第三話

〈前世をテーマにしたラブロマンス映画〉前世ぶりに再会した恋人たちのシーン。

女性    ああ……私はもう夢から醒めたくない……お願い……どこにも行かないで……
男性    夢じゃ無い、夢じゃないよ。会えたんだ、僕たち。
女性    嘘……こんな幸せなことがあるはずないわ……。私たちはあの日帝国と共に――アトランティスと共に海に沈んだのに。
男性    生まれ変わったんだ、僕たち。もう二度と離れない。


〈映画館〉座席で感動に滂沱と泣く満月の姿。

画面の中の女性の声 「もし再び離れることがあっても、何千年でも、何万年でも、私は、ただあなたを――」


〈映画館の外〉アトランティスの世界と恋人たちが描かれた映画ポスターが映り、映画を見終わった二人が外を歩いている。満月はまだグスグスと泣いている。

檮木    だ、大丈夫?
満月    うん……


〈これまでのデートの回想〉二人のデートの様子が一コマずつ描かれる。二人は神奈川県東部に住んでいるイメージ。

〇鎌倉デートでお団子を食べながら小町通を歩く二人。
〇VRで古代エジプトを体験する二人。
〇横浜中華街で食べ歩きをする二人。
〇山手異人館を訪れる二人。
〇いろいろなデートの一コマが順に描かれる。檮木は坂道で満月の手を引いたり、車道側を歩いてくれたり、パンフレットを見て道案内をしたり、満月をエスコートしてくれる。

満月M   「思い出すためにできることをやってみたい」その僕のお願いに朔君が応えてくれる形で、僕たちは休みの日にデートするようになった。一緒に時間を過ごして、何か前世の記憶に引っ掛かりそうなことがあれば試してみて。付き合わせてしまって申し訳ないのだけど、でも、朔君と過ごすのはとても楽しい。なんだか、ずっと前から一緒にいたような気がする。これは前世の記憶だろうか。心が覚えているのかな。


〈映画の後・山下公園〉ベンチに座って二人でジュースを飲んでいる。

満月M   そういえば僕、前世の話ばっかりで、朔君自身のこと、まだよく知らないかも……
満月    ね、ねぇ朔君!
檮木    うん?
満月    そういえばさ、朔君はどうして転校して来たの?
檮木    ああ、そういえば話してなかったっけ。うち、父子家庭なんだけど、父さんがオーストラリアに転勤になってさ。
満月    (目を丸くして)オーストラリア!
檮木    俺、あんまり行きたくないなと思って。日本で行きたい大学も決まってるし、またいつ帰ってくることになるかも分からないしね……。それで、寮のある高校を探して転校して来たんだ。家も賃貸だったから引き払って、それで無理言って寮にバイク置かせてもらってるの。
満月    なるほどー……。
檮木    でも、転校してきて良かった。満月に会えるなんて思わなかった。

◯檮木は嬉しそうに笑う。

檮木    満月の話も聞きたいな。
満月    えっ。
檮木    満月はどんな風に生きて来たの? 何が好きで、どんなことに興味があるの? 全部聞きたい。
満月    ええっと……。

〇満月は逡巡し、口ごもって俯く。

満月    僕は、なんにも無いよ。
檮木    なんにもってことは無いでしょ。なんでも聞かせて。
満月    僕は……ホントに地味で、平凡で、つまらない人間なんだ。

〇しゅんと落ち込む満月に、檮木は目をパチパチさせる。

満月    有明君は部活が凄く楽しそうだし、朏島君は勉強が凄くできて、歴史に興味があるんだって。他の友達もみんな何か持ってる。でも、僕は本当になんにも無いんだ。謙遜とかじゃなくて、何も無い。そんな自分が結構恥ずかしくて……ごめんね。前世の恋人の今がこんなので。がっかりするでしょ。
檮木    そんなまさか! ――そっか……。でもさ、俺から見たら満月、なんにも無くなんてないよ。
満月    え?
檮木    満月はさ、いろんなことに興味があるでしょ? 古代文明に、宇宙人に、パラレルワールドだっけ。興味を持って熱心に調べられるのも、ひとつの才能だと思うし。それに、そういう話をしてるときの満月は楽しそうで、目がキラキラしてて、とっても魅力的だよ。平凡でつまらないなんて、ありえない。
満月    そ、そうかな……(照れて俯く)。
檮木    満月が自分の魅力に気が付いてないのは勿体ないな。あと、すごく優しいし。
満月    (戸惑って顔を上げ)優しい? 僕、優しいかな? いつそう思ったの?
檮木    (少し焦って)ええと、前世でも俺はいつも満月の優しいところを好きになったから。だから分かってるよ。
満月    そっか……!
檮木    それに、好きなことはこれから見つけたらいいよ。これから一緒にいろんなことしてさ、作っていこう。好きなこと、いっぱい!
満月    うん……!

〇満月は嬉しくなってパァッと顔を明るくする。

檮木    そうだ、今度バイクで海に行こうよ。後ろ乗せてあげる。
満月    バイク!? いいの!?
檮木    勿論!


