静かに動き始めたエレベーターの中、二人の視線が突き刺さる。私が、二人にぎこちない笑顔を向けると、二人が同時に口を開く。

「クロ、結婚って何だよ?」
「へ〜、矢城さんにはそういう相手がいるの?」

 二人の言葉に私は必死で首を振る。

「いや、あの、結婚する予定なんてありませんから!」

 私は焦って否定するが、二人は信じていないようだった。結局誤解を解くのに時間がかかり、やっと解放されたのは、一階に到着した頃だった。

 エントランスを抜けると、外はすっかり暗くなっていた。空を見上げると、月明かりが眩しい。

 私たち三人は、そのままホテルを後にし、駅へと向かって歩き出す。しばらく歩いたところで、白谷吟がポツリと言った。

「そう言えばさ、打ち合わせの前に会ったあの子は矢城さんの友達?」

 白谷吟の言葉に、もう既に頭の中から消え去っていた理沙の顔が浮かんだ。途端に、あれこれ詮索されるに違いないと思い、私は少し憂鬱になる。

「ええ、まぁ……」

 曖昧な返事をすると、彼は不思議そうな表情を浮かべた。私は慌てて表情を取り繕う。

「高校時代の同級生です。近々結婚するみたいで……」
「そう。直接お祝いが言えたみたいだし、今日は会えて良かったね」

 ぎこちない笑みを貼り付けた私に向かって白谷吟はそう言うと、それ以上何も聞いてこなかった。そのことにホッとする。

 シロ先輩には、ついプライベートなことまで話してしまいがちだが、今回初めて一緒に仕事をすることになった白谷吟には、まだあまりプライベートを曝け出したくはなかった。

 そんなことをぼんやりと考えていると、シロ先輩が私の肩に手を置いた。驚いて顔を上げると、シロ先輩が真剣な眼差しで私を見る。何か気に障ることをしてしまったかと不安になりながらも、私は先輩の目を見た。シロ先輩は、無言のまま私の目を見て、それからフッと笑った。

 次の瞬間、頭にポンと大きな手が乗せられる。突然のことで戸惑う私に構わず、シロ先輩は大声で言う。

「クロ〜、あいつに結婚先越されたからって落ち込むなって!」

 シロ先輩の言葉に、私は目を丸くして固まる。そして、すぐにその言葉の意味を理解した。

 私は慌ててシロ先輩の手を振り払うと、首を振って否定する。

「別に、落ち込んでないですって」

 シロ先輩はケラケラ笑いながら、今度は私の肩をバンバンと叩く。その様子を見ていた白谷吟は、苦笑いを浮かべていた。

 私はため息をつくと、恨めしげにシロ先輩を睨む。