「昔ね、みんなの中に埋もれてしまうことが嫌で、無理やり自分を大きく見せていた時があったんだ。そんな時、言われた言葉があってね。それで、肩の力が抜けたんだ」
「それは……どんな言葉だったんですか?」

 白谷吟は、絶対的な信頼を含んだ眼差しを、シロ先輩に向けつつ、静かにその言葉を口にする。

『無理しても、それは本当の吟じゃないよ』

「それって……!」
「昔、流行っていた漫画のセリフ。それを史郎は、大真面目な顔で僕に言ったんだ」

 ふふっと笑う白谷吟の言葉は、私の耳には入って来なかった。

「私も、その言葉を……知っています」

 ぼんやりと呟いた私に、白谷吟は、おかしそうに口元を緩める。

矢城(やぎ)さんも、史郎に、同じことを言われたのかい?」
「……いえ……、私は、その言葉を私にくれた友人が、誰なのかを知りません」
「どう言うこと?」

 私の言葉に、不思議そうに白谷吟は首を傾げた。

 その言葉をもらうまでの私は、八木少年と同じように、人見知りが激しくて、人となかなかうまく話せない子供だった。

 自分の気持ちを話せるのは、お気に入りのぬいぐるみだけ。特にお気に入りだったのが、ヤギが郵便配達員に扮した人形だったのだが、何故それがお気に入りだったのかは、覚えていない。けれど、それを「シロヤギさん」と呼び、片時も手放さず、どこへ行くにも常に持ち歩いていたことは覚えている。

 そんなお気に入りのシロヤギさんを、一度だけ紛失したことがあった。

 近所にある神社で行われた夏祭りに、両親と出かけた帰り道。いつものように肩から下げていたポシェットに、シロヤギさんが入っていないことに気がついた。

 ポシェットのファスナー部分から顔を出すように入れていたシロヤギさんを、どこかに落としてしまったようだった。

 泣きじゃくる私に、両親は、また別の物を買ってくれると言ったけれど、どうしても、シロヤギさんでなくては嫌だった私は、翌日、一人で、神社の周辺や境内の中を探し歩いた。

 いつものひっそりとした境内と違い、多くの人が訪れたからか、あちらこちらに、祭の名残が見受けられ、それらを片付ける大人が何人もいた。

 その大人たちに声をかけていれば、早く見つかったかも知れないが、私には、それが出来なかった。

 一人で、神社の周りや、境内の中をうろつき、随分と長いこと探し回ったが見つからず、疲れ果てた私は、やはりもう見つからないのではないかと、ガックリとしつつ、ベンチに腰を下ろした。