「今朝、焼いたの。よかったら食べて。余ったら明日のおやつにでもすればいいわ」

 母の手作りお菓子。久しぶりだ。ありがとうと言うと、母は安堵したように頬を緩めた。

 玄関で靴を履き終えると、見送りに来てくれた母に顔を向けた。

「あのさ、あの話なんだけど」

 母の顔に少しだけ緊張が走ったのがわかった。私は母の様子を窺いながら、言葉を続ける。

「お父さんも知ってるの?」

 母は一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間にはいつも通りの表情に戻っていた。

「まだよ。ちゃんとあんたに確認しないとと思ってね。それに、こういうことは当人同士の気持ちが一番大事だと思うから。まぁ、あんたがどうしても嫌なら仕方ないけどね」

 母の言葉に私は少し顔を顰めて見せる。

「……そう。じゃ、あの話は進めないで。私、そんなつもりないから。それから、お父さんには絶対言わないで。お父さんが知ったら、余計に面倒くさいことになると思うから」

 我が家の父は本当に面倒くさい。過保護というか心配性なのだ。きっと、私のお見合いなんて聞いたら大騒ぎするに違いない。

 相手を気に入れば勝手に話を進めそうだし、相手が気に入らなければ、自分で勝手に見繕ってくる可能性もある。

 それだけは避けたい。母もそれがわかっているから、父にはまだ何も言っていないのだろう。母が苦笑いを浮かべた。

「それはそうね。お父さんには言わないでおくわ。でもまぁ、あんたの気が変わったら言いなさいね」

 私は、そんなことはないと思うけれど、と心の中で付け足しながら、母に向かって軽く手を振って家を出た。

 外に出ると、雪がちらついていた。空を見上げる。灰色の空からは白いものが舞い落ちてくる。これくらいなら積もらないかと思っていると、スマホが鳴った。画面を見ると、由香里からだった。

 どうやら彼女の用事はあと一時間ほどで終わるらしい。メッセージを読み終わると、駅に着いたらまた連絡するとメッセージを送り、スマホをポケットに入れる。

 駅までの道のりは徒歩二十分ほどかかる。空から降り注ぐ雪を見ながら、私はゆっくりと歩き始めた。

 突然の由香里からの誘い。何かあったのだろうか。仕事でミスでもしたのか、それともプライベートでトラブルでもあったのか。

 色々と考えながら歩いているうちに、駅前の広場に到着した。時計を見ると、針は十二時十五分を指していた。由香里との合流は一時になりそうだ。お腹がグゥッと鳴る。どこへランチに行こうか。