クロとシロと、時々ギン

 何事もなかったかのようにそう言ったシロ先輩に、自分から誘っておきながら、私は戸惑いがちに尋ねる。

「あの、用事、大丈夫なんですか?」
「ああ。もともと大した用事じゃなかったしな。それよりも、クロが美味いコーヒーをご馳走してくれるんだろ? さぁ行くぞ」

 シロ先輩に促されて、私たちは並んで歩き出す。隣を歩くシロ先輩の横顔をチラッと見た。すると、視線を感じたのか、シロ先輩もこちらを向いた。目が合った途端、心臓がドキッとして顔が熱くなる。私は慌てて目を逸らすと、誤魔化すように言葉を発した。

「と、ところで、シロ先輩の用事って何だったんですか?」

 私の問いに、シロ先輩はサラリと答える。

「ん? ああ。じいちゃんちがさ、この近くなんだわ。今日はまぁなんて言うか、顔見せ」
「へえ。シロ先輩って、意外と家族思いなんですね」
「意外とは余計だ」

 私の言葉に、シロ先輩は苦笑いをした。

 それからしばらく他愛もない話をしながら実家への道のりを歩く。慣れ親しんだ道をシロ先輩と並んで歩くのは、とても不思議な感じがした。

 家に着くと、ちょうど母が玄関先に出てきたところだった。母は私たちの姿を見つけると、驚いたような声を上げた。

 そんな母の態度を見て、シロ先輩は慌てふためいているようだったが、それでも丁寧に挨拶をしてくれた。シロ先輩の丁寧な態度に満面の笑みを見せた母だったけれど、シロ先輩が挨拶を済ませた後は、なぜかニヤニヤと意味ありげに笑っていて、私は首を傾げた。

 リビングへと通されたシロ先輩は、緊張しているのか、借りてきた猫のように大人しい。その様子が可笑しくて、思わずクスリと笑うと、シロ先輩が恨めしそうな視線を向けてきた。

 そんなシロ先輩に、母がキッチンから声を掛ける。

「八木さん……は、ちょっとややこしいわね。うちも矢城(やぎ)だから。ふふっ。史郎さんと呼んでも構わないかしら?」

 突然の母の提案に、シロ先輩は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに返事をした。

「ええ。はい」

 シロ先輩の答えを聞いて、母は嬉しそうに微笑む。それから、いそいそとお盆を持ってくると、カップをシロ先輩の目の前に置いた。

 シロ先輩がコーヒーを一口飲むのを待って、母が口を開く。

「史郎さんは、お母様からお話を聞いてくださったのかしら?」

 シロ先輩は首を傾げる。私も一緒になって首を傾げていると、母は困ったような笑顔でその場を取り繕う。

「あら。私ったら、余計なことを言ったみたいね」