「え?」
「だって、名前、矢城(やぎ)明日花(あすか)でしょ? 大体、あだ名って名前をもじるじゃん。でも、全然、クロ要素なくない?」
「白谷先輩、私の名前、知って……?」
「ん? ああ。うん。覚えてるよ。可愛い名前だなぁと思って」

 『社内イチの爽やかイケメン』と、女子社員の間で名高い白谷吟は、その名にふさわしい爽やかな笑顔で、恥ずかしげもなく、私の名を褒める。

 これが、爽やかイケメンの手口か!

 爽やかイケメンは、こんなにもシレッと、『可愛い』を口にできるのか!

 爽やかイケメン、恐るべしっ!!

 可愛いなどと言われ慣れない私の心の中では、白谷吟の言葉に、平静を保つよう警戒アラートが鳴り響く。しかし、心のアラートを無視するかのように、私は、瞬時に耳まで赤く染め上がる。

「か、可愛いだなんてっ!! ……そ、そんな……ど、何処にでも居る、平凡な名前ですよ」
「そお? 僕は、可愛いと思うけどなぁ」

 私の動揺など気にもせず、白谷吟は、涼しい顔でさらに『可愛い』を畳み掛けてくる。

 私は、勢いに任せて目の前のグラスをグイッと煽ると、酔い覚ましを装って、掌でパタパタと顔を仰ぎながら話の流れを元に戻す。

「え〜っと。何でしたっけ? あっ、私がクロって呼ばれている理由でしたっけ?」
「うん。そうそう。史郎がクロって呼ぶたびに気になってたんだよね」

 爽やかな笑顔で相槌を打つ白谷吟に、私の目は釘付けになる。

 気になっていたとは!?

 心のアラートは、殊更けたたましく騒ぎ出す。

「あ〜、え〜っと……う〜、アレ? どうしてだっけ?」

 アラートが煩すぎるのか、酔いが回りすぎているのか、普段のように理路整然と言葉が出てこない。

 イケメンスマイルに、ドギマギとしながら、私は、何とか答えを導き出した。

「ああ、そうだ。そうだ。私が色黒だからだそうです」
「え? いや、全然そんな事ないと思うけど? 誰がそんな事……?」
「あの人ですよ」

 私は、フラフラとこちらへ向かってくるシロ先輩へと視線を向ける。それにつられて、白谷吟もそちらへ視線を向けると、仕方のない奴だと言いたげに、顔を顰めた。

「あいつか〜。全く、デリカシーの欠片も無い……。ごめんね。女の子にそんな事言うなんて」

 白谷吟は、全く関係ないのに、面目なさそうに眉尻を下げる。

「いや、もう、全然。白谷先輩は何も悪くないですし……」

 私は、慌てて顔の前で、両手を振る。

「でも、嫌じゃない? 本当は嫌だったら、僕から、あいつに、きつ〜く言っておくよ?」