第二話

〈夜・満月と有明の部屋〉満月・有明・朏島の三人で話しをしている。

有明    うさんくさっ!
朏島    ……

〇顔を歪める有明。相変わらず表情の無い朏島。恐縮する満月。

有明    それで? 信じて連絡先交換してきたって?
満月    うん……
有明    騙されてんじゃねーの?
満月    で、でも、僕なんて騙してもどうしようもないと思うし……
有明    ……
満月    本当かも……しれないし……
有明    (溜め息)おい朏島。お前もちゃんと止めてくれよ。
朏島    ……満月はどうしたいの?
満月    え?
朏島    ちょっとでも嫌だったり、違和感があるなら流されない方がいいよ。檮木に言われたこと、満月は何か心当たりあるの?
満月    それが……全然無いんだけど――


〈満月の回想・寮の中庭〉

檮木    まさか満月。何も覚えて……ない……の……?
満月    う、うん……
檮木    そっか……

〇ショックを受けた顔をする檮木。満月は檮木の悲しそうな顔にズキリと胸が痛む。

満月    僕たちはずっと恋人同士だったんだね……?
檮木    うん、そうだよ。いくつかの前世では、結婚して、子どもだっていたし……
満月    子ども!?
檮木    孫と曾孫に囲まれて、二人で百歳まで生きたこともあったなぁ。あの人生は波乱も少なくて、いつも幸せだった。

〇檮木が懐かしそうな顔をして、満月はキャパシティオーバーで目をグルグルさせる。

満月M   全然想像できない……
檮木    (気を取り直したように)まあ、覚えてないんじゃ仕方ないね。でもせっかく会えたんだし、今世はこれからお友達ってことで――
満月    朔くんっ!
檮木    はっ、はい!
満月    僕、思い出したい。朔君のこと、僕たちのこと。
檮木    え?
満月    朔君、お願い、教えて! 僕たちのこれまでのこと全部。もしかしたら、何か気が付くことがあるかもしれない。ちゃんと思い出したいんだ、僕!
檮木    う、うん。分かった……

〇檮木は満月のやる気にほんの少し戸惑った様子を見せるが、満月はやる気に満ちていて気が付かない。


〈満月と有明の部屋〉

満月    ――と、いうわけで、朔君にいろいろ教えてもらうことになったから。僕、思い出せるように頑張ってみるよ! 前世のこと、知りたいし!

◯目を閉じて腕組みする有明。特に感想の無さそうな朏島。

有明    うーん。まー、お前がいいんならいいけどさ……
朏島    ……


〈翌日・朝の教室〉ホームルームが始まり、前に担任の先生と檮木が立っている。

担任    転校生を紹介するぞ。昨夜、既に寮で会っている者もいると思うが――転校生の檮木朔君だ。
檮木    檮木朔です。空明(くうめい)高校から転校してきました。よろしくお願いします。

〇檮木のカッコよさに教室中、特に女の子たちがザワリとする。顔を上げて満月を見つけた檮木が、満月を見て嬉しそうに笑う。満月はトキメキを感じる。

朏島    『ちょっとでも嫌だったり、違和感があるなら――』
満月M   神様。このトキメキは、彼が僕の運命の人だからですか――?


〈教室・休み時間〉檮木の周りには男女問わず人がたくさんいる。それを遠巻きに眺める満月・有明・朏島・友人A。

満月M   ――とはいえ朔君は人気者で、そうそう僕と話す時間なんて無さそうだ。
有明    モテモテだなー。
朏島    ……
友人A   僻むな僻むな。
有明    僻んどらんわい。――認めるのも癪と言えば癪だけど、女子が群がるのはまあ分かるわ。なんであいつ男にもチヤホヤされてんの?
友人A   あれでしょ、バイク。寮に置いてるやつ。高校生なんてバイク持ってるだけでヒーローよ。そういう話ししたいし、あわよくば乗せてもらいたいんじゃん?
有明    え、仲良くなったら乗せてもらえんのかな!?

