外はすっかり暗くなっていた。ガラスに映る自分の顔を見ると、そこには情けないほど暗い表情をした女の顔がある。

(しっかりしろ!)

 私は自分の両頬を両手でぎゅっと押し潰す。ぷにっと突き出た唇が間抜けだった。

(こんなんじゃダメだ。もっと前向きに考えないと……)

 私は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。それから、ゆっくりと深呼吸をして気分を落ち着けると、バッグの中から買ったばかりのリップクリームと手鏡を取り出した。

 リップをサッと塗って、手鏡の中の自分と向かい合う。よし、大丈夫。

 もう一度大きく息を吸って吐いて、最後に笑顔を作る。うん、完璧だ。これならきっと、いつも通りの私に見えるはず――。

 そう思って顔を上げた瞬間、席へ戻ってくるシロ先輩と目が合った。

 私は慌てて手鏡とリップクリームを鞄にしまう。いくら気心が知れた仲とはいえ、男の人に化粧直しをしているところを見られるのは恥ずかしかった。

 軽く後悔をして気まずそうにする私をよそに、シロ先輩は特に気にした様子もなく戻ってくると、席には座らずに言った。

「もうそろそろ行くか?」
「えっ? ああ、はい」

 私は小さく返事をすると、荷物を纏める。それから、伝票を持って先にレジへと向かったシロ先輩の背中を追いかけた。

 会計を済ませて外へ出ると、生暖かい風が頬を撫でた。夜空を見上げると、星はほとんど見えない。代わりに、都会の明るいネオンの光が目に飛び込んできた。ネオンの光に誘われるように人々が行き交う。まるで、街全体が生き物のように動いているように見えた。その光景はいつ見ても不思議で幻想的だと思う。

 隣に立つシロ先輩も同じことを思ったのだろう。

「相変わらず、ここは賑やかなところだよな」

 そう言って笑う。私たちは人の流れに乗って駅へと歩き出した。

「あの、ごちそうさまでした」
「いいってことよ。こっちはクロの奢りだしな」

 シロ先輩はそう言って小さなスイーツの箱を持ち上げて笑う。よく笑う先輩の横顔を眺めながら、私はどこか寂しさを感じていた。

 こんな当たり前の日常がなくなってしまうかも知れない。そう思うと、私は無意識のうちに下唇を噛んでいた。

 しばらく無言で歩いていると、ふいにシロ先輩が口を開く。

「リップ、変えたのか?」
「えっ?」

 先輩は不思議そうな表情でこちらを見ていた。

「いや、なんか朝と違う気がして」

 私はシロ先輩の言葉を聞いてドキッとする。まさか指摘されるとは思わなかったのだ。