『初恋』なんて淡い言葉は、傍若無人で粗雑なこの人には、全く似合わないなと思いながら、横を見れば、シロ先輩は完全に机に突っ伏して、涎の海を作っていた。

「シロ先輩の初恋……ミスマッチ過ぎて、逆に気になる」

 真顔でボソリとつぶやいた私の言葉を、白谷吟は、しっかり拾う。

「僕は、史郎の初恋より、矢城(やぎ)さんの初恋の方が気になるよ」
「えっ?」

 驚いて視線を戻せば、白谷吟は、飄々と酒を煽っており、実はこの人も相当に酔っているので、こんな事を軽々しく口にするのかしらと、不意に思ってしまう。

 しかし、見るからに酒に飲まれてしまったシロ先輩と違い、一見そうは見えないところが、スマートで、やはり、爽やかと言う言葉が似合う人だなとも思う。

矢城(やぎ)さんの初恋相手は、どんな人だったの?」

 ニコニコと話題を振ってくる白谷吟に、しかし私は、顔の前で両手の人差し指をクロスさせ、バッテンを作った。

「教えませんよ〜」
「あはは。そうか。残念。じゃあ、矢城(やぎ)さんは、小さい頃、どんな子供だった?」

 残念と口にしながらも、特に食い下がる様子もなく、こちらを不快にさせない。それでいて、サラリと話題を換えて、会話を続ける白谷吟のスマートさは、なるほど、多くの女性が放っておかないわけだと、納得する。

「私の子供の頃ですか? 特に面白く無いですよ? 至って普通です。元気印が取り柄という訳では無いですが、それなりに元気で明るくて、クラス全員友達と言うわけでもないけれど、それなりにみんなと仲がいい、そんな子供でした」

 至って普通。それは、私を表すのに、一番適している言葉だ。何かに秀でていることもなく、ただ、平坦に生きている。

 だから、自分のことを聞かれると困ってしまう。

「友達も、白谷先輩とシロ先輩のような関係の人はいませんし、……所謂、広く浅い付き合いしかしていないので……」

 話しているうちに、なんだか、自分は人生の上っ面だけを生きているような気がして、恥ずかしくなった。思わず、言葉が尻すぼみになり、俯いてしまう。

「僕もそうだよ」

 そんな私に、先ほどまでの明るさを纏った言葉よりも、ワントーン抑えた口調で、白谷吟は、私に語りかけてきた。

「僕も、矢城(やぎ)さんと同じ。所謂、みんなの中の一人だった。だから、今、同級生達の記憶に残っているかどうかは分からないなぁ」
「白谷先輩がですか? 昔から、人気があるのかと……?」

 白谷吟は、私の言葉に静かに首を振り、ニコリと微笑んだ。