〇有明は俄かに目を輝かせる。

友人A   いやー、でもダメでしょ、多分。緊急で置かせてもらえてるってだけで、乗ったら寮監とかにドヤされるぜ。
有明    だよなー。

〇満月たちの脳裏に、真面目で厳しい監督生の先輩が「時間厳守・ルールは絶対・揉め事禁止」と喚いているところが思い浮かぶ。
〇満月は穏やかにクラスメイトたちと話しをする檮木を見る。

満月M   昨日の夜のことが幻みたいだ。本当に前世があったとして、僕と朔君が釣り合ってたとは思えないな……


〈廊下〉満月は先生に頼まれてクラスメイト全員分のノートを運んでいる。

檮木    満月!
満月    うん?

◯檮木が後ろから駆け寄ってきて、満月は振り返る。

檮木    ごめん、呼び止めて。半分持つよ。
満月    あ、え、ありがとう。

〇檮木はノートを半分以上持って、満月と並んで歩き始める。

檮木    はー、満月と話したかったのに、なかなかタイミングが無くて。今捕まえられて良かった。
満月    人気者だね、朔君。
檮木    (苦笑して)いや、物珍しいだけでしょ。
満月    でも、前の学校でも人気者だったでしょ?
檮木    (一瞬言葉に詰まり)ううん、そんなことない。
満月    ……?

〇満月は檮木が言葉に詰まったのに少しだけ違和感を覚える。檮木はもう元の調子に戻っている。

檮木    ね、満月はお昼、時間ある? 誰かと約束してる?
満月    え、ううん。いつも有明君たちとご飯食べてるけど、約束ってわけじゃ……
檮木    じゃあ俺、予約! お昼、二人で食べよ!
満月    う、うん!
檮木    やった!

〇屈託なく嬉しそうな檮木の横顔を見て、満月はドキドキと気持ちが高揚する。

満月M   僕たちはどう見たって釣り合ってない。それなのに朔君が僕をこんなに気に掛けてくれるのは、やっぱり前世があるからだよねー―


〈昼休み・学校の中庭〉ベンチで昼食を食べる二人。満月が古代文明について檮木に力説している。

満月    ――というわけで、宇宙人が人間に知識を与えて文明を築いていったんだよ!
檮木    ……満月って、いろんなことに詳しいよね。
満月    え!? 全然そんなことないよ。
檮木    だって、超古代文明が本当にあったなんて、それが宇宙人の力だったなんて、そんな話授業ではしないでしょ?
満月    僕、そういう話好きなんだ。所謂オカルトってやつ。都市伝説とも言うのかな。一方的に話してごめんね。ちょっと引くでしょ。

〇満月は我に返って、一生懸命話していたことを恥ずかしく思う。

檮木    ううん。楽しいよ。今回の人生で満月が興味持ってることを聞けるの、楽しい。

〇檮木は本当に楽しそうな顔をして、満月は嬉しくてボーっとする。

満月    ねぇ、朔君。
檮木    うん?
満月    僕たちは何度も生まれ変わって、いつも出会ってるんだよね。
檮木    そうだよ。
満月    それって、どのくらい前の前世が最初なの? 僕達、何回くらい生まれ変わったの?
檮木    うーん、どうだったかな……。実を言うと、俺も全部が全部覚えてるわけじゃないんだよね……。

◯檮木は顎を撫でて考え込む姿勢を見せる。

満月    例えばなんだけど、僕がインターネットの動画とかで見た前世の記憶がある人はね、本人の語る前世と現実が一致してたり、体に前世で出来た傷があったりとかするんだ。朔君は、何かそういうのは無いの?

檮木    そう……だな。そうだ。

◯檮木は頬の傷を指す。

檮木    これはね、一つ前の前世で出来たんだよ。
満月    そうなんだ。
檮木    うん、満月のこと庇ってできたんだよ。
満月    えええええ! ごめん!

