかったならよかった。いいよ、僕怒ってない。
檮木    満月、本当に……?
満月    うん、本当。だって、朔君の気持ちは本当だと思うから。

〇二人はしばし見つめ合う。満月は照れて少し茶化す。

満月    あーあ、でもやっぱりな。僕には前世なんて無いんだな。分かってたんだけど、でも、やっぱりちょっと残念。でもしょうがないや、平凡な僕だもの。
檮木    都合のいいこと言ってると思うけど……。今の人生を俺たちの一回目にできないかな。
満月    え……?
檮木    俺たちが会ったのは今世が初めてかもしれないけど、俺、生まれ変わったらまた満月を探すよ。そうしたら前世からの運命になるでしょ?
満月    そう……だね……!

〇満月はワクワクとして、瞳をキラキラと輝かせ始める。

檮木    来世もその来世もそのまた先も、きっとまた出会って、恋人になってほしい。
満月    うん。
檮木    だからまずは俺たちの一回目。満月――俺の恋人になってくれますか?
満月    はい……!

〇二人は手を取り合う。二人の頭上、遮るものの無い空に満点の星空が広がっている。