それからハッとした表情になると、手をパンッと顔の前で合わせた。

「悪い。吟。今日の飲みは、なしにしてくれ」
「ああ、また今度にしよう」

 白谷は、優しく微笑んだ。

「すまん」
「いいさ。それより、早くしなよ」
「あ、そうだな」

 シロ先輩は私に向き直ると、いつもより少し早い口調で言った。

「クロ、この後メシでもどうだ? その……俺が奢ってやる。まぁ、あんま高い物は無理だけど」

 予想外の申し出に驚く。シロ先輩の隣に立つ白谷にチラリと視線を向けると、彼は爽やかな笑顔を向けてくれる。

「僕のことは気にしないで」

 そう言うと、白谷は手をひらりと振って一人社屋へと戻っていった。

「え? 先輩……いいんですか?」
「ああ。吟とはいつでも飲めるしな」
「……そうですか。じゃあ……」

 私はシロ先輩をまっすぐに見つめて告げる。

「先輩のおごりなら、行きます!」
「よしきた」

 シロ先輩は満足そうに笑うと、私の頭をクシャリと撫でた。

「俺、ちゃっちゃと仕事片付けてくるわ。クロは適当に店決めて、先に食べててくれ」

 シロ先輩はそう言って(きびす)を返し、足早に社屋へ戻っていった。

 先輩を見送ったあと、私は近くのコンビニでリップクリームを買い、たまにシロ先輩とランチに行く店へ向かった。

 店内に入り、窓際の席に腰掛ける。テーブルには既にメニューが置かれており、メイン料理に合わせて、スープとサラダ、ドリンクがセットで頼める。私は店員さんを呼び止めて、ドリアを注文した。それから、鞄からスマホを取り出し、メッセージを送信する。

“いつもの店にいます”

 すぐに既読がついた。

“了解”

 短いメッセージとともに、シロクマがピースサインをしているスタンプが届く。私はクスリと笑って、画面をオフにした。

***

「お待たせしました」

 頼んでいた料理が運ばれてきた。いただきます、と手を合わせて、まずは温かいスープを一口飲む。そして、スプーンを手に取り、ドリアを口に運んだその時だった。カランと音を立てて、店の扉が開かれた。

 私は反射的にそちらへ目を向けた。入ってきたのは、肩で息をするシロ先輩だった。私は小さく手をあげる。

「すまん! 遅くなった!」

 私を見つけたシロ先輩が、そう言いながら駆け寄ってきた。

「大丈夫ですよ。料理も今きたところですし」

 私が答えると、シロ先輩は安堵したように笑った。

「そっか。あ〜、腹減った」

 シロ先輩は私の向かいにどかりと座ると、メニューも見ずにオムライスの大盛りを注文した。