〈バイクデート〉バイクに二人乗りをして出掛けた二人。クレープを食べたり、一緒に写真を撮ったり、海で小さな亀が陸に上がって来ているのを海に返してあげたり。一日デートを楽しんでいる様子が描かれる。

〇夕暮れの砂浜に並んで座る。満月は興奮気味に檮木に話す。

満月    朔君、今日はありがとう。僕、バイクなんて初めて乗った。すっごく楽しいね!
檮木    喜んでもらえると思ってた。満月とは前世でよく馬に二人乗りしてたんだ。だから、きっとバイクも好きだろうなって思った。

◯西部劇のようなアメリカンな服装の二人が、馬に二人乗りしているイメージイラスト。

満月    やっぱり! なんかこういうの、初めてじゃないような気がしたんだ! ――でも、よくヘルメットが二つあったね。
檮木    これは満月のために買ったんだよ。
満月    ええっ、そうなの!? お金払うよ! ヘルメット代!
檮木    えっ、いいいい! いいよ!

〇二人はお互いに焦ってワタワタとする。

満月    でもっ!
檮木    ほら、他の友達を乗せることもあるかもしれないからさ。別に、満月専用ってわけじゃないから。これから満月の他にも、友達も乗せることあるかもと思って買っただけだから。ね、気にしないで。

◯満月は一瞬固まる。檮木はそれには気付かずに「そろそろ行こっかー」と立ち上がり服の砂を払う。

満月M   朔君は今日みたいに、誰かに後ろに乗せてバイクを走らせるの……?

◯なんだか切ない気持ちがして、満月は座ったままで、思わず檮木の服の裾を引いて檮木を止める。檮木は戸惑って満月を見下ろす。

檮木    満月?
満月    僕、やっぱりヘルメット代払いたい。
檮木    えっ。本当にいいんだよ、気を遣わないで……
満月    ……
檮木    満月?
満月    他の人のこともこうやって後ろに乗せるの、嫌だって思っちゃって。僕だけだったらいいのにって、思っちゃったから――

◯本音を伝え掛けて、満月は自分がわがままを言っていると思いハッとする。

満月    あ、もちろん。朔君が乗せたい人がいるならそれは! 僕がどうこう言う事じゃなくて、必要なときはヘルメットだってそのまま使ってほしいんだけど! でも……でも、一応……僕のために用意してくれたのが、嬉しいから……

◯慌てて話し始めた満月は、段々と語尾を小さくして俯き、口籠る。

檮木    ……それって、ヤキモチ?
満月    えっ!?

◯満月は驚いて檮木を見上げる。

満月    えっ、あ……そうなのかな。ごめんね、ダメだよね。

◯焦って俯く満月に、檮木は優しく微笑む。

檮木    ううん、ダメじゃない。――分かった、誰のことも乗せないよ。それは満月専用のヘルメットにする。その代わり、俺に払わせて。
満月    え、でも。
檮木    プレゼントしたいんだ、前世からの恋人に。満月にプレゼントできるのなんて、百年ぶりなんだから。
満月    ……いいの?
檮木    うん。受け取ってくれたら嬉しい。
満月    ありがとう……!

◯満月は心からホッとして、嬉しくなり檮木に微笑む。二人で浜辺を歩きながら話す。

満月    ねえ、朔君が女の子に生まれたことはなかったの?

〇檮木は一旦きょとんとし、それから「うーん」と考え込む。

満月M   そんなに考えないと思い出せないなんて、僕たちは本当にいろんな人生を一緒に過ごしてきたんだ……
檮木    無かった……かな。
満月    そうなんだ。じゃあいつも僕が女の子だったんだね。
檮木    う、うん。
満月    そっかぁ……。僕、どうして今回だけ男に生まれちゃったんだろう……
檮木    ……
満月    何も思い出せなくてごめんね。朔君はずっと僕を想っててくれたのに……
檮木    いや……
満月    本当になんで男に生まれちゃったんだろうね。がっかりしたでしょ。ごめんね。

◯しゅんとする満月に、檮木は勢い込んで言う。

檮木    まさか! してないよ! 満月は満月のままでいいんだ。俺はそのままの満月が好きだよ。だから、そんな風に自分を責めないで。
満月    ……
檮木    満月?

〇満月が立ち止まり、檮木は不安そうにその顔を覗き込む。

満月    ねぇ、朔君。キス……してみていい……?

〇檮木は一瞬ぽかんとして、それから目を丸くして飛び上がる。

檮木    へぇ!?
満月    だって、恋人同士だったんでしょ? もしかして、そういうことしたら何か思い出せるかもしれないって思って。僕、思い出したいんだ、ちゃんと。朔君とのこれまでのこと。

〇顔を上げた満月は、目を丸くして自分を見ている檮木に気が付いて慌てて両手を振る。

満月    あ、いや、もちろん朔君が嫌だったらいいんだけど……
檮木    ……いいの?

〇檮木が真剣な顔で満月を見つめ、満月も真剣に檮木を見つめる。

満月    うん、今までしてたみたいにしてほしい。

〇檮木は満月の頬に右手を添えて、軽くキスをする。すぐに顔を離して満月の顔を見る。

檮木    どう? 思い出せそう?
満月    わ、分かんない……

〇満月は顔を赤くする。
〇檮木は今度は深くキスをする。しばらくして、檮木の方から顔を離す。

檮木    ……何か思い出した?
満月    ……

〇満月からの返事が無い。上手く息ができていなかった満月は、そのままくたりと倒れてしまう。

檮木    み、みつきー!?

〇檮木は驚いて満月の体を支える。朦朧とした意識の中で、満月は独り考える。

満月M   僕はこれを知っているだろうか。頭がふわふわして、ぐるぐるして、何も分からない。――でも、幸せだ。


〈最後におまけのような一コマ〉

〇バイクに乗ったことを監督生から怒られている二人。
「バイクは特別に置かせてもらえてるだけ」
「乗るなんて言語道断」
「二度としないように」
監督生からガミガミと怒られ、二人は「はい……」と小さくなる。