来来来世の恋人へ

第五話

〈満月の夢の中・中世の日本〉一組の夫婦がいる。男性は鎧を着ていて、女性は赤ん坊を抱いている。夢の中で、満月はその女性になっている。

男性   巻き込むことになって本当にすまない。これからもずっと、あなたと生きていきたかった。しかし――どうやら時勢が、この家に生まれてしまった私の宿命が、それを許してくれないようだ。
女性   お前さま……
男性   白河の関の先に縁者がいる。手紙を(したた)めておいた。きっと力になるだろう。どうか、お前はその子と共に生きてくれ。
女性   いいえ、私はここでお待ちします。お帰りを待っています。あなたのいない人生など、一縷の光もありません。
男性   十六夜(いざよい)、例え今生で会えずとも、いつの日か再び、来世で会おう。その時はどうか、どうか平和な世の中で――

◯女性は悲しげに男性の後ろ姿を見送る。

女性M   どうか、どうか無事お戻りになって。


〈寮の部屋〉ベッドの上で満月がぱちりと目を覚ます。

満月M   どうか――

〇満月の瞳から涙が溢れる。机でゲームをしていた有明が、満月が起き上がったことに気付く。

有明    よく寝てたなー。夜寝らんねーぞ。
満月    うん……

◯満月は涙をぐしぐしと拭く。有明は満月が泣いていることに気付かずゲームに戻る。

満月M   なんだかリアルな夢だった。もしかして、前世を夢で見られたの……? 夢の中の僕は本当に旦那さんの事が大好きで、愛おしくて……。――あれが恋する気持ちなの? 起きてるときに、朔君に感じている気持ちとおんなじだった。別れが辛くて、悲しくて。ずっと一緒にいたくて……。二人はあれからどうなったんだろう……

◯ドキドキしながら考えていた満月は、パッと顔を上げる。

満月M   朔君に、今の夢の出来事に心当りがあるか聞いてみなきゃ!

◯『部屋に行っていい?』とメッセージを送ったスマホの画面が映る。
◯満月は寮の廊下を小走りに、檮木の部屋へ向かう。檮木の部屋のドアが開いていて、中から話し声が聞こえる。

朏島の声  ――だろ?
檮木の声  それは――
満月    ?

◯満月は部屋の中を覗く。部屋の奥に檮木、手前に朏島が立っている。檮木は目を朏島からそらしていて、朏島の後ろから顔を覗かせた満月に二人とも気が付かない。

満月    あ――
朏島    つまり嘘だよな。前世からの恋人なんて。

◯満月は思わず隠れる。

朏島    一体なんの目的で満月を騙してんの?
満月M   ――え……?
檮木    だから何の話。俺は真剣だよ。
朏島    ふさけるな。嘘だってことはお前が一番分かってるだろ。
檮木    何を根拠に人のこと嘘つき呼ばわりしてんの? 分かんないよな? 朏島に。

〇満月は隠れたまま、ドキドキして胸の前で手をぎゅっと握る。

朏島    俺さ、お前と同じ小学校だったって知り合いいるんだよね。

◯檮木がハッとした顔をする。

朏島    お前、なんか、随分キャラ変したみたいだな。愛想無くて、暗くて、大分感じ悪かったみたいだけど? いつから今みたいな爽やかな好青年になったの?
檮木    ……
朏島    あとさ、お前の顔の傷のこと聞いてみたんだけど。
満月M   ――顔の傷……?
朏島    お前、小学生の時顔の傷無かったらしいじゃん。生まれつきある――前世で満月を庇ってできた傷なんじゃなかったっけ?
檮木    それは……

