萌乃の勢いに面食らい、私はポカンと口を開けてしまった。

 好きとは? つまり、そういう意味の好きなのだろう。萌乃は、白谷吟に好意を抱いている。彼の力になりたい。しかし、自身の成長は思うようにはならず、それをもどかしく感じているらしい。

 なるほど。そういう想いが根底にあったのであれば、萌乃の焦りにも似た、この取り乱し方にも納得がいく。誰しも、好きな人には迷惑はかけたくないし、どんなことでも力になってあげたいと思うだろう。

 しかも、萌乃の恋の相手は、あの爽やかパーフェクトヒューマンなのだ。社内外に彼を狙っている人がいる。萌乃のライバルは一体何人いるのだろうか。ライバルの存在は、否が応でも目につく。焦るはずだ。そんなライバルたちに差を付けて、少しでも意中の相手に近づくためには、相手に合わせていくほかない。たとえそれが自分に無理を強いる努力であっても。

 萌乃からはそんな鬼気迫る想いが感じられた。

 私は、萌乃の手を離すと、(ぬる)くなってしまったカップに口をつけ、一息つく。

「そっか。萌ちゃんは白谷先輩が好きなのね」

 改めて私が口にした言葉に、萌乃は耳まで赤くして固まっている。勢いに任せて口走ってしまったことに、いまさらのように気が付いたようだった。

「あ、あの……今のはなかったことに」
「どうして? 白谷先輩への想いが、萌ちゃんの原動力なんでしょ?」
「そうですけど。私なんかじゃ、とても、白谷さんのお力になれないことも分かっているんです。出過ぎた想いだって」
「出過ぎた想いって。とことん自分を否定するのね」

 苦笑いが漏れる。強い意志はあるのに、自己肯定感の低さがそれを邪魔して、彼女の魅力を半減させていることが、勿体ない。

「ねぇ。自分の事を虐めるのやめない?」
「え?」
「私なんかとか、ポンコツとか、出過ぎたとか。萌ちゃんには、萌ちゃんの良いところがあるのに、勿体ないよ」
「私の?」
「そう。確かに仕事ではミスがあるかもしれない。白谷先輩に迷惑をかけているかもしれない。でもそれって、先輩に近づきたい、力になりたいって、萌ちゃんが力み過ぎて空回りしているからじゃないかな」
「空回りですか?」
「うん。萌ちゃんには萌ちゃんのペースがあるはず。それなのに無理して先輩に合わせているのだとしたら、ミスが出るのも当然だと思うよ。先輩に、自分のペースに合わせろって言われたりした?」
「いえ。いつも、ゆっくりでいいからねと言って下さいます」