◯満月は飛び上がって謝罪する。檮木は笑う。

檮木    いいよいいよ、そんな。――それにさ、鏡でこの傷を見る度懐かしい気持ちになって……思い出せるから。俺、この傷、付いて良かったと思ってるんだ。

◯檮木が優しく切なそうな顔をして、満月も切ない気持ちになる。

檮木    あ、そうだ。見て。

◯檮木は自分の左手の手のひらを見せる。薬指の根元にホクロがある。

檮木    これ。
満月    ホクロだね?
檮木    僕たちは……何度目の前世だったかな、結構前……ええと、歴史の授業で習ったかな? ヒッタイト帝国って分かる?
満月    (頭にハテナを浮かべる満月)ヒ……?
檮木    世界で初めて製鉄技術を持った国。紀元前十何世紀とかだったかな。そこで恋人だったんだけど、僕たち、その時は結婚できなかったんだよね。
満月    えっ……
檮木    それで、生まれ変わったら鉄の結婚指輪を付けようねって約束して……満月がね、「予約」って、俺の薬指にキスしたんだよ。――生まれ変わったら、そこがホクロになってた。それからずっと付いてる。

◯満月の想像の中で、古代ヒッタイトの恋人同士の姿が描かれる。女性が男性の指に口づけている。

満月    ええっ、すごい! でもちょっと、なんか恥ずかしいな。

◯照れる満月に、檮木は微笑む。

檮木    こういう話、多分他にもたくさんあるからさ。話させてよ。――今世の俺たちには、時間がたくさんあるんだから。
満月    うん……!


〈夜・満月と有明の部屋〉無表情の朏島と、呆れ顔の有明。恐縮している満月がいる。

朏島    それで感動して帰ってきたのか。
満月    はい……
有明    満月。お前、この話あんま他の奴の前ではするなよ?
満月    ほ、他の人には内緒だよ。だって、こんな話したら絶対みんな引くし……
有明・朏島 (その感覚はあるんだ……)
満月    でも、ふたりは別! ふたりとも、僕の考えをちゃんと尊重してくれるの、知ってるから。ふたりにはなんでも話すよ。――ふたりとも、来世でもきっと僕と友達になってね!
有明    満月……

〇微笑む満月に、有明はじーんと感動し、思わず満月に抱き着く。

満月    わっ!
有明    当たり前だろ、満月! 来世だろうが来世の来世だろうが、その次だろうが、俺達がずーっとお前の面倒みてやるよ!
朏島    たち?
満月    べ、別に面倒みてって言ってるわけじゃないんだけどなぁ……

〇有明にワシワシと頭を撫でられながら、朏島と目が合う。朏島は優しく笑う。

朏島    まあとりあえず、満月のやりたいように、納得いくようにやってみたら? なんかおかしいと思ったらすぐ言うんだぞ。
満月    うん、ありがとう……!
満月M   僕は朔君のことをもっと知りたい……思い出したい……


〈翌日の昼休み・中庭のベンチ〉満月と檮木が二人で座っている。

檮木    ――と、いうわけで。とりあえず、俺が覚えてる前世はこれくらいかな。どう? 何か思い出した?
満月    ……(申し訳無さそうに首を振る)
檮木    そっか……
満月    朔君!
檮木    は、はい。
満月    僕ね、前世のこと、朔君のこと、絶対に思い出したい。そのためにできることをやってみたいんだ。いいかな!?
檮木    (少し戸惑い気味に)う、うん……勿論いいよ……
満月    僕達、古代エジプトの前世があるんだよね? そしたら今度さ、一緒に古代エジプトが体験できるVRに行ってみない? あ、それから今、アトランティスが舞台の映画をやってるんだって! これも生まれ変わった恋人たちの話らしくて、何か参考になるかも……

〇ワクワクと提案する満月を、檮木は戸惑い気味に見て呟く。

檮木    真剣……なんだね。
満月    うん?
檮木    ううん、なんでもない。いいよ、できることはなんでもやってみよう。
満月    うん!

〇満月はやる気に燃える。

満月M   前世の恋人がこうして会いに来てくれたんだ。僕は絶対に思い出すぞ!