◯口籠る檮木に、朏島がハァッとため息を吐く。

朏島    あと、あの寺。こないだお前らが行ってたとこ。調べたら出来たの江戸時代だってよ。
檮木    え。

◯檮木が驚いて顔を上げる。満月も目を見開いて聞いている。

朏島    あの辺り、江戸時代の地震で地盤が隆起するまでは海だったんだって。――それで? どうやって室町時代にあの寺でデートするの?
檮木    ……
朏島    古代ヒッタイト帝国で、来世で鉄の結婚指輪を付けようって約束したんだっけ? 確かに製鉄ってヒッタイトの技術だよな。でも、結婚指輪を付ける風習が始まったのは九世紀のローマらしいよ。知ってた?
檮木    ……
朏島    爪甘すぎだろ、お前。舐めてんの? 物語みたいで当然だよな? お前が勝手にドラマティックな作り話してるんだから。
檮木    ……朏島ってこんなに喋れるんだ。
朏島    (溜め息)大切な友達のためだよ。俺はお前とは違う。嘘吐くためじゃなくて、こういうときに喋る。
檮木    ……朏島は最初から疑ってたのか? 前世なんて無いって思ってるんなら、なんで満月にそう言わなかったんだ。
朏島    満月が夢見がちなのは今に始まったことじゃない。そこが満月のいいとこだし、わざわざ夢壊す必要無いと思ったから話し合わせてただけだよ。――でも、お前みたいなのが出てきたら別だ。
檮木    ……
朏島    見守ってたけど、これ以上は見過ごせない。あいつのこと騙してどうすんの? 宗教勧誘? マルチ? 壺でも売るつもり?
檮木    違う! 俺は――

◯バッと顔を上げて朏島を見た檮木は、いつの間にか隠れるのを止めて朏島の後方、部屋の外に立ってこちらを見ていた満月に気が付く。
◯檮木の視線に釣られて朏島も振り返る。二人と目が合った満月は青い顔をして、走ってその場から逃げ出す。

檮木    あ――
朏島    満月!
檮木    ……

◯檮木は追おうとするが朏島が先に飛び出す。自分には行く資格が無いと、檮木は追いかけるのを止める。

朏島    満月! 満月!!

◯満月に追い付き、朏島は腕を掴んで止める。

朏島    勝手にごめん。でも、もう止めろよ、満月。檮木は嘘つきだ。俺、お前が心配なんだよ。
満月    うん、大丈夫だよ。前世なんて本当は無い。少なくとも僕みたいな平凡な人間には無いよ。分かってた。ちょっと夢見てただけで、本気じゃなかったよ。だから大丈夫。
朏島    満月……
満月    ありがとう、助かったよ。もう大丈夫。じゃあまた明日ね、お休み。

〇満月は朏島に微笑むと、背を向けて速足にその場を離れる。それを見送る朏島。

朏島M   まあ……部屋には有明がいるし、大丈夫か。

〇朏島の頭にいつでも明るい有明の顔が浮かぶ。「連絡だけしておこう」と、朏島はスマートフォンで有明にメッセージを送る。
◯廊下を走る満月。

満月M   前世なんて無かった。僕と朔君は運命でもなんでもなかったんだ。

◯走馬灯のように、これまでのいろいろな出来事を思い出す。

満月M   優しくしてくれたのはなんのため?なんの目的?

◯友人達の言葉を思い出す。

有明    『お前、絶対将来悪い奴に騙されて、絵とか水とか売られるよな』
朏島    『宗教勧誘? マルチ? 壺でも売るつもり?』
満月    ……っ。

◯満月は涙を流しながら走る。

満月M   僕は――


〈寮の中庭〉深刻な顔でベンチに座っている檮木。

◯これまでの満月との出来事を思い返し、唇を噛んで俯く。

有明    檮木!

〇有明が檮木の方に走ってくる。後ろから青い顔をした朏島も走ってくる。

有明    満月、知らない?
檮木    え? 知らないけど……
有明    帰って来てないんだよ、部屋に!

◯檮木は目を見開いて固まる。


〈満月のいる場所と檮木のいる場所が交互に描かれる〉

〇薄暗いバス停から独りバスに乗りこむ満月の姿。

〇檮木が朏島の胸倉を掴んで、有明が間に入って止める。

檮木    なんで! 追いかけて行ったじゃないか!
朏島    追いかけて話したよ! その後部屋に帰ったと思ったんだ。大丈夫そうだったから……

〇バスの座席に座る満月。暗い目をしている。

満月M   ああもう――なんでもいいや。

〇寮の中庭で、焦った顔をした檮木の顔がアップで映る。

檮木    満月――