そんなシロ先輩に苦笑いを浮かべつつ、私は、首を横に振る。

「いえ、たぶん知らないです」
「も〜、なんだよ。知らないのかよ。じゃあ、なんでそんな反応するんだよ」

 私の反応に先輩は恨めしそうな視線を向けてきた。そんな先輩のむくれ顔がなんだか可愛くてクスリと笑ってしまう。

「すみません。でも、前に白谷(しろや)先輩に聞いた言葉に似ていたので」
(ぎん)? あいつがどんな事言ってたんだ?」
「あ〜、いえ。白谷先輩がって言うよりも、シロ先輩が言っていたことを、この前の親睦会の時に、白谷先輩から聞いたんですけど……」
「あいつ、何言ったんだ。ちくしょう」

 シロ先輩は、私の言葉に急に落ち着きを失くす。髪をクシャリと掴むと、そのまま、視線を右へ左へ忙しなく動かし始めた。

 そんな先輩の挙動が可笑しくて、つい吹き出しそうになるが、それをなんとか堪えると、笑い声を含んだ声のまま、私はシロ先輩を宥める。

「大丈夫ですよ。そんな変なことじゃありませんから」
「そうか? 吟のやつ、碌なこと言わないからな」
「ふふ。白谷先輩の事をそんな風に言うのは、シロ先輩だけですよ。会社での白谷先輩の評価は、バツグンじゃないですか?」
「まぁ、そうだが……。で、何を言われたんだ?」

 嫌そうに顔を歪めつつ真相を確認してくるシロ先輩だったけど、本当は、白谷先輩のことを口で言うほどには悪く思っていないことを、私は知っている。

「シロ先輩と白谷先輩って、幼馴染らしいですね」
「ん? ああ、まぁな」
「白谷先輩は昔、シロ先輩からある言葉を言われて、それが凄く印象深かったみたいですよ」
「ある言葉?」

 私の勿体つけた物言いに、シロ先輩は首を傾げた。

「『無理しても、それは本当の吟じゃないよ』って。シロ先輩は、当時の白谷先輩の背中を押したらしいですよ。覚えてますか?」
「ん〜? 俺が? 言ったか? そんな事」
「え〜! 覚えてないんですか?」

 シロ先輩の反応の悪さに、私は思わずむくれる。

「まぁ、覚えてないなら仕方ないですけど……。先輩がさっき、私に言ってくれた言葉と、昔、白谷先輩の背中を押したという言葉が似ていたから、思わず反応しちゃいました」

 私の答えを聞いても、シロ先輩は腑に落ちないという顔をしている。

「きっと、シロ先輩にとってこの言葉は大切な言葉なんだろうと思ったんです。そんな大切な言葉で、私の背中も押してくれたんだなと思ったら、つい嬉しくなって……」

 そこまで言うと、窓の外へと視線を向ける。